తమ్ముడు似ている、と思った。
出された料理を左手で食べて母親に叱られ、どっちで食べても同じだと返す彼は――かつての弟に。
アクタルと運命的な出会いを果たして、私と彼はすぐに仲良くなった。デリーへ来てからは親しい友人もおらず叔父の気を揉ませていた私が……だ。
アクタルは、ムスリムの青年だったが、不思議と人を惹きつける魅力があった。
アクタルは、良く笑い、良く話す。
バイクをあっという間に修理出来る程器用な癖に驚く位純朴かつ素直な性格で、少年のような純粋さも相俟って益々アクタルを弟と重ねてしまった。
幼くして死んだ、私の弟。
ふわふわとした癖っ毛にくりくりと丸い瞳の可愛い弟だった。
遊ぶ事が三度の飯より大好きだった。
左手で食べる癖も、早く食べられるからという理由だった。
弟は私とシータの手を引いて追いかけっこに夢中になっていた。娯楽の少ない村でも弟は様々な遊びを考えついては私を付き合わせた。
木登り競争をしたり、綱引きをしたり、水切りをしたり、そんな楽しい日々を過ごしていたのに。
罪もないのに銃弾に貫かれた。
理不尽に命を奪われた。
私の、弟は。
あれはいつだったか、私は弟から言われた事があった。
「ねぇ、ボクも銃の訓練をしたいよ!」
父でもあり師でもあったヴェンカタの教えは厳しいものだった。少しでも誰かが隊列を乱すと村人全員が最初からやり直しをさせられる。
「銃の訓練は遊びじゃないんだぞ!?」
「でも、ボク、兄ちゃんが誰かを殺す所見るの嫌だよ。兄ちゃんが殺される所だって」
今にも泣き出しそうな弟をぎゆっと抱き締めて頭をくしゃくしゃに撫でた。
「大丈夫だよ。僕だって本物の銃を撃つのは怖い。でもきっと、ゴーダヴァリ川が僕達を守ってくれる」
――だがあの日、私は全てを失った。
尊敬する父も、優しい母も、未来がある筈だった弟も。
後悔しても奪われたものは取り返せない。
だから私はそれきり『望む事』も『願う事』も諦めた。
生き残ってしまった私に残された道は父との誓いを果たす事だった。故郷を出て、英国軍側の警察になったのも、約束の為にだった。
……いや、本当はずっと逃げたかったのかも知れない。
忘れられない苦い過去を持つあの村から。腫れ物のような扱いをする人達から。期待と憐憫を向けてくる眼差しから。
母と弟は、父と一緒に遺灰をゴーダヴァリ川へ撒いた。
私はかつて家族だったものの一部を目の前にしても泣けなかった。悲しみに暮れるシータを慰めるので精一杯だったのもある。
そう、私の中にあったのは後悔だった。
もっと弟と遊んでやれば良かった。
訓練を理由に遊ぶのを断る都度辛そうにする弟をもっと撫でてやれば良かった。
そして、一緒に逃げてあげれば良かった。
だが、全てたらればの話だ。
どれだけのifを思い描こうが、弟は輪廻の世界に放り出されてしまったのだ。
だから、アクタルの事を私は転生した弟だと感じてしまった。もしくは、生き写し。もし生きていればきっとアクタルと同じ歳で、見た目もアクタルにそっくりになっていただろう。なのに、アクタルに弟の影を重ねる都度、彼を代わりにするのか、彼へ弟にしてあげられなかった事をするのは烏滸がましい行為ではないか、ともうひとりの私自身が告げる。
私を兄と慕うアクタルは、弟(タンムドゥ)ではない。
分かっている。
本当の弟のように思っていたら、共に過ごすだけでは満ち足りないなんて考える筈がないのだから。
だから、せめて。
アクタルには知られないように、気付かれないように、この想いは心の奥底へ仕舞っておこう。
開けっ放しの窓からふわりと風が部屋の中へ吹いてくる。
ああ、そろそろアクタルが来る頃だな。
私は立ち上がり、読みかけの本を閉じた。