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    A_wa_K

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    大観覧車に乗り損ねたふたりの話。

    輪の上で「やっぱり間に合わなかったか」
     平日の夜。それも、最寄りのレジャー施設の営業時間が過ぎた駅。
     乗車する客の姿はあれど、下車をしたのは少年と、彼の隣に立つ神造魔人のアオガミだけであった。
    「少年、ベンチで休むことを推奨。君の呼吸はまだ落ち着いていない」
    「うん……」
     普段より荒く、短い呼吸を繰り返していた少年はぐったりと駅のホームに設置されているベンチに腰掛けた。疲労のせいか、半開きになっている双眸は一部ガラス張りとなっている駅の壁へと――正しくは、ガラスの向こう側にある大きな輪に向けられていた。
     光り輝く巨大な観覧車。彼らが目指していた施設だ。
    (予定通りにはいかないものだ)
     請け負ったクエストを完了させ、即座に東京へと帰還。そして、アオガミと一緒に観覧車に乗って夕焼けに染まった街を見下ろす。
     それが、少年が目論んでいたプランであり、見事に粉砕された夢物語であった。
     少年とアオガミ、ナホビノが請け負うクエストの依頼主は大体が悪魔である。人間も不条理を投げつけてくるが、悪魔からの不条理も勿論あり、よりによって今回はいつもより面倒な事態に陥ってしまったのだ。
     クエストの最中に襲われることも、依頼主に襲われることもそれなりにある。だが、今回はといえば。
    (行く先々と終着点、全部で戦う羽目になるとは)
     カードコレクターが趣味の悪魔からの遺物収集の依頼であったのだが、行く先々で戦闘を仕掛けられ、依頼主からも戦闘を仕掛けられ、かつて無いほどに時間が掛かってしまったのである。
    「カードが欲しいなら戦えって、何だったんだろ」
    「理解不能であったが、彼らなりのルールだったのだろう」
     ゆっくと息が落ち着いてきた少年にアオガミが水入りのペットボトルを差し出した。駅構内にある自販機でアオガミが購入――少年がアオガミの分の交通費を支払っているとアオガミから提出された領収書により気づいた越水が、アオガミに電子決済の機能を追加したのである――してくれた水分をお礼を言って受け取りながら、少年は一気に半分を飲み干すのであった。
    「少年、どうする?」
     ――このまま帰寮する。
     現在、アオガミが提示出来る今後の動きは一つだけだ。だからこそ、アオガミは少年に問いかけた。君は何を望むのかと。
    「んー……」
     ペットボトルに口をつけたままで小さく唸る少年。彼の視線はアオガミから再びガラス越しの大観覧車へと向けられた。
    「行く」
     短い回答と併せて。

    ***

    「うわっ!」
     ばさり、と音を立てて宙を舞う青色の髪。
     強風により気ままに動く髪に着地と同時に視界を塞がれ、ナホビノの足下が僅かに揺らぐ。
    『少年!』
    「……っと!」
     カンッ、と甲高い足音と同時にバランスを取り戻したナホビノはその場にしゃがみ込むのであった。
    『大丈夫か?』
    「大丈夫。心配させてごめん」
    『君が無事なら問題無い』
     強風はナホビノの聴覚をも奪うが、半身たるアオガミの声を覆い隠すことは叶わない。暴れる髪を両腕で押さえつつ、ナホビノはゆっくりと立ち上がる。
     大観覧車の、天辺に。
    「うわぁ」
     そもそも、この施設は都内の中央部から外れている。近くには東京湾があり、正に強い海風がナホビノの髪を弄んでいる。海側は暗い。どこまでも深い穴のようである。しかし、ナホビノの視線の先は異なる。
     向けられているのは、都内。夜であろうと、明かりが消えない街の光である。
    「アオガミ、東京タワーも見える」
    『ああ、見事な景色だ』
     暗闇の中で一際目立つ、輝く赤。
     昏い夜の時間、動き続ける車道の明かりや数多の建物の輝きを見回し、ナホビノはぽつりと呟いた。
    「こんなに人がいるんだな」
     東京はこの国で最も人口が多い土地だ。当然の事であるが、ナホビノは――少年は改めてその現実に向き合い、口を閉ざした。
    (でも、全部が)
     ――泡沫であるというのだから。
    『……』
     黙り込む少年の意図を察したのか、アオガミは何も応じない。
     ナホビノが強風に抗って髪を押さえ込み続けるのに失敗し、再び視界を塞がれてバランスを崩すまでの間、彼はじっと眼下に広がる景色を見下ろし続けたのであった。

    ***

    「ずるしちゃったね」
     観覧車を擁する施設の外にて、少年は先ほどまで自分達が登っていた大観覧車を見上げるのであった。
    「やっぱり、受付に料金を置いてくるべきだったかな」
    「収入は過不足のどちらでも問題となる。君の気持ちは察するが、控えておいて正解だろう」
    「うう……。今度来たときに、お土産とか沢山買おう……。」
     罪悪感に蝕まれつつも、少年の表情は穏やかであった。アオガミは、彼の緑灰色の瞳に映る大観覧車の輝きをじっと見つめていたのであるが。
    「アオガミ」
     その双眸に、己の姿が映り込んだ。
    「次は、ちゃんと乗ろうね」
     星の光は届かない東京の街。
     丸く輝く大観覧車の明かりの中で微笑む少年を見下ろし、アオガミは深く頷いたのである。

     ――君とならば、何度でも。

     約束を紡ぎ、果たしていこうと。 
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