2025-03-24
昨日の続き。続きというか、フリック側
ビクトールの奴をミューズの市長が傭兵隊の頭に据えたいらしい。
ミューズからだいぶ東に行ったあたり、サウスウィンドウとの真ん中ぐらいの空白地帯に武力を一個置いときたいらしい。サウスウィンドウやハイランドとの兼ね合いもあるから正規軍はおけないけれど、あの辺の治安を維持するために傭兵をやとうという形なら何とか折り合いがつけられる。
ミューズ市長の覚えもめでたく、サウスウィンドウ市長ともつながりがあるビクトールは適任なんだと。
折角の人材を生かさない手はないと俺も思う。だというのに、当のビクトールが頷かないのだそうだ。何が不満でなにを渋っているんだか。
「なあ、意味わかんないよな」
「さっさと頷いときゃいいんだよ。いやなら辞めりゃいい話だ」
「でもお役人との契約だぜ。そう簡単に辞めれるもんかね」
「そこはそれこそ契約次第だろ。あっちから誘ってきてんだから、その辺はさあ」
今日も今日とて市長に呼び出されたビクトールの事はいい話の種だ。いつの間にやらたまり場になったレオナの酒場で傭兵たちがなぜか俺に文句を言ってくる。いい大人が自分の進退を決めずにぐずっている姿はまあ多少は見苦しくもあるが、どこかに腰を落ち着ける事を怖がるビクトール自体は理解の範囲内だ。
一回、何もかも奪われてる人間だ。もう一回居場所を作って、それがまた壊れてしまったらと恐れるのは当然だろう。ただ。傭兵の一人が差し出した酒を受けながら考える。
「ビクトールさんが頭の部隊なら、変な依頼を受けないだろうし」
「俺たちも楽ができる。俺たちを使えてビクトールのやつも楽ができる」
ビクトールは人を集める。それは得難い素質だ。あいつを使いたい人間にとっても、あいつ自身にとっても、人の輪の中心に自然と座る人間である事は幸いな事だと思う。
「お前はどう思うんだよ、フリック」
「俺だっていい話だと思ってるよ」
話を振られて答えてみれば、傭兵は大いに頷いた。周り一同が同じリアクションをするのが不気味で、自分の眉根が寄るのが分かる。面倒ごとの気配だ。
ビクトールにとってはいい話だ。それは疑いようがない。じゃあ翻って俺自身にとってはどうかと言えば、まあどちらでも良かった。ミューズに居つく理由はないし、逆にミューズに敵対する理由もない。ビクトールたちがミューズに味方するなら、ハイランドへ行くのは止めておこうと思う程度だ。
「……いい話というのは、ビクトールにとって、だからな」
「俺たちにとって、だ」
「ここにいる、俺たちにとってだぜフリック」
「いつ俺がお前らと一蓮托生になってんだよ」
「そんな連れないこと言うなよ。お前が言えばビクトールの奴だって折れるって」
また変なことを言い出した。そんなわけないだろう。あいつの意気地の無さを甘く見るんじゃない。近いうちに市長がちゃんと真剣に口説いて、頷くに決まっている。昔馴染みというにはもう少し関係の深い彼女の願いを無下にできるような男でもないんだから。
だが俺のその判断に、傭兵たちは異論があるようだった。小ばかにしたように、一人が唇を尖らせる。
「市長が頼めば一発なら、こんなグダグダいわねえよ」
「お前だけがそうやって突き放すから、ビクトールの奴も決めきれねえんだろ」
「お前が一言、一緒にやろうって言えばよ。ビクトールも腹をくくるって」
「んなわけないだろ」
次々と言われても、はいそうですかと受け入れられるものか。誰かが頼んで折れるなら、とっくに折れている。これはビクトールの心根の話だ。怖がりビクトールが、人の手を取れるかぐらいになっているかの話だ。
傭兵たちは大きく、見せつけるようにため息をついた。何人かがばしばし肩を叩いてくる。何人かがビクトールを憐れむ声を上げて肩をすくめた。
「そろそろ帰ってくるだろうからよ」
ずっと隣にいた傭兵が皆の言葉を代表するように言う。
「俺らのためと思って、言ってやってくれよフリック」
「……何を」
「『俺も一緒にやるからこの仕事受けようぜ』って」
皆がいるから別に俺一人が加わった程度で何が変わるのかはよくわからない。だが、一度は言ってみなければこいつらはずっと言い続けるだろう、それもまた面倒な話だ。
「はいはい、分かったよ」
俺の諦めとげんなりと多少の困惑も混ざった返事でも、傭兵たちは大いに喜んで杯を鳴らした。
「おっしゃ、言質とったからな」
「これでしばらくは仕事に困んねえな。やったぜ」
「絶対言えよ。約束やぶりは重罪だぜ」
「なんも変わんねえよ。言うだけだぞ」
そんなわけねえだろ、とまた背中と言わず肩と言わずに叩かれて、危うく杯をとり落とすところだった。