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    𝕃𝕚𝕖𝕣𝕖

    創作とか絵とか
    お題箱 https://odaibako.net/u/Liere_kir

    𝕚𝕔𝕠𝕟:𝕤𝕚𝕣𝕚𝕦𝕤_𝕒𝕚_𝟚𝟚𝟚 💐𝕥𝕙𝕒𝕟𝕜 𝕪𝕠𝕦💐

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    𝕃𝕚𝕖𝕣𝕖

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    ※諸事情のある少女と夜は喋りにくい男の話。『つきのつるぎ、ほしのほうじ』、『If all the world were apple pie,』を読んでいるとまだ分かりやすいかも。総じて書きたいシーンしか書いてないんですけど……
    これハッピーエンドになるんですよね?マジでどうする気……???(カフェインと深夜テンションと性癖で形作られたシーン)(まあ……なんとかなります……)

    ##ヴェスミレ

    Snedronningen 彼に貰ったスケッチブックを抱えて、昏い庭へ出ました。植物を育てているので遮蔽物が少なく、空を見回せます。
     月は、金星の反対側にありました。
     月蝕──とても深い部分蝕で、月のほぼ全体が影に覆われています。満月のはずですが、三日月のように細くなって、赤黒く見えました。
     背を向けて、花壇の傍の小径に座り込みます。土汚れも何もかも、もう、どうでもよかったのです。黒耀の髪は宵闇に融けて境目を失い、白魚の手すらも翳りに呑み込まれていきます。

     恋を、自覚した日でした。

    ──最悪だ。
     天に輝く宵の明星いちばんぼしから、地に転がる小石まで。この世の全てが憎らしく思えました。
     間違っていたのは世界でしょうか。
    ──いいえ、わたしだ。わたしのせい。
     こんな思いをするくらいなら、人形としてお行儀よく座っていればよかったのです。初めから“お姫様”として生まれたというのに、偶然拾ってしまった“少女”を捨てきれなかったから、苦しいのです。王女に余計な感情なんていりません。
     鏡に映る王女の顔は、常に美しく微笑むはずです。取り出した手鏡に、王女はいません。鏡面には、悲哀と憎悪でぐちゃぐちゃの、醜い少女が映っているだけです。
    ──今、心が死んだらいいのに。
     それは最低な思考でした。心が傷つき感情を表せなくなった友人を持つ人間として、この上なく最低な思考でした。
     けれど止まりません。友を羨みました。代われるなら代わりたいと思いました。そうすれば、この涙だって止まるのです。どんなに悲しく、どんなに辛くとも、涼しい顔で誰かさんに嫁げるのです。
    ──世界が憎いのは。
     視界が歪みます。世界が醜く映ります。
    ──わたしのせい。
     拭えきれなかった雫が、彼のスケッチブックを滲ませます。
    ──だって。
     天に輝く星も、地に転がる小石も、わたしでさえも。
    ──だって、好きな人が描いた世界は美しいのですから。

     だからわたしは衝動的に手鏡を叩き割った。

    「──カーミレ!!」
     鏡の破片を掻き集めると、掌は血塗れになっていました。
    「カーミレ、おい!!」
     心臓に突き刺すために、大きな破片を選びました。
    「カーミレ!!」
     手首を掴まれ、力ずくで引き寄せられました。
    ──ヴェス……?
     彼を認識した瞬間に、ひゅ、と息を呑みました。
     鏡の破片の切っ先は、好きな人の心臓に向けられていました。
    「刺せ」
    「い……いや……」
     弱々しくかぶりを振りましたが、手は離れません。引き寄せようとしても、びくともしません。
    「カーミレを雪の女王に渡すわけにはいかない」
     日は、とっくに暮れています。彼の発声する一音一音に、喉を傷つける呪いが掛かっているはずです。
    「放、して……声、出さ、ないで……!」
    「断る。カーミレは、っ──ぐ、」
     数度咳き込み、喀血。彼の呪いは、肺にまで拡がっていました。もう、呪いの影響のない昼の時間帯であろうと、まず間違いなく発声に支障が出るでしょう。
     咳で体を折り曲げた際に危うく破片が刺さりそうになって、カーミレはついに抵抗を諦めました。血に塗れた破片が、月蝕の幽かな光を受けながら零れ落ちます。
    「……これ以上、喋らないで……お願い……」
    「それは……できない。すまない……」
     彼の口端からは、止めどなく血が滴ります。
    「あとで、聞きます、から……今は……!」
    「今でないと……駄目、だ……」
     筆談でも、人づてでも、意味がないと言い張っています。
     訳が分かりません。分かるのはひとつだけです。
    ──やはり少女わたしが居てはいけないのです──!
     掌に貼りついていた小さな破片をひとつ、握り込みました。

    「カーミレ、聞いてくれ、俺は、」
    「……ごめんなさい……」

     おとぎ話の、見様見真似で。
     そっと、唇を塞ぎました。

    ──ファーストキスは、血の味でした。

     自身の胸に、手を当てて。
     そっと、破片を刺しました。

    ──恋は、罪悪でした。

     放心状態のまま名前を呼ぶ声が聞こえます。
     喋らないでと言ったのに。ああ、それでも、

    ──幸せでした。ありがとう。

    「つっ……う、」
     胸に刺さっていく痛みは、すぐに消えました。池に投げられた小石のように、とぷんと、呆気なく沈みました。
    「……………………」
     血は流れていますし、体が冷たくなっていくのも分かります。けれど、何の感情も湧きませんでした。怖くもなければ、悲しくもありません。
    「……………………」
     立ち上がるとくらくらしました。けれど足は外へと向かいます。門扉を開けた途端、雪の嵐がどうと吹き荒れました。先程までの澄んだ夜空は、見る影もありません。
    「……………………」
     もう、吹雪すら、冷たくありません。

     あとには汚れたスケッチブックと、倒れて血を吐き続ける青年だけが、取り残されていました。
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