クリスマスのラブレター「――ああ、本当だ。ヴェインだって丸分かりの文字だな」
自室へ向う途中、ランスロットは楽しげに話すアーサーとグランの姿を見掛けた。年齢が近い彼らは、いつの間にか意気投合したのだなと微笑ましく見ていたけれど、ヴェインの名前が聞こえ、つい近づいてしまった。
アーサーの手には見覚えのある便箋。
どうやら、ヴェインがサンタクロースになりきって書いた手紙が、偽物だとバレたようだ。
そっと近づいて覗き込んだ手紙には、元気な文字がクリーム色の便箋の上で踊っていた。
紛れもなくヴェインの筆跡だ。
(あいつ、少しは筆跡を誤魔化せばいいのに)
彼らしいといえば彼らしいが。
手紙をしたためていたヴェインの姿を思い出し、口元に微笑みが浮かんでしまった。
「うわっ ランスロット団長」
急に背後から現れた上司に驚くのは当然で、アーサーは自分の身長よりも後方に跳びずさる。つられてグランも飛び上がっていた。
「ああ、すまない。驚かせた上に手紙を勝手に覗き込んで」
ヴェインの名前が聞こえると、勝手に反応してしまうのだ。
「いえ! 大丈夫です! グランさんにも見てもらっていたので!」
ランスロットが謝ると、アーサーはニコニコと嬉しそうに笑って、手にした手紙を改めて見せてくれた。
「もう少し、筆跡を変えようと思わなかったのか、あいつは……」
彼の文字は彼らしく大胆で、元気があって、可愛いくて、かなり特徴のある筆跡だ。ひと目見れば覚えてしまうような。筆跡を変えるのは難しいかもしれないけれど。
直属の部下であるアーサーには、ヴェインの文字にしか見えないだろう。
「えへへ……、でも、俺、ヴェイン副団長からの手紙で嬉しいですよ! 俺達を大切に思ってくれてるって感じます!」
素直な言葉にランスロットは微笑んだ。
「喜んでもらえたなら、俺も嬉しいよ」
「何でランスロットが喜ぶの……」
ちょっと呆れたグランの声。
それは、ヴェインが心を込めて手紙を書いている姿を傍で見ていたからだ。
なんなら便箋を選ぶところから付き合った。
だから、ヴェインの気持ちがしっかり伝わっていて嬉しかった。
ヴェインの想いは全部報われて欲しい――そう願うほどには、ランスロットにとって、ヴェインは大切な人だ。
「なあ、ランちゃん。サンタさんって、どんな便箋を使うと思う?」
ふたりで買い物に出掛けた雑貨店で、何種類もの便箋と封筒を手にヴェインは真剣な顔をして考え込んでいた。
扱っている種類が多く、悩むのだろう。色も柄も豊富だ。
「そうだな……、雪みたいに真っ白な便箋……とか?」
「……白かあ。味気なくない?」
「そんなことはない。ほら、これとか雪の結晶の透かし模様が入っていて綺麗だ。気付いた時にちょっと嬉しいだろう?」
「おお〜! なんかプレゼントもらったみたいな気持ちになるかも!」
「だろ?」
「じゃあ、この雪の結晶の便箋と……、他は何がいいと思う?」
ランスロットが勧めた白い便箋とお揃いの封筒も籠の中へ入れると、それだけでは満足しないらしく、次を聞いてくる。
「寒い季節だからな。温かみのある色はどうだ? このクリーム色の便箋みたいな」
「お〜、ヒイラギも四隅にあしらってあって可愛いな。クリスマスっぽいぜ!」
ヴェインはランスロットが勧めるものを次々と籠に入れ、何種類かのインクと、封蝋も購入すると両手に抱え、満足そうに店を出る。
そして「付き合ってくれて、ありがとな!」と大きな口を開けて笑ってくれた。
「お安い御用だ」
「さっすが、ランちゃん! 頼りになる〜!」
ヴェインの笑顔が見れるなら、何にだって付き合うぞと心の中で呟く。
昔からランスロットのいちばんは、ヴェインを笑顔にすることだ。
辛いことや悲しいことから彼を遠ざけたい。
いつでも幸せでいて欲しい。
出来たら、自分がヴェインを幸せにしたい――それは贅沢な願いだと思うけれど。
帰宅した彼は、早速羽根ペンを手に取ると、手紙を綴り始めた。
「この便箋には、このインクの色が合うよな?」なんて真剣な様子だった。
こんな風に相手を想い、真剣に手紙を綴ってもらえるなんて、騎士団の子供たちは幸せ者だ。
(いいなあ……)
これまで何通も手紙を貰っているのに、まだ欲しいと思ってしまった。
遠征先から手紙を送ってくれる時、同じように真剣に書いてくれていただろう。
欲張りすぎる。
「……何通書くんだ?」
「んー、手紙を貰った分だから〜……」
昨年、白竜騎士団の大人たちは、騎士団の子供たちへサンタクロースとしてプレゼントを配った。本物のサンタクロースは忙しい身である為、全空中にプレゼントを配って回るのは無理がある。
サンタクロース代理を大人が務めるのは当然だった。
プレゼントを貰った子供たちの何人かは、わざわざお礼の手紙をくれたらしい。
(流石、ヴェインの教え子だ)
そのお礼の手紙に対し、ヴェインは返事を書いている。
「お前は本当にマメだなあ……」
感心していると、ヴェインは手を止めて、真っ直ぐにランスロットを見つめてきた。
ランスロットが好きな薄いエメラルドの色。感情によって、濃淡が変化して見える。
嬉しい時はきらきら輝き、時に優しさを滲ませ淡く煌めく。
ヴェインの瞳に、眼差しに、いつだってランスロットは惹かれてしまう。
「マメなのはランちゃんだろ?」
「え?」
今も淡く輝いて、どうしてそんなに包み込むような色を見せてくれるのかと思う。
「ランちゃんも、俺に返事を書いてくれたじゃん。サンタさんになりきって!」
「えっ、あっ お前、気付いて――」
子供の頃、ヴェインはサンタクロースへ宛て、お礼の手紙を毎年書いていた。
プレゼントを用意していたのは、彼の祖母だとランスロットは知っていたけれど、純粋なヴェインは少しも疑わず、サンタクロースが来てくれたと信じていた。
頬を染めて、白い息を吐きながら「お礼のおてがみ、書きたいから、ランちゃん、字があってるか、みてくれる?」と言われ、いじらしくて、可愛くて。
ヴェインが出したお礼の手紙の返事を、サンタクロースになりきってランスロットが書いたのだ。
ひとりで便箋を買いに行き、ヴェインが喜ぶと思ってトナカイ柄を選んだ。文字で気付かれないように筆跡を変えて。
一体、いつから気付かれていたのか。
「ランちゃん、上手く筆跡を変えてたけどさ、流石に気付くぜ? だってランちゃんの文字だからさ。ランちゃんのことなら、俺はすぐ分かる」
自信満々だ。
「すぐ分かる」なんて、もしや最初から?
「それは……、騙していて、悪かった……」
思わず謝ると、彼は破顔した。
「なんでランちゃんが謝るんだよ。俺、嬉しかった。毎年、ランちゃんが俺の為に手紙を書いてくれたこと」
きっと本物のサンタクロースからの手紙よりも、嬉しかったと微笑む。
「だって、ランちゃんはサンタクロースよりも、ずっと俺のこと想ってくれてるって分かったからさ。ありがとう、ランちゃん」
「ヴェイン……」
毎年、違う便箋で手紙を送ったのも楽しみのひとつになっていたらしい。
「ああやって選んでくれてたんだなあ〜」
机上に積まれた何種類もの便箋を撫で、そんな風に言うので、なんだか恥ずかしくなってしまった。
ヴェインへの想いを知られてしまったような。
「俺、ランちゃんにもお手紙書くから、クリスマスを楽しみにしててくれよ!」
きっと、幼い頃にサンタクロースになりきって書いた手紙へのお礼を綴ってくれるのだろう。
なんだかこそばゆいけれど――。
「ふふっ、分かった。楽しみにしてるよ」
はたしてクリスマス当日に届いた封筒は、ランスロットが選んだ覚えのないものだった。
ヴェインが自分で選んだのだろう。
(……まさか、俺の為に?)
便箋を選ぶところから相手の好みや喜ぶ姿を考えて、選択するのだ。ヴェインも、いいや、ヴェインならきっとそうするだろう。
ランスロットを思い浮かべて選んでくれたはずだ。
薄い桜色の封筒は、クリスマスっぽくはない。どちらかというと――そう。まるでラブレターみたいだ。
恋をしている色。相手を想って、頬を染める色。
「はは、……まさかな」
そんな都合のいい。
そう思いながらも、期待で胸が高鳴っていく。――だとしたら。
この手紙は最高のクリスマスプレゼントではないか。
震える指先でペーパーナイフを握りしめ、丁寧に封を開ける。ひらりと開いた便箋に踊る見慣れた愛しい文字。
その文字が綴る言葉を、ランスロットは一文字ずつ指先でなぞった。
初めて見る、ヴェインの筆跡で書かれた告白の文字を。