サー・クロコダイルを捕まえろ!!「また・・・この季節がやってきたぜ。」
ドレスローザの王宮内。既に日は落ちていて、暗い室内にいくつか置かれた、ランプの明かりだけがユラユラと揺れている。
夕食後の広間に顔を突き合わせたドンキホーテ・ファミリーの幹部達は、鋭い視線を交差させた。
"船長"ドンキホーテ・ドフラミンゴは不在。
王下七武海の会合で、戻ってくるのは明後日だ。
勘の良いあの男に、隠し事をするならば、不在が吉である。
いつもは"若様"が座る、長いテーブルの上座に鎮座したグラディウスが、両肘を付いて組んだ手のひらに額を当てた。
一度大きく息を吸い込むと、ダァン!!!!と、音を立てて豪華なテーブルに片脚を乗せる。
時は・・・十月初旬。
「野郎共!!今年の"若様爆誕祭"の準備を開始する!!!」
「「「「ウォオオオオ!!!!」」」」
毎年恒例の馬鹿騒ぎが、今、始まろうとしていた。
「今日の会議は最も重要な事だ・・・。バースデープレゼントの案出しをする。」
「正直最近マンネリ気味よね。若様は喜んでくれるけど。」
電気を付け、明るくなった室内でグラディウスが指揮を取り、毎年恒例の"若様バースデー"会議が始まった。
ホワイトボードを引っ張ってきたグラディウスに、シュガーはグレープを口に放り込みながら言う。
「万年筆に腕時計、スーツ、ネクタイ、香水・・・。そろそろネタ切れしてきたよなァ。」
「確かにそうだな。ドフィが身に付ける物は殆ど贈ってしまった・・・。」
ディアマンテとヴェルゴの言葉に、一同うーん、と、唸り声を上げて、各々困ったように首を傾げた。
この騒動はファミリー結成当時から続いている。
ネタ切れに関しては、正直危惧していたことだった。
「定番ギフトより、そろそろ若様が本当に喜ぶものを考える方がいいかもしれないわね。」
「本当に喜ぶって言われてもなァ。・・・例えば何だ。」
「そうねえ・・・。最近若様が困ってる事を解決できるものとか・・・。」
モネが翼の先で顎を擦り、呟いた言葉に、隣のシュガーが"あ"、と声を上げる。
「最近あの、"スカーフェイス"来なくない?」
「「「「それだ・・・!!」」」」
######
「・・・くぁ、」
新世界にしては珍しく、穏やかで平和な島。
洒落たブティックが軒を連ね、着飾った人々が颯爽と通り抜けていく、垢抜けた街。
クロコダイルは珍しく気の抜けた欠伸をして、退屈そうに読んでいた新聞を目の前のテーブルに投げた。
「・・・退屈ですか。」
「・・・"責務"は人を勤勉にすると、身を以て知ったよ、ボーネス君。拙い"英雄ごっこ"だったが、やる事があるってのァ幸せな事だぜ。」
「・・・退屈で、やる気が出ないんですね。」
カフェのテラス席でのんびりと過ごすダズとクロコダイルは、各々目の前のカップを掴んでゆっくりと中身を飲み干した。
"あの戦争"を経て、再び新世界に入った二人は、見据える"野望"を指針に進んでいたが、この島はただの"通り道"である。
立ち寄る目的も無ければ、用事も無い。
本来ならば素通りするが、明日"雨が振りそう"だと予報が出ていたので"雨宿り"に寄っただけだ。
「明日の雨をやり過ごして、とっとと出港しましょうぜ。このままじゃァ、あんたが隠居しちまう。」
「馬鹿言え。テメェが錆びる方が先だぜ、ダズ。」
カチャリ、と、置いたカップが音を立てて、静かだと思う。
(・・・いや、違うか。)
目の前の通りは賑やかだ。
静かなのは、"隣人"。
「・・・静かだな。"テメェ"は。」
キョトン、としたその"隣人"の顔に、クロコダイルは無意識に口走った台詞を忌々しく思う。
王下七武海の肩書を捨てたら、いつの間にか無くなった、接点。喧しい呼び声。煩い男。
それを、惜しいと思っているかのような物言いを、クロコダイルは煩わしく感じた。
「・・・一体、誰と比べてんだか。」
「・・・・・・・・・・・うるせェ。」
意外と、無邪気に笑ったダズに、クロコダイルは呟いて、葉巻の煙を吐き出す。
その瞬間、静かに上昇した煙が妙に揺らいだ。
「・・・!!!」
「ボス・・・!!」
視界の端に光を反射する"何か"が映って、考えるよりも先に、生存本能が体を動かす。
飛んできたのは、水の入ったガラスの瓶で、視認した一瞬後に銃声が響いた。
弾丸によって破裂した瓶の中身が空中でぶち撒けられる。
「・・・やったか?!」
「駄目よ。失敗みたい。」
「・・・元王下七武海の相手は骨が折れるな。」
「しかし、見つけられたのは幸運だったな。」
間一髪で避けたクロコダイルの砂塵と化した体が、カフェの屋根の上に集結し、逃げ惑う民衆の中で横並びに佇む四つの人影を見下ろした。
「・・・何の用かね。おれァ今見ての通り、優雅な午後のカフェタイム中なんだが。」
何となく、見たことがあるような、無いような連中に、屋根の上から声を掛ける。
地上で刃と化したダズは、固唾を呑んでその様子を伺っていた。
「・・・元王下七武海、"サー"・クロコダイルだな。」
ゴーグルとマスクで、殆ど顔の見えない男が低い声で呟く。
クロコダイルは面倒臭そうに眉間に皺を寄せた。
「・・・だったら何だ。」
四人と、クロコダイルの間を砂埃が通り過ぎる。
ピリピリとした妙な空気が、その肌を刺した。
「・・・頼みがある。」
「・・・あァ?」
ようやっと、口を開いた男が言った台詞に、クロコダイルは思わず、間の抜けた声を出した。
######
「・・・てな訳で、今年の若の誕生日プレゼントはあんただぜ!"スカーフェイス"!!」
「・・・・・・・・・人違いだ。失礼する。」
屋根の上のクロコダイルを見上げたグラディウスが、ウィンクと共に口を開いた。
クロコダイルは何となく、名前の出ていない"若様"が誰だか悟る。
「オイオイオイ!ちょっと待てコラ!!若様へのプレゼントだぞ!!この上ない幸せじゃねェか!!何ならおれがなりてーわ!!!」
「大丈夫さ。あの鳥野郎は"家族ごっこ"がお好きらしい。君がプレゼントでも喜んでくれるさ。」
言いながらサラサラと崩れていくクロコダイルに、グラディウス、シュガー、ヴェルゴ、セニョールは「待て待て待て」と大きく腕を振った。
「ミスター、勿論、気持ちは分かるよ。君も、忙しい身だろう。ドフィの誕生日前夜祭、本祭、後夜祭は一週間掛けてドレスローザで開催されるが、全てに参加して欲しい訳では無いんだ。」
「・・・いや別に、忙しいから行きたくない訳じゃねェんだよなァ。」
穏やかに言うヴェルゴの言葉に、明らかに違う認識を感じる。
そんなクロコダイルを見たヴェルゴは懐から四角い厚紙を取り出した。
「プレゼントの一つに寄せ書きがあるんだが・・・、せめてこれにメッセージをくれないか。」
「あまり浅い台詞は吐きたくねェんだが・・・マジでキモいなお前ら。」
「埒が明かないわ。もう良くない?玩具にして若様にプレゼントで。」
「いやしかし・・・。そういうサイコ路線は止めるって皆で決めたじゃねェか。」
その様子を見ていたシュガーが、不機嫌そうに言って、セニョールが返す。
それなら、と、シュガーは黙ったままのダズを睨んだ。
「ちょっと!貴方からも上司に言ってやってよ!少なくとも若様と仲良くしてたんだから、誕生日くらい祝ってくれても良くない?!」
「え?!あ、あァ、まァ、そうだな。・・・ボス。別にメッセージぐらい良いじゃねェか。なんならドレスローザに寄ってもおれは構わねェ。」
「乗せられてんじゃねェぞ、ダズ!!」
何故か味方では無くなったダズに怒鳴ったクロコダイルは、大きく吸い込んだ煙を、もくもくと吐き出す。
(・・・こいつら、全員馬鹿なのか。)
七武海を抜けた脱獄囚が、現七武海でしかも一国の王の元に現れればどうなるか、想像も出来ないのか。
少なくとも潔白では無い、あの男の背後が明らかになれば、刃の上を歩くような奴の立場など、一瞬で崩れ去るだろう。
分別はある。この世の歩き方だって知っている。
(・・・それに、別に、おれはそこまで、熱を上げた覚えはねェ。)
誰に言い訳するでも無く、胸中で呟いて、クロコダイルは瞳を細めた。
「じゃァせめて爪の欠片くれ!お前のビブルカード作る!!」
「それは立派なサイコ路線だと思うが。」
付き合うのも馬鹿馬鹿しい、と、砂に変わっていくクロコダイルを見た四人は大きな声を上げて、こちらに駆け寄ってくる。
その、"家族ごっこ"を憐れむように見下ろした。
「あんたも、若も、"明日の保証"なんか無ェだろう。会える時に会っとけばいいじゃねェか。・・・少なくとも、若はあんたに会いたがってるぜ。」
クロコダイルと視線の交わったセニョールが、サングラスの奥で困ったように笑う。
その顔を、鼻で笑ったクロコダイルの姿が消えた。
「"明日死ぬような男"に、それこそ、興味なんざねェよ。」
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「おいフザケんじゃねェぞ!!!この世に生きとし生けるものの全ては若の笑顔を願うのが当然だろうが!!"お前"もそう思うよな?!?!」
「ていうか、超感じわるーい。ねェ。いつも"ああ"なの?若様も何であんな不機嫌そうなのが良いのかしら!!」
「そう言うな、シュガー。頭もキレるし、実力もある男だ。ドフィに相応しいじゃないか。」
「忙しいところ悪いな。まァ、"あんた"も飲めよ。」
「いや・・・。」
面倒臭い事になった。
と、ダズは思う。
カフェのテラス席は、ドンキホーテ・ファミリーの起こした騒動で、ガランとしてしまった。
それを良いことに、席を陣取った四人は一人残されたダズを捕まえ、何故か一緒にお茶をしている。
消えてしまったクロコダイルは、既に押さえているホテルにでも戻ったのだろう。
完全に逃げるタイミングを失ったダズは、普通に話しかけてくるファミリーの面子に戸惑いながら、おかわりのコーヒーを口に含んだ。
「なァ、頼むぜ。"ダズ・ボーネス"。あの"スカーフェイス"を上手く説得してくれよ。」
懇願するグラディウスに、ダズはうーん、と唸り声を上げる。
自分に、あの男を説得することなど、多分、無理だ。
「・・・おれの、言う事を、大人しく聞くような男じゃねェんだ。」
ガリガリとその坊主頭を掻くダズに、セニョールは煙草をくわえて火を点ける。
「協力する気も無ェのに、何であんた残ったんだ。・・・お人好しってやつか、それとも、優柔不断か?」
その言葉に、ダズは所在なさげに、今度は頬を掻いた。
『・・・静かだな。"テメェ"は。』
偶に。
本当に偶に。ああやって、まるで誰かの"錯覚"でも見ているかのように、似合わない声音で言うのだ。
それが、無意識なのだとしたら、それはそれで重症である。
「・・・ボスも、多分。"顔を見たい"ぐらいには、思っているかもしれねェ。」
「あら、そうなの。・・・じゃあ、口実待ちって訳?めんどくさい奴。」
「そう言うな。男とは、そういうもんなんだよ。」
「・・・で、あんたら、ボスにどうして欲しいんだ?」
まさかの強力助っ人を得たファミリーは、思わず顔を見合わせた。
"西の海"の"殺し屋"が、まさか本当に付き合ってくれるとは思っていなかったのである。
「何だ、話の早い男だな。じゃァ、サー・クロコダイルにリボン掛けて、十月二十三日にドレスローザまで持ってきてくれ。」
グラディウスが目を輝かせて言った言葉に、ダズは能面のような顔を返した。
「・・・あの人もういい歳なんだが。それはさすがにキツくないか。」
「いや、うちの若、結構ベタだから。そういうの結構喜んじゃうから。」
「・・・・・・・・・・・・・そうか。」
おかわりのコーヒーも一気に飲み干して、ダズはがたりと椅子を鳴らして立ち上がる。
背もたれに掛けていた、未だ慣れないスーツのジャケットを羽織ると、自分のコーヒー代をテーブルに置いた。
「・・・リボンは無理かも知れないが、できる限りやってみる。」
「・・・有り難いが、意外だな。ダズ・ボーネス。」
何気なくヴェルゴが言った言葉に、ダズは口元だけで笑って見せる。
意外と言われれば、それはそうかも知れないが、目の前の彼らと、"立場"は同じだ。
「・・・その、"若様"とやらの事は知らねェが。」
「知れよ。人生損してるぞ。」
口を挟んだグラディウスを華麗にスルーしたダズは、ひらひらと手のひらを振って、テラスを後にする。
振り返ったその顔は、意外と楽しそうだった。
「あんた達の気持ちは、まァ、"分かる"な。」
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「お前、どこへ行っていた。」
「いえ、少し、野暮用で。」
遅れてホテルへ戻ったダズに、若干不機嫌そうなクロコダイルが低い声で言った。
ダズはギクリと肩を震わせるが、それ以上言及されなかったことに少しだけ安堵する。
買い出してきた食料品や日用品をテーブルに置くと、ダズは何気なさを装ってクロコダイルを振り返った。
「昼間の件だが・・・。」
「テメェまさか、おれにバースデーカードを書けとでも言うつもりか。」
「・・・いえ。」
間髪入れずに鋭い視線を向けられて、ダズはしゅん、と、引き下がる。
これは、大分無理そうだ。
「・・・ったく、何なんだどいつもこいつも。何でおれが、あの根暗野郎の誕生日を祝わなきゃならねェ。」
「・・・でも、七武海の時は仲良くしてたんでしょう。折角脱獄したんだ、久しぶりに顔でも、」
「うるせェなァ、仲良くした覚えなんざねェよ。あいつがベタベタ寄ってきただけだ。」
ダズの言葉を遮ったクロコダイルに、そもそも気が長い方では無いダズのこめかみがピクリと動く。
(・・・何で。)
そうやって、意地を張るのか。
"会いたい"と、思ってくれる人が居て、"会わせたい"と、願う人間も居る。しかも、本人さえ、彼を懐かしむような顔をしていたのに。
「意地張ってないですか。ボス。」
「あァ?!張ってねェよ!!」
「あんたおれをしきりに"静か"だと言うが、一体誰と比較してるんで?!そんなに恋しいなら会いに行けば良いじゃねェか!!」
「気持ち悪ィ憶測は止めろ!!おれがいつ、"奴"を恋しいなんて言ったんだ!!」
「あんたは贅沢だ!!このご時世で"生きて""会える"人間がいる事自体!!!それを蔑ろにする気か?!」
久しぶりに大声を出した二人は、ハァハァ、と途切れる呼吸に歯噛みした。
ダズは自分の台詞で、やっとその"苛々"の理由が分かり、少しだけ落ち着く。
「・・・あんたはもう、自由なんだ。会いたい奴にくらい、会ったらどうです。」
「・・・馬ァ鹿。もう、立場が違う。」
クロコダイルのその、細められた瞳と、言葉に、ダズの瞳がギラリと光った。
「・・・邪魔するぞ。」
「・・・ウォオオオオ!ダズ・ボーネス!!なんでここを知ってるんだ!!」
翌日、予報通り雨の降る街を一人駆け抜けたダズは、ヴェルゴ達が滞在しているホテルの部屋の扉を開けた。
仲良くボードゲームを囲んでいた四人の中で、いち早くグラディウスが反応を示す。
「・・・何してるんだ。」
「・・・若様ゲーム。ドフィを王にするゲームだ。ドレスローザの土産物屋で販売してるんだが、結構売れてるぞ。」
「・・・あんたら本当にキモいな。」
聞いたら負けだと思ったが、その人生ゲームのようなボードとコマに思わず口から疑問が滑り出た。
ヴェルゴが丁寧に説明してくれるが、何も理解できない。
「どうかしたの。あの"スカーフェイス"。誕生日に来てくれるって?」
小さなコマを弄んだシュガーに、ダズはそうだった、と思い直して四人に向き直った。
「十月二十三日だったか・・・?ドレスローザの港までボスを連れてくるから、どうにかしてその、"若様"に会わせてやってくれ。」
######
「ドフィ。誕生日の贈り物が続々届いてるぞ。」
「あァ、ありがとよ。」
ドレスローザ王宮の、十月の風物詩。
明日に迫った王の誕生日に合わせて、関係各所、また、国民達からのプレゼントが大量に運び込まれていた。
一応、知らせに来たディアマンテに、忙しそうにペンを走らせるドフラミンゴはおざなりに言う。
「ドフィ。誕生日プレゼントは何が欲しい。」
「・・・休暇。」
「ウハハハハ。そう言うと思ってよ、おれからのプレゼントはこれだ。」
「・・・あァ?」
「"一日身代わり券"。ハンコの場所と、やる事だけ教えてくれたらおれがやっとく。電伝虫にもドフィの物真似で出るぜ。」
「・・・フフフッ。そりゃァいい。」
毎年、ファミリー全員からのプレゼントとは別に、個別にプレゼントを贈ってくれる彼らの中で、ディアマンテだけは"男同士で贈るっつってもなァ"と、こういう、全く金も時間も掛かっていないものを寄越してきた。
そういえば、去年貰った"パシリになる券"も、まだ使っていない。
その気安さに、ある種の心地よさを感じたドフラミンゴは、ペンを握る手は止めずに笑った。
「グラディウス達がまたプレゼントで悩みに悩んでるぞ。」
「・・・ったく、毎年飽きねェなァ。」
「ウハハハハ!!来年からはリクエストしてやったらどうだ。」
満更でもないように言ったドフラミンゴに、ディアマンテは軽快に笑って踵を返す。
今年のプレゼントは、当日になるまで来るかどうか分からないのだ。皆ソワソワを通り越して殺気立っている。
「リクエスト・・・リクエストなァ。」
笑いながら、はぐらかすドフラミンゴに、ディアマンテは息をついた。
"言う訳が無い"。"欲しい物"など。
自分が望めば、何でも差し出してくる幹部達に、いつしかこの男は"我儘"を言わなくなった。
あんなに"過保護"に接したのに、"勘違い"をしなかったのは、この男の持つ"聡明さ"故か、はたまた、"自分の欲望"で家族を"地獄"へ突き落とした"彼"のようにはなりたくないという、強い"憎悪"か。
「・・・あの、"スカーフェイス"はどうだ。ドフィ。リボン巻いて持ってきてやるよ。」
「フッフッフッ。できるもんなら頼むぜ。"あの戦争"以来、顔も見せやがらねェ。」
「一途なのは、辛いねェ。」
「馬鹿野郎。一途な方が、面白ェのさ。」
軽口を叩き合って、ディアマンテは扉に手を掛ける。
(欲しい物くらい、言やァ良いのに。)
それを、思う資格が無い事を、ディアマンテは知っているから、口にも出さない。
ただ、"言質"は取った。あとは本当に、連れてくるだけだ。
扉の外で、一度大きくため息を吐いたディアマンテは、ゆっくりと歩き出す。
自分の出来る、"罪滅ぼし"は、"察する"事だけだ。
「ったく、うちの"キング"は面倒臭ェなァ。」
######
「・・・・・・・・・・・ダズ。」
「・・・なんすか。」
十月二十三日。
向かっていた筈の島では無く、ドレスローザに到着したクロコダイルは、甲板で葉巻の煙を吐き出しながら隣の男を見た。
ダズはというと、いつもの従順な態度はどこへやら、拗ねたようにこちらをチラリと見ただけである。
(い、意外とうまくいったァアアアア。)
一方、ダズの胸中はクロコダイルが思う程平静では無かった訳だが、とりあえずこの日にドレスローザへ連れてくるという"約束"は果たせたのだ。
『"永久指針"をすり替える?!?!』
『・・・あの男がそんな作戦に引っ掛かるとは思えないが。』
『・・・いや、あの人は頭に血が登ってると、割と周りが見えなくなるから大丈夫だ。』
あの、雨宿りに寄った島で、ドレスローザ行きの永久指針をファミリーから貰ったダズは、"ドレスローザ"と刻印されたプレートを、元々向かっていた島を指す永久指針のプレートと変えたのである。
その元々の"目的地"が、ドレスローザの近辺だった事はラッキーだった。
指す針の方角や航海の日程はそこまで変わらず、ダズと言い合ってから苛々の収まらないクロコダイルは、いつの間にか変わった指針に気が付かなかったのである。
「・・・テメェ、やりやがったな。」
「・・・何の話ですか。」
「とぼけてんじゃ、」
クロコダイルのこめかみにピキリと血管が浮き、ダズが砂になる覚悟をした所で、ヒラヒラと二人の頭上で何かが舞った。
「ダズ・ボーネス!!!」
自分の名前が叫ばれて、振り向くと銃を構えたグラディウスの姿。
「・・・あァ?!また奴らか!!」
唐突に動いた状況に、クロコダイルが思わず声を上げて甲板から下を覗き込んだ。
グラディウスの隣に立ったディアマンテが、片手を上げて、指を鳴らす。
「よく来たなァ!"スカーフェイス"!!ドレスローザにようこそ!!」
その瞬間、頭の上でヒラヒラと舞っていた物体が、水の入った瓶に変わる。
立て続けに銃声がして、クロコダイルの頭上でその瓶が割れた。
「同じ手を使うんじゃねェよ・・・!舐めてんのか!!」
「舐めてねェよ!!その証拠に・・・違う手だ。」
グラディウスが甲板に向かって駆け出す中、突然冷たい空気が支配する。
バサリと、大きな羽音がして猛烈な吹雪が起きた。
「久しぶりね。"スカーフェイス"。若様が会いたがってるの。」
「おれはそうでもねェよ。」
吹雪が直撃する前に、砂になったクロコダイルが港に降り立つ。
中々捕まらないクロコダイルを見かねたダズは、雪の積もった甲板から下を見下ろした。
「ボス!!騙したのは悪かった!!でも、"煮え切らない"あんたを見てる"部下"の気持ちにもなってくれ!!」
「・・・。」
存外必死の形相に、クロコダイルは毒気を抜かれて、盛大に煙を吐き出す。
対峙したファミリーをチラリと見遣って、何となく、頭痛がするように感じた。
(・・・どいつも、こいつも。)
「テメェらの大好きな"若様"の為に、姿を消したんだがなァ。」
「ウハハハハ!!見た目通り冷静な男だな。ドフィはもう少し、情熱的な方が好みだと思うぜ。」
やる気が、あるのか、無いのか、ポケットに手を突っ込んだディアマンテが大きな笑い声を上げる。
クロコダイルは、ただ、誰だコイツ、と思っただけだった。
「悪ィが、おれはもう少し、"スマート"な方が好みでね。」
「わー!!ちょ、まじで待って・・・!!!」
サラサラと、その体が徐々に砂と化していく。
焦ったグラディウスが駆け出すが、その体は風に乗ってまるで散るように消えた。
ダズが額に手のひらを当てて、小さくため息を吐く。
(・・・意外と、)
落胆ムード漂う港で、ディアマンテだけは訝しげに瞳を細めた。
消える直前、あの"スカーフェイス"の瞳が笑うように細くなり、その口元が音を発さずに言葉を紡いだのである。
(・・・"礼"が、言えるような男だったのか。)
残された砂塵が、一際強く吹いた風に巻き上げられるのを、ディアマンテは静かに目で追った。
######
ふわりと、顔に当たる夜風に、ドフラミンゴの瞳が朦朧と開く。
五日前の前夜祭から、本祭が終わり、やっと明日後夜祭だ。
この一週間を空けるために、それこそ馬車馬のように働いていたドフラミンゴの眠気がピークに達し、まるで電池が切れたように眠りこけていたのである。
覚醒しきっていないドフラミンゴの鼻を、随分と懐かしい葉巻の香りが擽って、ああ、心地良いと緩く、息を吸い込んだ。
ふわふわと自身の金髪を撫でる、その粗雑な手付きに、再びドフラミンゴの瞳が閉じていく。
眠りの浅いドフラミンゴがウトウトとしていると、決まって"あの男"は、こうして髪を撫でてくれた。
その懐かしい感触に身を委ねていると、額に、ちゅ、と、柔らかい感触。
(・・・なんだ、"わにやろう"、今日はご機嫌・・・。)
そこまで思って、ドフラミンゴの思考が突然覚醒した。
重たい瞼を無理やり開けると、今年のファミリー全員からのプレゼントだった"ホットアイマスク"と寄せ書きが目に入る。
ベッドの上で上半身を起こしたドフラミンゴがキョロキョロと辺りを見回しても、"彼"の姿は無かった。
「・・・夢か。」
随分と女々しい夢にげんなりとして、夜風にはためくカーテンを見つめる。
窓を開け放したままだったかと、窓際に歩み寄ると一枚の紙が窓枠に置いてあった。
飛ばされないよう、ご丁寧に"ワニ"の形をしたクリスタルのペーパーウェイトまで置いてある。
パチパチと瞬きを繰り返したドフラミンゴが紙を手に取ると、その、"ビブルカード"特有の、ツルツルとした感触に目を見開いた。
ザラリと、手のひらに付いた"砂"に、ドフラミンゴは寝癖の付いた髪のまま、部屋を飛び出す。
「うおお、どうした。ドフィ。」
「ディアマンテ!!悪ィ!!」
丁度、寝酒を持って通り掛かったディアマンテに、ドフラミンゴはサングラスを掛けながら詰め寄った。
紙きれを"二枚"握りしめたドフラミンゴを、ディアマンテは見下ろす。
「悪ィ!!"これ"、使うぜ!!後は頼む!!」
「ウハハハハ!!情熱的だねェ。後はこの天才に任せとけ!」
押し付けられた、"一日身代わり券"を受け取ったディアマンテは、大きな声で笑い声を上げて、既に廊下の窓から飛び出して行ったドフラミンゴを見送った。
どうやら、"努力"は無駄ではなかったようである。
ドフラミンゴが"渡して来なかった"、もう一枚の紙に綴られていた、滑らかな文字に、ディアマンテは開きっぱなしの窓から外を眺めた。
「本当、顔に似合わず情熱的だな。」
あの、冷めた視線と、打って変わって優しげに微笑む瞳を思い起こして、ディアマンテは突き返された"紙切れ"をポケットに捩じ込む。
ああ、"久しぶり"の、"我儘"だ。
「仰せのままに、マイマスター。」
"Happy Birthday Doffy"