エメラルドグリーンの泡沫に、キスを。3 喫茶店でのことがあってからというもの、メロンクリームソーダはカヲルにとって特別思い出深い大好物になった。
そして、また1つ変わったこともある。カヲルが昼休みにシンジ手製の弁当を食べるということに興味を示したのだ。最初は少量のおかずと小さなおにぎりから始めて、それから2週間ほど経った今はアスカやレイと同じくらいの可愛らしい弁当箱1つ分くらいの量を食べることができるまでになった。カヲルが食べていた元々の量を考えれば、驚くべきほどの進歩だ。カヲルはS2機関と少量の薬で身体の維持は可能ではあるため、栄養補給が目的ではない。しかし、食事を通しての周囲とのコミュニケーションの機会は格段に増やすことができていた。
「今日は僕の好きな甘い卵焼きと、アスパラベーコン巻きと、たこさんウインナーと、あとウサギの形のりんご! どう? シンジ君の作った弁当、美味しそうでしょ」
「せやな。じゃあ、ワシはアスパラベーコン巻きを戴こうかいな」
「あ!! あげるとは言ってないよ!! ちょっと鈴原君返して!! シンジ君〜〜」
「ああもう、僕に頼るな。当人同士で解決しろ」
シンジにもアスパラベーコン巻きの奪還をせがむカヲル。しかし、渚が毎日見せびらかすのが悪いだろと一蹴されてしまう。だが、トウジもカヲルが今にも崩れ落ちてしまいそうなくらい打ち拉がれているのを目にすれば、やれやれといったように弁当箱へとそれを戻してやった。カヲルが毎日あまりにも嬉しそうにシンジお手製の弁当を見せびらかしてくるものだから、少し誂ってみようと思っただけだったのだ。弁当箱に戻されたアスパラベーコン巻きを見ると、カヲルの表情はぱあっと明るくなった。
「わ、返してくれるの?」
「冗談や冗談。せっかくみんなと弁当食えるようになったっちゅうに、取り返す奴おらんやろ」
シンジも一連の流れを眺めて、溜め息を1つ吐く。その溜め息には少々の呆れと、相反する微笑ましいなという気持ちが含まれていた。すると、カヲルがシンジの隣に置いていた自身の椅子へと座り、身を寄せるようにして弁当を食べ始めた。ただでさえ真夏の生暖かい風が吹き抜ける教室に人が密集しているだけでも暑くて堪らないのに、制服越しに体温が伝わってくるであろう感覚は少々……いや、かなり耐え難いものがある。しかし、それはあくまでもその光景を目にしている者の意見であって、シンジは違った。若干眉を顰めつつも、特にカヲルを押し退けることもなく、涼しい顔をしながら一緒に弁当を食べているのだ。
「碇、最近いっつも渚とくっついて食べてるけど、暑くないのか……? 見ている俺が暑苦しいんだけど」
「いや、暑いけど。渚がいつでもどこでもこうだから、何というか……慣れたっていうか」
「そうか、慣れって怖いな……。まあ、熱中症には気を付けろよ」
渚が当たり前のように僕の隣に座って一緒に弁当食べてくれるの、実は僕自身が毎日楽しみにしてて……それを糧に毎朝弁当5人分作ってるなんて口が裂けても言えないよなあ……
シンジの向かいに座って手をひらひらと扇いでいるのはケンスケだ。まだカヲルが食事に興味を示していなかった際にいつも心配してくれていた彼も、今では安心したように傍で見守ってくれている。
「渚、碇の作る弁当は美味いか?」
「うん。凄く美味しいよ」
「良かったな。俺も渚がみんなとこうやって弁当食べられるようになって未だに驚いてるよ。ほんとに美味そうに食べるなあ」
双方のやりとりを聞きつつも黙々と弁当を食べていたシンジは、自身の向かい側に座るケンスケがカヲルへと投げかけた言葉を聞くと彼を少し羨ましく思った。カヲルはシンジに関わることになると、特に天真爛漫とした様子で様々な表情を見せる。弁当に関してもそうだ。ケンスケの言うように、彼は毎日とても美味しそうにシンジ手製の弁当を頬張るのだ。しかし、見知った顔がいる前でカヲルのその表情を余すことなくじっくりと見つめることはシンジの理性が許さず、隣同士でくっついて座っているため体勢的にも叶わない。その点、ケンスケは向かい側に座っているため、彼の弁当を食べる様子がごく自然な形で見放題なのがシンジは羨ましいのだ。少しだけ嫉妬してしまいそうにさえなる。