とびきりのあいをおくるホワイトデーのお返しは倍返し、と言うが、あの日貰った幸福の返礼はどんな物でも足りる気がしない。その上物欲も薄く大抵の物は自分で手に入れることが出来る人への贈り物に頭を悩ませていた左馬刻は、ふと、あまり使っていない筆立てに見覚えのない万年筆が紛れ込んでいることに気がついた。
(こんなの、持ってたか?)
そっと引き抜くとバランスの取れた重さが自然と手に馴染み、海を思わせる藍色の軸はよく手入れされ艶やかに輝いていた。そしてキャップには〝J.J〟のイニシャル。先月の真似をされたことに気づき、少々気恥ずかしさを覚えながら写真を撮りメッセージアプリを開いた。
『忘れ物なんて、珍しいな。一四日、空いてるか?』
『空いているよ。こちらに来てくれるなら、コーヒーでも淹れよう。君には負けるけどね』
すぐに返ってきたメッセージに了承の旨を返し、左馬刻は財布を引っ掴んだ。買いに行くのは、コーヒーに合う菓子と、万年筆のインク。
――自分の思う一番美しい藍(あい)を贈ったら、あの人はどんな表情を見せてくれるだろうか。
期待に胸を弾ませ家を出た左馬刻の耳が赤く色づいていることは、本人すらも気づかなかった。