捕まえたのは、どっち?無理矢理に作り出した小さな用事で寂雷の家を訪れた左馬刻は、通されたリビングのテーブルに置かれていた物にふと目を止めた。
上品な生成り色をした、正方形の写真台紙。二つ折りのそれを開かなくとも、中身が分かった。
(……見合い、写真)
心の中で呟くと、自分でも驚くほどに胸の奥がすうと冷えていく。掴んですらないものを失う恐怖に、体が動かなくなる。
「左馬刻くん、コーヒーでいいかい…おや、片付けていなかったね」
左馬刻の視線を辿った寂雷はひょいと写真台紙を手に取った。普段と変わらない落ち着いた態度に苛立ちすら覚え、不機嫌に声が低くなる。
「先生、見合いすんのか」
「お世話になっている人からの紹介だからね。会うだけは会ってみようと思っていたけれど」
言葉を切った寂雷がふと微笑む。蛇の誘惑のような妖しさと、仏の救済のような優しさを湛えて。
「君が嫌なら、行かないよ」
衝動的に、自分より大きな身体を抱き締めた。台紙が落ちる音を何処か遠くに聞きながら、一言だけ、絞り出す。
「ここに、いてくれ」
寂雷の腕が左馬刻の背中に回される。穏やかな低い声が、その耳元で満足気に囁いた。
「次からは、理由はいらないね」