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    ニキ燐新刊の小説部分の冒頭試し読みです なかなかキリが悪く書き終わらないので……

     早朝、燐音くんとのデートの待ち合わせの前に、駅の目の前のコンビニに寄って、お菓子とかをいろいろカゴに入れた。デートってわくわくするから、遠足みたいなものだし。僕はもう大人だから、三百円以上おやつを買っても怒られない。大人になるって、たぶんそういうこと。
     飲み物コーナーにぐるりと回る。暑いとそれだけで無性に炭酸飲料が飲みたくなるし、コンビニもこれ見よがしに新商品のサイダーを喧伝している。青いパッケージ。外には痛いくらいの青い空。身体が水分を求める渇き。ああ、美味しそう。需要と供給のハマり具合がもうだめだった。サイダーはぬるくなると美味しくないから、今すぐ飲もうと思って、これから飲むお茶も別に買った。ちなみに僕はいつもものをたくさん買うからレジ袋も買わなくてはならない。
     会計を済ませてコンビニの外に出ると、ドライヤーみたいな熱気を含んだ風が顔にあたって一気に顰めっ面になる。なんでこんなに暑いのだろうか、この国は。冬は雪が降るのに、夏はまるで熱帯。お腹いっぱいだなあ、と思う。すると、歩道の駅の方角の五十メートルほど先に見慣れた背中というか、逢引きの相手というか、目的地を見つけた。後ろから驚かそうと思って、ビニール袋を片手に思わず小走りする。暑さも気にせずに、あっという間に数メートルの距離。そして、そっと近づき人間ひとりぶんの距離。僕は右手で、燐音くんの左手を握った。
    「ぴっ……くりした。何してんの、お馬鹿ちゃん」
    「いきなり罵倒っすか!? 驚かそうとしただけなのに〜」
    「近づいてきていきなり手ェ握ってくるのは一種の痴漢なんだわ」
    「恋人のこと痴漢扱いっすか!」
    「そういうプレイなんだったら乗ってやるけどよォ。暗くなるまで待って♡」
    「うざ……。ってか、追いつこうと思って走ったら一気に暑いっす〜。ジュース……」
    「そんなに俺っちに早く会いたかったんだなァ」
    「そうだったら悪い!?」
    「いや悪かねェけど……」
     僕がぶっきらぼうに放った言葉にもそもそと照れている燐音くんを横目に、僕はさっき買った青いパッケージのサイダーのボトルを手に取った。暑さとかなんとかで、大切なことを忘れたまま僕はキャップを開けた。
    「あ〜、暑い……しゅわしゅわ……」
    「おい待てニキ、お前いま走って……」
    「ん? あ、ああ! うわっ!」
     燐音くんが僕を止めてくれたにもかかわらず、僕はサイダー飲みたさに思い切りキャップを捻りきった。途端にサイダーが勢いよくペットボトルから噴出した。僕の手やサンダルが濡れていく。僕はだらだらとサイダーをこぼしながら慌てて側溝のちかくに駆け寄って、止まらないサイダーの洪水をただ眺めた。横で燐音くんがそれを見て、ひどく大笑いしている。
    「ガチのお馬鹿ちゃんじゃねェか! ぎゃはは、流石だなァニキきゅんは!」
    「も、もったいない〜! 僕のサイダーが〜!」
     やがてサイダーは半分ほどをボトルに残して沈静化した。僕は半泣きになりながらも一命を取り留めたサイダーを一気飲みした。燐音くんは笑いすぎて目に涙を浮かべている。同じ涙でもこんなに意味合いがちがってくるものか、と思った。
    「あ〜、面白かった。腹よじれるかと思ったっしょ! 俺っちのこと見つけて手ェ握ってくれたときはさァ、わりと、いやマジで本気で、あ〜この子に好きになってもらえてよかった〜って思ったのに次の瞬間コレだもんなァ。上げて落とす作戦を自分で実行するとは思わなかったぜェ……」
    「揚げてトルコ?」
    「うんと、ちなみにそれはなんの品種?」
    「茄子っす。白い茄子で、熱を通すとねっとり柔らかい食感になって、天ぷらがおすすめなんすけど、麻婆茄子つくるともはや麻婆豆腐なんすよね〜」
    「へえ……。食べてみたい」
    「帰ったらご馳走しますね〜。ああでも、あんまり売ってない品種だから、ちょっとお時間頂戴するかも」
    「そんな無理しなくても」
    「食べたいって言われて出せません〜って言う料理人はいませんよ。隣の隣の駅あたりの八百屋さんにならあったかも……僕に任せて」
     帰ったら、というのは明日以降の話になる。というのも、きょうのデートはただのデートではないのだ。ちょっと海辺に遠出して、一泊して帰ってくる。遠足どころか臨海学校だ。どうでもいいけど僕は小学校は林間学校だったし中学校の宿泊研修も山だった。僕の班が作ったカレーがいちばん美味しかったと、引率した校長先生が褒めてくれたのをよく覚えている。好きな子とただ親密になるために行う遠出はもはや研修ではないけれど。
     泊まりがけの遠出って、ロケ以外でほとんどしたことがなかったから新鮮だ。待ち合わせだって、今までずっとひとつ屋根の下だったから、つい最近までしたことなかった。お互いにすべてさらけ出してきたから一緒に眠ることも抵抗なんてないけれど、それは眠り慣れた僕の家の布団の話であって、遠い土地はまた別の話だった。
     海といえば前に深夜に僕の車を飛ばして燐音くんと遊びに来たこともあるし、近場の水族館も燐音くんと何度か来た。燐音くんと出かけてばっかり。そのなかで、まるっと2日オフになる日があるとわかって、どうせなら遠出したいという話なり、今日に至る。
     すこし電車に乗って、高速バスが多く出るターミナルに到着してる乗り場まで向かって、燐音くんが予約をしてくれていた高速バスに乗り込んだ。座席表にはたしかに僕たちの名前(天城燐音様・お連れ様だけど)があって、いつかの夏には世界に居場所がなくなりかけていた僕たちにも、座席ふたつ分の、僕たちだけの居場所が確保されていた。ここにいてもいいよ、と言うように。
     寝てていいよ、と僕に窓側を譲ってくれた燐音くんが真っ先に僕の肩に頭を預けて眠った。夏場だからちょっと暑苦しいくらいだったけど、愛おしさのほうが強くて文句をつける気にはならなかった。僕はほかの乗客の邪魔にならないようにもそもそ空腹を満たしたあと、燐音くんを起こさないように眠った。
     途中にトイレ休憩を挟んで、また眠って、僕たちは遠く離れた海沿いの街に来た。ありきたりな表現を挟めば、見たことのない景色が広がっていた。そしてなにより暑かった。日差しを遮る都会のビルみたいなものが全然なくて、日光が僕たちに直接降り注いだ。暑さにも日焼けにも案外弱い燐音くんには、前に晴雨兼用の傘を買ってあげた。それを今日は持ってきていた。僕も燐音くんが買ってくれたハットをかぶった。
    「あっちい……」
    「都心の喧騒を離れたら涼しいかもっていうのはマジで浅はかな思い込みだったっすね……」
    「おめェはマジでそんなこと思ってたのか」
    「うん……とりあえず海風にあたれば涼しいのかなって」
    「俺っち山も海も提案したっしょ。山でキャンプも良くね?って」
    「キャンプもね、めちゃくちゃ惹かれたんすけど、虫に刺されたら嫌だなって……」
    「海でも虫には刺されるだろうが。まあ確かにニキは俺っちの数倍食われてる気がするけど……毎年毎年俺っちはおめェの背中にムヒを塗ってる」
    「ムヒ屋さんですからね〜。なんか体温高いと刺されやすいんですって。ほら僕、平熱高いでしょう?あとは美味しいご飯を食べてる僕に魅力を感じたんじゃないっすかね」
    「俺っちも同じメシ食ってんのに?」
    「誰のおかげっすか〜? それにほら、僕からしたら美味しそうに見えますよ、燐音くんも」
    「……そういう甘い言葉はこういう話の流れでするもんじゃねェだろ、なんで蚊と同列でものを語ってンだ」
    「痛っ! 殴ったな!」
    「あ〜暑いな〜」
    「無視!虫だけに!噛んでやろうか!」
    「好きにしろ、ホテル着いてからなら」
    「あ、ホテルどうします?チェックインしとく?」
    「ん〜、とりあえずここのバス停の最寄りが水族館だから、そこは観ちゃったほうがいいかも。また戻ってくるのたいへんだし」
    「了解っす〜」
     立ち話してる意味もない、と言って、目的地のひとつである水族館に向けて歩き出した。ふいに燐音くんが日傘を右手に持ち替えて、手を差し出してきた。
    「……暑くない?」
    「ンだよ、せっかくデートだから恋人らしく手でも繋ぎたいと思ったのに」
    「あ、今のかわいかった。いつもなら『手でも繋いでやろうと思ったのに』とかって上から目線なんすから」
    「え〜? 俺っちよりかわいいやつなんていないっしょ?」
    「そっすね。かわいい子もかっこいい子もいませんよ」
    「だからそういうことはもっと真面目に言えってば……」
    「あんたもでしょ〜。僕は至って真面目に言ってます。雰囲気とか作らないと言えないような言葉なんて、ほんとはないほうがいいはずで。……いや、だったら普段から燐音くんの言ってることをちゃんと受け止めるべきで……?うーん、どっちもどっち」
    「きゃはは、その通りっしょ。足りないとこばっかり」
    「若輩者なんでね、僕らも」
     そう言って僕は差し出された燐音くんの手を取って、指の間に指を絡めた。やっぱり暑い。
    「……手汗かきそう、嫌いになりませんか?」
    「何を今さら……」
    「いいならいいんすけど……」
    「いいって言ってンだろ」
     燐音くんはそう言って僕の目を見つめた。嫌いにならないんだって。その言葉を反芻しながら、じわじわと暑い道を歩いて水族館へ向かった。
     展示室も含めて館内はとても涼しかった。時期もあってまあまあ混雑していたけれど、賑やかというわけでもなかった。この水族館はいわゆる娯楽としての側面より、海洋研究施設としての側面が強くて、今まで見た水族館よりかなりお堅い雰囲気が出ていて、燐音くんが好きそうだなと思った。水族館でも文化施設でも燐音くんは説明を隅から隅まで読むタイプ。なにごとにも勉強熱心で、どうしてこんな僕と一緒にいてくれるのかわからないくらい。
    「見てニキ、かわいい」
    「ん?」
     燐音くんが指さした先には、ひときわちいさいかにの水槽があった。チゴガニ、と名前が書いてあった。聞いたことないかにだ。こんなに小さかったら人間は食べることもできないんだろうな、と思った。燐音くんはこの小さなかにの説明もやはりまじまじと読み続けている。いったい頭に入るんだろうか、と不思議に思う。
    「『そして最後に行うのがウェイビングです。これは雄だけが行う行動で、別名恋のダンスとも呼ばれます』だって。繁殖期にハサミを上げたり下ろしたりするのがダンスみたいに見えるらしい。どの生き物もやっぱり踊らにゃ損損」
    「すごいところに着地しましたね……」
    「そういう、人間とあんまりかかわらなそうな生き物も人間みたいな行動取ってるって思うとけっこうおもしろいじゃん。だから俺っち、こういうの見るの好き。なんだろうなァ、人間以外の生き物が、どういうふうにものを考えてンのか気になるっていうか、それがわかると、ほっとするっていうか……。自分のことも、なんとなく納得できるかもっていうか」
     ──前に、燐音くんの弟さんに、話を聞いたことがある。故郷では動物の解体なんかをしていたと。自分は何度か咎めたけれど、やめる気配はなかったと。それを聞いたとき、妙に驚く気にはなれなかった。もちろん動物を無作為に殺したことを支持する意図はどこにもないけれど、なんていうか、燐音くんならやりそうだな、という納得が僕の胸に落ちてきたのだった。燐音くんとしてはまちがっていないというか、人間として生きる意味、みたいなのを考えていたのかもしれない。それは僕も、考えたことがある。燐音くんもきっと、それが知りたかったんだと思う。自分が人間に生まれた実感が欲しかった気持ちは、なんとなくわかる。
     前みたいに、隅々まで説明を読む燐音くんに付き合ってゆっくりゆっくり順路をまわった。大きな水槽で、魚が群れをなしてきらめきながら揺らめいている。
    「イワシの水槽って、どこ行ってもだいたいきれいっすよね」
    「襲われにくくするために群れを作ってるから、流れ星みたいに見えるんだろ。繁殖にも有利だし」
    「生きていくために必死なんすね、お魚も。その命を僕たちはいただいて生きているわけなんすから、そこはやっぱり命に責任を持たないと、ってまあ、いつも思っていることなんすけど」
    「てめェの責任は人間の範疇も超えるわけか」
    「そりゃあ、僕たちはたまたま人間だっただけの生き物であって、世の中人間以外の生命のほうが多いんすから。人間のことだって、自分と、自分にかかわってくれたひとのことしか知らないっすけど……」
    「人類すべてを愛するわけには時間もエネルギーも足りないから、出会えた運命に全力を賭したい」
    「うん?」
    「好きな奴には、大事な奴には、元気に生きて、笑っててほしいよ。せっかく人間に生まれたんだから」
    「……そっすね」
     燐音くんはもう一度、無数の魚が泳ぐ水槽を見上げた。ここが海の底だとすれば、上から光が降り注いでいて美しい。泥の中でも、海の底でも、落とし穴の中でも、燐音くんは笑っていられるのかもしれない。もちろん、その笑顔はもしかしたら我慢の結果なのかもしれない。本当は海の底で、水に溶け込んで見えないだけで涙を浮かべていることもあったのかもしれない。だけど、そこで笑うと決めたのが燐音くんの意志であり選択だとしたら、僕は燐音くんの意志を否定する気はない。
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