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    BORA99_

    🦩関連の長い小説を上げます
    @BORA99_

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    BORA99_

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    ヴェドコラロ海軍if
    大将若様とコラソンズ
    と言う名の🌋→←🦩の確執のお話
    サカさん:元帥
    若様:大将
    べさん:G5基地長
    ロシー:准将
    ロー:大佐
    ⚠注意
    ・CP要素もやまもおちもいみも無い話になってしまいました…
    ・モブというには主張の強いモブ
    ・オリジナル設定が過多
    ・🌋さんと若様の描写が多い

    PROTECT!!「前代の"均衡主義"は反故にしたか。……フフフフッ。良いんじゃねェのか。おれァ賛成だ」

    移した拠点の、新しい匂いにも些か慣れた。
    海賊王亡き後、頂点を守り続けた大物の死に、大きなうねりを見せたこの海にもだ。
    太陽の落ちゆく薄暗い黄昏の中、夕日を遮る男の長い影が落ちる。
    「この海に……ハナから均衡も何も無いじゃろうが」
    誰もいない、長い廊下は珍しく静かだ。
    その静謐を壊さずに、窓枠へ降り立った大きな男を海軍本部"元帥"サカズキは見もせずに返す。

    「それは、どうだろうなァ」

    いちいち、気に障る男だ。
    海兵にしては軽薄なスモーキーピンクのダブルスーツを身に纏う、"前"元帥の"忘れ形見"。
    この、肩書だけが物を言う組織で、目に余る身勝手を許された男。
    「……何が言いたい」
    サカズキが新兵だった頃、センゴクに連れられ現れた身寄りのない子ども。
    あっという間にこの組織で頭角を表したこの男は、幼少の頃から一切変わらず誰の下にも就こうとはしない。
    「フフフフッ……!相変わらず気の短ェ男だ。まァ、いい。ウォーターセブンがお祭り騒ぎだそうだぜ。一体誰のせいだろうなァ」
    態とらしいその台詞に、しかめっ面を帽子で隠した。
    誰の、と言われれば、それは紛れもなく自分自身である。
    (この海は……また荒れる)
    海軍本部が妙な沈黙に包まれている理由は、一つ。
    殆どの戦力が出払っているからだ。
    本日未明、海軍本部がバスターコール級の戦力を引っ提げ向かったのは、たった一人の男の元。
    この海で名を馳せた、"情報屋"と呼ばれる男を海軍本部は捕縛したのだ。
    世界政府をはじめ、ありとあらゆる組織と取引をしてきた彼を捕らえれば、機密漏洩を恐れた奴の顧客達が黙っては居ない。
    ある種、この海の均衡を揺るがすその事態は、各海で波紋を呼んでいた。
    「海列車でエニエス・ロビーへ連行するのは諦めろ。ウォーターセブンの港に荒くれ共が集まってきている。奴を乗せた輸送船は沖で立ち往生だ。大物共も動き始めた。軍艦に勝算を持ってぶっ放す輩もじきに現れるぜ」
    頼んでもいないのに、ウォーターセブン沖で待機している輸送船の状況を男は機嫌よく話す。
    海軍本部に残された仕事は、あと一つだ。
    捕らえた"情報屋"を生きたままエニエス・ロビーへ連行することである。
    メモやノートの類を持たず、全ての情報を記憶しているらしい彼の、頭の中の情報を世界政府は欲しているのだ。
    「お前の配置はここじゃァないじゃろう。……わしの言うなりになれんのなら、その大層な肩書は返さんか。……ドフラミンゴ」
    ああ、思わず、この男が喜ぶ台詞を吐いてしまった。
    そう思った時には既に遅い。
    窓枠にしゃがみこんだ、"大将"ドンキホーテ・ドフラミンゴはやけに嬉しそうに口角を上げた。
    「おれァ別に、お前の正義の代理人じゃァねェからなァ」
    サングラスの奥で歪む瞳。
    押し殺された笑い声に、サカズキの瞳が一度、燃えるように光った。
    「わしのやり方に疑問があるなら出ていけと言うちょるんじゃ」
    そうやって、負った傷跡が酷く痛むような幻覚。
    それを後悔しない為に、もう、自分の正義を否定はできないのだ。
    大きく揺れたサカズキの眼球を、面白そうに眺めたドフラミンゴの口角が上がる。
    「お前の正義に賛同しないのは不義か?その正義の正気は誰が保証する?……フフフフッ!分からねェんだろう。誰が正義か、何が悪か。それが分からねェから、テメェらパンクハザードで殺し合ったんじゃねェのか。おれはその尻拭いをしてやっただけだぞ……サカズキ」
    「その肩書きの、意味も分からん男に埋められるような席じゃァ無いけェのう……!空いた席に座らされた傀儡ごときが偉そうに……。貫きたい正義があるんなら……能書きの前にわしの首を獲りにこんか……!」
    落ちた夕日に、現れた夜。
    あっという間に暗くなった通路で、ぶつかり合う視線。
    二人の間を張り詰めた沈黙が流れ、やがて、サカズキは大股で一歩踏み出した。
    「……いずれ、」
    その時、背後で呟かれたドフラミンゴの台詞に、ゆっくりと振り返る。
    想像に難くない、次の台詞を待たずに口を開いた。

    「「……いずれ、殺してやる」」

    ******

    「ドフラミンゴ……どこへ行っていたんだい。あんまり新元帥を困らせないでおくれ」
    「フフフフッ……!困るような男じゃァねェだろう。いつまでも睨み合いなんざしてるのが悪ィのさ、おつるさん」
    情報屋を乗せた輸送船が、ウォーターセブン沖に停泊してから半日。
    登る朝日と共に甲板に着地したドフラミンゴは、些か疲れた顔を見せたつるに笑いながら言った。
    港にも、沖にも、情報屋の奪還を目論む荒くれが列をなし、膠着状態が続いている。
    一度海軍本部に戻っていたドフラミンゴは、未だ海列車に乗せるのか、このまま輸送船でエニエス・ロビーへ向かうのか、判断を下さないサカズキを腹の底で嘲笑った。
    「ウォーターセブンの市長が市街地を巻き込む戦闘を認めていない。強行手段を取るほど……状況は切迫してはいないんだ。少しは大人しくおし」

    「そうも言っていられなくなったぞ」

    その時、ドフラミンゴが肩に掛けていたコートが消え失せ、入れ替わるようにその肩に何かが着地する。
    突然降り掛かった重みに、ドフラミンゴの首がおかしな音を立てた。
    「ロォオオオ……!何故お前は毎回おれの上に着地するんだ……!」
    「デカくて目立つから」
    強靭な背筋で踏みとどまったドフラミンゴに肩車をされた、海軍本部"大佐"トラファルガー・ローは涼しい顔で言う。
    ドフラミンゴの頭の上でつまらなそうに頬杖をついたローは、驚きもしないつるに一枚の紙を手渡した。
    「どうかしたのかい」
    「面倒なことになった。このまま輸送船でエニエス・ロビーまで行くそうだぞ」
    「何だ。急に、」
    つると一緒に覗き込んだその紙切れは、海軍が発行するものとはまた"別"の"手配書"。
    捕縛した情報屋の写真と、その下に踊る、デットオアアライブの綴りと、"20億"。
    「大物海賊に、裏の権力者、果ては各国の政治家連中まで出資して、奴の首に懸賞金が掛かったらしい」
    「……マジか」
    「黄猿が指揮を執りにこっちへ向かってる。到着次第、周りの敵対勢力を排除してエニエス・ロビーへ向かう命令が下る筈だ」
    執拗に、ドフラミンゴへ指揮権を渡さないサカズキに、サングラスの奥で瞳を細めた。
    奴が追い出した最高戦力の一角。空いた席に座ったのは、何も、正義の為ではない。
    最早ドフラミンゴの傀儡と成り果てた世界政府を、好きなように動かせる地位は目前なのに。
    (いつまでも……目障りな野郎だ)
    胸の内で歯噛みして、ドフラミンゴは紙切れから顔を上げる。
    そして、その心中を隠すように口角を上げた。
    「港や駅に潜伏している連中も、輸送船が動けば流石に気付く。輸送船に一斉攻撃を仕掛けられて、護りきるのは無理だ。おつるさん、ロー、一度輸送船を廃船島に着けてくれ。おれァヴェルゴとロシーを呼んでくる」
    「ドフラミンゴ。勝手な事をするんじゃないよ」
    ローを甲板に下ろしたドフラミンゴは、船の端に打ち捨てられていたコートを糸で手繰り寄せながら縁に上がる。
    咎めたつるの言葉に、機嫌よく笑った。
    「おれを、こんな"席"に縛り付けようとした奴が悪ィのさ。おつるさん。心配しなくとも、悪いようにはしねェ」
    嫌悪を通り越して憎悪している。そんな男を直下に置いた元帥の思惑など、聞かされなくても分かっていた。
    ドフラミンゴは船の縁を蹴って飛び立つ。
    その背中を、止める人間はこの場には居ないのだ。

    「……めちゃくちゃ根に持ってねェか。青雉の"後釜"昇進」
    「まったく……。難儀な子だよ」
    「いやいやあれは元帥の悪手だろ。あいつが気に入らねェなら目の届かない支部にでも配置して、好き放題やらせりゃ良いじゃねーか」
    飛び立つ背中を眺めて、小生意気なため息を吐いたローは隣のつるを見下ろす。
    それを、呆れたように見上げたつるはこれ見よがしにため息を吐いた。
    「ドフラミンゴを大将に推薦したのは私とセンゴクだよ」
    「……」
    本当に、驚いたように目を見開いたローの顔を見たつるは、少しだけ、柔和に笑う。
    そして、不機嫌そうに顔を顰めたローの前髪を撫でた。
    「職権乱用過ぎねーか」
    「馬鹿な事を言うのはおやめ。私もセンゴクも、あの子に期待しているんだ」
    "だからか"とローは拗れに拗れたサカズキとドフラミンゴの間を理解する。
    その拗れの張本人達は、それすら奴らへの試練とでも思っているのだろうか。
    「……言ってやれよ。流石に気の毒だろ」
    「鈍感なのが悪いのさ。この組織に自分を支援する人間がいると理解していないあの子が盲目なだけさね」
    高飛車なくせに、自己肯定感の低いあの男が、この女に勝つ日は来ないのだろう。
    ローはそれに言及するのは止めて、いつまでも自分の価値を見誤る気の毒な男の背中が小さくなるのをただ、眺めていた。

    ******

    「……」

    奇妙な沈黙が廃船島を支配していた。
    外聞など眼中に無い、金に目がくらんだ連中は、息を呑んでその瞬間を待っている。
    ゆっくりとウォーターセブンへ入った輸送船から列を成して降りる、"大将"ドンキホーテ・ドフラミンゴを筆頭とした海兵の群れの中で、目深にフード付きのマントを被り顔を隠した得体の知れない人間。
    両手に掛かった手錠が、ジャラジャラと耳障りな音を立てていた。
    緊迫を絵に描いたような空気の中で、一度、止まった靴音。
    ドフラミンゴがゆっくりと腕を伸ばし、背後のフードを被った頭を掴んだ瞬間。

    「正面突破だ……!おれ達ァツイてるぜ!!!」

    唐突に動きを見せた敵対勢力達が雄叫びを上げて、ワラワラと物陰から飛び出してくる。
    下げさせた、フードを被った頭の上をスレスレで貫く弾丸を合図に、ドフラミンゴの靴底が地面を蹴った。
    「ロシー!流れ弾に気を付けろ!」
    「いやいやいやいや!無理だろ!!マジで!!」
    弾丸飛び交う中を、一斉に走り出した海兵達の先頭で"准将"ドンキホーテ・ロシナンテは長い体躯を低くしながら兄の背中を追う。
    「ドフィ、こんな足場で……駅まで走れるのか」
    「アイスバーグにそっぽ向かれる方がマズイだろう。問題ねェよ、全て廃船。壊してもお咎めなしでやりやすい」
    ドフラミンゴの肩に担がれ、フードからちらりと顔を覗かせたのは、G-5からの"応援"、"基地長"ヴェルゴである。
    「ドフィ、お前またサカズキさんに黙ってやってるだろ。勘弁してくれよ。おれも怒られるじゃねェか!」
    「フフフフッ……!輸送船の周りは大物海賊団が固めてやがる。それに加えてこの人数が輸送船を狙ったらどうなるか……想像できねェのが悪ィ。随分高価なデコイが使えて奴も喜ぶだろうよ……!」
    明らかに、嫌がらせ以外の何でもないそのお節介に、ロシナンテは呆れたようにため息を吐いた。

    『囮部隊をデイステーションへ向かわせる』

    輸送船の甲板に、ウォーターセブン内の別の場所で配置についていたヴェルゴとロシナンテを呼び出したドフラミンゴは得意気に言った。
    本物の情報屋を運ぶ輸送船に戦力が集中しないよう、サイズ感が似ているヴェルゴを情報屋に見立て、エニエス・ロビーへの直行便が出るデイステーションへ向かう。
    的を得ていなくもないその作戦は、誰の許可も受けず賑やかに開始したのだ。
    「おおわ……!」
    解体された船の残骸が積まれた足場を、この男がまともに走れる訳が無い。
    早速躓いたロシナンテをドフラミンゴが倒れる前に糸で引っ張り上げた。
    「そいつの頭を寄越せ……!」
    その隙を狙った顔も知らない男が振り抜くサーベルは、ドフラミンゴの首筋を捉える。
    朝日を受けて光る刃が、ギラリと残像を残した。

    「……駄目に決まってるだろう」

    フードの奥で、怒りにも似た赤い光が上がり、ドフラミンゴの肩に担がれたヴェルゴの手のひらがその刃を掴む。
    フードの奥で獣の本性を見た男の瞳が萎縮するように震えた瞬間、その太腿を弾丸が貫いた。
    「オイオイ、ヴェルゴ。隠れる気ゼロか」
    崩れ落ちた男の背後でドフラミンゴの糸に引かれたまま引き金を引いたロシナンテは、呑気に煙草の煙を吐き出しながら言う。
    「つい……すまない。ドフィ」
    「フフフフッ……!たまにゃァゆっくりしてろよ、相棒!」
    船の墓場を駆け抜けると、デイステーションが見えてきた。
    まだまだ湧いてくる悪党達を引き連れて、駅前広場に躍り出る。
    「オイ来たぞ!火付けろ!!」
    「……ゲ!!」
    広場で待ち構えていた賞金稼ぎ達が、大砲の導火線に火をつける。
    嫌そうに顔を歪めたドフラミンゴ達は、その弾道上から出るように足を踏み出した。

    「"シャンブルズ"」

    その瞬間、聞き覚えのあり過ぎる声が静かに響き、大砲と狙撃手がこつ然と消える。
    入れ替わるように現れたローは、ヴェルゴと同じフードとマントで姿を隠した人間を肩に担いでいた。
    「ロー!お前、輸送船はどうした?!」
    「あっちは四皇クラスが出てきて苦戦してる……!黄猿が抑えているがどうなるか分からねェ」
    「……四皇?!どこのどいつだ」
    「ビッグ・マムだ。こいつが教えてくれるケーキ屋はハズレが無いらしい」
    「……ああ、そう」
    「兎に角、作戦は変更だ!海列車でエニエス・ロビーへ運べとよ!」
    ローが連れてきた"本物"は、捕らえられた時から変わらずずっと沈黙を守っている。
    この海で様々な危うい情報を手にしてきたツケか、火傷や切り傷で埋め尽くされた顔に奇妙な笑みを貼り付け、黙ったままだ。
    「どうする、ドフィ」
    「馬鹿共を海列車に引き寄せるつもりだったが……そうなりゃ話が変わるなァ……」
    尽きることなく湧いてくる、賞金目当ての人間達を振り返ったドフラミンゴの口角が上がる。
    駅前広場を埋め尽くす、人間の群れに、明らかな嫌悪を滲ませ、その瞳が一度大きく開いた。
    唐突に止んだざわめきの中で、一人、二人と崩れ落ちていく背中。
    「……行くぞ」
    あっという間に地に伏した賞金稼ぎ達と、若い海兵達を見もせずに、ドフラミンゴは大股で駅へと向かった。

    「海軍本部"大将"ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

    その時、初めて聞く低い呼び声に、ドフラミンゴは瞳を細めてゆっくりと振り返る。
    ローの足元に座り込み、ドフラミンゴを見上げる情報屋と目が合った。

    「北の海で……迫害されていた"元"天竜人の一家を知っているか」

    顔を覆う火傷のせいで、引き攣るように動くその口元が紡いだ台詞に、ドフラミンゴの歩みが止まる。
    何も映しはしない男の眼球だけが、ぐるりと動いた。
    「私の住む街の外れに、ある時豪邸が建ち、いつしか街中で天竜人の一家が越してきたという噂が駆け巡った」
    低く、揺れているようなその声音に、ドフラミンゴの眼球が人知れず開く。
    明確に、この男が恐れる事象は二つ。牙を剥く隣人と、足元を焼く炎。
    「恨み辛みの矛先で、"ドンキホーテ"の名を持つ少年は、覇王色の覇気を開花させ、"全員殺す"と啖呵を切った」
    足元が瓦解するような感覚と、大きく揺れる眼球。
    ドフラミンゴの頬を流れた冷や汗が、パタリと地面に落ちた。
    「彼がまだ、生きていたとすれば、」
    嫌悪感と防衛本能に急き立てられ、ドフラミンゴの腕が上がった瞬間。
    その目の前で男の頭が首から分かれ、ゴトリと地面に落ちた。
    「……あ?」
    状況を理解できないドフラミンゴの前に、割り込むように立ちはだかったローは大刀を鞘に納めると、しゃがみ込んで落とした頭を掴む。

    「強者ムーブマジでウゼェからやめろ」

    そして、いつも通りの小生意気な顔で言い放った。
    「テメェの余罪がまた増えたぞ。公務執行妨害だ。海兵さんを不快にさせました」
    「……いやお前、落ち着け」
    「結局必要なのは頭だろ。ほら見ろ、頭だけのが運びやすいぞ。強者ムーブがマジでウザい罰として、テメェの頭を運ぶバッグをヴェルゴの洗濯物が入ってるこの袋にしてやる」
    「いや、それはおれにもダメージがあるんだが」
    「体の方はどうするんだよ」
    「知らね。鳩の餌にでもしろよ」
    「海兵とは思えねェ台詞だ……」
    能力で切り取った男の頭を袋に詰めるローを年上達が宥めるが、割りと頭に血が昇っているらしい青年は聞きもしない。
    首だけになった事へ、未だ理解が追いついていない情報屋は、ポカンと口を開けてされるがままだ。
    「……確かに、」
    その様子を眺めたヴェルゴは呆れたようにため息を吐くと、低い声で呟きローの隣にしゃがむ。
    「確かに、強者感が不愉快だ。ロー、昨日頼んだピザに付いてきたタバスコがあるぞ。これを飲ませてやれ」
    「おお。準備良いな、ヴェルゴ」
    「ヴェルゴ"さん"だ。クソガキ」
    しゃがみ込む二つの背中を見下ろして、ドフラミンゴはゆっくりと息を吸い込んだ。
    未だ眩む視界を守るように、サングラスの上から目を覆う。
    その時、下ろしていたドフラミンゴの右手の小指に触れた、冷たい指先。
    縋り付くように、小指に絡んだ指先は、小さく震えていた。
    (お前が、恐れているのは、)
    牙を剥く隣人か、それとも、
    (このおれの、"怒り"か)
    憎悪を持たない、血を分けた筈の弟。
    黙ったまま煙草を吹かすロシナンテは、まるで、繋ぎ止めるようにドフラミンゴの小指を離さなかった。

    ******

    「……またあの男は勝手をしよるんか!ボルサリーノ、監督責任はお前にあるじゃろう!」
    『困ったねェ……。しかし、そのおかげで情報屋の首は未だ無事だよォ』
    「じゃかァしィ!!首輪を外せば……何を仕出かすか分からん男じゃけェ……!兎に角、奴を野放しにするな!」
    思えば、前線から酷く、遠のいたような気がする。
    現場からの中間報告を聞いたサカズキは、葉巻をくわえて乱暴に受話器を叩きつけた。
    そして、生命のやり取りが巻き起こる、焦燥と怒りに満ちた前線を、妙に懐かしく思う。

    「……元帥って、大変だろ。おかき食うか?」
    「いらん!あんたの忘れ形見がまた勝手をしちょるんじゃ!」

    突然開いた扉の隙間からこちらを覗く白髪に、ありったけの鬱憤を晴らすように怒鳴った。
    呑気な"ご隠居"、"仏"のセンゴクは、無遠慮に部屋に入るとソファにどかりと腰を下ろす。
    「……あれは、使える男だ。上手く使えば良いだろう」
    背を向けて座る、その広い背中を眺めてサカズキはギリ、と奥歯を噛み締めた。
    そもそも、他でもないセンゴクが、あの男を大将などに推薦してきたその魂胆が、既に気に食わない。

    「あんたの推した男は……わしが追ん出したけェのう」

    正しくあろうと、すればする程自分の周りから人が去る。
    それに、目を瞑れる程、馬鹿でも前向きでも無かった。

    『その正義の正気は誰が保証する』

    『バカじゃないですか?!!』

    『"勇気ある数秒"』

    『……いずれ、殺してやる』

    既に、折る事は出来ない自分で掲げた正義の御旗。
    それを振りかざし、踏み躙ってきた物が多すぎるのだ。

    「お前も、あの男も、既に自分で断った退路の上にいる」

    パリ、パリ、とこの場にそぐわぬ音を立てておかきを咀嚼するセンゴクは、相変わらずサカズキに背中を向けて座っていた。
    頭を抱えるように顔を覆った手のひらの下で、サカズキはゆっくりと瞳を閉じる。
    「あの男は正しくは無いのかも知れないが、それで、貫ける正義もある。サカズキ……お前が振るえぬ正義を、あの男は行使できる」
    (……気の毒と言えば、気の毒)
    取り巻く連中を操っているのか、それとも、操られているのか、傍目にはもう分からない。
    サカズキはうっすらと、閉じた瞳を開く。
    「まァ、結局私も、あいつの器量に甘えていただけだがな。奴は頭がキレるから放っといても取り返しのつかん事態にはならんよ。寛大な心で前線に放り出せ」
    「なんじゃ、あんたァ奴の、父親面がしたいんかと思うとったが……」
    気持ちを落ち着けるように、葉巻をくわえたサカズキの視線が白髪の後頭部に向いた。
    タイミングを計ったように、ぐるりとこちらを向いたセンゴクの瞳が、少しだけ、寂しそうに歪む。

    「……"無理だった"。ただ、それだけのことだ」

    その瞳の動きを眺めて、サカズキは、ますます誰が操られているのか、分からないと思った。
    あの男を取り巻く全てが、あまりにも複雑に絡み合っている。
    「いやしかしな、こーんな小さな時から見ているんだぞ。そんな奴らがこの組織の要になるのは、嬉しいじゃないか」
    「……大参謀と大目付の職権乱用も困ったもんじゃ」
    奴らの関係を言語化するのは最早無意味。
    尚且つ、そんな事にかまけていられる程暇でもなかった。
    わざとらしくため息を吐いたサカズキは、ゆっくりとチェアに沈む。
    「お前も、その内の一人だよ」
    「……ゲホ!!」
    思わず、吸い込みすぎた葉巻の煙が肺に入り、むせたサカズキは隠れるように帽子を深く被った。
    「わしはそんなに……小そうなかったじゃろうが」
    失くすものも、捨てるものも多いこの海の酷な不文律。
    そこに、有るものだけを、数えて生きていかなければならない事くらい、ずっと前から知っているのだ。

    「……元帥!!大変です!!!」

    その時、騒々しい足音と共に、若い海兵が転がり込んできた。
    僅かに緩んだ空気が再び緊迫を取り戻し、サカズキの瞳が険しく歪む。

    「"黒ひげ"……マーシャル・D・ティーチが動きました!!!!」

    ******

    「おお……!なんだかんだで海列車乗るの初めてだ!ロー!見ろよ!軍艦より全然はやいぞ!」
    「コラさん……揺れるから危ねえ。座ってろよ」
    「ホラ、ドフィが駅弁を買ってくれたぞ。ありがたく頂け」
    「お、マジで。兄上あざーす!いただきまーす!」
    「……………………緊張感とは」
    多少の予定変更を経て、無事に海列車へ乗り込んだドフラミンゴ達は、順調にエニエス・ロビーへ向けて進んでいる。
    流石に体を置いてくる訳にはいかず、ようやく頭と胴体をくっつけて貰えた情報屋は、座席の隅で再びだんまりをきめていた。
    海列車の速度に追いつける帆船は見えず、気が抜けたロシナンテ達は、ドフラミンゴの奢りである駅弁の蓋を開ける。
    そのお気楽ムードを眺めたドフラミンゴは、些か心配そうにため息を吐いた。
    「情報屋さんよォ、あんた何で、突然逮捕されたんだ。今まで野放しにされてたじゃねェか。それに、政府とも取引をしてたんだろ?」
    ふと、思ったのか、ロシナンテは割り箸を割りながら、静かに外を眺めている男に問いかける。
    現場で動く海兵達に伝えられる理由など、"上の指示"に尽きるのだ。
    もし、その真意を探る事ができるとすれば、それは、同じ車両で外を眺める"張本人"に聞くことだけだ。

    「お前を逮捕する時……海軍本部は、"黒ひげ"マーシャル・D・ティーチの動向も監視していた」

    空席だらけの車両内で、態々同じボックス席に狭苦しく座る四人を一瞥した情報屋が押し黙る代わりに、ドフラミンゴは得意気に口を開く。
    この組織の"上"が"嫌がる"事など、もう殆どドフラミンゴには知れたことなのだ。
    「親の死に目に頭角を現したあの薄汚ェ野郎に、お前、一体何の情報を売ろうとしたんだ」
    傷跡だらけの皮膚の中で、ゆっくりと動いた瞳がドフラミンゴの顔で止まる。
    同じく傷だらけの手首に嵌められた手錠が、ガチャリと耳障りな音を立てた。

    「ロードポーネグリフ。その"最後の一つ"の在り処」

    相変わらず、揺れるような声音で呟かれた台詞に、ドフラミンゴはサングラスの奥で瞳を開く。
    呑気に弁当をつつく三人も、流石に箸を止めてその発信源へ顔を向けた。
    既に所在地が割れている、その禁忌の文書は三つ。
    未だ海賊王以外に知れていないその文書を、この男は見つけ出したのか。
    「フフフフッ……!それが本当だとすりゃァ、あんた一番海賊王の座に近い事になるなァ。欲しがる輩も多い筈だ。親交の厚い古参の四皇連中に売らなくて良いのか」
    有り得ない話でもない。
    この男は、その情報力で世界政府すら手中に収めつつあったのだ。
    ドフラミンゴの探るような言い振りに、その瞳が僅かに光を含んだように見える。

    「この海の歴史で燻る……"神の天敵"」

    沈黙の合間を縫うように、仰々しく呟かれたその言葉に、ドフラミンゴの眼球が大きく揺れた。
    たった、一文字。
    その一文字について回る、オカルト紛いの逸話がこの海と、そして聖地には確かに在った。
    「本当に、"ワンピース"が実在するのなら、それを手に入れるのは"D"の名を持つ"彼ら"が良い」
    いつ、ロードポーネグリフの在り処を突き止めたのかは知らないが、その口ぶりに、この男も"あの戦争"で宣言された白ひげの言葉に、口火を切らされたように思う。

    「あの一族は、神々を聖地から引きずり下ろす」

    ドフラミンゴの瞳を捉えて離さない、妙な光を放つ眼球。
    ゆっくりと開いた口元が、まるで、裂けるように笑った。

    「この世の神へ、人々が抱く殺意と暴虐を。"D"はその害意を肩代わりしてくれる」

    突然、ドフラミンゴは抗いようのない吐き気と目眩に蝕まれ、思わず手のひらで口元を覆う。
    目の前の男が宿す、その瞳の中の明るい光には見覚えがあった。
    (……こいつは、)
    "あの時"、被害者面で牙を剥いた奴らと同じ類の光。
    この男は、天竜人を憎悪している。

    「"あの時"、北の海で迫害を受けていた少年は、神か、人間か、一体どちらの味方につくのだろうか」

    一瞬で、目の前の景色が真っ赤に染まった。
    こめかみでブツリと切れた、張り詰めていた何か。
    明確な殺意を持って振り上げられた手のひらを止めたのは、微かに銃声が聞こえたからだ。

    「……ドフィ!伏せろ!!」

    珍しく怒鳴り声を上げた相棒が、座席から立ち上がり、ドフラミンゴに手のひらを伸ばす。
    その瞬間、列車の窓ガラスが弾けるように割れ、飛び散る破片にドフラミンゴの背中が呑まれた。

    ******

    「ハァ……ハァ、……う」
    ヴェルゴに肩を押され、床に転がったドフラミンゴの視界に、同じく、ローの能力で車両の床に転がされた情報屋が映る。
    割れたガラス片が頬に細かい傷を作るが、そんなことすら認識できないドフラミンゴは、ゆっくりと立ち上がり、懐から小さなピストルを取り出した。
    (……この男を、)
    生かしておけば、必ず、自分の領土を脅かすだろう。
    唐突に自分を呑み込む、その怒りと名のつく激情と、未だ、折り合いは付かないのだ。
    「ドフィ」
    その時、ドフラミンゴの腕を引くのは、いつだってその手のひら。
    掴んでは離さない、ロシナンテの手のひらを払ったドフラミンゴは、ゆっくりと引き金に指を掛ける。

    この地上で生きる人間全てが、この男にとっては"牙を剥く隣人"だ。

    「……私を、殺すのか。"ドンキホーテ"・ドフラミンゴ」
    「……言っただろ、あの時、」

    燃える足元。人間が見せた、あまりにも凶暴な本性。被害者が加害者に変わる瞬間。
    "その為"に、地面を這いずり回って生きてきたのだ。

    「"全員、殺しに行く"と」

    引き金に掛かった指が力を持って、伸ばされたロシナンテの手のひらが空を掴んだその瞬間。
    床の上に転がり落ちていた電伝虫の瞳が唐突に開いた。

    『ドフラミンゴ!聞こえるか?!黒ひげ海賊団が情報屋の奪還に動いちょる!奴らに奪われる事だけはするな!最悪、奪われるようなら……、』

    突然サカズキの怒鳴り声が響き渡り、ドフラミンゴの肩が僅かに跳ねる。
    いつの間にか、あの男と同じ帽子を被ってみせたその奇妙な虫に、ドフラミンゴの思考が急激に冷めた。

    『奪われるようなら……情報屋は、殺せ……!!』

    思えば、この男はずっと、ドフラミンゴを憎んでいる。
    その体に流れる血液の種類も知らない癖に。
    「ドフィ……確かに黒ひげの船だ」
    割れた窓から外を覗いたヴェルゴの台詞に、ドフラミンゴは一度、頭を抱えるように額を撫でた。
    冷静になった途端、再び微かな銃声を聞き、ドフラミンゴ達は車両の床に伏せる。
    「あの距離で当たるか?!フツー!!!!」
    「"音超え"か……!厄介なのが出てきたな……ドフィ、どうする」
    座席の影に転がり込んだヴェルゴが、少しだけ、心配そうにドフラミンゴを見た。
    その視線にも、居た堪れない気持ちがして、ドフラミンゴはゴツゴツと無意味に座席に後頭部をぶつけ、瞳を閉じる。

    『……いずれ、殺してやる』

    返す手のひらを持たない、ある種裏切りの生まれないその関係性。
    ドフラミンゴはあまりにも愚かな安堵にため息を吐いた。
    「……ロー、お前、"何両"ならイケる」
    「……"二両"だな」
    「フフフフッ……!充分だ」
    すんなりと小銃を懐に仕舞ったドフラミンゴは、同じく座席の影に伏せるローに言う。
    割れたガラスの先で、海に揺蕩う巨大なイカダに視線を向けた。
    意外と近くまで来ていた船の甲板に、ティーチの巨体が現れた瞬間。

    「「「「……あ?」」」」

    車両が妙に振動を始め、その速度が何かに引っ張られたように急速に落ちた。
    窓の外で最後尾の車両が黒ひげ海賊団の船に吸い込まれていくのが見える。
    「ヤミヤミの能力だ……!海列車が闇に引きずり込まれるぞ!!二両目まで走れ!!」
    ドフラミンゴが無理やり立たせた情報屋を、ヴェルゴが肩に担いで走り出した。
    追い立てるように撃ち込まれる弾丸を避けながら、殆ど停車した海列車内を駆け抜ける。
    「ドフラミンゴ様……!い、一体何が……」
    先頭車両の一個手前、二両目に飛び込むと、走るのを止めた列車に運転手が狼狽えたようにドフラミンゴを見た。
    それを無視したドフラミンゴは、列車の屋根に通じる天井の扉を開ける。
    「オイ、兄ちゃん、車両は一個いくらだ」
    「は?!え、えーと、五千万ベリー程だと聞いていますが……」
    「そうか。三車両奴らにくれてやるから修理代はこの請求書に書いてくれ」
    「あ、ありがとうございます……?」
    「気にするな。おれの金じゃァ無い。市民諸君の血税だ」
    運転手の足元に、"請求書"と印刷された紙を落としたドフラミンゴは天井の扉から屋根の上へ上がる。
    その後を追うローは、一度、情報屋を担ぐヴェルゴを眺めた。
    「……ヴェルゴお前、殺すなよ」
    ずっと、あまりにも獰猛な目つきをしていたその男に、ローは生意気な顔で言う。
    奥歯を噛み締めたヴェルゴの瞳が大きく揺れて、その苛立ちを表すように、担いだ男を乱暴に座席へ押し付けた。

    「おれが貴様を殺さない理由など、ドフィがそう判断したからに過ぎない」

    きっと、今日から暫く無二の相棒は、悪夢に苛まれる夜を過ごす。
    それを、見て見ぬふりをしてくれと言ったのは、他でもないドフラミンゴ本人だ。
    介入する権利を無くしたヴェルゴに出来る事は、彼の脅威を排除する事だけなのに。
    (お前は、いつも、)
    その甘えを、許さないのだ。
    「ロー、はやく行け。ドフィを待たせるな……。それから……」
    手のひらを開いたヴェルゴの瞳は未だ獰猛な本性を表したまま。
    それを鼻で笑ったローは、ゆっくりと壁のハシゴを登る。

    「それから、ヴェルゴ"さん"だ。クソガキ」

    ******

    「ゼハハハハ!大物が出てきたじゃねェか!!なァ!海軍本部の"天夜叉"!!」
    ローと共に上がった列車の屋根の上で、対峙するは"黒ひげ"マーシャル・D・ティーチ。
    イカダにしか見えないその帆船に、未だ呑み込まれていく海列車の後部車両が見えた。
    「テメェもいつの間にか大物になったじゃねェか……フフフフッ!海賊王にはなれそうか」
    「アァ!勿論だ……!情報屋を返してくれりゃァなァ!」
    その瞬間、響いた銃声の狙いの先で、ドフラミンゴは喉の奥で笑い声を上げる。
    寸分違わずドフラミンゴの眉間に撃ち込まれた弾丸に、覇気を纏った手のひらを顔の前で広げた。
    「残念だが……お前如きにこの世界はやれねェなァ……」
    およそ、人体に着弾したとは思えぬ音がして、ドフラミンゴは顔の前で握った手のひらを開く。
    カツン、カツン、と落ちた弾丸に、ティーチの顔が嬉しそうに歪んだ。
    「海兵には見えねェな……!お前一体、"誰"の味方だ」
    ティーチの言葉に小さく笑ったドフラミンゴは、ゆっくりと手のひらを伸ばす。
    太陽の光を受けて輝く銀色の糸が、二両目と三両目の結合部分を鮮やかに切断した。

    「"タクト"」

    その瞬間、半透明のドームが海列車を包み込み、ローの号令で切り離された車両がイカダの真上に飛ばされる。
    車両と船が衝突する寸前で、ティーチが揺らす空気が車両を破壊した。
    その隙に、ローの手のひらがゆっくりと開く。

    「誰の味方でもねェよ。おれァ、この世の人間全ての脅威だ」

    同胞無きその存在に、憐れみを込めたため息を吐いて、ローの手のひらがくるりと返る。
    こつ然と消えた、二両だけになってしまった海列車の代わりに、鉄屑がパシャリと海へ落ちた。

    ******

    プルプルプルプル。
    「ハイハイ、エニエス・ロビーです」
    二年前、風雲級のルーキーに破壊された"不夜島"エニエス・ロビーは、何とか修繕を繰り返し、元の体制を整えつつあった。
    その管制室で、眠りから覚めた電伝虫の受話器を電話番が上げる。

    『オイ!!とっとと門を開けろ!!情報屋を連行する!!』
    「え?!到着予定時間よりだいぶ早いですが……」
    受話器の先から想定外の怒鳴り声が聞こえ、思わず仰け反った電話番は、呑気にお茶を啜りながら答えた。
    電話の先の男を真似て、特徴的なサングラスを掛けた電伝虫は、あまりにも治安の悪い舌打ちを見せる。
    『時間変更だ!つべこべ言わずとっとと開けろ!!』
    『やべ、ミスったな』
    『オイ、怖いこと言うな、ロー』
    『え、なんか浮いてねーか』
    『いやだから、ミスったんだ』
    「え、えーと、つまり、到着時間は何時に変更でしょうか……?」
    受話器の先で不穏なやり取りが巻き起こる中、電話番が机に置いた湯呑がガタガタと震え出した。
    訝しげに顔を顰めたその手元に、ゆっくりと黒い影が落ちる。

    『……"今"だ』
    「……は?」

    恐る恐る振り返った窓の外で、随分短くなってしまった海列車が鉄柵と正門を飛び越える瞬間を見た。
    唖然とした電話番が黙る中で、大きな叫び声を上げた電伝虫は、不穏にも、ガチャリと切れて再び眠り出す。
    その間にも、ゆっくりと降下を始めた列車は、やがてエニエス・ロビーへ無理やり到着するのだった。

    ******

    「もォー無理だ。おれ寝てて良いよな」
    「……ああ、おつかれさん」
    「頭打った……痛い」
    「ドフィ、怪我はないか」
    「酔った……気持ち悪い」
    ローの能力で、手当たり次第に物を投げては位置を入れ替え、倍速以上でエニエス・ロビーまで走り抜けた海列車は、門を飛び越えその敷地に荒々しく着地した。
    その車両の内部でもみくちゃにされたドフラミンゴ達は、死屍累々の様相で床に散らばっている。
    ずっと能力を行使していたローは、青白い顔でロシナンテの膝に倒れ込んだ。
    「流石にここまでは追って来ないよな」
    「さァな。二年前もそう言って、まんまと取られた前例がある」
    「こえー事言うなよ……」
    疲れ果てたように、散らばったまま意味のない会話を繰り返し、ドフラミンゴは投げ出されないよう、座席に縛り付けていた情報屋を見遣る。
    今もなお、怖い程平静な男は、その視線に応えるように瞳を上げた。
    「残念だったなァ、"情報屋"。あんたが後生大事に守り続けたその"在り処"を、今後誰かに渡す機会は永遠に失われた」
    「……私ですら、辿り着いた。Dの名を持つ"彼ら"なら、きっと見つけ出せる」
    負け惜しみには聞こえぬその声音を、つまらなそうに聞いたドフラミンゴは、ゆっくりと瞳を閉じる。
    確かにうねる、時代の波に食われたのは、"白ひげ"と言う名の"旧時代"。
    次に食われる"敗者"は、一体、誰なのか。

    「いくら時代が動こうと……おれの標的はテメェを含めたこの海の全てだ」

    ******

    「情報屋の身柄はどうした」
    「インペルダウン行きの輸送船に搭乗済みです!まもなく出発となります!」
    「……ほうか。奴らはどうした」
    「あ、や、それが……」
    ドフラミンゴ達が、"生きたまま"情報屋をエニエス・ロビーへ連行した知らせを受け、態々現地へ赴いたサカズキは、どういうことか、正門と本島前門の間に着地した海列車を唖然と眺め、現実逃避するように問いかける。
    普段見ているものより、大分短くなった海列車にやっとのことで目を瞑り、言い淀む海兵を無視してその車両へ歩み寄った。

    「……」

    荒れ果てた室内で、あろうことか爆睡をかます大将を含む将校たちを見下ろして、サカズキは痛むこめかみを押さえる。
    その中で、寝ているとは思えない男の頭を蹴飛ばそうとした脛を、大きな手のひらが掴んだ。
    「……あんたに好かれると困るからなァ。フフフフッ!殺すなァ辞めたんだ」
    相変わらず、嫌味を吐いたドフラミンゴを見下ろして、サカズキは葉巻の煙を吐く。
    退路を断った、男が二人。睨み合いとも取れる形相で視線を交わした。

    「ほうか……御苦労」

    口火を切ったのは、サカズキで、隠れるように帽子を深く被ると踵を返す。
    少しだけ、面食らったようにサングラスの奥で瞳を開いたドフラミンゴは、嫌そうに顔を顰めた。
    「明日は槍が降るな」
    「安心せェ、いずれ、殺してやるけェのう」
    返す手のひらが存在しない、後ろ向きで、暴力的な関係。
    そこに、ある種の安堵を覚えるのは、流石に狂っている。
    歩き出したサカズキの背中にひらひらと手を振る男の真意など、理解するつもりもないのだ。

    「ああ、いずれ」
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