サタデイ・ナイト・スペシャル『丁度オフだったんで・・・"シャボンディ諸島"へ来ているんだ。・・・驚いたよ。随分と"懐かしい"船が停まっていた。』
「フフフフッ。ほんと、間の良い男だぜ。」
『"コーティング"待ちかい?』
「あァ。今日からコーティング作業に入る。上がりは3日後だ。・・・丁度良い。デートしようぜ、"相棒"。」
宿泊しているホテルの窓際は、高層階ということもあり、爽やかな風が吹き込んでくる。
"北の海"から南東へ、"リヴァースマウンテン"を超え、とうとう、"新世界"だ。
魚人島を通過するべく、シャボンディ諸島で船のコーティング作業が終わるのを待っていたドンキホーテ・ドフラミンゴの元に、懐かしい人物から通信が入ったのは、昼下りの事である。
『そうだな。・・・今日、"天上金"の輸送船が、シャボンディ諸島に一時停泊するそうで、島には海兵が多い。できるだけ、人目につかないところが良いが。』
「・・・だからか。そこら中に海兵がウヨウヨしていた。」
『マリージョアへ船を吊り上げる装置が故障したそうだ。修理にしばらく時間が掛かるらしい。一週間程、島はこの調子だろう。』
「それなら、顔の効くモーテルがある。折角のディナーがルームサービスたァ味気ねェが・・・誰にも邪魔されなくて良いだろう。・・・一室手配しておく。問題無いな?」
『あァ、勿論だ。"ドフィ"。・・・楽しみだ。』
「フッフッフッ・・・。おれもだよ。・・・"ヴェルゴ"。」
眠りに入った電伝虫を、テーブルの脇に避けたドフラミンゴの口元が、満たされたように弧を描いた。
ここに来るまでは、本当に忙しなくて、"彼"の顔を見たのは半年以上前である。
ドフラミンゴは浮足立つのを自覚しながら、それを悟られないように、"普段着"の中からシャツを選び出した。
「若様ー!居るー?!」
「・・・あァ、居るぜ。どうした。」
唐突に、ノックの音と甲高い声がして、ドフラミンゴが扉を開けてやる。
扉の向こうには、ベビー5が立っていて、ドフラミンゴを見上げていた。
「皆でシャボンディパークに行こうと思うんだけど、若様も行く??」
「・・・フフフフッ。そりゃァ、良いな。・・・だが、おれはパスだ。」
「何かあるの?」
「・・・"お忍びデート"って奴だ。皆には内緒にしてくれ。」
「お忍び!デート!!やだステキ!!楽しんできてね!!」
おどけたように背中を屈めて、ベビー5の目の前で人差し指を立てて見せたドフラミンゴに、小さな口が嬉しそうに声を上げる。
大分高くなった頭の位置に、少しだけ寂しさを感じながら、ドフラミンゴはその黒髪を撫でた。
「お前らも、楽しんで来てくれ。ディアマンテや、ピーカの言うことをちゃんと聞くんだぞ。」
「もォー!若様、わたしの事まだ子供だと思ってる!もう"14歳"なのよ!!!」
「フフフフッ。これは失礼。この島は人攫いが横行してる。・・・"美人"は狙われるから、十分気をつけろ。」
少しのリップサービスと、心配事を口にしたドフラミンゴは、手を振って去りゆく小さな背中を見送る。
随分と、
(・・・遠くまで来た。)
あんなに小さかった彼女達も、大きくなった。
"自分"と、"彼"も、もう20年以上、こんな、ままごとみたいな"お遊び"を続けている。
「・・・"デート"か。」
その、皮肉めいた冗談を呟いて、ドフラミンゴは手持ち無沙汰に首筋を撫でた。
"奴"の"信仰"に、"相思相愛"の文字は無い。
それに気が付いてから、もう、何年だ。
(・・・不毛過ぎるぜ、"相棒"。)
「お兄さん、どうかした?」
「・・・あァ、すまない。営業の邪魔になるな。」
「そんな事無いけど、"花束"、欲しいの?」
シャボン舞う賑やかな商店街の花屋の前で、ヴェルゴは難しい顔で色とりどりの花束を眺めていた。
余りにも、長い間迷っていたら、痺れを切らした店員がとうとう声を掛けてくる。
久しぶりに会う"相棒"へ、何か手土産をと思い、まずグローサリーに向かったのだが、ルームサービスがあると思い直し、今度は土産物屋を覗いてみたが、彼も同じ島にいるのだ。別に、この島の名産など買えるだろう。
いよいよ困ったヴェルゴの視界に映ったのは、この"花屋"で、花はどうだろうか、いやいや、男同士で花を贈るのはどうなんだ、などと、一人で終わらぬ問答を続けていたところだ。
「久しぶりに会う友人へ、手土産を、どうしようかと思ってな。」
「良いじゃない!花束!!大袈裟なやつじゃなくて、カジュアルなのもあるよ。」
白いシャツにジーンズを履いた、ヴェルゴのラフな服装を眺めた店員は言って、店の中へと手招きをする。
大人しくついていけば、カラフルな花を2、3本包んだ小さな花束が並んでいた。
「花は良いよ。何より、枯れるのが良い。」
「そういうものか。」
「・・・無くなるものは、惜しいと思ってもらえるでしょ。」
店員の、何気ない一言にヴェルゴはサングラスの下でその小さな背中に視線を移す。
"彼"が、自分を、"惜しい"と思うのなら、それは、喜ばしい事だが、生憎、"彼"がヴェルゴの望みを叶える必要は無いのだ。
「・・・やはり、男同士で花はおかしいな。・・・すまない、別のものにするよ。」
「そっか。残念だ。」
いやに行儀良く笑ったヴェルゴの、見えない瞳が妙にギラついたのを感じた店員は、その広い背中を引き止める事は無い。
"彼"が、自分の望みを叶えるとしたら、ただ一つ。
それは、この世界を破壊する事だけだ。
######
「・・・あァ、そうだな。17時くらいには行く。"ジョーカー"名義で頼むぜ。」
日も、傾きかけてきた。
"そういう"事情のある輩が多く利用する、足の付かないモーテルに、予約の電話を入れたドフラミンゴは、お気に入りの酒が入った紙袋を持つと、ピンクのファーコートを羽織らずにドアノブに手を掛ける。
『プルプルプル・・・。』
その時、眠っていた筈の電伝虫がテーブルの上で目を開き、間抜けな鳴き声を上げた。
ファミリーの通信に使っているその虫は、応答を促すように、鳴きながら眠たげな目を向けてくる。
「・・・なんだ。」
『若ァアアア!!!大変だ!!!』
「・・・どうした。」
受話器を上げるなり大音量の泣き言が響き渡り、ドフラミンゴの耳を劈いた。
反射的に傾けた頭を掻きながら、名乗りはしなかったが、流石に電話の先はグラディウスだと分かっていたドフラミンゴが言う。
『・・・"ベビー5"が、』
それだけで、何となく察したドフラミンゴの瞳が赤い光を含んだ。
横行する人攫い、"職業安定所"、シャボン舞う、"美しい島"。
(・・・まただ。)
また、この世の"システム"が、
("おれに"、)
牙を剥いてきたのか。
『ベビー5が・・・攫われた・・・!!!』
ファーコートを肩に掛けたドフラミンゴは、小電伝虫を懐に入れて勢い良く窓から飛び降りる。
床に落ちた受話器から垂れ流された悲痛な叫びを、受け取る者はもう居ない。
床の上に落ちた紙袋の中で割れた瓶が、静かに、絨毯を汚していた。
######
「・・・オイ、ベビーは?」
「若様!!トレーボル達が街中探してるけど、まだ見つからないの。」
「若ァアアア!!すまねェ!!!目は離さないようにしてたんだが・・・!!!」
「分かってる。お前らを責めやしねェよ。シュガー。お前はトレーボルを呼び戻すから、一緒にホテルへ戻っていろ。お前まで攫われたら敵わん。
グラディウス!人攫いチームに目星は?」
シャボンディパークの入口で、立ち往生するシュガーとグラディウスを見つけたドフラミンゴは、その目の前に着地した。
シュガーより前に泣き付いてきたグラディウスを引き離しながら、ドフラミンゴは小電伝虫を取り出し、トレーボルにコールする。
すぐに出たトレーボルの言い訳も無視して、すぐに戻れとだけ伝えた。
「さっきディアマンテから連絡があったんだが、今日の夜、ヒューマンオークションを開催するチームがあるらしい。恐らく、そのチームがベビーを誘拐したんじゃねェかと・・・。
ディアマンテはそのチームの運営してるオークション会場に向かってる。」
グラディウスが懐から取り出したチラシは、"人身売買"にしては随分と上品なデザインである。
人攫いチームのものであろうマークに視線を落としたドフラミンゴの、背筋がざわりと凍った。
(・・・こいつら、)
"聖地"で過ごした幼少期、その"マーク"は幾度と無く目にしている。
"天竜人"御用達の"人攫いチーム"。
そのチームの販売ルートは、世界貴族がメインだ。
『・・・ドフィか?』
「ディアマンテ・・・どうした。」
冷たい指先が、鳴き声を上げた電伝虫を掴む。
受話器から流れた声に、ドフラミンゴは掠れた声で応答した。
『グラディウスから聞いたか?やっぱり、ベビーを攫ったのは今日オークションを開催するチームで間違い無さそうだ。』
呆気なく瓦解する、不安定な足元。この世界を支配する、大嫌いな"システム"。生首を抱いて踏み入る清潔な世界。
("奴ら"が、)
神様気取りの"奴ら"が、また、あざ笑う。
ドフラミンゴの口元が、僅かに震えた。
『・・・今日、"天上金"の輸送船が、シャボンディ諸島に一時停泊するそうで、島には海兵が多い。』
いつの間にか、姿を見せなくなった政府の刺客達。この世の"神々"と、"売られる"側に"落とされた"生命。
ドフラミンゴの頭の中を、様々な憶測と、算段が駆け巡る。
その思考を、司るのは、シンプルな"怒り"。
「・・・全員、一度戻れ。」
ああ、腸が煮えくり返るようだ。
はやく、この世を"支配"する"力"が欲しい。
唸るように言ったドフラミンゴは一度、瞳を閉じた。
再び開いたその眼球は、20年経っても"変わらない"。
「・・・お前らは、"天上金"を奪え。」
(・・・結局、酒にしてしまったな。)
芝生の広がる広間は、何かのフェアをやっているようで、無数の屋台と行き交う人々で賑わっていた。
そのベンチに腰掛けたヴェルゴは、傍らの長細い紙袋を撫でる。
何となく、自分の引き出しの少なさに、情けなくなってしまった。
約束の時間までは、まだ少しある。
ヴェルゴはゆったりとベンチに腰掛けて、さっき買ったコーヒーの紙コップに口を付けた。
(・・・随分、久しぶりだ。)
隣で眺める事の無い"彼"は、新世界でも億超えルーキーとして名を馳せている。
その、着実に駆け上っていく彼を、自分はただ、下から見上げているだけだ。
(まだ、)
彼の隣は、"空席"だろうか。
自分達が強いた"孤高"の"王者"を、彼はまだ、演じているのだろうか。
今更、"それ"を、反故にするのは、きっと、許されない。
ヴェルゴは長い足を伸ばして、沈むようにベンチの背凭れに深く凭れた。
手のひらの中にあるコーヒーが、少しずつ冷めていく。
小さく口元だけで笑ったヴェルゴは、その、後頭部を無意味に掻いた。
「・・・酷い話だ。なぁ、ドフィ。」
######
「・・・"天上金"を奪うって、正気か、ドフィ。」
「そもそも、天上金なんてモンがこの島にあるのか?」
一度、シャボンディパークへ戻ってきたディアマンテ達は、ドフラミンゴの口にした命令を思わず聞き返した。
ずっと、笑みを携えたままのドフラミンゴは、集まった幹部連中を妙な光を含んだ瞳で眺める。
「・・・今日、天上金の輸送船がこの島に到着する予定だ。お前らはその船を襲い、天上金を奪取しろ。ベビー5のオークションは、おれがどうにかする。」
「若、天上金なんざ手に掛けてる暇はねェだろうよ。オークションに人員を割いた方が確実じゃねェのか?」
イマイチこの状況と噛み合わない命令に、セニョールが解せない顔で言った。
それを一蹴するように、ドフラミンゴは喉の奥でクツクツと笑う。
「フフフフッ・・・。おれが"全て"を"支配"するには、"邪魔"な"奴ら"が居るだろう。」
まるで、獣のような眼球に宿る、ドフラミンゴの"凶暴"に、ファミリー幹部ですら息を呑む。
それでも、ドフラミンゴは一つの"算段"に心を奪われ、無謀にも、そのたった一つの"やり方"に賭ける事にした。
「良いか、これは"好機"だ。"馬鹿共"に"噛み付く"口実ができた。
今日から、"ドンキホーテ・ファミリー"は"神"をも恐れぬ組織へ変わる。」
この騒動を、無事に乗り切った後に残るのは、"神"の証。
この海を牛耳る"ハリボテ"の"裏側"に立てるのだ。
「神気取りの馬鹿共から、ベビー5も、金も、全て巻き上げる。
お前らおれに、"夢"を見たいんだろう?」
"神聖"な身の上。"憎悪"と"怒り"。"覇王色"。
奴らは夢を見るために、家族という耳障りの良い言葉を並べながら、ここに立っている筈だ。
自分だって、別に、家族ごっこをするつもりなど毛頭無い。
ただ、奴らにはドフラミンゴ意外に夢の捌け口は無いし、ドフラミンゴ自身も、同胞は奴らしか居ない。
その"唯一"は、一つの"愛"の形だ。
それならば、永遠に"家族"でいる為の"功績"が要る。
「お前らに・・・喉笛を食い千切られた"神々"が、地面でのたうち回るザマを見せてやる・・・!!!」
その瞳の光に当てられた"家族"達の眼の色が変わった。
結局、そうだ。
(奴らは、)
この"舞台"を眺める、"観客"なのだ。
ドフラミンゴはこっそりと瞳を閉じて、ホテルの部屋に放置された"お気に入りの酒"を嘆く。
("お前"は、どうだ。)
奴は、"相棒"なのか、それとも、"観客"なのか。
ドフラミンゴ自身も、どちらを望むべきなのか、結局、答えは出ないままだった。
######
『・・・もしもし?ドフィか?・・・もしもし、』
「・・・。」
辿り着いた"13番グローブ"の片隅で、ドフラミンゴは大きな建物を見上げていた。
そのヒューマンオークションの会場の外壁には、件の人攫いチームのマークが描いてある。
正面入口に立ったドフラミンゴは、懐から取り出した小電伝虫で"相棒"を呼び出した。
入口で突っ立っているドフラミンゴを、流石に不審に思ったのか、警備員達が何やら話しているのが見える。
「・・・すまん。相棒。今日の"デート"は、どうやら行けそうにねェらしい。」
『・・・そうか。残念だ。何か、トラブルか?』
「いや・・・。"トラブル"は、"これから""起こす"。」
『・・・?』
ゆっくりと、歩き出したドフラミンゴの台詞に、受話器の向こうは返答を悩むように息を呑んだ。
入口に集まってくる警備員達を、ドフラミンゴは見もしない。
「なァ、喜べよ、ヴェルゴ。"お前"の王は、"神々"を超えるぜ。」
『・・・ドフィ。何か、あったんだな?どこだ?おれも手を貸そう。』
妙な気配を察知して、ヴェルゴの声が焦燥を帯びた。
ドフラミンゴの眼球に、やっと映った警備員達が、こちらに銃口を向けてくる。
「・・・いや、お前は、"そこ"で見ていろ。」
"期待"される"役割"を、"家族"の願う"幸福"を。
"愛しい"男が、望む"姿"を。
(おれは、)
掴み取れる、男だ。
『・・・ドフィ!!!』
地面に落ちた電伝虫が、最期に放った言葉は既に、ドフラミンゴの耳には届いていない。
細い糸が、傾きかけた太陽の光を反射して、チカチカと姿を見せた。
刎ねた首が次々と宙を舞い、ボタボタと血の塊が落ちていく中、悠々と歩いたドフラミンゴは、正面入口の扉を開ける。
「・・・誰だ!?招待客以外立入禁止だぞ!!」
豪華なロビーに屯する警備員達は、入ってきた男の物々しい雰囲気に、思わず怒鳴って銃を構えた。
開いたままの扉から吹き込む風で、ファーコートがざわりと揺れる。
「"ドンキホーテ・ドフラミンゴ"。・・・海賊だ。」
「オイ・・・マズイぞ!13番グローブのオークションを海賊が襲ったらしい!!」
「13番?!"奴ら"のとこか?!あのオークションは天竜人も居るんだぞ?!どこの馬鹿野郎だ?!海軍大将が来るぞ・・・!!」
嫌な予感に取り憑かれたヴェルゴの目の前で、島全体が妙な騒がしさに包まれていく。
『・・・いや、お前は、"そこ"で見ていろ。』
その"命令"と、肌を焼くような、"嫌な予感"にヴェルゴの瞳が忙しなく揺れた。
「・・・大将が来る前に出港だ!!オイその大馬鹿野郎の顔だけは確認しておけ!!いつか殺してやる・・・!!」
「いや、それがどうやら"ノース"の、」
いつも、そうだ。
"その名"を、自分以外の誰かが呼ぶのすら、腹の底に押し殺した"獰猛"が許さない。
「"ノース"の、ドンキホーテ・ドフラミンゴが・・・仲間を取り戻す為にオークションへ殴り込んだらしい・・・!!」
弾かれたように走り出したヴェルゴの頭には、"天竜人"の文字だけが残っていた。
あの男の、"怒り"の"原点"を、目の前に持ってくれば恐らくその"破壊衝動"は、全てを焼き尽くすだろう。
『・・・丁度良い。デートしようぜ、"相棒"。』
『フッフッフッ・・・。おれもだよ。・・・"ヴェルゴ"。』
最近、たまに、思うのだ。
彼が、"王様"に、"成らなかったら"、
(・・・そうしたら、)
彼と、自分の関係は、一体、どうなるのだろうか。
######
「・・・センゴク、一体、どういうことだい。」
「今言った通りだ、"おつるちゃん"。・・・シャボンディ諸島で起きている"イザコザ"に、海軍本部は関与をしない。」
ほんの、三十分前だ。この、目の前の男が、"ドフラミンゴがシャボンディ諸島で暴れている"。"すぐに出動の準備をしろ"などと宣ったのは。
三十分後、つるの前に現れた"大将""仏"のセンゴクは、苦々しい顔で、冒頭の台詞を吐いた。
「シャボンディ諸島にたまたま滞在していた、CP0が対応するそうだ。」
「・・・天竜人の"傀儡"じゃないか。何故、奴らが海賊のイザコザに首を突っ込むんだい。」
黙ってしまったセンゴクに、つるはため息を吐いて執務室のデスクに腰掛ける。
この組織で我を通す程、若くもないが、"正義"を捨てるほど、老いても居なかった。
「執拗にドフラミンゴを捕えろと言っていたのが、嘘のようだね。ここ最近は特に、"見向きもしない"。・・・何かあったのかい。センゴク。」
「"上"は、ドフラミンゴ討伐を"諦めた"ようだ。」
「・・・諦めた?おかしな事を言うねェ。まだ、奴は、"賞金首"だよ。」
「・・・違う。"海軍本部"が諦めた訳ではない。」
妙に、疲れたような目をしたセンゴクが、ゆっくりと手のひらを上げる。
その、大きな手のひらは震える人差し指を立てた。
「・・・"もっと"、"上"がだ。」
「・・・ヒッ。」
カツカツと、踵の鳴る音がした。
ゆっくりと舞台の上に上がった男は、頭から被った返り血を気にもせず、怯えて座り込んだ従業員を見下ろしている。
観客席に居た人間は、全員首を刎ねられ、赤く染まるオークション会場内は酷く鉄臭かった。
「・・・名前は?」
「・・・エッ?!?!は、え、えーと、ディ、ディスコ、です。」
怯える男を嬉しそうに見たドフラミンゴは、ゆっくりと、舞台に置いてあった司会者用の派手な椅子に腰掛ける。
「オーケー、"ディスコ君"。"人売り"は、儲かるか?」
「・・・ヘ?!あァ、た、多分。いや、大分、儲かる。」
二階のVIP席では、"世界貴族"達がどこかへ助けを求め、阿鼻叫喚の様子だった。
それを眺めたドフラミンゴは、血の海から拾った王冠を、冗談のように被る。
「そうか。」
「・・・あ、アンタ、こんなところに居て良いのか?天竜人は海軍大将を呼べるんだぞ。」
「フフフフッ。・・・いや、どうだろォなァ。」
そもそもここに、海軍大将が来るのなら、既に作戦は失敗で、ドフラミンゴは王の座に"足りぬ"男だったということだ。
その時、ドフラミンゴの視界の端で、"白い"コートが揺れる。
ドフラミンゴは余りにも大きな"全能感"に、思わず歪む口元を、隠すように手のひらで覆った。
######
「・・・ハァ、は、ハァ、」
13番グローブの最奥に、その会場はあった。
ヴェルゴは勢いのまま、ここへ来てしまった事を後悔する。
(・・・"見ていろ"と、言われたのに。)
"見ていられなかった"のは、"天竜人"にすら、手を出しかねないあの男の"危うさ"か。
こんなタイミングで、海軍の"最高戦力"とやり合うのはマズいという事実か。
(・・・いや、違う。)
裏口に回ったヴェルゴは、従業員用入口のノブに手を掛けた。
"見ていられなかった"のは、あの男が"固執"する、"家族"が強いた"理想"の"王様"。
自分を含めた全ての頂点に、彼を、立たせると決めたせいで、生まれてしまった、隣の"空席"。
その空白を知っていながら、そこに踏み込まないのは、彼が、"全て"の上に立てないのなら、
(・・・おれは、"不要"だからだ。)
ドフラミンゴを王にするべく集った同胞達。
その"夢"が、叶わなければ、そこが、自分の死に場所だ。
「な、何者だ・・・!!お前もオークション荒らしの仲間か?!?!」
扉を開いた先の通用口では、既に"トラブル"が起こっているのか、武器を持った従業員達が屯している。
ぼんやりと、向けられる銃口を眺めた。
(・・・何故だろうか。)
最近、その、"先"の"無い"関係に、うんざりする事が増えた気がする。
「・・・会場の方はどうなっている?」
「大惨事だよ・・・!!!全員、殺された!!!!」
ヴェルゴの唐突な問いに、銃を構えた男が怒鳴るのを聞いて、拍子抜けしたように、"そうか"、と口にした。
"知っているのだ"。
(・・・結局。)
彼を"王の座"に、座らせるしか、自分の望む"先"は無い。
「・・・そうか、なら、"良い"。」
寡黙そうな紳士面が突然ヒビ割れ、ボロボロと剥がれ落ちていく。
瞳の奥で爆発的に宿ったのは、凶暴で残虐な本性だ。
ヴェルゴは乱雑に置かれた資材の中からデッキブラシを掴むと、ガクリと、首を擡げる。
「それなら、"生存者"が居ると、"辻褄"が合わないな。」
まるで、燃え広がるようにヴェルゴの腕が赤黒く染まった瞬間、気圧されたように目の前の男が発砲した。
反射神経だけで床に手のひらを付いて屈んだヴェルゴの手元で床がバキリと砕けた刹那、握り締めたデッキブラシが侵食されるように腕と同じ色を帯びて、目の前の男の腹を食い破る。
「・・・お、おい、こいつ、」
呆気なく死んだ人間一人、その崩れ落ちる様を眺めた男が震える喉で絞り出した。
顔を上げたヴェルゴの口元が、緩く開いて、その唇の間から鋭い犬歯が覗く。
「こいつ・・・海軍本部"大佐"・・・"鬼竹"のヴェルゴじゃねェか?!」
その時、ゆっくりと立ち上がったヴェルゴの瞳が、酷く暴力的な光を放った。
######
「オイオイ・・・!挨拶はどうした?礼儀がなっちゃいねェな!!それでこの世の"神"の"傀儡"が務まるのか?!えェ?!"イージス"!!!」
「我々は"世界貴族"の安全を守るよう指示を受けた。」
爪先から指先に、張られた糸が突き出された手のひらを受け止めて、およそ人体がぶつかったとは思えぬ金属音がした。
唐突に現れた、"白い装束"の男が3人。
妙に光る"右目"を携えた男がドフラミンゴの喉笛に腕を振るう。
「・・・それなら、"上"に指示を仰げ。テメェらの親玉は、今後、おれの機嫌を取る事になるぜ。」
「・・・。」
鍔迫り合いを続けたまま、ドフラミンゴの口元が奇妙に歪んだ。
ドフラミンゴと、相対する男の視線がぶつかり合って、バチリと何かが爆ぜる幻覚を見る。
その、緊迫した状況を遮ったのは、何かのノイズ音。
ジジ、ジジジ、と、焼き切れるような音がして、束の間、辺りを静寂が支配した。
『ジジジ・・・、ジ、・・・です、・・・!!』
白装束の男の懐で、顔を出した電伝虫が電波を探すようにキョロキョロと飛び出た目玉を動かすと、少しずつクリアになった音声が響き渡る。
『・・・大変です!!輸送船が、何者かに襲われ、"天上金"を奪われました!!!・・・すぐにお戻りください!!!』
ギロリと、相変わらず右目だけが光を上げて、男はドフラミンゴに顔を向けた。
既に、手のひらの上に落ちてきた状況を、ドフラミンゴは嬉しそうに眺めている。
「金が要るんだ。いいよなァ?別に。おれには"それ"を、受け取る事の出来る"血"が流れている。」
「・・・何を、」
ああ、"大丈夫"だ。
ドフラミンゴはサングラスの奥で瞳を閉じる。
"隣"に誰かが居なくても、
(おれは、一人で、"立てる"。)
地面に這いつくばって、泥水を啜る日々。燃える足元。人間の残虐。
一人で立つよりも、辛く悲しい出来事は、この世界に腐るほどあるのだ。
隣の"空席"を、許容さえすれば、もう、踏み躙られる事は無い。
「 」
ドフラミンゴは男の耳元に唇を寄せて、小さな声で囁いた。
瞬間、男の眼球が確かに揺れる。
"最悪"のカードを持った"脱走者"に、世界は、一体、どういう答えを出すのだろうか。
「・・・世界貴族の保護を、最優先に。」
突然、割って入ったのは、3人の内一番背の高い男。
手のひらに乗せている電伝虫は、既に眠りに入っていた。