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    ロマ🗝

    @a_deviant_hell

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    ロマ🗝

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    葉月が死にかけた話
    その選択をしたのは間違いなく葉月自身ではあるけど、それでも五官王様は悩んでしまいそう

    失われたもう一つの未来恐山にある妖怪大病院。
    ゴツゴツとした岸壁に囲まれた石造りの院内は例日になく慌ただしく、飛び交う医師や看護師達の声からは緊張感が滲み出る。その雰囲気もいつになく逼迫したものだった。

    「鬼太郎、葉月ちゃん……」

    待合室の椅子に腰掛け、祈るように目を閉じるねこ娘。
    何もできない無力さが歯がゆく、膝に乗せた両手をぎゅっと強く握ったその時。
    窓の外で轟いた轟音と、瞼を突き抜けて視界を白く染めた閃光に思わず顔を上げた。





    紺の衣冠束帯をはためかせ、脇目も振らずに院内を駆けて行く。
    とある病室の前に辿り付くや、ノックをする間も惜しくドアを開け放った。

    「葉月!」

    ベッドに横たわり目を閉じる葉月。
    呼吸は浅く、点滴に繋がれた腕の皮膚は焼けただれ、纏う服は至る所が赤黒く染まっている。
    痛々しく焼けて血の気の引いた頬を撫でれば、自身の指が震えていることに気付く。

    「お前はなんという無茶を……!」

    意識が戻らない葉月の手を握り、か細く絞り出した声でそう呟いた。



    三時間前──

    天狗ポリスを通じて、地獄の鍵を狙って西洋妖怪が攻撃をしかけてきたとの連絡が入った。
    とはいえ、先の鬼界ヶ島での戦いや地獄決戦の時のような大それたものではなく、血気盛んな若者たちがちょっかいをかけてきたという、その程度のもの。

    「またか、あいつらも懲りんな」

    眉間に深い皺を刻みながらそう呟く五官王の元に葉月が駆け寄った。

    「五官王様、私も鬼太郎さんたちの手助けをしてきます」
    「ああ、お前のことだ。そう心配もしておらんが、万が一ということもある。気を引き締めて行け」
    「はい!」

    元々「鬼太郎の助けとなれるよう強くなりたい」と願っていた葉月は、長い修行を経てかなりの実力を身に付けてからというもの、地獄にいながらも地上での妖怪絡みのゴタゴタに進んで首を突っ込んでいた。
    そのおかげか、鬼太郎が生死を彷徨うほどの大怪我をすることはかなり減り、その代わり、鬼太郎と傷を分け合うかのように、いつもどこかしらに擦り傷切り傷、時には刺し傷などを付けて帰ってくるのだった。
    最初こそその無鉄砲さにヤキモキしたものだが、今では経験も積み、五官王も一定の信頼を寄せるまでに成長した。

    今日も軽傷を負って帰ってきて、手当てと一緒に五官王の小言を受けるのだと、そう思っていた。
    これもまた葉月の成長の一助となるのだと、信じていた──。



    途中まではいつも通りだった。
    ヨナルデ・パズトーリが作ったというヘンテコで厄介な発明品によって、本来は無害な妖怪が暴走。
    鬼太郎たちの応戦により発明品の穴を突き、お約束の爆発と共にヤングジェネレーションズは逃げ帰って行った。

    だが、暴走させられた妖怪がマズかったようだ。
    その妖怪は実際に無害でありながらも、その内に秘めた妖力は目玉親父の想像さえ凌駕するほどだった。
    気性の穏やかさ故に誰にも知られることのなかった力が、暴走によって手が付けられないほどに膨らみ、暴れ、敵味方なく全てを襲った。

    「まずい! このままでは全滅どころか、この辺り一帯が吹き飛ぶぞ!」

    後方で岩陰に隠れるねこ娘の手の中で目玉親父が叫ぶ。

    「でもどうすれば……!」

    鬼太郎はちゃんちゃんこで攻撃を防ぎながらなんとか妖怪の眼前に立ち続けるも、完全に防戦一方。
    ぬりかべと子泣き爺が飛び乗っても、アマビエやカワウソが水をかけても、砂かけばばあが砂をかけても、全てが焼け石に水。
    体内電気を浴びせるほどの距離に近づくのは至難の業であり、近づけたとしても恐らくは相手のエネルギーの一部となるだけだろう。指鉄砲も髪の毛針もリモコン下駄も同様に意味をなさなかった。

    「ねえ、あなたに任せたらなんとかなる?」

    崩れた建物の影で自身の魂に呼びかける。

    葉月の妖力は、地獄から脱走して葉月の魂に取り憑いた亡霊から引き出しているものだ。
    そのため葉月自身の身体能力や精神の熟練度によって使える妖力の最大量が決まる。
    そして葉月は元人間であり、妖力を身に纏って半妖と似たような状態になったとはいえ、その身体は人間と同じ。いくら修行を積んだとはいえ、やはり限界がある。
    だが、葉月が意識を断ち亡霊に身体を明け渡せば、亡霊が持つ妖力の全てを行使することができるのだ。

    『無理だな。あれは力で押さえ込めるようなものじゃない。それに、仮にどうにかなったとしても身体がもたない。骨折や内臓破裂では済まないぞ』

    本来持った能力を超えて妖力を使えば、身体にかかる負担は並大抵のものではない。
    これまでにも何度か意識の交代を行ったことがあるが、最低でも2、3日はまともに動けなくなってしまっていた。

    「私はそれでも……」
    『いいわけあるか。お前はもう少し自分の体を大事にしろ』
    「でも今はそんなこと言ってる場合じゃない」
    『はぁ……分かってる。やるしかないならやる、それがお前だ』
    『だが、とにかくそれは最終手段だ』
    「他に手があるの?」
    『外から力を押さえられないなら内側からだ。あの妖怪を正気にできればいくらかやりようもある』
    「そっか、分かった」

    意識を現実へと戻し、声を張り上げた。

    「鬼太郎さん! なんとかしてあの妖怪を正気に戻しましょう!」
    「確かに、試す価値はある……!」

    「落ち着け」「もう大丈夫」「目を覚まして」
    全員でそう声をかけるが、妖怪は苦しげなうめき声を上げるだけ。むしろ時間の経過と共に瘴気がふくれあがり、もう一刻の猶予もないことは明白だ。

    『瘴気の壁が厚すぎる。外からいくら叫んでも恐らくダメだ』

    冷静なようでいて緊迫感を孕んだ声が脳内に響く。
    その声を聞き、覚悟を決めた。
    勢いよく建物の陰から飛び出し、そのまま妖怪に向かって突き進む。

    『おい葉月!』
    「外からダメなら内から、でしょ!」
    『お前は本当に……!』

    「葉月ちゃん!?」

    突然瘴気の塊に突っ込んでいく奇行に、鬼太郎が戸惑いの声を上げる。

    「私が本体に直接声を届けます! でもそしたらどうなるかわからない! だから鬼太郎さんは皆を守ってください!」
    「ダメだ! 危険すぎる!」
    「でも私にはこの量の瘴気を防ぐことはできません! 鬼太郎さんにしかできないんです!」
    「……っ!」

    迷っている時間はない。
    葉月はありったけの妖力を髪の毛に集中させ、瘴気の中心、妖怪の本体目がけて突き立てた。

    「ヴォォォォォ!!!」

    その痛みか攻撃に対する防衛本能か、大地を揺るがす雄叫びと共に、一際強い瘴気の波が破裂した。

    「霊毛ちゃんちゃんこ!」

    鬼太郎がちゃんちゃんこに力を込めれば、10倍、20倍と大きく膨れて瘴気を覆い隠す。
    必死に歯を食いしばり、地面を踏みしめ、少しも漏らすまいと奮闘する。
    タイムリミットはもうすぐそこまで迫っていた。

    「うぅっ! 急がないと……」

    辛うじて妖力で自身を守ったものの、瘴気の波をまともに喰らい視界が揺れる。
    全身を襲う瘴気は熱いのか寒いのかも分からず、全身の皮膚や筋肉が引き千切られていくような感覚に吐き気さえ催す。

    それでも伸ばした髪の毛はしっかりと妖怪の本体に縛り付けたままで、死力を振り絞って妖怪に手を伸ばした。

    「怖かったよね。苦しかったよね。もう大丈夫、大丈夫……」

    恐怖に怯える赤子をあやすように、大丈夫と何度も声をかけ続けた。
    次第に声も掠れ、全身の感覚がなくなっていく。
    例え音になっていなくとも、ただただ思いを伝え続けた。






    五官王が鬼太郎の病室を訪れると、その傍には目元に涙の跡が残るねこ娘の姿。
    入室した五官王に気付き、ベッドから体を起こそうとする鬼太郎を手で制した。体のほぼ全てが包帯に覆われており、血も滲んでいる。

    「傷が酷いな」
    「いえ、僕は大丈夫です」
    「全然大丈夫じゃないわよ! オソレ先生も絶対安静だって言ってたじゃない! ……鬼太郎、私だけじゃないよ。皆も……どれだけ心配したか……」
    「ねこ娘……」

    琥珀色の瞳に再び涙が滲む。
    悔しげに唇を噛む少女の心が、五官王には痛い程理解できた。

    「鬼太郎、葉月を救ってくれたこと、感謝する」
    「そんな……僕はただ……」

    鬼太郎達の思いが通じ、妖怪はなんとか自分を取り戻した。
    だが、膨れ上がった瘴気を押さえ込むことはできずに暴発。
    鬼太郎の機転によって瘴気の塊は上空へ受け流されたものの、その爆風は凄まじいものだった。
    意識を失い無防備な状態で爆風に晒されそうになった葉月を、鬼太郎が身を挺して守ったのだ。

    「お前がいなければ、今頃葉月は……」
    「五官王様……」

    威圧的な存在感はなりを潜め、弱々しく歪んだ瞳が地面を見つめる。
    鬼太郎もねこ娘も、ここまで憔悴した五官王を見るのは初めてだ。
    二人の気遣わしげなし視線に気付くと、取り繕うように背を向けた。

    「見舞いの品は後日持ってこさせる。今はしっかり休め」
    「そんな、見舞いの品だなんて……!」

    恐縮する鬼太郎の声を背後に聞きながら、振り返ることなく病室を出た。

    (儂としたことが、弱みを見せるなど……)

    再び葉月の元へ行こうかとも思ったが、先ほど「治療の邪魔じゃ」とオソレに追い出されてしまったばかりだ。
    そしてこちらの事情などお構いなしに、地獄には亡者達が次々やってくるのだ。
    ともかく地獄へ帰らなければならなかった。
    後ろ髪を引かれる思いで、それでも自分にできることは何も無いのだと言い聞かせ、重い足取りで地獄へと戻った。







    気がつくと、そこは暖かな日差しに包まれたのどかな農村だった。
    地獄とは違う。煮えたぎるマグマもなければ、陰鬱な雲も亡者達の悲痛な叫びもない。
    真っ青な空に映える、彼方まで連なった山々。鳥のさえずりを乗せた心地よい風が吹き抜け、若々しく芽吹く草木は鮮やかな緑に溢れている。

    「これは、夢か……」

    目の前に翳した自身の手を、風に舞う葉がすり抜けていく。
    この世界にあるのは自分の意識だけのようだ。

    ふと、後方から聞こえた声に振り返る。
    そこには家族に囲まれて楽しげに笑う葉月がいた。

    「葉月……」

    思わず名を呼んだが、葉月には届かない。
    そして五官王自身も、これ以上彼女らに近づくことは躊躇われた。

    両親と兄に微笑む葉月は、五官王の記憶よりも大人びている。
    人間として年相応に成長した葉月はきっとこうだったのだろう。

    この世界には妖怪も地獄もない。
    本来葉月が得るはずだった、どこまでもありふれていて平凡で、幸せと平和に満ちた世界。
    二度と葉月が手にすることはできない世界。
    五官王にも与えてやることはできない世界。

    「お母さん」と笑う葉月があまりに幸せそうで、強く、強く目を閉じた。
    そして世界は闇に崩れていく──。






    「っ!」

    ガクッと、穴に足を踏み外したような感覚に目が覚めた。
    目の前のベッドには未だに目覚めない葉月の姿。

    「あぁ……葉月……お前は………」

    声が震えた。
    鼓動が早まり呼吸が詰まる。
    じわりと、冷たい感覚が精神を蝕んでいく。

    これが現実か。
    剣を持ち、死力を尽くして戦い続け、傷だらけで死の淵に立つ。

    「違う……嘘だ……」

    戦いとは無縁の平和な日々。
    大好きな家族に囲まれて幸せな笑顔。
    誰も葉月を傷つけようとはしない。

    「お前が選んだ……? 違う、違うっ! 選択肢などなかった! お前は……こんなっ、こんな幸せな日々を捨てて……!」

    心が酷く乱される。
    月明かりに照らされ、より一層青白く映る表情にお飾りの心臓が苦しい。
    後悔、哀れみ、憤り、絶望……。次から次へと容赦なく襲い来る感情に溺れてしまいそうだった。

    「お前は今、本当に幸せか……?」

    哀願を孕んだその声に返事はない。
    恐ろしいほどに静かな病室で、彼は一人震えていた。
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