Beyond the rainbow「あ」
結局プレイリストの曲を何曲か流したところでまた胸がいっぱいになり、最後まで聴けずに帰宅した。ビデオ通話の録画データを隔離して保存すべきかと操作する。
二人とも眠ってしまってからの動きの少ない部分は削除したが、起床したドンシクの着替えが映っている可能性に気付き、ジュウォンは戸惑いつつも、そっとデータを確かめる。
確かめずに消すべきだと、本当は知っている。思春期の青少年か。と自分にツッコミを入れたものの、それ以外のなにものでもない。
ドンシクは目覚めてすぐ端末をチェックしていたから、繋がったままなのは気付いていただろう。録画に気付いていなくても、起きてすぐ見えるなら同じだ。でもそれなら、見てはいけないものではないことになる。
『ヤー、よく寝てる。クールな敏腕警部補が、かわいい顔しちゃって。あなた、ちょっと働きすぎなんじゃないの』
そんなことを言われていたのか。ドンシクは状況を面白がっている。通信はそのままで、生活音が混じる中、時折ジュウォンを呼んでみたりしている。
『きれいな額にシワを寄せて、何をうなされてる?俺のせいかな』
悪夢は確かに不幸な彼の夢で、でもそれは、自分の愚かさを知るための罰だ。受けるべき罰。生涯後悔し続けても、足りない罰。
『あなたは苦しまなくていいよ。明るくて暖かい場所で笑っていればいい。悪い大人のことなんて、全部忘れてしまっていい』
声に優しく撫でられているような気持ちになって、どきりとする。この人は、僕がこれを聴くと知っていたのではないか?確信はなくとも、録画か、録音されている可能性は考慮しているんじゃなかろうか。
それより何より、心の動きや反論を完全に読まれている。
いや、例によって『顔に全部出ていた』のだろう。
『辛いなら、俺のことは忘れて大丈夫。俺が代わりに、あなたを覚えておくから』
忘れて大丈夫?
母親のあんな様子を見ていて、そんなことを言うのか。
実の母親に忘れられてしまっても、そんな――
一応、余計なものが映らないようにしているようだったが、ドンシクは囁くように歌いながら着替え始めた。
素肌が見えたのはほんの一瞬だけ。マナー違反せずに済み、ほっとした。
美しいメロディは『Over the Rainbow』。
ユヨンのプレイリストの三曲目。
ジュウォンでも知っている有名な歌だ。
色の少ない田舎町のドロシーが、どこか遠くにある楽園を夢見て歌う歌。
歌だけ聴くと、叶わない夢を見ているようにも思えるのだが、ドロシーは行けるという希望を持って夢見ている様子だ。
実際、すぐに家ごと吹き飛ばされ、極彩色の異世界へ着地する。
ドンシクの少しハスキーな寝起きの声が徐々に滑らかになっていく。
ジフンが『ヒョンは歌が上手いけど、人の話を無視するのはやめてほしい』と言ったら、ジョンジェが『昔は喚くだけで聞けたもんじゃなかった』と笑っていたのを思い出す。
想像していたより、ずっと上手い。
虹の向こうにあるという
悩みはレモンドロップみたいに溶けて
どんな夢も叶う国
鳥たちは飛んで行けるのに
どうして、わたしは飛んで行けないの
――Why, oh why can't I
どうしようもなく切ない気分になったところで、そっと画面を覗き込むドンシクと目が合った。
『ハン・ジュウォン警部補』
自分が起こされた声だ。
『ジュウォナ、大丈夫?』
ドンシクはジュウォンが後から歌を聴いて涙ぐむと知っているように、優しげに笑んだ。
ドンシクもこの通話の時には既にジュウォンと同じ気持ちだったと――少しして、知ることになる。
すれ違いと答え合わせを繰り返して、何度もあなたに恋をする。
愛情が先で恋愛経験の少ない、僕たちのやり方。