fortunate error やってしまった……。
ここ連日の忙しさで疲れが溜まっていたとはいえ、会社の階段で転んで利き腕を捻挫するなんて……。
医者からは一週間の絶対安静を言い渡された。そんな大袈裟なと思ったのが顔に出てたのか、無茶をすれば痛みが長引くだけだと言われ素直に言うことを聞くしか無かった。
そんな訳で利き腕を捻挫して3日目。
手首の痛みや片腕の不便さに辟易していたが、同居しているパートナーのバルナバスが意外とマメに世話をしてくれている。非常にがありがたいのだが、どうも少々やり過な気がしてならない。
食事は片手でも食べられるものを毎回用意してくれるし、捻挫した手首のテーピングは必ず彼が交換する。
部屋のドアの開け閉めは無事な片手が使えるのにエスコートされる始末だ。
今朝も髭が上手く剃れないのを見かねて、彼愛用の剃刀を用いてクライヴの髭を整えてくれた。
どうも日頃から無造作に髭を整えるのが気になっていたらしい。
日頃も自分なりに整えてると反論したがバルナバスに鼻で笑われた。
その日、会社で女性社員に『清潔感がある』や『いつもこうだといいのに』だのと、やたら好評だったのはまぁ気のせいだろう。
こんな風に彼の細かな気遣いで、片手どころか家の中に居ると手を使わないで済むに近い生活が実現していた。
その延長線上なのは分かるんだが、やっぱり毎回風呂まで一緒なのは成人男性としてどうだろうかと思う。
「クライヴ。早く来い湯が冷める」
どうやら今日も観念するしかないらしい。クライヴは早々に諦めてバスルームに向かった。
バスタブに張った湯から立ち登る熱気に温められたバスルームは快適で、湯に溶けている乳白色のバスボムがシュワシュワ溶けだす音が耳に心地よい。
日頃はシャワーで済ませがちなクライヴだが、たまにはバスタブを使うのもいいものだと思う。
ただし、背中に感じる逞しい身体が無ければの話なのだが。
「さすがにバスタブに男二人は狭いと思うんだが?」
「そう思うのなら大人しくしていろ」
標準よりは広いバスタブだが、体格の良い男二人が並んで入るには少し狭い。何より片手が使えない分、滑って溺れてしまわないか気が気じゃない。結果、バルナバスの脚と自分の脚を絡ませて安定を図ることで落ち着いた。
バスタブの湯がクライヴの身体に馴染む頃を見計らって、バルナバスの心地よい声が耳に入り込む。
「髪を洗うから目を閉じていろ」
バルナバスの男らしい長く大きな指がクライヴの髪を掬い洗っていく。彼の両手が頭に優しく触れると擽ったいけど気持ちいい。
気が付くとクライヴの頭が自然とバルナバスの厚い胸に落ち着いていた。
「アンタの指は気持ちいいな」
「それは良かったが、少し洗いにくい」
閉じた目を開け下から見上げたバルナバスは、発する言葉とは裏腹にその男らしい精悍な顔立ちを優しげに綻ばしている。
あぁ、これが幸せってやつなのだろうか。
怪我をしてるからこそ甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているのは分かっているが、胸の奥がずっと温かくて擽ったい。
「そんな物欲しそうな顔をされると困るんだがな」
「それはアンタも同じだろう?」
気が付くとクライヴの唇がバルナバスのそれと重なり激しく求めあう。息が苦しくなり唇を離すと、まるで獲物を捉えたと言わんばかりなバルナバスの顔に見惚れてしまう。これは自分を捕食しようと狙って離さない獰猛な雄の顔だ。
「……んっ……はぁ……」
「ふっ……ん……」
捕食されるだけじゃなく自分もバルナバスを喰いたい。クライヴにどこか挑戦的な気持ちが持ち上がる。
「続きはベッドでなきゃ嫌だ」
「我儘な主のご要望とあれば」
お前に付き従う騎士の勤めを果たしましょうぞ。
クライヴの手の甲にバルナバスの唇が恭しく落とされる。
日頃はスーツを着るバルナバスが騎士の甲冑に身を包む姿を想像する。バルナバスの鍛え抜かれた身体に甲冑はよく映えるだろう。だが……。
「アンタは騎士と言うより何処ぞの王様っぽいよな」
クライヴの言葉が余程意外だったのかバルナバスは少し考える素振りを見せる。
「ならば王らしく私の片翼を慈しむとしよう」
互いの顔が近づき深い口付けが再開される。どうやらベッドへ辿り着くのはまだ先になりそうだ。
fortunate error 怪我の功名