自我なき男の独白 バルナバスは神の器を腕に抱えながら、今となってはただ虚ろなだけの玉座に座している。神の為に己が意思で捨てた自我無き瞳で、この腕の中の器に視線を落とす。
この器…ミュトスは、神の器となる誉を理解せずに、かの地カンベルで私に闘いを挑んできた。ミュトスの技量は私に遠く及ばずとも、鍛錬を積めば私と同等の剣を操る事ができるのだろう。
神の器として選ばれた身には自我を捨てる事こそ誉なのだ。そんな未来は訪れないのだろう。
神が導く新しい世界の創世。その世界の内には、人を導く役目を神に委ねた私と御方の器となったミュトスは居ないのだろう。
だが、それで良い。それでこそ神の御業で人が正しき道へと導かれるのだ。
視線の先のミュトスの蒼い瞳は、濃い霧が覆うように虚ろに揺れている。その瞳に呼応するように、力なき手を握りそっと口付ける。
己の唇に触れる温かい感触にバルナバスは安堵する。……神の器はすでに完成している。それなのに温かさに安堵するとは、まるで此奴の身を案じているようではないか。
「まだ私にも、捨てきれぬ自我があったとはな」
自我を捨てた己が、神が器に求めたミュトスを前に、自我を再び呼び起こされたのかとバルナバスは嘲笑う。
いいだろう。この器に神が宿るその時までに、己の中に残る自我を神の依代であるこの器に捧げるとしよう。
そして自我なき己とお前で、共に神の成す新しき世界を見届けようではないか。なぁミュトスよ。