カリギュラ・ラララ カリギュラ効果、というらしい。
耳に馴染みのない言葉でも、誰しも一度は経験しているのではないだろうか。禁止されるほどやってみたくなる――例えば、「絶対に見てはいけない」と隠されれば隠されるほど、かえって見たくなる……あの心理現象のことだ。
「というわけで、不良くん! わたしにあなたの耳を見せてちょうだい!」
「何が『というわけ』だ、相変わらず脈絡の欠片もねえなあ」
「いいじゃない、耳くらい。見たからって減るものでもないし。わたしの空腹を満たしてくれるように、普段カーテンで覆い隠されている未知の世界の向こう側をのぞいてみたいと思うわたしの好奇心も満たしてよ。それに、猫をこよなく愛する某作家先生も『エロというものは出したら色気がなくなる、めくるんだよ』みたいなことを言ってたわよ。わたしに不良くんの髪をめくらせてよ」
「いつから俺の耳は成人指定にカテゴライズされるようになったんだよ。おまえはのれんの向こう側に興味津々の思春期真っ盛りのガキか」
「のれんって何のこと?」
「ただのよくある例えだ。聞き流せ。――まあ、下手に断ってしつこく食い下がられても面倒だし、見たきゃ見ろよ」
「あら、意外とすんなり話が通ったわ。では失礼して。――ふうん、不良くん、番長なのにピアスとかはしてないんだね。てっきり観光地によくある南京錠がいっぱいついた欄干みたいになってるのかと思っていたのに、きれいな耳たぶ」
「おまえの『番長』に対する先入観ってどんなだよ。あんな趣味の悪い自己満足をじゃらじゃらぶらさげているって、想像するだけで二重の意味で重すぎて耳がもげるぞ。だいたいなあ、『未知の世界』つってるけどよ、それをいうなら耳じゃなくてむしろ左目の方だろ。別に目も耳も隠してるってわけじゃねえし、平服着た時も髪を上げてたし、そもそも第一話のわりと初っ端から三角巾を巻いてあらわになった俺の耳をおまえも見てるはず――……おい、くすぐってえから、そろそろやめろ」
「はっ。手触りが心地よくて、無意識に不良くんの耳たぶをむにむに揉んでしまっていたわ」
「場合によっちゃあセクハラだぞ。――そうだ、ピアスといえば、これ、おまえのだろ?」
「え? 星のピアス? あれ、わたし、してない……?」
「扉の近くに落ちてたぜ。留め金もいっしょに」
「わあお! 落としたことに全然気づいていなかったわ。拾ってくれてありがとう!」
「……つけてやろうか?」
「え? できるの?」
「ばかにすんな。耳の穴に刺すだけだろ」
「刺すって表現が痛いわ。不良くんが口にすると余計に。せめて通すといって」
「おまえなあ、ひとの耳たぶを好き勝手しておいて、俺にどうこう言えるような立ち位置にいられるわけがねえって分かってんのか? おとなしく通されとけ」
「ちょっとした好奇心がいつのまにか阿漕な交換条件にすり替わってた……。でも、見せてもらった手前それを持ち出されると言い返せない……。じゃあ、おねがい、します……?」
「ええっと、ポストっつーんだっけ? こいつを穴に通して……、へえ」
「ひゃうっ! ピ、ピアスをつけるだけでしょっ、ついでのように耳たぶを揉まないでっ! それもそんな感慨深げな顔でっ! 場合によっちゃあセクハラよっ!」
「アレだ、パン生地」
「は? ぱん、きじ……?」
「パン生地をこねる時に『耳たぶくらいの柔らかさになるまでこねろ』っていうだろ? 今までこんなもんかなって何となく感覚でやってきたけどよぉ、俺の指先の感覚はあながち間違っていなかったって、自分で自分に感心しているところだ」
「確かめるのも自分の耳でやればいいでしょ! 不良くん、まさか、わたしの耳をこねこねしておいしくこんがり焼くつもり?」
「おいしいって自信はどこから出てくるんだ? 誰が好き好んで、おまえみてえな煮ても焼いても食えねえヤツを調理したいと思うんだよ。おまえなんか――」
「ひゃんっ……って、わ、わたし今、不良くんに耳たぶを、かじ……られた?」
「――うん。素材のままで充分だ」
「さも当然のように味見するなー!」