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    短い話を放り込んでおくところ。
    SSページメーカーでtwitterに投稿したものの文字版が多いです。
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    POIPOI 192

    自分の生い立ちを考えるカミューのお話

    #幻想水滸伝2
    theWaterMarginOfIllusion2

    馬上の懐中時計 自分の容姿が女に好まれるものだというのは、幼い頃から気づいていた。友人の母は遊びに来た子どもたちのうち、私にだけ飴玉やらクッキーやらを隠して渡して頬を愛おしげに撫でた。そばかすが印象的だった幼馴染の女の子は、ケーキを焼くのが得意で、特に一番の腕だと村でも評判だったキャロットケーキを焼く度に私を家に呼んだ。山に住んでいた赤毛の縮毛の女の子は、とびきり爽やかなレモネードを作って、山中にある恐ろしいくらい透明度が高い湖で泳がないかと誘って来た。何の取り柄もないと自分を揶揄しつつ、プラムが成ったから食べに来ないかと呼ぶ内気な子もいた。辺境の村では聖書以外に珍しかった、父親からもらった美しい本を一緒に読まないかという誘いもあった。
     思うに、私はあの村で、ただの女の子たちのゲームの景品だったのだ。その証拠に皆が私を欲しがった。小さな村々を統括する、街の領主の娘でさえひょろひょろしている成長期の私に夢中だった。父はそんな私を見て、次男坊を婿にやるべきか考えていたらしい。けれど婚姻は成り立つことはなかった。私がマチルダ騎士団で一人の騎士となると、突然誓いを立てたからだ。それには皆が反対した。領主の娘との婚姻の方が、いつ死ぬかともしれない一兵卒よりも未来があると口々に言ったのだ。両親も、叔父夫婦も、馬鹿をやって遊んだ友人たちも、顔しか知らないパン屋の親父も。だが、隣に住む未亡人だけは、私が出立する前に、亡き夫が持っていたのだという懐中時計をくれ、皺だらけの手で私の手のひらをさすりながら、そう決めたのなら必ず身を立てろと言った。けれど時計が止まった時は、どうかこの小さな村に戻っておいでと。そして私の墓を訪れてくれと。
     村の人々は私を追放する勢いでマチルダに送り出してくれた。そのおかげかどうかは知らないが、私はマチルダでさまざまな学びを得、剣の腕を磨き、政治にも触れることが出来た。派手な城ではなかったが、女と自由に遊ぶこともあった。時折そういえばと幼い頃に触れた女の子たちの柔らかな頬を思い出したけれど、これもゲームではないかと疑ったけれども、あの頃のような苦しみはなかった。というのも、私が上官の靴を磨いていた頃、誰もこんなひょろひょろした成長期終わりの男に期待していなかったからだ。遊び相手の女も、仲間たちも、私がすぐ戦場で死ぬと思っていた。だが運命とは数奇なもので、私は赤騎士団長にまで上り詰め、しかしマチルダを見捨て、同盟軍に合流し、そして勝利のあかつきに盟主殿からいただいた相応の地位の誘いを断って、親友からの誘いも断って、今、グラスランドに旅立とうとしている。
     そう、未亡人がくれた時計が止まったのだ。いくらネジを回しても、この道一筋で一番評判の良い時計職人に見せても古びた懐中時計は元には戻らなかった。こうして、私の時は止まってしまったのだ。


    「もう行くのか」
     私が馬に乗り、城の裏門から出ようとしていたその時、後ろから声がかかった。それは長いこと苦難を共に乗り越えた親友だった。私は彼にグラスランドを旅すると伝えていたが、出立の日にちは教えていなかった。それに気ままな旅だ、出発は今日でも明日でも一週間後でも別にどんな日でも良かった。晴れでも、雨でも。しかしこの男には、そんな哀愁など分からないのだろうけれども。
    「お前もそろそろマチルダ騎士団再建に乗り出さなきゃならない頃合いだろう。潮時だよ」
     私はもう、あの長年親しんだ城には戻らない。あそこで暮らす人々を守らない。何もかもから解き放たれて、グラスランドに行くのだ。名前もないただの剣士として。
    「考え直さないか。お前の力が必要なんだカミュー」
     私はそれに返事をしなかった。そして馬を走らせ、じっと背中を見つめてくる親友から逃げた。逃げようとした。そう、逃げようとしたのだ。だが、それはかなわなかった。
     カチ、カチ、カチ。
     胸元にあった懐中時計が、その時再び鳴り始めたのだ。私はその時馬を止めてしまった。親友がそれを見て走ってくる。城から出て、少しも走っていないから、健脚の彼はすぐに私に追いついた。
    「せめて手紙を書いてくれカミュー。お前の頭脳なしにはマチルダ騎士団は再建出来ない」
     生真面目に言う親友に、さっきまでセンチメンタルだった自分が馬鹿のように思えた。この城には二度と戻らないと思ったのに、私はまだ、あの老未亡人の墓を訪ねることはなさそうだ。それに案外、彼女もまだ健在かもしれない。強い人だったから。
    「友人の出立を止める時ぐらい、仕事の話はやめるんだな。あぁ、もうエールを飲もう、それからだ、再建計画を叩き直すのは……」
     馬に乗ったまま、私は親友の顔が明るくなってゆくのを見つめる。私は身を立てた。剣術だけでなく政治にも関わり、戦乱の世を平和に導く手助けも出来た。でもそれで終わりではないのだ。私はまだ見て回りたい場所が多くある。助けてやりたい親友もいる。いつか別れが来ようとも、まだまだ知りたいことがたくさんある。
     空にはきれいな太陽がある。まぶしくて、見ていられないような光がある。私はその光の中で自分を待つ親友の目に、鮮やかな思い出を見出して、そして馬鹿らしいことだけれども、グラスランドへの出立を見送ったのだった。
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    TRAININGお題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」
    盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。
    かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。
     普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。
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    TRAININGお題:「花火」「熱帯夜」「一途」
    ムルたちが花火を楽しむ横で、賢者の未来について語ろうとするブラッドリーとそれを止めるネロのお話です。
    優しいあなた 夏の夜、魔法舎に大きな花火が上がった。俺はそれを偶然厨房の窓から見ていて、相変わらずよくやるものだと、寸胴鍋を洗う手を止めてため息をついた。食堂から歓声が聞こえたから、多分そこにあのきらきらと消えてゆく炎を作った者(きっとムルだ)と賢者や、素直な西と南の魔法使いたちがいるのだろう。
     俺はそんなことを考えて、汗を拭いながらまた洗い物に戻った。魔法をかければ一瞬の出来事なのだが、そうはしたくないのが料理人として出来てしまったルーティーンというものだ。東の国では人間として振る舞っていたから、その癖が抜けないのもある。
     しかし暑い。北の国とも、東の国とも違う中央の暑さは体力を奪い、俺は鍋を洗い終える頃には汗だくになっていた。賢者がいた世界では、これを熱帯夜というのだという。賢者がいた世界に四季があるのは中央の国と一緒だが、涼しい顔をしたあの人は、ニホンよりずっと楽ですよとどこか訳知り顔で俺に告げたのだった。——しかし暑い。賢者がいた世界ではこの暑さは程度が知れているのかもしれないが、北の国生まれの俺には酷だった。夕食どきに汲んできた井戸水もぬるくなっているし、これのどこが楽なんだろう。信じられない。
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