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    800字朝菊 2日目

     食器の擦れる音、ピッチャーからビールがジョッキに注がれる音、話し声、笑い声そのほかいろんなものが混ぜこぜになり、さらにアルコールもほどよく回って、明るい雰囲気が渦を巻くような空間で、大勢で飲んでいた。誰かがこぼしたのか、それとも元々の匂いなのか、ビールの匂いが部屋にはしみこんでいる。畳貼りの空間で、普段はパーテーションを使って区切る空間なのだろうが、一帯を貸し切りにしているため仕切りはなく、遠くの方までテーブルが続いていた。食べ物や飲み物が雑多に置かれ、時折グラスを持った学生が移動しながら、各所でわいわいとやっている。
     隣のゼミ室との合同飲み会は、全員で五十人近くに膨れていた。中には全く関係がなく、「目当ての学生が出席するから」という理由で意気揚々と酒を傾けている者もおり、節操のない会になっている。簡単な自己紹介のあと、僕はトイレに立ったタイミングで三年生の集団の近くに座らざるを得ず「おい、飲みなさい」と軽い圧力を駆けられながらも、上級生と談笑していた。目の前にはカークランドさんがいて、留学生だというのに流暢な日本語を操る彼を、狙っているのだろう女の先輩が隣にいた。その反対側には、静かに酒を進めていく本田さんだ。彼は院生で、こんな場に来るタイプではないのに今回はきちんと出席している。同級生の女子が色めき立ち「本田先輩が来るなら行かなきゃ」と出席名簿に我先にと丸印を付けていたことを思い出す。
     モテるのだろうなあ、とテーブルを隔てて向かい側に座るカークランドさんと本田さんを見る。仲睦まじくしゃべる二人は、その両脇に「今か」「いや、今だ」と話に入るきっかけを狙う女性陣がいることにまったく気づいていない。
    「なあ、これうまかったよ」
    「えっ、僕ですか」
    「ほかに誰がいるんだよ。ほら、食え。酒ばっか飲んでると酔っぱらうぞ」
     カークランドさんは僕の皿をひょいと取り、さっさと取り分けていく。「女子力が高い」と呟けば、本田さんがカラカラと笑った。陽気な表情は滅多にみられるものではなく、僕の隣にいた同期が「うわあ」と感嘆の声を漏らした。彼女は、どうやら本田さんに憧れる一人らしい。
     あれ、と気づいたのは、本田さんの飲むペースが異様に早いことだ。表情には微塵もないが、よく笑いよく飲む。普段の落ち着いた雰囲気とは異なり、それは実に好印象ではあるものの、ある時を境にぷつりと電源を落としたかのように、静かになった。
    「おい、おーい。菊」
     カークランドさんは話をやめ、手にしたビールジョッキをテーブルに置く。そのまま黙った本田さんの肩を少し揺さぶったが、大げさに本田さんはぐらりと揺れた。
     え、とその場に一瞬の沈黙が流れるが、次にどっと笑い声がテーブル向こうから起こり、飲み会の喧噪に静かな空気は一瞬でかき混ぜられていく。本田さんはバランスを崩し、黒い瞳を固く閉じ、僕の方からは見えなくなった。つまり、テーブルの下に身体を倒してしまい、カークランドさんの膝に頭を乗せる姿勢になる。形の良い耳朶だけが、テーブルから覗いていた。
    「あ、寝ちゃった」僕が言う。
    「大丈夫かな。タクシー呼びましょうか?」僕の隣の同期が言う。
    「カークランドくん、大丈夫? 何もこぼしてない?」カークランドさんの隣の先輩が訊ねた。
    「こいつ、いつもこうなんだよ。酔っぱらったらすぐに人を枕にして寝始めて」
    「いつも?」
    「うん。家で飲んだりしたら、抱き枕にされて朝まで過ごしたこともある」
    「それはなんというか」
     非常に仲が良い。
    「でも大丈夫、少し寝たら嘘みたいに復活するから。な、菊」
     カークランドさんは手慣れた様子で、本田さんの額を撫でて乱れた髪を直してやり、それからジョッキを掴んで一口飲んだ。その場がしん、とする。
    「へえ。仲良いですよね、二人って」
    「そうか? 普通だろ」
    「普通かなあ」
     頬を掻きながらそう答えるが、カークランドさんがいっそう愛おしそうな眼差しを膝で眠る本田さんに向けるものだから、僕はそれ以上何も言えなくなる。ていうか、二人は学部生と院生とで分かれてもいるのに、自宅で一緒に過ごすほど仲がいいのか。
     考えることをやめ、僕もジョッキを掴む。ビールを喉に流し込むと、気泡がぱちぱちと弾ける心地がし、喉元がすうっと冷たくなった。普通かなあ。そればかりが気になる。
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    gmksk

    MOURNINGクリスマスイベント用の漫画を小説にしました。言い訳でございます。どっちが得意とかそういうのより、私は絵を描けないということがはっきりしました。イベントはとても楽しかったしみなさんの朝菊は最高にエモかったです。
     小説すら、間に合わない。もういい、適当に書こう。アーサー・カークランドはその日、なんやかんやあってファストフード店に入った。クリスマス限定アルバイトとしてさんざんホールケーキを売り、着ぐるみを着用しアーケードの通行人にキャンペーングッズを配り、時折上司にあたる製菓店員に叱られながら、なんとか終業を迎えたころだ。クリスマスイブに当たる二十四日である今日は、どこも飲食店には客がひしめき合い、行列は店の外まで飛び出している。
     一緒にアルバイトをこなしていた、本田菊はとある店を指さした。「あそこなら、空いてるんじゃないんですか」と物静かな視線が店の明かりに向かう。そこが、ファストフード店だ。牛丼と呼ばれるこの国の人気料理を取り扱う店で、明らかに一人客が多く、やはり普段よりは混雑しているものの、滞在時間が短く回転が速い。よし、ここで、とどこでもいいから休みたい学生の二人は、慌てて店内へと入った。
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    gmksk

    TRAINING朝菊 13 妖精さん
     今朝、見つけた四つ葉のクローバーを頭に乗せると、彼は黒くて丸い瞳をきらめかせてわたしを見た。滑らかな黒髪の上にあるクローバーは今にも滑り落ちそうで、羽根を使って宙に浮き、茎を必死に両手で押さえる。「ああ」と優し気な声がして、瞳の縁から放射線状に生えた繊細なまつ毛が揺れた。
    「これ、頭に乗せるとあなた方を拝見できるのですか?」
    「そういうこと。ちょっと、ニホン。これ持っててちょうだい。離れたら見えなくなるのよ」
    「では、私に何か用でもあるのでしょうか」
     あるわ、と自分の口から言葉が飛び出したものの、その尖った響きに我ながらびっくりする。想像以上に、わたしはこの男に嫉妬心を抱いているらしい。
     日本がロンドンへとやってきたのは、昨晩のことだ。イギリスは今日どうしても外せない用事があって、早朝、庭にやってきてわたし達に挨拶と優しいキスを送ったあと、そのまま出かけてしまった。「じゃあニホンは一人で家の中にいるのね」と、わたしはそのままマナーハウス近くに流れる小さな川に行く。小一時間ほど飛び回り、探し出したクローバーを、ブランチを食べるためにテラスへとやってきた日本の頭に乗せた。よく知られてはいることだが、わたし達ピクシー妖精は人間の目には見えない。――イギリスとはしっかりと目が合い、彼はわたし達をひとしく認めてひとしく愛してくれるのだけど、「国の化身だから」という理由ではないらしい。日本には、数百年も前からずっとわたし達の姿は見えなかった。
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    gmksk

    TRAININGほぼ日朝菊 12
     果てしなく長い間この世を彷徨っていると、ふと「この感情は何だったか」と立ち止ることがある。数百年ほど拗らせた恋人との付き合いも、突然我に返ることがある。「今一緒にいなくても、まだまだこの先はずっと続く。別に、必死にならなくても良いのではないか」と思うものの、結局は彼をここに呼び寄せ、短い休暇を共に過ごしているのだからいよいよ自分が分からない。ぼうっとしながら、昨晩遅くまで起きていたために未だ布団に体を横たえている国の化身を想像した。手元には冷えて硬くなった鶏肉がある。醤油ベースのタレが付いており、ところどころ黒い焦げ跡が見えるので「炭火焼き」は実際本当なのだろう。
     昨日の夜、仕事終わりにコンビニへと立ち寄った。その日、イギリスがやってくることをすっかり忘れていたために、自分だけの夕食に缶ビールとカップに入ったサラダ、レジ横のスナックケースから焼き鳥を購入し、帰路を辿っている。しばらく住宅街を歩き、着いた自宅には明かりが点いていた。アポイントなく訪れる大国の化身を想像したり、もしかすると先ほど別れた部下がなぜだか日本宅へと先回りしており、「あ、日本さん」とこちらを見る姿を思い浮かべた。引き戸を開くと途端に辺りの寒々しい風が遮断され、遠くの方にオレンジ色の光が見える。沓脱に目をやると、見慣れた革靴がきちんと揃えて置かれていた。「あっ」
    1880

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    DONEアイスクリームパレット:ラムレーズン(淡い思い出 / 異物 / 背伸びをする)
    あの日、大人になりたかったから部屋に備え付けの戸棚の引き出しを開けると、救急セットや常備薬に混ざって、奥の方。それだけぽつんと異物みたいに、封を切った煙草の箱がコロンと置いてあって、俺は、こんなとこにあったんだなと苦笑した。以前は鞄の奥底に仕舞い込んでいたが、うっかり見つかったらヤバいかも、とさすがに持ち歩かなくなった。それを持っていてもいい年になった今、懐かしい気持ちで俺はそれを見つめ、手に取った。中身はすっかり湿気って、きっともう吸えないだろうけど。
    買ったのは18歳の終わり。勇気を出して封を切ったのは19歳の時。煙草を吸うという行為は、それまでいわゆる悪いことをしようと思ったことのなかった俺に、後ろめたい、という感情を思い知らせた。誰にも見つからないように。部屋のベランダで隠れるように身を潜めて深夜、そっと火をつけた。ファットガムが吸うのを見てると、簡単に付く火がなかなかつかなくて――吸わないと付かないということを知ったのはそれからだいぶ後だった――何度も100円ライターを擦って、やっと煙が緩く経ち上ったときにはホッとした。けど、一気に吸い込んで咽て、俺の煙草デビューは三口吸って終わり。口の中に広がる味が苦くて、胸のあたりがむかむかして、最悪な気分。それに、吸ったらもしかして自分も少しは大人になれんじゃねえかなって期待もむなしく、吸ったところで俺は何も変わらなかった。いくら背伸びしたところでファットガムみたいに、なれるわけもなかった。同じ銘柄の煙草の香りのおかげで、ほんの少し、纏う匂いが彼と同じになっただけで。
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