ちょこっとLove『今日はチョコを贈る日なのよ。外国の聖人が由来で愛する人に贈り物をする日って言うのが、日本ではお菓子会社の戦略で好きな人にチョコを贈ろうってなって、それがいつからか大切なひとやお世話になったひと、かなり広範囲にチョコを贈る日として根付いたってわけ。まあ、今でも好きなひとにチョコをっていうのが大部分を占めるけど……常日頃からお世話になってるし、頑張ってくれてるきみたちに感謝のチョコを贈りたいなって思ったのがうちの本丸でのバレンタインのきっかけだよ』
鶴丸が顕現して初めての2月14日。
風呂上がりに呼び止められ、手のひらに『いつもありがとう』と感謝と労いの言葉を込めて審神者が菓子を乗せてくれたことへの疑問を口にした返答がそれだった。
本丸を発足してからの恒例行事なのだという。
どうりで皆、どこかそわそわとしていたわけだ。
審神者の気持ちはありがたく、また擽ったく、これからも主として立て、盛り立てていこうという決意を抱くのは当然である。
だが、それとは別に。
(これは、由々しき自体だぞ、俺。想う相手にちょこれいとを贈るのが今でも主流だと主は言っていた……にも関わらず、俺は伽羅坊に何も用意できてないじゃないか!)
この本丸は長らく鶴丸難民で、稼働して数年経っての漸くの顕現。
しかも鍛刀でもドロップでもない、先ごろ導入されたなかなか縁を得られない刀剣がいる審神者への救済措置である通称・パン祭り……集めたシールと交換でやってきた男士なのだ。
初めての行事にいつものワクワクより先に消沈がきた。
おそらくチョコレートは萬屋街に赴くまでもなく通販で手に入るだろう。
けれど、初めてのバレンタインに贈るチョコレート、吟味に吟味を重ねて選んだものにしたかった……当日の、しかもあと数時間で日付が変わるタイミングでは急場凌ぎのものを用意するしかできない。
せっかく、三百年ぶりに再会できた想いびと。
言葉少なに、けれども鶴丸との再会を喜んでくれた大倶利伽羅にこんな行事があることを知っていたなら特別な何かを……
「国永」
「……伽羅坊ぅ」
大好きな声に呼ばれて振り向いた。
廊下の真ん中に突っ立っているのを大倶利伽羅は心配してくれたのかもしれない。
我ながら情けない声が出たのに、彼は眉を寄せる。
「どうした?」
「……これ」
「ああ、主に貰ったのか。毎年この日に本丸全員に配られる感謝の証だそうだ」
チョコレートを配られる理由を知らないと思ったのか説明をしてくれるがそうではない。
「それは……主に聞いた」
「?」
「……想う相手にも贈るものなんだろう? 俺は知らなくて……伽羅坊にちょこれいと、用意できなかった」
せっかく、また会えたのに。
しょんぼりと訴えると連れ合いは僅かに目を見開き、そうして表情を和らげた。
「気にすることはない」
「でもっ!だけどっ!」
「今年のバレンタインはおまえがいるじゃないか、国永。俺はそれが一番嬉しい……それじゃあダメか?」
「うぐっ」
この、伊達男め。
こういう無意識の口説きは燭台切のそれよりタチが悪いと思うのだ。
懐に抱え込んだ番には甘いったらない。
でもでもだってと絆されないように唇を童のように尖らせる。
すると彼は小さく溜息をついて、鶴丸の手を引き歩き始めた。
「伽羅坊?」
呆れさせてしまったかと様子を伺うとそうではないらしい。
連れて行かれた先は厨。
綺麗に片付いて人気のないそこで、大倶利伽羅はささっと作業をしてココアの入ったマグカップを鶴丸に渡す。
ココアには泡立てた生クリームがふんわりと乗っていて、更にチョコレートソースがかけられていた。
「……飲め」
常にはないくらい真摯な眼差しに押されてカップに口をつける。
ココア自体は優しい甘さだが、生クリームとチョコレートソースが濃厚さを加えていて、正直鶴丸の舌には甘過ぎだ。
連れ合いが手ずから作ったものでなければ一口で根を上げていただろう。
自分の好みを熟知しているはずの大倶利伽羅がわざわざそのように作ったのだろうから何か意味があるはず……そう思ってなんとか飲み干したのだが。
ご馳走様、そう言おうと思った唇をがぶりと覆われてしまった。
「……ん、んぅ……」
口の中まで丁寧に舐め尽くされて、解放されたときにはぐったりと連れ合いに抱え込まれていた。
「貰ったぞ。おまえからのチョコレート」
耳元に落ちた囁きに腰が抜けそうになる。
「んなっ」
確かに唇も口の中もチョコレートの味がしただろうさ。
あんまりにも鶴丸がしょんぼりしているから、なんとかしようと思ってくれた結果だとしても……やはり。
(この、伊達男め!)
他の誰かが聞いたなら『それって惚気?』と呆れられそうな叫びは胸の内。
「…………ろ」
「ん?」
「……来年は覚えてろ!絶対りべんじしてやるからな!」
心からの台詞に、連れ合いは珍しく破顔した。
また来年。
その約束ができることは幸せなことだ。
終幕