第四話
飛行機到着予定まであと十分。ジャックは腕時計から目を外し、到着口上部にある電光掲示板を見上げていた。天気は快晴。画面には定刻通りの運航時間が映し出されている。
ロビーには迎えに来た人や出発前に買い物に勤しむ人、重たそうな荷物を抱えて到着ゲートから出てくる人々であふれていた。
ジャックは同じように到着を待ち、ゲート付近で立ち止まっている人達の間を抜け、その横に設置されているベンチへと向かう。つい先ほど別の飛行機が到着したおかげか、そこは思ったより空いていた。ジャックは少し奥まったところにあるベンチの角に腰を下ろす。
ポケットに入れていた携帯を取り出し画面を点けると、予定時刻まで残り八分になっていた。そこから画像のアプリを開き、あらかじめ撮っていた電車の時刻表を出す。これなら全て予定通りに進められそうだ。
久しぶりの再会に胸が躍る。きっかけはラギーからのメッセージだった。
突然送られてきたのは輝石の国の観光地についてのことだった。学園を卒業して観光ガイドの職についたラギーは、持ち前のコミュニケーション能力に加え自前で培った語学力により、各国を飛び回る人気ガイドとして活躍している。
自分が受け持つ地域は事前に下見を行っているらしく、今回は輝石の国にある大きな湖について尋ねられた。都市部から離れた静かなところだが、最近近くにキャンプ場やペンションが建てられたらしく、新しい観光地として注目され始めていた。
そしてそれが偶然、ジャックの実家からそう遠くない場所だった。
そこでジャックは下見ついでに実家に泊まりに来ないかと誘いをかけたのだ。シーズンオフで休暇が取りやすく、近々久しぶりに実家に顔を出そうと思っていたところだった。
最初は遠慮がちなラギーだったが、ジャックの実家ならば宿泊費も食費もいらないと伝えると二つ返事で了承した。いつもは夕焼けの草原でばかり会っているので、ここ輝石の国で会うのは初めてだ。
いや、ほんとうにそうだろうか。ジャックはふと自分の中に浮かんできた疑問に頭を傾げる。
前にもこうして誰かを待っていたような気がする。こんな晴れた日ではなく、寒く、辺り一面が真っ白になった日に。
思い出そうとじっと考えに耽るが、頭には何も浮かんでこない。けれど、あの日も確かに待っていた。寒いのが苦手なあの人が来るのにこんなに寒くて大丈夫なのだろうかと、意味もなく数分おきに時計を見ていた。はずなのに、どうしてか肝心なその人が思い出せない。
ジャックは指先で頭に触れ、記憶の紐を引っ張り上げようとするが、どうしてもその先は浮かんでこない。その時だった。
「お待たせッス」
聞きなれた声にパッと顔を上げると、そこにはリュックを背負ったラギーが立っていた。タオルもシャンプー類も持って来なくていいと伝えたので、思ったよりもこじんまりとした荷物だ。
「お久しぶりです、ラギー先輩」
「今日はお世話になるッス」
よろしく、と頭を下げるラギーに、ジャックは慌てて立ち上がり同じように頭を下げる。
「あっちにチケット売り場があるんで行きましょう」
ジャックは先導を切り、ラギーを連れてチケット売り場に向かって歩き出した。脳裏に浮かんでいた疑問は跡形もなくきれいに消え去っていた。