迷子の子犬ちゃん 馴染みの騎空艇グランサイファーで世話になり、一週間が経過した頃。
艇は物資の調達の為、商業が盛んなある島に係留していた。騎空団の団員たちは、手分けをしてあちこちへ買い物に出ている。
ランスロットは武器収集が趣味なこともあり、武器の調達に駆り出されていた。
一緒に世話になっているヴェインは、料理を手伝っているので、食材の調達へ出掛けて行った。食材は購入する量も多いので、何班かに分かれるようだ。
「ランちゃんに何か甘いものも買ってくるな〜!」と言って、「俺、甘味担当だからさ!」と笑いながら、騎空団団長のグランたちと連れだって、元気に艇を下りて行くヴェインの背中を見送った。
賑やかなヴェインが居なくなると、少し物足りなくなる。子供の頃から隣にいるのが当然だった。
ヴェインはランスロットを追って、騎士団へ入団し、いい大人になってからも当然の顔をして隣にいてくれる。
かけがえのない存在だった。
ヴェインを見送ったランスロットは、同じく刀剣収集が趣味のカタリナと街の南側にある武器屋へ向かった。店の品揃えの豊富さにふたりで感嘆しているところだ。
広い店内には鎧、剣、斧、盾、銃や弓とあらゆる武器と防具が揃っている。店の入り口付近には、初心者向けの武具が、奥に行くほど玄人向けの品揃えで、ふたりの足は自然と奥へ向かった。
最奥の棚は、魔法をかけられたガラス扉があり、その中には珍しい剣が厳重に陳列されている。こちらは実用性より、観賞や収集用かもしれない。
プライスに書かれた数字の桁の多さに思わず笑ってしまった。恐らく売るつもりがないのだろう。
「もう少しお手頃価格の物はないかな……」
剣の棚の向かいには斧槍が陳列されていて、思わず手に取る。
「おっ、握り易いな。うーん、でもヴェインの手のひらサイズだと、もう少し太い方がいいか」
先日、「そろそろ新調すっか~」と武器の手入れをしながらヴェインが呟いていたので、つい、彼の武器を物色してしまった。
斧槍の種類も豊富だ。祖国では中々ここまでの品揃えは見られない。
日頃の感謝を込めて、プレゼントするのもいいかもしれないと思い始める。
「どうやら有名な鍛冶師がこの島にはいるらしい」
カタリナが店員から仕入れた情報を教えてくれた。
「おお、だからこんなに良いものが揃っているのか!」
カタリナの言葉に瞳が輝いたのが自分でも分かったけれど、本日の目的を思い出し、斧槍を元の位置へ戻す。
カタリナも咳払いをひとつして、手にしていた剣を棚に戻した。
「えーと……、我々の武器はまた後で見るとして」
「おつかいを済まそうか」
グランサイファーに乗艇している大人たちは皆、愛用の武器を所持しているので、今回のおつかいは、彼らの為の武器ではない。
本日購入するのは、子供たちの鍛練用の武器だ。
グランサイファーには子供も多く乗っている。魔物から身を守る為、日頃の鍛練は欠かせない。
「……子供用なら、あまり重量のない武器がいいよな」
ランスロットは入り口付近にあった短剣の棚へ向かい、陳列されている小振りの剣を手に取ってみる。見た目よりも重く、隣の短剣にも手を伸ばした。
「ああ、多少魔法の使える子もいるので、魔力が増幅出来る剣もいいと思うが」
「じゃあ、安心して鍛練が出来るレプリカと、普通の短剣、まずは微量の魔力増幅機能付きの剣がいいんじゃないかな」
「なるほど。最初から力の強い魔剣を握ると制御出来ない可能性があるか。流石、ランスロット殿。日頃から、少年たちの鍛練をみているだけある」
魔剣の扱いは武器の中でも難しい方だ。特に魔力の安定していない時期は。
「騎士見習いの子供たちというより、俺はヴェインで学んだのだけれど」
「ヴェイン殿とは確か幼馴染みだったな」
カタリナの質問に、ランスロットは微笑んだ。
幼い頃、村の子供たちより魔力が強く、制御も出来ていたランスロットは、魔剣も難なく扱えていた。
だから、ヴェインがランスロットの剣を手にし、魔力が暴走するなんて考えてもいなかった。
危うく、大怪我をする所だったが、ヴェインときたら「ランちゃん、こんな剣を使いこなしてるのかー! すげえー! カッコいいー!」と大喜びをしていた。
「あはは……、それは何と言うか……、らしいというか」
「全く、心配する身になって欲しい」
「ランスロット殿は、ヴェイン殿を大切に想っているのだな」
「唯一無二の存在だ」と口にするのは何だか照れくさくて口ごもっていると、微かに「ヴェインー!」と叫ぶグランの声が聞こえた気がした。
「今の、ルリアの声じゃないか?」
カタリナにはルリアの声が聞こえたようだ。
ふたりが顔を見合わせると、声が段々と近づいて来る。ランスロットの耳にもビィやルリアの声が届いた。
「おーい、ヴェインー!」
「ヴェインさーん!」
必死さが滲む声に、ランスロットは扉へ向かう。
また、ヴェインが迷子になったらしい。今回は一体、何に気を取られていたのか。
「ヴェイン殿とはぐれてしまったのか。人の多い街だからな」
カタリナの声が背後から聞こえる。
「ヴェインとはぐれたと言うより……」
どちらかというと、ヴェインがはぐれたのだろう。
ガラス張りの扉を開けると、タイミングよく目の前をグランが駆けて行く所だった。身軽な少年は、人の間を上手くすり抜けている。
こちらに気付いたグランは、急ブレーキをかけ、振り返ると、「ランスロット! どうしよう、ヴェインが迷子になっちゃった!」と叫んだ。
「やっぱり……」
グランたちが保護者からはぐれたのではなく、何かに気を取られたヴェインが、いつの間にか子供たちから離れ、迷子になっているのだ。
見失った場所で暫く捜したけれど見つからなかったと言う。島中を捜すつもりで走り回っていた彼らは、額から汗が滴っていた。
こんなに真剣に捜させて、申し訳なくなってしまった。
「迷子になったら、その場でジッと動かないこと!」
子供の頃、ランスロットが散々言って聞かせた言葉だ。
「お前がじっと動かないでいたら、俺が必ずみつけるから!」
「うん、わかった、ランちゃん!」
しかし「その場で待つ」が実行されたことはなく、昔からあちこち動き回るヴェインを捜すのは困難を極めた。
なんせヴェインは自分が迷子になった自覚がないのだから。
「ヴェイン殿が迷子?」
扉から顔を覗かせ、目を丸くするカタリナにルリアが飛びつく。
「カタリナ〜! ヴェインさん、少し方向を見極めるのが苦手で……」
「そうなのか? 取りあえず落ち着くんだ。ほら、汗を拭いて……」
取り出したハンカチでルリアの汗を拭っている。
カタリナには、ルリアが唯一無二の存在なのだろうと思いながら、ランスロットは微笑ましくその様子を眺めた。
自分もヴェインに同じようにした過去がある。
昔は小さなヴェインの兄のような気持ちで、面倒を見ていた。今は兄弟になりたいとは思わない。
「アイツ、ひでえ方向音痴なんだぜ!」
仕入れたらしいリンゴをしっかり両腕に抱えたビィは、以前、森の中を散々走り回された時のことを思い出しているらしかった。
「どうしよう、ランスロット。こんな知らない街で迷子なんて……。ヴェイン、艇に辿り着けるかな」
人の良いグランサイファーの団長は顔を曇らせている。
流石にいい大人なのだから、港くらい人に尋ねながら自力で辿り着けるだろう。まあ、途中で道草は食うかもしれないが。
「そんなに心配しなくても大丈夫だぞ。あいつ、迷子のプロだから」
安心させる為にも冗談めかして言うと、グランは目を瞬いて、「あまり心配しないんだね……?」と意外そうな顔をした。
ヴェインが心配で狼狽えるとでも思っていたのだろうか。
まだ幼かった頃は、確かにオロオロと半泣きになりながら、迷子のヴェインを捜していたけれど。
何度も経験していると慣れるものだ。
それに――。
「人を増やして捜そうかなって思ってるんだけど……、必要ない?」
どこまでも人のいいグランは、今にも艇に戻って、総出で探しそうな勢いだったけれど、ランスロットの様子を見て落ち着いて来たようだ。
「ああ、そこまでしなくて大丈夫だ。すぐ戻ってくるから」
「え? 戻ってくるって?」
「ふふっ、走り回って疲れただろう? ご馳走するから、そこのカフェでひと休みしよう」
武器屋の向かい側に店を構えている洒落たカフェは、テラス席もあり、ちょうどいい。
ランスロットが四人を誘うと、彼らの躊躇いが伝わってきた。
迷子がいるのに、呑気にお茶など飲んでいられないと言うのだろう。
「ランスロットさんは、どうしてそんなに冷静でいられるんですか?」
「大事な幼馴染みが行方不明なんだぜ?」
ルリアとビィに真剣な顔で詰め寄られ、思わず口元を緩めてしまった。
彼らは方向音痴のヴェインと一緒に行動する時、もしかして、保護者の気持ちでいるのではないだろうか。
「仕方ないな」と庇護欲が湧いているのかもしれない。
その気持ちは、ランスロットにもよく分かった。
ヴェインに対して、自分も持っている気持ちだ。
それだけではないけれど、ずっと、幼い頃から守りたいと思ってきた。
今でも勿論、守りたいと思っている。
けれど、迷子になったヴェインを捜す必要はない。
「ふふっ、心配してくれてありがとうな。でも、大丈夫なんだよ」
安心させるように微笑むと、丁度その時、通りの遙か先で、賑わう人の間から「おーい! ランちゃん〜!」と手を振るヴェインの見慣れた姿を発見した。
金髪が陽を浴びて輝いているのが分かる。きっと浮かべた笑顔も輝いているだろう。
ヴェインは全身を使い、思い切り手を振っているので、周囲の人に迷惑を掛けそうだ。
「ほら、来ただろう」
「ヴェイン」
「ヴェインさん!」
ランスロットが手を上げて合図を送るまで、ヴェインは手を振り続けていた。ランスロットに気付いてもらえたと知ると、人を避けながら、走ってくる。
彼も腕には仕入れた品物を抱えていた。
「ええー? もしかして、ヴェインとここで待ち合わせしてた?」
「迷子になったら、ここで落ち合う約束でもしてたのかよ?」
近づいてくるヴェインをじっと見つめたまま、グランとビィが驚きの声を上げる。捜していた迷子があっさり現れ、拍子抜けしてもいるようだ。
「いや、流石にあいつも出掛けるたび迷子になったりしないから、待ち合わせの場所なんて決めないぞ」
「しかし、ランスロット殿はこの場所にヴェイン殿が来ると分かっていたようだが」
黙って聞いていたカタリナも不思議そうだ。
ランスロットは肩を竦める。
次のセリフを言うと、大抵呆れられるからだ。
「『この場所』じゃなくて、ヴェインは『俺の居る場所』に来るんだよ」
「ほえ?」
きょとんとしたルリアの口からは、力の抜けた声が出ていた。無意識に出てしまったらしい。
少し呆れて、力が抜けたのだ。
「何故かあいつは、何処で迷っても、何時迷っても、どうしてだか俺の居る場所に戻ってくるから」
「へー……?」
「なに、その能力……」
微妙に感情が込められていないビィとグランの声に、ヴェインの大きくなった声が重なる。
「おー! ビィくんたち、無事だったかー! 急に居なくなってびっくりしたぜ!」
「いや、居なくなったのはカリアゲの兄ちゃんだろォ!」
がしっと肩を組まれ、苦しそうなグランが助けを求めて手を伸ばす。ランスロットが救出すると、今度はバシバシと背中を叩かれていた。
「なははは! そうだったかー? ランちゃんのお土産に良さそうなお菓子を見つけたからさ〜!」
ヴェインのセリフにグランが呆れた視線を向けた。言いたいことは分かる。
「ランちゃんにお土産って約束したからな! これ、試食させてもらったけど、滅茶苦茶ウマかったぜ!」
大事そうに持っていた紙袋を手渡されると、封を開けていなくても甘い香りが漂ってきた。
この匂いに釣られ、迷子になったのだろうか。
「ああ、ありがとな。いい匂いだ」
土産を受け取り、礼を伝えると、ヴェインは満足気な笑顔を見せる。
――ああ、憎めない。
昔から、ヴェインが迷子になる理由の半分は、ランスロットにあった。
「ぼくの心配した気持ちを返して欲しい」
「……すまん」
不貞腐れるグランについ謝っていた。
ランスロットに土産を買う約束をしていなければ、迷子にはならなかったのだから。
「もう、ヴェインが迷子になっても絶対心配しないからね!」
「そうしてくれ」
心配するだけ無駄だから。
ランスロットも今では迷子のヴェインを心配したりしない。捜しにも行かない。
だって、何処にいてもヴェインは必ずランスロットの元へ戻ってくる。
「ランちゃん~!」と手を振って。
どうしてかと、以前本人に聞いてみた。
本人に自覚があろうが、なかろうが、れっきとした迷子であることに変わりはない。
どうしてランスロットの元に帰って来られるのか。
「うーん?」と腕を組んだヴェインは、暫く考えこんだ後、明るい笑顔で言った。
「帰巣本能じゃねえかな!」と。
それは愛しくも呑気な声だった。
――帰巣本能。
「お前は犬なのか」
思わずそう叫んでしまったけれど、ランスロットの顔は、目元も口元も緩んだ笑顔になっていたと思う。
はぐれても、ランスロットが何処にいても、必ず自分の元に帰ってくると言うのなら。
ヴェインの帰る場所がランスロットの元だと言うのなら。
自分はただ、ヴェインを信じて待つだけだ。