0203 エレンくんが風邪を引いた。学校を休んだエレンくんの部屋に、夕方頃ミカサちゃんとアルミンくんが差し入れを持ってきてくれたので、わたしが買い出しに行く必要はなさそうだ。「ミカサとアルミンが来た」というメッセージと一緒にスポーツドリンクやゼリー、パックのお粥の写真が添付されていた。帰りの電車でトーク画面を眺めながら、アルミンくんはともかくミカサちゃんはまだ帰っていなさそうだなあ、もし居るようなら晩ご飯食べて帰ってもらおうか……。それならやっぱり少しだけスーパーに寄って帰るべきか? デザートも食べて帰ってもらいたいし。アイスならエレンくんも一緒に食べられるかな……などと考えているうちに最寄り駅に到着した。
自宅に着いてアイスを冷凍庫に収納し、隣の部屋の呼び鈴を鳴らすと、応答なしで数十秒後エレンくんが玄関から顔を覗かせた。
「お疲れ」
「またインターホン確認せずに出たでしょ」
「来るのわかってんだから大丈夫だろ」
「そうだけど不用心だよ」
いつもの部屋着はそのままに、額には既に冷却シートが貼りついていた。わたしが額のそれに気を引かれていると、エレンくんは手で額を覆い、伏し目になった。
「これは……ミカサが貼りやがった」
「うん」
「あいつらならもう帰ったからいねえぞ」
「あら、そうだったの?」
てっきりまだ二人でいるのかと、そう呟くとエレンくんが煙たげな目を向けた。ミカサちゃんはきっと帰りたくなかっただろうな。差し詰め、エレンくんが今のように煙たがって帰したんだろうな、と推し量った。
「一応うどんぐらいなら作れるけど……。二人がお粥買ってきてくれてるんだっけ」
「ん……、お粥は明日の朝食う」
「わかった。食後にアイスもあるからね」
エレンくんにそう言い残し、わたしは自室のキッチンに戻った。
という訳で、本日の夕飯は鶏塩うどんになった。沸騰したお湯に鶏がらスープの素・細切れにした鶏肉・長ねぎ・うどんを投入するだけの至極簡単なものだが、これがどうにも美味しい訳で、自分の中で自炊が億劫な日や風邪を引いた日の鉄板メニューになっている。そのままでも構わないが、風味付けにごま油を数滴垂らすと香ばしい風味が加わり、食欲を誘う。
「大丈夫? 食べられそう?」
箸で持ち上げたうどんに息を吹きかけて冷ますエレンくんを前に、わたしの内なる母性が湧き上がった。絶対に言えば怒られるだろうが、この子はとんでもなくかわいい。幼い頃からずっと成長を見守ってきたが、やっぱりエレンくんはいつまでもかわいい。
半分ほど食べ進めたところで、顔を上げると熱で潤んだ翠色の瞳と目が合った。ほんのり紅潮した頬と目で、照れ臭そうにこちらをじっとり見つめてくる。こうなると逆にこちらが食べづらい。さっきはかわいさ余って見つめすぎちゃってごめんなさい。
「な……なに?」
「いや……悪いな、いつも」
「……え?」
「これ、うめえな」
「え……ど、どういたしまして……?」
突然の感謝に動揺が抑えきれなかった。完全にただわたしのわがままに付き合わせる形でエレンくんと毎日夕飯を共にしているので、感謝される筋合いもないというのに。己が腹を痛めたわけではないが、こうしてふとした瞬間に成長を感じると、勝手に涙腺が緩む。
「熱下がったらチーハン食いてえ」
「うん、食べようね」
「……ってなに泣いてんだよ、」
「まだ泣いてないよ」
「は……? なんだよ、泣くなって」
「まだだって」
「鼻水も出てんぞ……ほらティッシュ」
「あ、ありがと……」
こういう優しいところもあるのだ。渡されたティッシュで鼻をかみながら、今日のことはあとでカルラさんに連絡しようと心に決めたのだった。