ペイン×ベイン 真冬だっていうのに陽だまりみたいに暖房が効いた美術室で、座り心地抜群のソファに腰掛けていたんだ、眠るなって言われてもそれは無理な話だろう。
微睡みに落ちる直前、視線を感じた。
左隣へ目を向ける。
眉美がこちらを見ていた。――もっと正確にいえば、興味津々って顔であいつが見ていたのは俺の顔ではなく、手の甲だ。
「なに見てんだよ」
むふふ。
眉美が不気味に笑う。
「立派な血管だな~と思って」
「血管?」
わたしと全然違うからさー、と、俺の手の横に眉美が自分の手を並べる。
俺のそれとは、ひとまわりほど大きさが違う握りこぶし。皮膚の色も全然違う。ちゃんと陽に当たってんのか。ビタミンDが生成されねえぞ。
「ほら、わたしの手と違って、不良くんの手は血管がぷっくり浮き出ているでしょ? 同じ中二の手には見えないわ」
「俺の手が老けてるって言いたいのかよ」
「切ったら噴水みたいに血が噴き出しそう」
「羊羹切るみたいに簡単に人の血管を切ろうとするな。おまえはへマトフィリアか」
「トマトフィリング?」
「半分しか合ってねえよ。何でもかんでも食いもんと一緒にすんな。『大食漢のマユミ』って呼ぶぞ」
「ね、触ってもいい?」
「断る。どさくさに紛れて血管切られるのはごめんだしな」
「ええ~」
番長のくせにケチくさいんだから~と唇をとがらせる眉美を無視して、俺は頭の後ろへ両手を持っていき、ソファに寄りかかり目を閉じた。
――あの時、出し渋りせずに触らせてやればよかった、あいつにもっと見せてやればよかったな……。
懐かしい夢のあとで悔やんでも後の祭り。
去りし日の後悔が胸を刺す。
寝起きの俺は、情けない顔をしていたのだろう。弱々しい寝言でも吐いちまったのだろう。
「やーだな、不良くん。別に『見えない』からって、不良くんの手が変わっちゃったわけじゃないでしょ?」
おはようの代わりに、にひひと笑って、眉美は俺の手の甲に自分の手のひらを重ねた。
「ほら、立派な血管。この血管が波打つ限り、わたしが不良くんの手を間違えるはずないわ」