2025-04-23
ビクトール自身から話を聞いたことはない。だた漏れ聞こえる話があったり、自分でも調べてみた結果としてしっている事実と、なんだかんだと長くなってしまった付き合いの中で、なんとなく知れる事を総合しているだけの話だ。
「ビクトール、ノースウィンドウへ行ったんだって?」
合流してきたバーバラが心配そうに眉を寄せる。彼女がまとめた備蓄のリストを捲りながら、何度目か頷いた。
「そう。市長の要請でな」
「随分と酷なことをさせるじゃないか」
「……俺もそう思う」
傭兵たちはなんだかんだとサウスウィンドウに集まってきていたが、宿に顔を出した奴から順に少し離れた村に借りた小屋に向かわせることにしていた。ここにいるのは非戦闘員だけにしておいたほうがいい。サウスウィンドウはまだ俺たちの雇い主じゃないからだ。なんの権限もないのに、ただ武力だけ存在していてはいろいろと邪魔になるだろう。
サウスウィンドウが戦うにしても、降伏するにしても。
俺たちがどうするのか、にしてもだ。
いつでも動けるようにしているつもりだが、あいつがどこまで素面のままでいてくれるか。ある意味それが一番の不確定要素だ。
壁にはった周辺地図の隅っこのほうにその廃村はあった。一度だけ行ったことがある。岬の先端にあって、背後は湖。そこにたどり着くまでには小さな森をいくつか抜ける必要がある。
今そこに化け物が住み着いていて、周辺の小さな村々で行方不明者が出ているらしい。その調査をこのタイミングで行う市長の考えは良く読めない。というか、どうせ天然の要害であるノースウィンドウを第二の拠点にしたいとかだろうが、それにしたって別のやつにやらせてほしかった。
ビクトールが何かに殺されるとしたら、それは目の前の敵じゃなくて過去に殺されるに決まっている。あいつの傷そのものを、どうして今、覗かなくてはいけないのか。
「ネクロード、だったか。あれなのかね」
「どうだろう」
備蓄品はある程度溜まっていて、なにかあればもう一戦ぐらいは出来そうだ。ただ、それが何のためなのかは分からない。ジョウストンの命運はもう大概尽きている。個人としてハイランドに屈するのは業腹だが、サウスウィンドウが単独で立ち向かえるとは到底思えないし、それならばどうして俺たちだけが矢面に立たねばならぬのだ。
死ぬ気はないし、誰かを無駄に死地に立たせる気もない。
「そうじゃないといい、と思っている。ビクトールが可哀そうだろそれは」
「そうだね……」
バーバラは昔のビクトールを知っている。あの廃村の中で生き、死んでいくと信じていたビクトール。
それが今は全部ぱあだ。10年間も復讐に費やすだけの憎しみが、復讐のためならば死んでもいいと思い続けた心の歪みが仇を打った程度で消えるものか。
出来るだけ過去から遠ざけておきたいのに、金のためなら仕方ないなんてまったく困ったもんだ。
全部やめて逃げたって良いのかもしれない。逃げる場所があれば、の話だが。
「フリック、あんたがいれば大丈夫だったりしないかい?」
俺をまっすぐに見て、まるで冗談でも無さそうな顔でバーバラは言った。ふっくらとした頬が先の心労で少しこけているのが分かる。肩をすくめた。
「大丈夫、と言えたら良いんだけどな」
何しろ俺は何にも知らない。ビクトールは多分、俺にだけは最後まで全部言ってはくれないんだろう。信頼とか友誼とかそういうのじゃなくて、ただ言えないんだとお互いに分かっている。
「死ぬつもりだったら手が出ても止めるよ。それぐらいしか出来ないから」
バーバラは笑う。
「じゃあ安心だね」
「安心かね」
バーバラを含め、みんなビクトールが心配なのだ。何もかも無くした過去にばかりとらわれて、今の皆を悲しませるような奴、殴られたって文句も言えないだろうさ。