耳元で荒い吐息が聞こえる。汗ばんだ身体が離れていき、ようやく下半身の圧迫感と襲い掛かるような快感が引いていった。皺が寄っているものの、洗濯したばかりのベッドシーツにはところどころ汗や精液が滲み、斑模様を作っている。「また、洗わないとなあ」と考えながら、避妊具を引き抜きティッシュに包んで入れるアーサーを見上げた。頬が赤らんでおり、最近手入れをしていないのか、長めの金の前髪は汗で額に張り付いている。
この男とひとたび身体を重ねると、比喩ではなく、死にそうなほど抱きつぶされる。途中、もう限界だと懇願しても行為は止まらない。年齢の差があるのももちろんだが、彼曰く「やめてって言う割には、すごく良さそうな顔してる」のだそうだ。どこが? 震える指先をどうにかベッドから持ち上げ、自らの頬や鼻に触れてみるが、どんな表情を浮かべているのか全く自覚がない。
「大丈夫? 水、持ってこようか」
「はい。あ、氷は」
「入れなくていい? オーケー」
両足や下腹部に力は入らない。天井を見上げていると、どくどくと本田の心臓は鼓動を早くした。思い出したように薄暗いアーサーの部屋の状況が視界に映り、そこでようやく、これまで行為だけに没頭していたことに気付く。下半身に不快感があり、そう思っているうちにキッチンへと消えた彼が戻ってきて、水で満たされたグラスを差し出された。肩に手を回し、甲斐甲斐しくアーサーは本田の上半身を起こす。見れば、下腹部にどちらのものか判別できない白濁が散っていた。途端に恥ずかしくなり、ティッシュボックスに手を伸ばす。
「もう少し、手加減していただかないと」
あなたよりも私は年を重ねすぎている。そう言えばアーサーは「五歳くらい変わらないって」と何食わぬ顔で返事をした。ペットボトルの清涼飲料をごくごくと飲み干していく。
「心臓がどこかに行ってしまいそうになるんですよ」
「へえ。心臓が」
「いつか死んじゃうかもしれません」
「それは、良すぎてってことか」
そうかそうか、とアーサーはベッド端に座る本田の隣に腰かけて、顔を覗き込んだ。熱に浮かされた直後のアーサーの表情は、真夜中に花弁を開き色濃い匂いを発する花のような、強烈な色気がある。「ねえ」とその本田の一等好む余裕の笑みを浮かべ、アーサーは本田に手を伸ばす。
「左手を貸して」
「左手?」
「そう。左手の薬指ってさ、心臓と繋がってるんだって」
言いながら、アーサーは本田の手を自らの口元に持っていき、上下の唇で薬指を食んだ。次第に歯を立て、皮膚がつきりと痛み始める。「いたた」と本田が慌てると「ここ。心臓と一本の血管で繋がってるって言われれてるの知ってる?」と笑いながら訊ねてくる。
「それは知らなかった。ああ、だから」
「そう。結婚指輪を左手の薬指に嵌めるのは、あなたの心臓を守りますって意味」
「諸説あり」
「そういうことだ」
アーサーがようやく本田の左手を解放した。彼の歯形が第三関節の上方にはっきりと付いている。赤く小さな痣になったようだ。
「セックスで死にそうになるんなら、指輪でも嵌めて守ってやろうか? もっと楽しみたいだろ?」
「うーん、今のところ死ぬまではあなたと一緒にいたいと思っていますが、腹上死は趣味じゃないので、もっとこう優しく」
はぐらかすよな、とアーサーは口を尖らせる。「素直に指輪を付けてくれたらいいのに」と拗ねる年下の彼を、愛おしく思わないはずがない。ため息を吐き、唾液の付いた薬指をじっと見つめ、それでも与えられた赤い歯型に本田は笑った。唇を寄せ、キスを送る。