2025-05-28
ビクトールの復讐は終わっていなかったのだと、僕はタイラギから聞いた。いくらか話した本人からはそんな事は読み取れず、読み取れなかったという事それそのものにも僕はひどく驚いている。
「だってビクトールさんは、本当は出ていきたかったはずなんですよね」
その場にいなかった僕にどうこう言う権利はないので、黙って頷いた。
昔はノースウィンドウという名前だった廃村にその面影はない。新同盟軍の本拠地として、日々改修され、人々が行き交う賑やかな街だ。新同盟軍の主であるタイラギに誘われて、僕はしばらくここに滞在することにしていた。
戦争中だが物資はそこそこ豊かで、人の顔も明るい。僕が率いていた解放軍が集う砦はやっぱり軍事的な色が濃かったな。まあ、湖の真ん中にあったんだしな。
商店街で買った大判焼きを頬張って、タイラギは話を続ける。僕がタイラギに聞きたいことよりもタイラギが誰かに話したいことの方が多くて、僕はもっぱら聞き役だ。
今日の話は僕ら二人の共通の知人、友人か。友人の話。僕から話を振ったのだ。ネクロードが生きていたのにビクトールがここにいる事は、僕にとって信じがたかったから。
「やっぱりそんな素振りだったか」
三年とちょっと前、ネクロードが姿を表した瞬間ビクトールの雰囲気が変わった。軽薄で適当ででも何かに縛られている。そんな人間がはっきりと『感情』をあらわにしたのがネクロードの存在だった。
ビクトールのこと、僕は何にも知らないんだな。なんだかんだと年上の友人のように慕っていたのが薄く裏切られたような気分になったのを覚えている。
「ネクロードがビクトールさんのお姉さんなのかな、大事な人を生かす代わりに星辰剣を寄越せっていって。でもビクトールさんはそれを拒絶して」
ネクロードの下卑た笑い顔が目に浮かぶ。ああいう奴はちんけなプライドを傷つけた奴を許さない。とことんまでビクトールを侮辱し、見下し、踏みにじった事だろう。一旦は終わったと思った復讐だ。
ビクトールもさぞや傷ついたに違いない。僕が知っているあの時のビクトールなら、こんなところにはいない。
「よく出ていかなかったね」
タイラギは頷く。
「カーン・マリィさんって人もネクロードを追ってて、その人が今も追いかけてくれてるんですけど」
「へえ」
混じりっけなしの感嘆が出た。あのビクトールが人の手を借りている。ネクロードを自分だけの手で殺す。そう言う目をした奴だったのに。
変わったな。本当に。
「何かあったらその人が教えてくれるから、ってのもあるとは思うんですけど」
「僕の知ってるビクトールはそういう事しないよ」
でも、と僕は続ける。
「良い変化だ。何があったのやら」
「僕、すごいなと思ってて」
あったかいあんこを舐めたタイラギが、どこか遠くを見つめて言った。
「ネクロードのこと、ビクトールさんにはとっても大事な事だと思うんですよ」
そりゃあそうだ。10年、それだけを考えて生きてきた。
「憎くて、殺してやりたいと思ってて。でもビクトールさんはそれを脇において、僕のそばにいてくれてる」
今の僕はビクトールに対してなんの権利も持っていない。そうだね、と相槌をうつ僕の声の平坦さにタイラギは気づかなかった。
「憎しみに目が眩んでいないんだなって。だから僕もちゃんとしないとだな、って思えるんです」
ルカ亡きあとのハイランドを率いるジョウイ・ブライトがこの子に取ってどんな人間なのか、一応タイラギ自身から聞いている。裏切りとも言えるし、そうではないとも言える。ただ何も言わずに自らのそばを去ったジョウイに、タイラギはひどく怒っている。
僕が察する事が出来るよりも、ずっとずっと深く深く怒っているのだろう。
「そこまで考えてないとおもうけど」
「良いんですよ、僕がそう思っていて、ああいう風になりたいな、と思ってるだけなんで」
それが真実かさえも関係がない。
僕のそうか、と、ふうんの間の子みたいな声に、タイラギは笑う。