天道虫の災難な1日後部座席で捨てられた犬のように縮こまっているホテルマンの格好をした黒縁眼鏡の男がいる。
眉は八の字に垂れ下がり今にも泣きそうだった。
「そんな誘拐されたガキみてぇな面すんなよ。別に殺す訳じゃねぇ」
助手席のレモンがバックミラー越しの男へ声掛けた。
「そうだけどさぁ!」
「おい!追っ手が来てるぞ!」
畳み掛けるようなレモンの声がした。
「まぁ耳塞いでろ」
レモンはショットガンのリロードをすると窓からそれを出して後ろの車のタイヤへ見事に当ててみせる。
コントロールを失った車は道路を横転し分岐点へぶつかりびっくり返りながら爆発炎上した。
「ヒュウ!凄いね!ハリウッド映画みたいだ」
先程まで必死に耳を塞いでたその男レディバグの呑気っぷりにタンジェリンは苛立ち片手で器用に運転しながらもう片手でレディバグへ銃口を向ける。
「ちょっと!助けてくれるんじゃなかったの!?」
レディバグは情けない声を出した。
「おいレモン、コイツそこら辺の道路に捨てていいか」
「それに関しては珍しく同意見だな。ヨハネスに付き合うとこっちまで不運に巻き込まれる」
2台の車に挟み撃ちにされそうになりタンジェリンは急ブレーキを掛けた。前につんのめる形になったレディバグが慌てて黒縁眼鏡を抑える。挟み撃ちにしようとした車はぶつかり合い横転しタンジェリンが巧みな運転技術でそれぞれ突き飛ばす。
レモンはヨハネスの方を振り返った。
「取り敢えず、マリアの所に向かう。自分がしでかした事の後始末はてめぇがしろ」
レモンはレディバグから携帯電話をひったくると位置情報アプリを開いた。マリアの位置情報を見せてタンジェリンは頷く。
「ぼ、僕はただいつものように運び屋をやっただけで」
「ああそかよ。大方依頼人の元へ戻ったらそいつが誰かに殺されてて、しかもそいつの部下に脈がねぇのを確認している所を目撃されちまって、依頼人殺しを疑われたって所だろ」
タンジェリンは吐き捨てた。レディバグがまた悪い事に巻き込まれてしまった、とマリアから突然連絡が来た時から嫌な予感がした。
「同業者のよしみってやつで引き受けたらこの有様だ!」
次の瞬間車の後部ガラスが割れる。
後ろの車から銃を撃たれてるのだ。
「おい!この車マリアから借りたもんだ!弁償できねぇぞ!このままじゃ報酬がチャラになる!」
レモンが叫ぶと同時に舌打ちした。
「報酬なんか気にしてる場合かよレモン!これ以上この車を穴だらけにする気かよ!?廃車どころかガソリンタンク撃たれたら終わりだぞ!?」
タンジェリンは車を左右に蛇行させ撹乱しようとする。
「クソっ!弾が尽きた!銃のルシールもだ!タンジェリンのリボルバーは!?」
「ファッキン!このクソ野郎を救出した時全部使っちまった!コイツと居るとマジでツイてねぇ!」
口調が荒くなるタンジェリンにレディバグは俺だって武器を持ってないアピールなのか両手を挙げる。
流石のレモンも腹が立った。ヨハネスを乗せている限りこのろくでもない不幸な出来事は続くに違いない。
「あ、そうだ!」
声を上げたのはレディバグだった。
「武器を持たなくてもあの車を滑らせる方法はある!」
「ハン!そりゃあいい!手榴弾か?撒菱か?そへともお寒い一発ギャグでもかましてくれんのか?」
レディバグは懐からまるでパーティー会場から盗んできたかのようなバナナを取り出し皮だけ剥ぐとひょいと投げ捨てた。そんなんで車が滑るかよ、とタンジェリンが呆れるより早く、後ろの車が勢い良くスリップし失速すると植木に勢い良くぶつかった。
「僕の悪運もたまには役に立つでしょ?バナナ食うかい?」
ドヤ顔をするレディバグにタンジェリンとレモンは暫く見つめ合った。
「追っ手は撒いた。勝手にしやがれ」
「それに俺達はバナナは好きじゃねぇしな」
レディバグはその返答にもぐもぐとバナナを食べながら質問を返した。:
「そう?なら好きな果物は?」
間髪入れずタンジェリンは答えた。
「レモン」
同時にレモンも答える。
「タンジェリン」
「聞くまでもなかったかなぁ」
レディバグは天を仰いだ。早くマリアに会いたい。彼女はまた怒るか呆れるかするだろうが、この双子の互いへの愛情を隠さない所を見るととても居心地悪く感じたのだった。