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    Shijima_shhh

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    Shijima_shhh

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    降谷さんがバーボンから降谷零に戻るための夜の過ごし方の話。
    ・降風
    ・かざみは出てきません。でもふるやさんはかざみのこといっぱい考えます。

    #降風
    (fallOf)Wind

    夜が明けたら(降風)〝バーボン〟というのは、とある国際犯罪組織のネームドである。この組織では、その働きが認められると酒を由来とするコードネームを与えられるのである。つまり、バーボンと呼ばれる男は、何らかの功績によって組織に認められ、コードネームを得て組織幹部の仲間入りをしたということだ。であるからして、当然、この〝バーボン〟も犯罪者である。組織内での立場は探り屋。つまり情報屋であり、彼の握る情報は明日の天気からとある政治家と暴力団幹部の親密な関係まで多岐にわたる。バーボンの持つ情報は、当然のことながらある日突然降って湧いたものではなく、彼があの手この手を駆使して集めたものである。その方法は正攻法もあれば搦め手もあるし、まっとうな手段もあれば人にはとても言えないようなものもある。
     バーボンは情報屋の常として自らの情報網を同じ組織の者たちにも決して明かさない。それは、バーボンの最大の武器であると同時に、バーボンの身を守る最大の盾ともなるからだ。バーボンの持つ情報、その収集源。そういったものが丸裸になれば、おそらく常にバーボンに疑惑の目を向けるジンなどは喜んでバーボンを殺すだろう。ジンは常に傍らに置くウォッカ以外の人間を基本的に信用していない。疑わしきは罰せよ。それがジンだ。

     情報を制する者は戦いを制す。
     孫子の時代から言われていることだ。情報は時としてどんな兵器をも上回る。そのため、ありとあらゆる情報を持ち、そして手に入れることの出来るバーボンが組織内で一定の地位を得、重用されるのは当然のことと言えた。ジンが今までに幾度となくバーボンにその銃口をつきつけ、しかしバーボンが未だに生きているということがまさにその証明となっている。死人に口なし。死んでしまえばバーボンからどのような情報を引き出すこともできなくなる。その損失は大きい。
     今までにバーボンのもたらした情報は組織に多くの利益を与えた。バーボンがいなければ実行されなかった作戦も多い。また、バーボンから得た情報のおかげで警察やそれに類する組織の手を逃れたことも幾度となくある。

     その男は国際犯罪組織の幹部の一人。探り屋バーボン。歴とした犯罪者である。

    *     *     *

     〝バーボン〟の仕事をした後はいつも気が滅入る。
     正義を志して警察官になったはずなのに、犯罪者の一員となり時に悪事に手を染め、犯罪者たちと渡り合うのはひどい苦痛だった。目の前に、犯罪者がいるのに。奴らが何をしているか知っているのに。それを見ているのに。それなのに、降谷は奴らを逮捕するためではなく、ともに悪事に耽けるためにそこにいる。奴らを現行犯で逮捕する機会を幾度となく得ていても、その場にいる降谷自身もその犯罪者の一員なのだ。バーボンとして罪をひとつ犯す度に、降谷の中の何かがすり減る。心の中にどれほど強い信念があろうとも、否、信念があるからこそその苦痛は大きい。
     公安警察の一員として、きれい事だけでは正義を貫けないことくらい知っている。この国の安寧のために必要ならば、違法捜査だって辞さないし、冤罪を作り出すことだってやってのける。1万人を守るために1人を犠牲としなくてはならないのであれば、降谷はそうする。
     今、降谷が組織に潜入捜査しているのも、この巨悪を確実に壊滅させるためだ。そのために降谷や悪に手を染め、罪を重ねていく。そのあり方を間違っているとは、思わない。その先にある正義を降谷は見失わない。
     それでも、心身の摩耗は避けられない。降谷は疲れていた。どうしようもなく。それだけは、どうしても避けられなかった。


    「……ただいま」
    セーフハウスで血の匂いを落とし、汚れた衣装を処分し、それからようやく愛犬の待つ〝安室透〟の家へと帰る。
     〝安室透〟は〝バーボン〟の表の顔。毛利小五郎の押しかけ弟子の私立探偵で、喫茶店のアルバイター。明るく朗らかでいつも笑顔の料理上手な好青年。
     それは降谷の持つ側面の一つを誇張した人格ではあるが、降谷そのものではない。この部屋の中でまで常に安室透を演じるわけではないが、やはり〝安室透〟としての意識が常にどこかにある。
    (ハロ)
     荷物をいつもの場所に置き、それからそっと部屋の隅を覗く。そこには、お気に入りの毛布にくるまって気持ちよさそうに眠る愛犬がいた。そのいつも通りの姿にほっと息を吐いてから、愛犬のための餌皿と水皿を確認する。そこには綺麗な水が入っていた。降谷が数日家を空けていた間にも、右腕と頼む部下がハロの世話をしっかりしてくれていたことが、それだけでわかった。
    (風見)
     降谷が不在の数日にも愛犬が不自由なく過ごせていた事実と、ここにはいない右腕の気配。その二つのどちらに安心したのかはわからない。とにかく少し肩の力が抜けた気がした。

    (喉が渇いたな)
     愛犬のために用意された水を眺めたからなのか、それとも流しの横に置かれたマグカップを見たからか、なんとなく喉の渇きを覚える。ここに帰る前に立ち寄ったセーフハウスでは水も食料も、何もほしいと思わなかったのに。小腹も空いた気がしたが、疲れ切った体も心も、食事よりも休息を求めている。一応、夕食は済ませている。ベルモットと腹の探り合いをしながらであったけれど。
    (味が良かったのは覚えているが……美味しくは感じなかったな)
     シェフの腕は極上なのだろうが、それを楽しめる時間ではなかったことが少し残念だった。〝バーボン〟として過ごすときはいつもそうだ。常に気を張って、己の信念を軋ませて、心を削って過ごしている。何を見ても美しいと思わず、何を食べても美味とは思わない。降谷の持つ三つの顔の中でもっとも華やかな顔でありながら、心がもっとも渇く時間。
     いつもの倍ほども身体が重い気がした。いつもならばお湯を沸かして梅昆布茶でも淹れるところだが、それすら面倒くさい。喉の渇きを誤魔化すだけなら水道水で十分だろう。そう思いながら、マグカップを持ち上げる。

     ころん。
     カップの中で何かが動いた。
    「?」
     不思議に思ってそこをのぞき込むと、チョコレートが三つ入っていた。コンビニで売っているような、何の変哲もないものだ。降谷が自分で買ったものではない。また、最後にこの部屋を出た時には無かったものだ。
    「あいつ……」
     このチョコレートを置いていった犯人はわかっている。なぜなら、この部屋への出入りを自由に許しているのは一人しかいないから。そしてその人物は、チョコレート好きでもあった。
    「……」
     いつだったか、チョコレートを食事代わりにするなと叱ったことがあった。それ以来、降谷は風見の食生活を気にするようになったのだ。またその反対に、いつからか降谷が取り繕っても疲労を見抜くようになった風見が疲れてるときには甘いものですよ、と降谷にチョコレートを渡すことも少なくなかった。今日はちゃんと野菜も食べましたよ、なんて小さく笑いながら。
     きっとこのチョコレートも、そういったいつものやりとりの延長線上なのだろう。おそらくここに来る度に一つずつ、組織に潜る降谷を気遣ってチョコレートを置いていったのだ。三つのチョコレートは種類がバラバラで、あいつはまたチョコレートばかり食べているのか、と顔をしかめようとしたが口元は勝手に緩んだ。
    「まったく」
     呟いて、三つの包みのうちの一つを選ぶ。カサリと音を立てながら包みを剥いて、中の小さなチョコレートを指先でつまみ、口の中に放りこむ。用済みの緑色の包みを丁寧に伸ばして、小さく結びながら口の中のチョコレートをゆっくり溶かす。
    「……甘い」
     コンビニの企業努力はめざましい。しかし、風見の好むミルクチョコレートは降谷には少し甘すぎる。それでもつまんだそれは、〝バーボン〟としてベルモットのお供をした高級なレストランの一級品のデザートよりも遙かに美味しく感じられた。
    「は、ははっ」
     こんなチョコレート一つで疲労が軽くなったりなんてしない。〝バーボン〟としての仕事で滅入った気持ちがいきなり浮上することもない。けれど、チョコレートの甘さを噛みしめながらこれを置いていった男のことを思えば、小さく笑うことができた。
     マグカップの中に入っていた残りのチョコレートを丁寧に取り出し、食器棚から出した豆皿に乗せる。これは疲れたときにまた食べよう。空になったマグカップを軽くすすぎ、水をごくごくと飲む。ただの水道水なのに、ベルモットと飲んだワインよりも降谷にはおいしく感じた。
    「ふぅ」
     勢いのまま二杯水を飲んでから、マグカップを洗う。何の変哲もないこのマグカップは、風見がこの家に来るようになってから買い足したものだ。風見にそれを特に言ったことはないのだが、風見はいつもこれを使っているらしかった。だから降谷は普段、このマグカップを使わない。けれど、今夜はこのマグカップで水を飲みたかった。


     暗い部屋で布団に潜り込み、目を閉じても眠気はなかなか訪れない。これも、〝バーボン〟から戻ってきた夜には、いつものことだった。疲れ切っているのに眠れない。頭の中を薄暗い考えが埋め尽くそうとする。
     〝バーボン〟の仕事をした後には、たまにうまく〝降谷零〟に戻れない。〝バーボン〟として犯した自分の罪を数えて、どうしても眠れない夜がある。正義という怪物に蝕まれて一人で冷えた指先を擦り合わせる夜がある。
     眠れない夜には慣れていた。諸伏を喪った直後は特に、こんな眠れない夜が何日も続いた。

     けれど、降谷はもう、こんな夜の過ごし方を知っていた。
    (明日は、弁当を差し入れてやろう)
     目を閉じて、強引に明日のことを考える。それだけで、冷えた指先が少しだけ体温を取り戻す。だって、降谷の〝明日〟には、風見がいる。降谷を疑うことはあっても、裏切ることはない男。降谷の正義を知り、降谷の正義を信じる男。
     降谷をいつだって〝降谷零〟の形にしてくれる男。

     明日の昼には、この数日で降谷が〝バーボン〟として得た情報の幾つかを風見に渡す予定があった。真昼の公園のベンチで情報媒体とともに弁当を渡せば、きっと風見はいつも通り恐縮しながらも、嬉しそうに降谷の手製の弁当を頬張るはずだ。その顔を思い浮かべれば、こんな夜だって乗り越えることができる。明日が来るのが楽しみでたまらなくなる。
    (弁当、何を入れてやろう)
     夕方からポアロのシフトが入っているが、午前中は時間がある。近所のスーパーは有り難いことに朝の8時から開いている。スーパーへの買い出し。ハロの散歩。部屋の掃除。弁当作り。どんな順番でこなしていくか、頭の中で段取りしていく。思考を邪魔しようとする薄暗い声が戻りそうになる度に、降谷の手料理に笑顔になる風見の笑顔や、さっき食べたチョコレートの甘さを思い浮かべる。
     浅い眠りの合間にそれを繰り返すうちに、窓の外は少しずつ夜明けを迎えようとしている。朝日が差す頃には降谷の中に残っていた〝バーボン〟はどこかに行ってしまったようだった。

    (風見)

     その姿を思い浮かべる。たったそれだけで、降谷は、〝降谷零〟は、どんな夜だって越えることができた。
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