N-5N-5
古い教会で見つかった『なんかメッチャ冷たい開かない箱』は、とある大学に送られて調査される予定になっていた。ところが箱は行方不明となり、いまだ大学には届いていない。
「棺が最初に向かったのは、教会近くの港にある配送センターだ。運送会社の記録には、配送するまでのあいだ冷凍倉庫に入れた、とある。品名は凍った箱」
ノースディンはノートPCの画面にリストを表示し、そのうちの一行を指さした。リストは港に出入りしている業者から手に入れたものだ。
ドラウスは椅子から身を乗り出してPCの画面に顔を寄せた。ノースディンはノートPCをドラウスに向けて、画面を見やすいようにしてやる。
ノースディンは説明を続けた。
「凍った箱はそこから手違いで、同じ倉庫の荷物と一緒くたに貨物船に乗せられたようだ」
「棺が学者どもに曝かれなくてよかったと言うべきか、積む前に荷を確認しろと言うべきか……」
ドラウスは頭を振った。ノースディンもそう思う。
「紛失が判明した時期から船を絞り込んだんだが、運がよかった。絞り込んだ中で冷凍運搬船は一隻だけだった」
「さーすディン! 二人してあちこち出向いた甲斐があったな」
「魅了のバーゲンセールだったからな……」
事務のお姉さんから倉庫番のお爺ちゃんまで。魅了に次ぐ魅了と、歯の浮くような言葉の粗製乱造によって情報を出させた成果である。
「この船の積荷は、主に冷凍カジキマグロだ。荷を降ろしたのは日本のシンヨコハマ」
「シンヨコハマ?」
ドラウスの声は裏返っている。それは驚くだろう。ノースディンだって驚いた。よりによってあの街に。
「そう、シンヨコハマだ。それから、乗員の間で変な話が出ている。曰く、『冷凍カジキマグロがおっさんになった』」
「……酔っぱらいか?」
「それが、複数の人間が、『積荷の箱からおっさんが出てきた』のを見ているそうだ」
「密航者? は冷凍庫にはいないか……それ、もしかしてすごくいいニュースなんじゃないか?」
「変に希望は持つまいよ」
ノースディンはノートPCをパタンと閉じた。
「シンヨコに行ってくる」
その場から立ち去ろうとするノースディンの袖をドラウスが引いた。
「ちょっと待て、ノース。一日待て」
「なんで」
「どうせ日本は新年でお休みだ。今日から三日間は何もできない。睡眠を取るんだ。あとPCの電源は切りなさい」
「しかし」
「そんなひどい顔で迎えに行くのかい、我が子を」
「……」
ノースディンがノートPCをシャットダウンし、自分の棺に入るまで、ドラウスはノコノコと付いてきた。
「ドラウス。見張ってなくてもちゃんと寝るから」
「どうかなあ」
棺の中で体を起こしたノースディンを、ドラウスは疑わしげに見ている。ノースディンはつけ加えた。
「それにここまで付いてくるの、相当デリカシーに欠けてるぞ」
「うっ……」
ドラウスがひるんだのを見てから、ノースディンは棺の蓋を閉めた。
「おやすみ」
ノースディンは棺の外でおやすみと応える声を聞いた。次いで、遠ざかる靴音。
棺の中で、ノースディンは蓋の裏に貼ってあった写真を破って、枕元へ落とした。