想いの行き着く先へ 幻想の塔でのイフリートとオーディンの決戦は熾烈を極めた。
己にしか使えぬ召喚獣の力を存分に振るい、クライヴとバルナバスは沸き立つ高揚を抑える事など出来ずどこまでも高みに登り詰めていく。
だが互いの存在をかけた戦いは、クライヴの振り上げた剣先がバルナバスに届いた事で決着が着いた。
「もう終いだバルナバス」
荒い息をそのままに、クライヴは倒れ臥す王に近付き最後の一撃を放とうと構える。
立ち上がろうともがくバルナバスは血を吐き満身創痍であるが、その瞳の奥にはまだ力強く輝く光があった。
「私の目的を忘れたかクライヴ・ロズフィールド」
まだ終わってないと、バルナバスはクライヴの足首を掴み引き倒す。
クライヴは慌てて王の掴んだ足を引き剥がそうと藻掻くが、尋常ならざる力でもってクライヴに為す術はなかった。
「我がオーディンの力を得て、御方にその器を捧げよ」
バルナバスはクライヴに馬乗りなり見下ろしている。王の手には闇を纏った新たな剣が握られていた。
「この期に及んでまだそんな事を言っているのか」
「あぁ何度でも言おう。お前は御方の器になのが古えよりの定めなのだ」
次の瞬間、王の剣がクライヴの胸に突き刺さる。
「ぐぅっ……あぁぁ――」
クライヴは胸を焼く鮮烈な痛みに呻き、剣を振り払おうと暴れるがバルナバスがそれを抑え込む。
「ミュトスよ。我が悲願を叶えよ」
バルナバスの咆哮に応えるように、闇の力を纏いし剣を通してオーディンの力がクライヴに流れ込む。
それと同時に、バルナバスによく似た幼子の姿がクライヴの脳裏を過ぎていった。
まさか、この男の記憶も流れ込んで来ているのだろうか。
クライヴの脳裏を過ぎる幼子は青年になっていた。
母親の死でオーディンの力に目覚めた哀しみ。
率いる部族の安寧のためその力を使った日々。
王の圧政に苦しむ民のため立ち上がり成した建国。国が大きくなり人の身では限界を感じた苦悩。
守るための力を求めアルテマに自我を捧げる決断。
オーディンの力と王の記憶が己の身体と混じり合いクライヴを満たしていく。いつしか穿かれた胸の痛みは消え失せていた。
──バルナバス。あんたも守る者のために戦ってきたんだな。
見上げた王の顔は、力を受け渡そうとしてもなお信念を貫く力強さがあった。
召喚獣の力はなおもクライヴに流れ込む。
己の自我が無いという空虚。
神の器となりしミュトスの己に臆せず戦いを挑む清白。
手合わせの度にミュトスが腕を上げている歓喜。
熱い血潮を思い出させたクライヴへの僥倖。
オーディンの力がクライヴに全て流れ込み胸を穿いていた漆黒の剣が砕け散る。細かに砕けた剣の残骸が煌めく奥で、王の顔は不思議と穏やかで満たされていた。
「自我があるとは存外楽しいものだな」
王の灰青の瞳は、お前と剣を交えるのは楽しかったと語っているようだった。
王は力尽きたようにクライヴの上に倒れ込む。クライヴが無意識に支えようと手を伸ばすが、すでに王の身体は消えかけており触れることは叶わなかった。
王は消えゆく身体で最後の力を振り絞るかのように、クライヴの耳元で言葉を紡ぐ。
――民を……この世界の人々に救済を。
次の瞬間、王の身体はウォールードの空へと融けて消えていった。
バルナバス・ザルム。己の前に立ち塞がりし強敵。こんなにも民のことを想い、皆が救われるために己を捨てた悲しき王。
出来るなら人が人らしく生きる世界を貴方にも見せたかった。
クライヴは斬鉄剣を発動させ、手に馴染むその重さを確かめる。
使い方は王のこの剣が教えてくれる。クライヴは目の前に聳え立つ四本腕の【神】を、その何ものをも斬り裂く漆黒の剣で切り付ける。
「はぁっ――」
【神】はまるで断末魔のような騒音を纏わせながら、瓦礫となり崩れ落ちていった。
「通った道が違っただけで本質は同じ。あんたの願いも俺が連れていく」
かつて守るべき者のため王になった男の剣〈ちから〉で、人が人らしく生きるために戦う。その為に、神に戦いを挑むことを改めて誓うクライヴだった。