N-4N-4
ドラウスは大きめのマグカップを持ってキッチンから戻ってきた。ノースディンは無言でそれを受け取る。中身は熱いミルクティーだった。
「電話しても出ないから来てみたんだ」
ドラウスは手近な椅子を引いて来て、ノースディンの隣に来た。椅子を横向きに置いて、ノースディンに顔を向けて座る。
「で? 何があった?」
ノースディンはマグカップを両手で包むように持って、カップの中で揺れるミルクティーを見つめていた。何をどこからどう話せばいいのか、ノースディンにはわからなかった。それ以上に、古い教会と棺のことをドラウスに知られたくないと思った。
「ノース?」
言葉が出ない。
ドラウスは座ったまま身を乗り出す。
「ん?」
ドラウスはノースディンに視線を合わせた。ノースディンはひとことだけをどうにか絞り出した。
「言いたくない」
「俺にも?」
ドラウスの優しい目がノースディンの顔を覗き込んでいる。ノースディンが話し出すのを待つ姿勢はそのままだ。
お前はいいやつだよ、ドラウス。ノースディンは心の中で呟いた。普段は情けなく頼ってくるくせに、結局は誰よりも頼もしいのだ。
「話せるところだけでもいい。ダメか?」
頼ってしまいたい。きっと力になってくれるだろう。でもこの話を聞かせたくない。かつて心を寄せた相手に、実はこっそり別の者を、という話をしたくない。
「ノース、力になりたいんだ」
ノースディン自身にしか意味をなさない相反する執着に、ノースディンは身動きがとれない。ドラウスの誠意が、長年の嘘をはらんだノースディンの心にはひどく痛い。
「……ドラウスはひどい」
ブランケットで包んだ膝の上に、ぼたりと二粒、水滴が落ちる。ドラウスはおろおろと両手をノースディンに伸ばしては引っ込めている。
このひとを困らせてはだめだ。ノースディンは動揺する。
「そうやって私の心の底まで浚おうとするんだ」
八つ当たりじゃないか。頭の中の冷静な自分が必死に止めようとするのに、言葉が勝手に口から出てくる。
「私の気持ちだけは知ろうともしなかったくせに」
いま言うことじゃ無いだろう!
「……」
やってしまった。ノースディンは肩を落とし、顔を伏せた。被っていたブランケットが落ちて猫が抜け出していった。なにもかも失った。八つ当たりで。
長い沈黙があった。
ドラウスは小さな声で切り出した。
「すまないノース。実はその……それ、知ってた」
ドラウスは視線を床に落とす。
「俺は当時ミラさんしか見ていなくって、ああもちろん今もミラさんがいちばんなんだけど、そのう、ミラさんよりノースのほうが付き合い長いし、なんとなく、わかってたというか……俺はミラさんのことが大切で、でも親友も失いたくなくて」
ドラウスは小さく頭を振った。
「数百年ずるずると、お前に向き合いもせず、友情にあぐらをかいてた。それがデリカシーだと思って。遅きに失した言葉だけれど――すまなかった」
ドラウスが頭を垂れるのを、ノースディンは戸惑いとともに見た。親友に頭を下げさせてしまった。八つ当たりで。とうの昔に終わった話で。
ノースディンはやっとのことで口を開いた。
「顔を上げてくれ。こういう話がしたかったんじゃないんだ。私が、大人げなく古い話を持ち出して――」
弁解めいた言葉ばかりが口から出てくる。本当に口ばかり良く回って。ノースディンは自らの浅ましさを嫌悪する。
「ノース。俺は、ずっと出来なかった話が出来て良かった。全然足りないけど。俺達は人間と違って『墓まで持っていく』ってやつができないから」
ドラウスは眉尻を下げてノースディンを見た。
「それで、できれば俺としては、そのう、長年の友情をこれからも維持したいんだけど……ノースが嫌じゃなければ、だけど……図々しいかな、どうだろう……ダメかな」
叱られた犬の姿とイメージが重なる、少し情けない顔。
「ドラウスお前、その顔で何でも通ると思ってないか?」
「……」
「通るんだよ、これが。クソッタレ」
ドラウスめ、そんなにあからさまに嬉しそうな顔にならなくてもいいじゃないか。ノースディンは深々とため息をついた。
「敵わないな……」
「じゃ、じゃあ本題に入らないか? だって、問題は別のことなんだろう?」
本当に敵わない。頼もしい親友に隠し事はできない。
「わかった……だが、どこから説明するべきか、わからない」
「最新情報から頼むよ、足りない情報はその都度。いま、いちばん困っていることは何だい?」
「無くし物だ」
「無くし物か。何を?」
「棺」
「ふむ、棺。……えっ? 寝るときどうしてるの?」
「その棺じゃないんだ。あー、ええと、中に、その、んん、コホン、人間が――」
* * *
「まずは教会を撤去した解体業者だ。工事で出てきたものをどうしたか、確認しよう」
ドラウスは棺の中の人間について素性を追求しなかった。どちらかというと、ノースディンが人間を噛んだことに関心を持った。
「ノースがねえ……」
ドラウスは妙にしみじみとしていた。ノースディンは当時を思い出す。
「上手くいかなかった」
「つらいな……」
ドラウスの言葉にノースディンは沈黙で応じた。
「遺体とはいえ、大切なひとだったんだろう? 追っかけてやらなきゃ。結果がどうなろうとね」
ノースディンは頷いて、すっかり冷めてしまったミルクティーを飲んだ。