「ん…」
小さく声が漏れる。
リュウの意外にも長い睫毛が目の前で伏せられていくのが見えた。今だに口を付ける時は目を閉じてこちらに全てを明け渡してくれる。いくらなんでも無防備が過ぎるぞと、唇を噛んで口の中に舌を滑り込ませた。絡め取りながら吸い上げる様に何度も角度を変えてはリュウの息を奪い続けた。
「んッ…んぅ、ん…ふ…」
苦しそうな声と共にぎゅう、と強く握られる袖。
強く握る手を掴んで今度は指を差し込んで恋人繋ぎにしてやる。すると構わず握り締めながら体を押し付けられる。服越しでも分かるほど熱いと感じる肌に直接触れたいと思いながらシャツの中に手を差し込んた。
「…っ…あ…ケン…」
「ン…なんだよ、嫌か?」
「キス、だけじゃ…ないのか…」
「よく言うぜ、こんなにしといて」
差し込みかけた手を止めて服の上からピンと主張している乳首を指で引っ掻いた。カリカリと引っ掻きながら優しく撫でる様に何度も擦ると声を漏らさない様に耐えるリュウの呻きが耳元で聞こえて、ゾクリとした。
たまらなく愛おしい、そんな顔を隠すなんて勿体ないと無意識に思いながらリュウの顔を軽く掴んで無理矢理自分の方に顔を向かせる。
「はっ…」
「俺の方、見てろ」
「な…?」
「顔隠すなよ、お前がそうやって我慢してる時の顔すげー好きなんだからさ」
「…ケン…」
困った様に眉をひそませた。
小さく首を振る仕草さえ拒否をした。
リュウの顔も、声も全て隠すことだけは許さない。その奥ゆかしさこそリュウらしいとも言えるのだが、全てを曝け出してほしいケンにとってはもどかしいだけだった。
自分の体を押し付けて息がかかり合う程の距離になってじっと見つめ合う。うっとりとした瞳が捉える前に再び唇に噛み付いて、息を食い尽くす様に貪った。
「ん……!」
(…キス、は相変わらず下手…。ってことは誰とも…そういうことはしてないんだ…よな。)
別にリュウが何処の誰とどうしてようが関係ない──
そんなことを当たり前の様に考えられたら良かったが、生憎自覚出来る位には独占欲があるつもりだ。
ふと遊びと本命ではまるで違うのね、なんて昔に言われた言葉を今になって思い出してしまった。
そんなの当たり前だろうと当時は思ったが、自分は思ったより分かりやすい反応をするらしかった。やはり女性の方がそういったものに敏感なのかお遊びはいつでも歓迎よ、坊やだなんて言い捨てられたのも思い出してしまう。
若い頃の思い出なんていくらでもあるが、最初の内は強い者探しというよりも娯楽に手を出していたものだ。
それ故今でも相手をリュウだけに絞り、こうして口を付ける行為をしている訳だが果たして好きである事が伝わっているのだろうか。昔からしている事だから、と慣れているだけでは無いかと気になってしまう。
「…リュウ、なぁ、お前…。」
「ん…?」
…自分だけが特別だなんて都合が良い話。
リュウにとってケン・マスターズが一体何処までの男で、何処までを許されているのか。
知りたくて、知りたくて仕方が無い。何度だって聞いてしまう位リュウの口から聞きたいのだ、直接。
「俺の事…好き?」
一瞬薄く口を開け、すぐに口を閉じて長い睫毛が瞳を覆ってしまった。
「…また、聞くのか?」
「しつこいか?聞きたいんだよ、どうしても…な。」
呆れた様に優しく笑う笑みすらケンにとっては特別なものだ。当たり前のものじゃない、大切なものの一つ。
「返ってくる言葉は同じだろう?」
分かっている、分かっているけれどやめられないのだ。
しつこく聞いたり、事実確認ばかりする様な男は嫌われる。相手を信じていないから。
…そうじゃない、好きだから。安心したいのだ、リュウの言葉を誰よりも信じているからこそ。
「そうだな…例え同じでも大事だろう?何度だって聞いていたいんだ、お前の声で…。」
「そういう、ものか…。」
昔からその口から聞こえる声は心地良くて言葉の一つ一つが何処か丁寧なのだ。その心地良さを得たい、そしてその言葉を紡ぐリュウ自身の心もケンは自分のものにしたいと何処かで思っていた。
「……好きだ。」
優しくも戸惑ったような声音がケンの耳をジワリと満たして行く。たったひとつの恋がまるで実ったようだ。
小さく頷いて微笑み合いながら軽く鼻同士でキスをして戯れる。
鼻が触れたと同時にばちりと視線が合い、そのまま流れる様にキスをした。映画のワンシーンで見る様な光景だった。
「…嬉しい。」
溢れ出る感情とは裏腹に一言だけを口にして、吐息を飲み込む様に深い口付けをした。
何処に居てもリュウが生きて居てくれればいい。こうして触れ合うことが出来ればいい。
そう思いながらもリュウの言葉も、体も、気持ちも身勝手だと感じながら手にしたいと思う事だけは何年経ってもやめられなかった。
いつまでもこの腕の中に居つづける男では無いとわかりきっているから、余計に。
しゅるりとはちまきを手に取り横目で見つめる。きっとこれからも肌身離さず身につけていてくれるのだろう。
もう随分年季が入っていて何度か新しいものにすればいいと言ったが「俺はこれがいいんだ」と、断られている。
この答えを聞くたびに安心も、欲も満たされていく。
そう思うと、この男と共に歩み続けるはちまきがほんの少しだけ羨ましいような気もした。