0201 今日もエレンが弦を爪弾く音で目を覚ました。横になったまま首を捻ると、エレンが窓際に座り込んでコードを探っていた。いつも深夜にそっと帰宅し、冷蔵庫の中のものを適当に食べて風呂に入るエレンは、その後ギターを担いで窓辺に座る。ヘッドホンアンプのおかげで近隣に騒音を撒き散らすことはないものの、弦が撥ねる鈍い音は明け方の部屋に浮かんで、わたしの耳に届く。布団の中でもぞりと動くと、いつものように弦の音が止まった。
「おかえり……」
「ただいま」
「食べた?」
「食った」
エレンはそう返事をし、布団に潜り込んできた。わたしの足に冷たい爪先が当たって、咄嗟に間抜けな声が漏れる。
「ぎゃっ……」
「なんつー声出してんだよ」
「いや足つめた……」
「しょうがねえだろ、冬なんだから」
ねみい、と呟くエレンがわたしの背に腕を回す。かかった吐息はかすかに歯磨き粉のミントが残っている。エレンがわたしの首筋に擦り寄る。最近、無精髭を蓄えているせいでザリ……と小さく擦れる音がした。肌を擦ってはいけないというどこかの美容家の言いつけを従順に守っているのに、このせいで無駄になっているのではないかとふいに心配になった。
「……また勝手にシャンプー使った?」
これまたふわっと香る甘い匂いに、わたしは目を閉じたまま問いかけた。エレンの髪を掬い上げると、なめらかな肌触りでするりと指からすり抜けた。
「あっちなんかぎしぎしすんだよ。オレもこっちがいい」
「あれ結構するんだけど……」
「お前はオレと同じじゃ嫌なのか」
「……え?」
「はあ? 図星かよ」
何もそういった理由で渋っているのではない。それに図星を突かれてもいない。ただ少し面食らってしまっただけだ。エレンの口からそんな発言が飛んでくるとは夢にも思わなかった。
「ちがうけど……」
「じゃあいいだろ」
「どうしたの、今日演奏いい感じだったの?」
「なんでシャンプーと演奏が関係あんだよ」
「なんで今日機嫌良いのかなと思って」
「別に普通だろ」
「そう?」
次はどれを買うか迷っていたが今決めた。あれの大きいサイズをリピートすることにした。