2025-07-04
解放軍をちょっと離れて帰ってくるたびに、毎回律儀にビビっている案件がある。別に大した話じゃない。単純に、視覚情報の話だ。
解放軍は何しろ地下組織で、お天道様の下には居られない。悪いことをしているわけ絵はもちろんないけど、抵抗組織ってそんなもんだろ。場末の酒場、狭い路地裏、八割ぐらいは犯罪に足を突っ込んだ人間が作る檻の中。
今日、レナンカンプから少し離れた町の酒場にオデッサはいた。昨日、合流した俺を連れて街の有力者に会うのだ。有力者と言ったって、正規の人間じゃない。「本当の」と枕詞の付く存在。小さな町から赤月帝国の支配が少しずつ及ばなくなっていっている。国が滅びるとはこういう事なんだろうな。
滅ぼす側に身を置いてるけど、こんなん自滅に近いんだよな。
自滅を穏やかに、そして早める為にオデッサはよくやっていると思う。シルバーバーグとかいう軍師の家系だって話は聞いていたが、よく口はまわるし周りをみている。誰に話しかけて、どんな話題を振り、何をちらつかせれば自分の意のままにうごくか。そう言う事を、なんというか、知っているというよりも見つけてしまうと言った具合だ。
穏やかで美しい顔をニコリとほころばせれば、花でも咲いたみたいに華やかで、護衛代わりに後ろに控えていれば、強面で女なんていくらでも手に入れられるような連中がオデッサの存在の強さに心底ビビっているのがなんとなく知れた。
怖え女だよ、こいつは。
それは知っている。ビビるのはそこじゃない。
もう、ちょっと、こう、俺のあほさ加減だ。
有力者から協力を引き出し、ひとまず大通りに出ることにした。待ち合わせてるんだって。成果をちゃんと報告しないといけないから。誰と、なんて聞くまでもない。
街の真ん中に広場があって、真ん中に噴水がある。大きな道がいくつかあるが、そのどれもが噴水を中心に広がっている。この街で待ち合わせるんならまあここしかないだろう。
オデッサが声を上げた。これだ。ぱっと変わるオデッサの顔。
「フリック」
さっきまで強面のおっさんたちに見せていた顔とも、俺たちに見せる顔とも違う。女の顔ってわけでもない。ただ、なんていうかな。安心した顔をしている。嬉し気でちょっと上気して、こんな顔を向けられたらこっちまで嬉しくなるな、みたいな。
「オデッサ、首尾は」
噴水のふちに腰を掛けていたフリックに、オデッサは改めてにっこりと笑いかけた。大丈夫よ、という声は跳ねるようでそれもまるきり違っている。
なんだかな。別に良いんだけどさ。
フリックはと言えば、オデッサの顔を見て安心したように息を吐いた。目を細めて、口の端を上げて、こっちはこっちで随分とかわいらしく笑う。
二人の、お互いを見た時にだけ見せる顔。すげえな、と思ってしまう。何が、と聞かれると困るんだけど。なんというか、わあ好きなんだなってなるところかな。
まあフリックが俺を認めて顔をしかめるから、毎回ちょっと傷つくんだけど。
「そんな嫌な顔すんなよ」
「そうよ」
オデッサがフリックの髪を撫でる。俺があんなことしたら、振り払われるだけじゃすまねえんだよな。別にやりたいわけでもねえけど。
「詳しい話はご飯を食べながらしましょ。ねえフリック何がたべたい?」
髪をなでていた手をおろして、自然とフリックの手を引いて立ち上がらせる。俺しかいないからだろうか、その手をオデッサが解くことはない。