檸檬は熟しやがて落ちゆくヨハネスをマリアの元へ無事届けてひと仕事を終えた後俺達はようやく我が家へと帰って来た。
シチリア人は陽気で親切だ。グラニータを売ってるキッチンカーが俺達を拾ってくれてこの農園まで送ってくれた。
レモンのグラニータまで貰い、報酬はチャラになっちまったが、夏の暑い日差しの中食べるグラニータは格別だった。
「美味いな」
「まぁな」
タンジェリンはあっという間に平らげると突然俺にキスをしてきた。求めるように唇を啄まれ俺は戸惑いながらも受け入れる。
「……どうしたんだよ」
長い口付けから解放されて出てきたのは色気のない言葉だった。だってそうだろ?俺はタンジェリンが好きだからこういう事をされるのは嬉しいが、タンジェリンも同じだとは限らねぇ。俺は黒人だし、恰幅があるし、タンジェリンのように艶のある髪でもねぇし、美しい瞳の色でもねぇし、セクシーな声でもねぇし――何か一気に虚しくなってきたぞコレ。
「別に。お前が奴をヨハネスと呼んで仲良さそうにしてるのが悪い」
その口調には明らかに嫉妬の色が含まれていた。
タンジェリンにはゆかり号での顛末を全て話した。
ヨハネスに手を貸すのは不服だったが、ホワイト・デスに殺される方がまっぴら御免だった。
結果的にディーゼルを始末出来て俺達はこうして生き延びたんだからこれもきっと運命なんだろう。
「お前だってアイツと双子の振りしただろ。しかもそっくりだと?ふざけんな。ホワイト・デスの部下は無能だな」
仕返しのようにタンジェリンの唇を奪う。
タンジェリンは負けじと角度を変えてきた。
……やべ、タンジェリンのキスの上手さにクラクラしちまいそうだ。
唇を吸い上げるように離され俺はタンジェリンを見つめる。
「心配しなくても俺の相棒はお前だけだ」
タンジェリンの手が俺の頬を愛おしげに撫でてくる。
熱を帯びた眼差しに俺はつい目を逸らしちまった。
「いつもそんな風に女を口説いてその気にさせてんだろ」
タンジェリンはモテる。それこそ男女問わず。
タンジェリンの危険な色気と甘いマスクは無自覚に人を魅了させる。タンジェリンも自分の魅力を自覚しているのか女を前にすると紳士ぶる。それが仕事で役に立つ事もあった。
俺としては面白くなかった。別に僻みとかじゃねぇ。
行きずりの関係の癖にタンジェリンに本気で惚れる女がたまに居て、俺達の住処を突き止めては部屋へ上がりこもうとしてくる女を追い払うのはいつも俺の役目だった。
そう、単に損してる気分だっただけだ。
「お前なぁ。いい加減俺が本気だって分かれよ」
「知らねぇよ。日頃の行いの悪さだろ。大体お前、男色の気なんてねぇだろうが」
タンジェリンは根っからのヘテロだ。
初恋の相手も普通に女だったし、ゲイに迫られても上手く躱してきた。
「レモン。俺は男なんて別に抱きたくねぇ。野郎のケツに突っ込む趣味もねぇ。けどな、お前は別だ」
ツナギの釦をひとつだけ外される。タンジェリンの瞳には欲が孕んでいて――俺は頬に血が集まるのを感じた。
「嘘だろ。お前俺で勃つのかよ?」
「確かめてみるか?」
するり、と絡み取るように手を取られる。
ヤバい。此処で本当に確かめたら後戻り出来なくなる。
そんな気がして俺は咄嗟にタンジェリンの手首を掴んだ。
「……悪い、タンジェリン」
タンジェリンに抱かれちまうかも知れないのが怖いんじゃねぇ。そういう仲になるのは吝かじゃねぇしタンジェリンとならしたいってのも本音だ。
「――俺こそ悪かったよ。急かし過ぎた。不安だったんだよ。お前の心が…気持ちが…ちゃんと向いてんのか。愛してくれてんのか」
タンジェリンの眦が涙で濡れ切なげに瞳が揺れる。
そんな面するなよ。いつも怒った顔してる癖に。お前には生意気そうな表情の方がよっぽどお似合いだ。
「タンジェリン」
俺はきつくタンジェリンを抱き寄せた。
「俺はちゃんとお前の事愛してる」
「そうかよ」
「家族だからとか兄弟だからとかそんなんじゃねぇからな」
「そうかよ」
「ちゃんと聞いてんのか?」
タンジェリンを覗き込むようにすれば。
「聞いてるから、せめてもう1回キスさせろ。今度はお前を絶対トロトロにさせる」
「……随分テクニックに自信がおありのようで」
俺が腕を緩めるとタンジェリンは再び激しく口付けてきた。
息を忘れそうになる程深く唇を重ねられ俺はされるがままになる。ああ、多分俺は。きっといつの日かタンジェリンに抱かれる快楽と快感を覚えちまうに違いねぇ――。