蜜柑の憂鬱俺は隣でぐっすり眠るレモンに溜息を吐きたい気分だった。
昔からレモンは寝るのが得意だ。添い寝してやろうかと兄貴ぶる癖に、神経だけは図太いのかあっという間に爆睡だ。
レモンの場合、多分眠る事とトーマスを見る事が悲しい事や苦しい事から逃れる術なんだろう。
「俺じゃ駄目なのかよ……」
その厚ぼったい唇を指でなぞった。
俺がレモンへの感情を自覚したのはゆかり号での出来事が切っ掛けだった。情けねぇ話だが目を覚まさないレモンの姿に俺はやっと気付いたんだ。俺はレモンを愛している、と。
レモンが居なきゃ俺は生きていけねぇ。
こいつが死んだら……、任務とか仕事とかどうだっていい。
俺の命だって何の意味もねぇって。
幼い頃から一緒に育ってきて苦楽を共にしてきたのに今更だよな。実際俺だってレモンの事はずっと家族としてしか見てこなかったし、兄弟以上の特別な存在になるなんて考えてなかったからな。
自分の想いに気付いちまってからは欲と焦りが生まれた。
レモンに触れたい。レモンの身も心も自分だけのものにしたい。そうでもしねぇとレモンは誰かに取られちまうんじゃねぇか――と。
レモンは冗談めかして『俺で勃つのか?』と聞いてきたが、答えはYESだ。今だって行き場のない劣情を燻らせながら頭を撫でている。
レモンは良く嫌味なのか皮肉なのか俺に顔だけはいいよなと言ってくるが、俺はレモンの顔だって可愛いと言いてぇ。
短く癖の強い髪はトイプードルみてぇだし、くりくりとした大きな黒目は恩弁に喜怒哀楽を語る。
厚ぼったい唇はめちゃくちゃキスしたくなるし、浅黒い手は意外と厳つさやゴツゴツさはなくてすらっとしている。
幼少期はあんなにやせ細っていた体もすっかり肉付きが良くなり、レモンに抱き締められると不思議と安堵し心が落ち着いた。けど俺が好きなのはレモンの見てくれだけじゃなくて中身もだった。トーマス好きというガキみたいな趣味の癖に観察眼が鋭いのでいつだって正しい判断をする。
俺とは正反対で落ち着いた性格だから人ったらしな面もある。レモンは陽気な人柄と冷静な所も含めて色んな奴から『殺し屋だけど極悪非道な男には見えない』と評価される。
そんなレモンが俺だけには憎まれ口を叩いてきたりするんだからタチが悪い。
俺が性急にレモンとの関係に一線を越えようとしてる事に、レモンは嫌悪感による拒絶よりも戸惑っている雰囲気だった。
唇を重ねるまでなら平気でもその先になったら普通ならやめろってなる。レモンは今はまだ駄目だと俺を待たせるだけで行為自体を咎める訳じゃなかった。俺はレモンを抱きたいのは変わらねぇが、レモンに血を流させてまでヤりてぇ訳じゃねぇ。別にセックスじゃなくたって愛を確かめ合う方法はある。双子だからこそ上手い落とし所が見付からねぇだけだ。
俺は無防備なレモンの首筋へ口付けた。
「んうっ…擽ってぇよ…」
ぴくりと肩を小さく震わせるが起きる気配はねぇ。
「相変わらず色気ねぇなお前」
俺は苦笑するとレモンの背中へ腕を回した。
今はまだこれでいい。時間は幾らでもあるんだ。
レモンの穏やかな鼓動へ俺はただ耳を澄ませた。