2025‐03‐20
まったく愚か極まりない。
悪いほうだけ考えろ、とだけ教わったわけではないが、最悪の思考に蓋をしろ、とはけして教わらなかったはずだ。何しろ俺たちがしているのは革命戦争で、トップが死ぬことは許されないが、ありえないことではない。
次を、最悪の次の最善手を常に考えておかねばならない。
オデッサの生死が確認できていないのに健在なりと流した噂も、生きているオデッサが再建したと標榜する湖の城の解放軍へハンフリーたちを先に送ったのも、全部最悪の次の手だ。
だから俺は本当は知っていたのだ。オデッサが生きていない事なんて、とっくの昔に。
鎧戸の隙間から差し込む光はまだ強く明るく、夜には程遠い。湖の音と連れてきた兵たちとここに暮らす人間たちの気配がして、煩いぐらいだ。
ため息をつき、粗末な椅子に座り込む。オデッサの死を公表した以上、混乱は免れないだろう。俺がいたわずかな間でさえ、顔を知る連中が彼女の所在を聞いてきた。いつ合流されるんですか、フリックさんは知っていますか。オデッサ様はいったいどこに行かれたと言うんですか。
誰もかれもが疑問を持っていた。どうしてあの子供を自分たちは頭に頂いているのだろう。あれは、誰だ。
軍師がオデッサの死を告げた時、少年は、セキアはただわずかに息を詰めただけだ。真正面から見ていた俺ぐらいしかその動揺には気づかなかったに違いない。揺らいだ恐れを瞬きもせずに内に隠して顔を上げた。その顔の造形こそ子供らしさを多分に残しているというのに、その目だけが。
俺の罵声をまっすぐに受け止める姿がどう見えたか、どう見えなければいけないか。それを知っている目をしていた。
オデッサと同じ目だ。人の目を惹き、自らをどう飾り、どんな姿として他者の中に形作られたいか。自らの意思で、そう自己を律した人間の、指導者の目だ。
子供が、少なくとも誰か、誰でもいい。誰か、指導者ではない彼らを知っていなければ壊れてしまう人間の目だ。
オデッサは死んでいた。だが解放運動はまだ生きている。セキア・マクドールを頭とし、オデッサの意思を継ぐという。では俺がすべきことなど決まっている。
戸口を叩く音がして、来客が告げられる。入ってくれ、と言う俺の声に震えがないことを薄情だと思う心がないではない。