冬至の候、ご多忙のことと存じます 爆弾低気圧とやらで大荒れとなったとある冬の日。午前中は二学期の終業式に形だけ参加し、昼からは学長から押し付けられた面倒な用事で都心へ出向いた。吹きすさぶ風に乗って、ちらほらと白いものが混じり始めたと思ったのも束の間、あれよあれよという間にその欠片は大きくなり、道に溜まる体積を増し、用事が済んだ頃にはすっかりアスファルトの姿が見えなくなっていた。突然の大雪と強風で電車のダイヤは大いに乱れ、足止め状態。タクシー乗り場は長蛇の列。途方に暮れているところに掛かってきた学長からの電話は、助け船などではなく、追加のお遣いで。
「足止め喰らってんならちょうどいいじゃん。どうせ、帰ってこれないんでしょ?」
絶対今度殴ろう。あっけらかんと言い放つ男の言葉を思い出してはポケットの中で拳を握りしめた。
指示された場所に指示されたものはなく、たらい回しにされた挙句、たどり着いたゴールで待ち受けていたのは「明日会場でお渡しする手筈となっております」の一言。よほどげんなりした顔をしていたのか、同情するように使い捨てカイロを持たせてくれた店に礼を述べ、嵐のような夜の街へ再び身を投じた。
何とかタクシーを捕まえたものの、大渋滞で車は一向に進まない。着々とあがっていくメーターをぼんやりとみつめながら、今日中に寮に帰り着くのは諦めた方がよさそうだな、と思考を放棄した。
「十二月二十二日水曜日、時刻は」
カーラジオから時報と共に番組のタイトルコールが流れる。あー……今日、二十二日か。誕生日だってのに、とんだ一日になったもんだ。別に自分が生まれた日に何か特別な意味を付与する趣味はないけれど、よりによってこんな日に当たらなくてもいいじゃないか、という愚痴くらいは湧いてくる。いっそのこと、思い出さなければよかったな。そしたら、ただの「運が悪い日」で済んだのに。
それから、あまりに動かないタクシーを見限って車が流れているところまで歩き、適当なファミレスに入って寒さを凌ぎながら、配車手配をした別のタクシーを待つ、なんて一山を乗り越えて、ようやく高専の門が見えた頃にはやっぱり日を跨いでいて。荷物を抱えて車から降りた時には大きなため息しか出なかった。雪に濡れた体は寒いし、疲れたし、腹は減ったし。冷蔵庫に何か食べるものがあったか、その前に風呂に入って温まりたい、でもお湯溜めるのめんどくせぇ……これから為すべきことが頭の中をぐるぐると巡ってまとまらないまま、自室のドアに鍵を差すと、そこには予想していた手ごたえが感じられなかった。
いや、少しだけ、そうかもしれないと期待はしていたのだけど。
「おかえり」
きっちりと閉められた間仕切りのドアを開けると、俺のベッドの上でスマホを弄っていた狗巻さんが顔を上げた。俺の姿を認めた目が少し見開かれる。
「何、どうしたの?」
「説明するのも面倒です……」
荷物を下ろし、コートを脱ぎながらそう答えたら、相棒が「また学長だな?」と言って笑った。
「何で狗巻さんがここにいるんすか。もう、一時前ですよ」
「恵が帰ってくるの待ってようかなと思って」
「明日の予定どうでしたっけ?」
「恵と一緒」
ということは、午前中は何も予定が無いということで。それなら、まぁ、追い返す必要も無いだろう。
「飯食う? もう寝るなら俺も部屋帰るけど」
温かい部屋には微かに醤油の匂いが漂っている。この人も帰ってきたのはそれほど早くなかったのかもしれない。
「あるんなら食います。その前に風呂入りてぇ」
「じゃあご飯温めとく」
ベッドから立ち上がった狗巻さんがキッチンへと足を向けたので、後は任せて風呂場へ向かった。
湯舟に湯を溜めるだけの忍耐力は無かったので、熱いシャワーで疲れと寒さを流してしまう。芯まで冷えた体には少々不足があるのだろうけど、自室に電気と温かさが灯っていたことで寒さは半分ほどに減ったような気がした。それに、飯も食いたい。そして早く寝てしまいたい。そんな一心で居室へ戻ると、テーブルの上に白米とスープ皿が置いてあった。相棒は配膳されていない側、いつも彼が座る椅子に座ってスマホを見ている。
「スープおかわりあるよ」
スマホに目を留めたまま、相棒が言葉を添えた。礼を言って、湯気が上がるスープに口をつける。熱が喉から胃に落ちていき、体の中に温かさが火を灯す。無我夢中でほとんど飲み干しふうと一息つくと、こちらを笑って見ている相棒と目が合った。
「いい食いっぷり」
「飲まず食わずだったので……」
「おかわりする?」
立ち上がった狗巻さんを見上げて、じゃあ、と皿を差し出した。白米とその上に乗せられた生姜の佃煮を一緒に掬って口へ運ぶ。三口も食べないうちに、相棒がスープ皿と何かを抱えて戻ってきた。トンと目の前に置かれた二本の小さな缶を見て疑問符が浮かぶ。狗巻さんに目を遣ると、ニヤッと笑みが返された。
「散々だった誕生日に付き合ってあげよう」
そう言って一本のプルタブを器用に開けると、缶を俺の前に掲げて見せた。つられて真似をし、掲げたビールの缶にコツンと彼のビールが当てられる。
「誕生日、おめでと」
俺のことはお構いなしにグイッと呷る相棒を見て、張り詰めていた気持ちが緩んでいく。彼に続いて缶を呷ると、アツアツのスープで温まった体に苦い炭酸が心地よく沁みた。
「……学長、ホント、ありえないんですけど……」
一度緩んだ口は止まることを知らなくて、溜まりに溜まった愚痴を相棒に向けてぶつけていく。狗巻さんはふんふんと相槌を打ちながら時折呆れた顔を覗かせたり同情を浮かべたりして、俺の話を聞いてくれた。
「そりゃ災難だったね」
皿を洗い終え、テーブルへ戻ってきた俺を迎える相棒は可笑しそうに笑っている。
「他人事だと思って」
「毎年、誕生日の前の日、振り回されるもんだからさ」
「何でパーティー、二十三日固定なんすかね……ったく」
明日は大規模なパーティーが執り行われる。呪術に携わるものに広く声が掛けられ、上層部や名家はもちろん、窓のように呪力を持たない者まで招待される。五条さんが学長になってからというもの、表立って任せられないパーティーの裏準備が全部俺に回ってくるようになったのだ。そのせいで、俺はひと月も前から奔走する羽目となる。翻弄されないようにと時間を掛け周到に用意しても、その苦労をあざ笑うかのようにいつも前日に無茶振りされる。さして意味があるとも思えないパーティーに振り回される俺の身にもなってほしい。
「明日はあのスーツ?」
「それしかないでしょ」
「着てみた?」
頬杖をつきながら出しておいたスーツを指さす狗巻さんが俺をチラッと見遣った。
「毎年着てんですよ。今更」
「きつくなってない? 俺、サイズ直したよ」
「は?」
そう言えば去年着た時、少し肩周りが窮屈だったような……
「着てみたら?」
パッと立ち上がってスーツを持ってきた相棒が、俺の肩に上着を掛ける。
「いや……これ、きつかったら、どうする……」
スウェットを脱ぎ、インナーの上から羽織ってみたものの、途中で明らかにダメな気配が漂い始めた。
「……アウトだね」
遠目に俺を見る相棒が無情な一言を落とす。
「……マジで、めんどくせぇ……」
腹の底から出た唸り声で、また相棒が笑う。
「もう、いっそのこと、背広無しでいくか……」
「ダメでしょ。めちゃくちゃ浮くよ」
「……それなら変な輩も寄ってこなくなるかも」
そうだ。場にそぐわない格好をしていれば、声を掛けられることも無くなるのでは。
「明日買いに行ったがいいね」
俺の呟きを相棒が一刀両断にする。至極真っ当な意見をぶつけられて返す言葉もない。
「……なんか、もう、全てが面倒くせぇな……」
上着を背もたれに投げかけ、天を仰いだ。
「ついでに虫よけの指輪も買ってくれば?」
狗巻さんがあくびしながら、投げやりに提案を落とす。ベッドに寝そべる彼の傍にドスッと腰を下ろした。
「……じゃあ、何か見繕ってくださいよ」
アクセサリーなど買ったことがない。どこで買えばいいのか検討もつかない。調べることに時間も気力を割きたくない。でも、なかなか妙案な気がする。言い寄ってくる奴が少しでも減るなら多少の出費も安いもんだろう。
「すんごい派手なの選んであげよっか?」
「シンプルなやつでお願いします」
ベッドに背中からダイブしたら、背後から呻き声が聞こえてきた。この感触だと太腿辺りにヒットしたんじゃないか。ごつごつと後頭部が蹴り上げられる。
「退け! 重たい」
「ここは俺のベッドです」
悔しそうに唸りながら体を反転させた相棒が、俺を乗り越えベッドから飛び降りた。
「買い物終わらせたら、そのまま会場行くよね?」
「明日?」
「そう」
洗濯済の衣類がまとめてあるベッド脇にしゃがみこむ狗巻さんを、仰向けになったまま目で追う。
「……ですね」
「十一時出発でいい? 昼飯は向こうで食べよう」
自分のパンツを抱えて立ち上がった相棒が、こちらを振り返った。どうやら、明日は一緒に買い物に出てくれるらしい。
「いいですけど」
「けど?」
「部屋帰るんですか?」
きょとんとした相棒が、しばし繋ぐ言葉を失った。
「……うん。眠いし」
あくびを噛み殺す姿を何度か見た。今日は俺が誕生日だったから。多分、そういう理由で俺の部屋で日が変わってもなお、待っていてくれたんだと思う。この人は、自室に帰ってないはずだ。脱衣所のカゴにに脱いだ服が入っていた。俺の部屋に直帰して、ここでシャワーを浴びたのだろう。だから。
「あんたの部屋、冷えてるでしょ。このままここで寝てけば?」
重たい体を起こして、ベッドを空けてやる。着替えから歯ブラシまで、おやすみセットが一通りこの部屋には揃っている。隣の部屋には同じように俺のものが揃っている。時間にして数秒で行き来できる距離なのに、とたまに馬鹿らしくなってしまうが、自室に帰るのがいやに億劫に感じることもあるものだから、欠かせない装備となってしまった。
相棒がパチパチと目を瞬かせた。かと思えば、くるりと踵を返して持っていたパンツを元あった場所に落とし、洗面所へと消えて行った。早々に帰ってきた彼が遠慮なく俺のベッドを陣取る。
「おやすみ」
掛布団を目の下まで引き上げて、さっさと目を瞑る狗巻さんを見下ろした。パンツはちゃんと持って帰ってほしかった。珍しくピックアップしていたところ、変に声を掛けない方がよかったのかもしれない。けれど、寒い部屋へ一人で帰すのは気が進まなかった。まぁ、いいか。どうせ俺が運ぶことになるんだから。さて、明日に備えて俺も寝ることにしよう。
歯磨きを済ませて、エアコンを消したら、大きく伸びている相棒の体を壁際へ押しやり、彼の匂いで温もった布団へと体を滑り込ませた。散々な一日だったけれど、悪くない誕生日だった。唇の端が少し上がるのを感じて間もなく、強烈な睡魔に襲われ苦労なく眠りに落ちた。
連れてこられた店は独立店舗で、店内は賑わっているもののその殆どがカップルのように見えた。俺としてはショッピングモールに入っているような、開放的で通路からでも商品が見える気軽な店を想像してたんだが。
「ご試着もできますので、お声掛けくださいね」
ショーケースの向こう側からばっちりと制服に身を包んだ店員がにこやかに微笑みかけてくる。小さな会釈を返し、彼女が踵を返したところで隣にいる相棒へ身を寄せる。
「……もっと、適当な店無かったんですか」
俺よりも熱心に指輪を眺めている彼へ耳打ちをすると、分かってないなぁというような顔を向けられた。
「安物じゃすぐ見破られるよ」
「値段のことを言ってるんじゃなくて」
「ブランドものの方が箔がつくって」
「ぱっと見じゃ分かんねぇでしょ」
「分かる人には分かるんだって。その格好だと適当な店に行った方が目立つよ」
ここに来る前に無事スーツは調達できた。持ち歩くのも面倒だったので着用済みである。狗巻さんも寮からスーツを着ていて、会合用のロングケープを纏っているので二人並んで歩くと目を惹くのかいつもより視線が痛い。
「ほら、これとかどう?」
俺の悶々とした思考を吹き飛ばすように相棒がスーツの袖を引く。ガラスの上から指し示された指輪は無駄な装飾など一切ないシンプルな銀の環。こんな店に連れてきたのは恐らく彼の悪ノリの一つなんだと思うけど、何から何まで悪ふざけで通すわけではない。昨日は「派手なの選ぶ」とか言ってたくせに、ことが現実味を帯びるとちゃんと真摯に向き合ってくれるのだ。
「悪くないですね」
「恵はさ、指が長いからちょっと太さある方がいいと思うんだよね……ある程度目立たないと意味無いし……」
ブツブツと独り言のように呟いて真剣にショーケースをみつめる相棒の横顔を盗み見る。
「……楽しそうですね」
「うん。あんまり縁無い場所だし。いいな、俺も買おうかな……」
ずらりと並ぶ指輪に目を留めたまま、狗巻さんが目元を緩めた。この人が流行りもの好きで、買い物が息抜きになるような人種であることは知っているけれど。そんな、新作のおにぎりを買うノリで指輪に手を出そうと思える感覚は多分一生分からないと思う。それでもいい。この人のことは何でも知っていたいが、分かっていたいわけではない。
「いいんじゃないですか」
「じゃあ、恵とお揃いにしようかな」
「好きなの買えばいいじゃないですか。俺、多分さっきあんたが言ってたあれにしますよ」
「いいよ別に。俺もいいなと思ったから薦めたんだし」
ふーん、と相槌を打って顔を上げると先ほどの店員が目の前に立ってこちらを笑顔でみつめていた。売れる時の匂いみたいなものがあるんだろうか。店員の嗅覚に内心舌を巻きつつ、先ほど相棒が指した指輪を買う意思を伝えた。
「それと、同じもののサイズ違いをもう一つ」
狗巻さんに代わって彼の分を頼むと、店員がはたと手を止めた。
「こちらペアリングのラインナップとなっておりますので、もしよろしければお連れ様のリングはこちらの細身のもので用意させていただきましょうか?」
相棒と目を合わせる。束の間紫の瞳に思案の色が灯った後、しゃけと首肯が返された。
「じゃあ、それでお願いします」
俺の返事を聞いた店員が少々お待ちくださいと言って身を退けた。
「良かったんですか?」
「うん」
カラッと返事をすると、相棒はふらふらと店内を散策しに出かけてしまった。俺に薦めた指輪がいいなと思ってたんじゃなかったのか。ちょっと変わってしまうのは特に何も思わないんだな。まあ、パッと選んだ指輪だし思い入れなんて無いか。
邪魔にならないところに捌けて、店員が来るのを待つ。袋を手に再び現れた店員を認めて、狗巻さんの姿を探せば、彼も気がついたのかこちらへ向かってくるところだった。
「お待たせしました。こちらでお間違いないでしょうか?」
差し出されたのは横並びで二つの指輪が入る高級感の溢れるケース。そこに慎ましやかに収まる二つの指輪はまるで。
「明太子」
ふふふ、と悪戯な笑みを交えて相棒が小声で呟く。あっさりとペアリングを選んだ理由が分かったような気がして小さなため息が一つ漏れ出た。本当、悪ノリに関しては抜かりない。
「このまま着けていくので」
蓋を閉めようとする店員を言葉で止めて、ふかふかの布地に埋まる指輪を外し左手の薬指にはめた。視界の端に残った指輪へ伸びてきた手が見えて、一足先に彼の銀環を取り上げる。片手じゃ嵌められないだろう。だから。
「ほら、手出してください」
左の掌を広げて手を乗せるよう促すと、相棒がにししと笑ってスラリと優雅に手を差し出した。お芝居みたいな身振りに乗ってやるほど俺はノリが良くない。俺より幾分細い薬指へ、無言で指輪を嵌めてやる。心根の優しいこの人は、言葉の縛りがあってもなお人から好かれる。なんやかんや言って、言い寄られることも少なくない。虫よけが必要なのは狗巻さんだって同じだ。それに本人が気づいているのか、それは分からないが。
「このケースは恵の部屋に置いといてね」
店の外に出た相棒がサラッと俺へ役を押し付ける。どうせそうなるだろうとは思っていたので、はいはい、と返事をする。年に数回しか着けないだろうし、机の引き出しにでもしまっておけばいいか。薬指を拘束する環の感触が慣れなくて落ち着かない。帰ったら即外そう。
「で、何。ようやくくっつく気になったわけ?」
ドレスでめかしこむ釘崎に、何故か俺たちは睨まれている。何なんだ。
「何の話だよ」
「とぼけんなよ。あんたのその指輪、今流行りのペアリングじゃない。まぁ仲良く二人でお揃い着けちゃって、もう言い逃れできないわよ!」
「これはただの虫よけだ」
「しゃけ」
何が火に油を注いだのか分からないまま、釘崎がギャーギャーと喚き始めた。
「ほんっと、あんた達いい加減素直にならないと、後悔するわよ」
まるで呪いのような一言を放った釘崎は、虎杖にローストビーフを取ってくるように命を下してから真希さん達が話しているエリアへドスドスと足を向けた。
「伏黒! おめっとう」
「何がだ」
「誕生日」
「ああ、ありがとう」
「それと、その薬指。狗巻先輩と結ばれたん?」
釘崎に料理を献上し終えた虎杖がニコニコとぶっこんでくる言葉の意味がよく分からない。
「なんであの人と結ばれんだよ」
「だって、狗巻先輩も同じ指輪つけてるっしょ?」
「あの人はノリで買っただけだ」
「お揃いを?」
「デザインが気に入ったんだと」
へぇ、と反応を示した虎杖が俺の薬指をじっと眺めてから、
「うん! 似合ってんね」
と言ってくれたから礼を言ってこの話は切り上げた。このあと、声を掛けられては同じような問答を何度も繰り返す羽目になり、挙句大晦日にはどこから聞きつけたのか、暇を持て余す生徒達から「結婚祝賀会」と称したどんちゃん騒ぎに引っ張り出されることとなった。事態を収拾するどころか一緒になって盛り上がってる相棒を叩きながら、鎮火するのに俺がどれだけ苦労したか。
もう二度と着けるか、と。ケースに戻してしまいこんだけれど。
「ほら、見て! 伏黒先生の薬指」
三学期が始まり、帰省から戻った生徒へ得意気に教える残留組を一瞥して「静かにしろ」と注意を施す。うんざりしたはずなのに、彼女が騒ぎ立てる通り、俺の指には指輪が嵌っている。今、ケースは空だ。狗巻さんの指輪は、チェーンに通してネックレスとして身につけられている。
俺にケースを押し付けた相棒は、俺の知らぬうちに指輪を毎日身に着ける加工を施していた。それを俺へと自慢する嬉々とした顔を見てしまったら……
周りの姦しい声などどうでもよくなってしまったのだ。