2025-05-08
弔意を示すリボンを揺らしながら、セキアは山積みの書類を一つ一つ片づけていく。戦争が終わっても、仕事が減っている様子はない。軍の中枢をグレッグミンスターに移す為にむしろ増えているぐらいだろう。レパントとウォーレンにも相応に任せているとはいえ、軍師を失い、部隊長がやまと欠け、皆が戦勝に浮かれているこの状況はセキアにとっても恐ろしい程忙しいはずだ。
だが少年はなんだか楽し気に書類を取りまとめ、ハンコをつき、指示を飛ばす。その間にルックが持ってきた茶菓子をかじる。忙しくしていないと良からぬことを考えてしまうと、セキアは言った。
手元を照らす明かりにルックは手を伸ばし、明かりを強めた。ほわ、と広がった明かりがセキアを照らす。憔悴が目元に滲んでいる。
「良からぬことって何さ」
インク壺に突っ込んだ羽ペンを引き抜き、荒い紙をひっかける音が広い部屋に響いた。勝ったとはいえ内戦だ。国力は落ち、民は皆疲弊している。帝国を滅ぼしただけで解放軍は何もしやしなかった、と言われないように、セキアは手を進めている。マッシュと幾度も離したように、この国を作り変えていく。
それが少年の責務だ。
「こんな面倒なこと、放り出したいなって」
顔も上げず、笑いもせず、ただ望みだけを言う。ひらりと右の手を揺らした。
「面倒なものもここにあることだし」
「生と死を司る紋章は、近しいものの魂を食う」
「やっぱり知ってるんだな。そう」
分厚い手袋の下にある真の紋章が、本当に意志をもってそうしているのか。それはルックには計り知れない事だ。だが事実としてマッシュは死んだ。手を下したのが人間だとして、それは本当に紋章の意思が介在していないのか。
「流石にこんなものをもって国のトップは出来ないな、と思ってはいる」
ルックは目を瞬かせた。国を、いままさに作り上げようとしている少年は、作り上げた先に自分は存在しないと言う。
「……迷信だと僕は思うけど」
「疑うことそのものが結構しんどくてね」
マッシュが死んだ。
フリックとビクトールも帰っては来なかった。
戦争をしているのだ。それだけ生きていてほしいと願っても、その望みがかなえられる保証はどこにもなく、簡単に人は死んでしまう。軍主をやっている以上、兵全ての死に対しての責任は喜んで負おう。だが。
セキアは眉を寄せ、組んだ指の上に顎を乗せた。伏せた目元は乾いていて、涙の気配すらない。
「彼らの死が、本当は避けられたんじゃないか。僕が、軍主でさえなければ」
弔意の白いリボンが夜風に揺れる。ランプの光が、揺れるリボンの影を大きく壁に映し出す。幽鬼のようだ。
「僕でさえ、なければ」
伏せた目元は暗く、唇は震えている。だが、涙は流さない。
「そんなこと」
ルックがどれだけ否定しても、セキアにはけして響かない。それが分かっていてなお、言い募りたいと願うのは、セキアが背負う荷の重さを知るからだ。
セキアは笑った。
「そんなことない。うん。ありがとうルック」
言葉だけだ。だからセキアは続ける。
「でもどうしても疑ってしまう。それが、とても、とてもつらい」
解放軍の皆が好きなのだ。だから死んでほしくない。
「……好きにしたらいい」
「うん、そうだね」
今はまだ逃げないよ。
セキアが出奔したと聞いたとき、それは祝福すべきだと思った。