学パロ怪僧と菫 調理実習を終えて廊下を歩いていると、窓越しに教頭先生が歩いてくるのが見えた。校内の巡回をする彼の姿を遠巻きに眺めながら、仕事も出来て見目も良い、黙ってれば非の打ち所のない男なのに……と日頃の言動を思い返して溜め息が漏れる。そうとも知らず彼は今日も絹のような黒髪を靡かせ、渡り廊下からこちらに向かって来た。
「お疲れ様です」
「菫さん、お待ちください」
すれ違いざまに会釈をし、顔を上げると同時に呼び止められた。何の用かと思い立ち止まると、教頭先生がじりじりと詰め寄って来た。
「な……なんですか?」
怪訝な顔をするわたしを壁際に追い込み、彼はわたしの髪を白い指でするりと撫でた。
「甘い匂いがしたもので、つい」
教頭先生が言った。ここが校舎内であるにも関わらず、不覚にも心臓が思わずどくん、と跳ねた。
「今日の実習お菓子だったので、それだと思いますけど……」
わたしが答える。しかし、教頭先生は「なるほど、そうでしたか」と言う割には退ける気配がない。いい加減離れなければ、と壁と教頭先生の間をすり抜けようとするも、教頭先生に肩を抱かれ道を阻まれてしまった。
「あまりにお可愛らしいので、とうとう砂糖菓子にでもなってしまわれたのかと」
「な……っ、なりませんよ、何言ってるんですか」
「何……って、菫さんは砂糖菓子のように甘やかで可憐だと言っているのです」
相変わらずよくそんな砂を吐くような台詞が出てくるものだな、と思う。本人は言っていて恥ずかしくはないのだろうか。言われるこっちは死ぬほど恥ずかしい。
「そっ……それより、誰かに見られたらどうするんですか」
「私は見せつけたって良いと思っていますよ」
「生徒に見られたら……」
「もうジャンヌさんには見られてますがね」
「む……」
明らかに教頭先生はわたしをからかっている。そうわかっているのに、嫌がる反面どことなく胸の高鳴りが収まらないのはどうしてだろう。こういうのを惚れた弱みというのだろうか。
「あんまりいじめると本気で怒らせてしまいますね。これくらいにしておきましょう」
そう言い残し、教頭先生は階段を下りて階下の職員室へと向かった。
その後、一部始終を目撃していたアナスタシア先生に「あなた達いい加減になさい」とお叱りを受けることになったのだった。