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    BMB_hatomaru

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    BMB_hatomaru

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    同居している大人譲テツ(設定は不明)、譲介がプロポーズする話です。

    #譲テツ

    「結婚しませんか」和久井譲介にも、素朴な寂しさに動かされることがある。
    その日譲介は、ダイニングテーブルに肘をつきながら、ぼんやりしていた。
    ソファにもたれて、背を丸くして座っているだけだ。
    金色のふさふさした長い前髪は、顔の右半分を隠している。
    露出している左側には、印象的な瞳。切れ長な眼窩の中に、磨いたガラスのような結膜と青みがかった黒い丸い虹彩がある。
    その目で譲介は、ただただ見ていただけだ。
    同居人である真田徹郎の、コーヒーカップの端だの、徹郎の指だのを。
    譲介にとって徹郎は親のようなもの、彼はもう空気みたいなものである。
    だが、親ではない。同居人である。契約も約束も、徹郎と譲介の間にはない。
    ただ一緒にいるだけだ。空気のように重さを感じさせず傍にいられるというのは、今までは難しかったことなので、そこは変化であるが。
    この関係性を『同居人』以外に、名前がつけられるだろうか。
    …ふと、譲介は思ったのだ。自分の生活の中の、ごく当たり前の距離に徹郎がいる、この関係性ってなに、と。
    関係性に名をつけてなんになる。
    …と頭では思いながら、しかしなんだか、胸のうちがしまるような素朴な寂しさがあった。
    生い立ち的に、譲介は寂しさに敏感で、寂しさを憎んでいるようなところがあるのだけれど、そこまで強烈な感情ではない。
    譲介に生じたのは、『手が届きそう。でも、どうだろう。胸の奥が少しだけ切なさがあるけれど、どう転がったって大丈夫で僕は不幸にはならないのだ』、みたいな、『安心感のある寂しさ』である。
    そんな寂しさが、譲介の口をついた。
    「徹郎さん、結婚しませんか」

    真田徹郎は大人を何十年もやっている。
    大人というのは実は子供の延長であって、子供と変わらず夢も希望も執着もわがままも持ち続けているのだけれど、下手に露呈しなくなる。そういうものだ。
    そんな『大人』を何十年もやっているから、徹郎は内側に子供の面を隠して外側に下手に出さないのがうまい。少なくとも徹郎自身はそういう『大人具合』が板についていると思っている。
    欲を出してはいけないのではなくて、うまく出さなくてはならない。そんな演出というか、駆け引きができるのが、大人なのである。
    徹郎は内側に、家族とか子供というものにどうしようもなく惹かれる部分を持っているが、それは表に出さない。出すとしたら、露悪的に出す。
    徹郎が惹かれるものを、徹郎は掴んではならない。そう思っているから、露悪的である。つまり、自分に近寄る無垢なものには怖い顔をして、あえて遠ざける。それが『徹郎の大人像』というもので、そこからはみ出さないでいると、徹郎は徹郎の思う徹郎の道を行けた。
    徹郎は怖い男だったから、無垢なものは近寄らない。そうして、徹郎は自身が抱く徹郎像を、守っている。逆というと、無垢なものが徹郎に怯えず近寄ってくることは考えていなかった。
    徹郎に怖いものはない。
    怖いのではなく、考えたことがないものとして『見返りを期待しない好意』がある。そうした気持ちを考えたことがないから、そうしたものが自分に向けられたとき、どうしたものか、想定できない。子供好きであり家族愛を信じている徹郎としては、そういう純粋で温かい気持ちがあること自体は信じている。しかしそれは、他人と他人を結びつける感情であって、自分には向けられないし自分も向けることはない。そう思っている。
    そんな徹郎には、一回り以上年下の同居人がいる。
    和久井譲介。
    徹郎にとって、自分の子供のような年齢であるが、子供ではない。同居人である。
    面白いと思って拾い、ともに暮らした。拾ったときは、文字通り子供だったが、年月が経った今は成人である。
    共に生活していて、苦がないから一緒にいる。一緒にいなかった時期も長かったが、一緒になってからも長い。要は、離れても絆が切れないし長く一緒にいてストレスがたまらない。譲介は徹郎にとってそういう男なのだ。
    以前の譲介は、大きな寂しさで押しつぶされそうになっていた。それを跳ね返すためか、いつも目をギラギラさせて徹郎を見ていた。
    最近の譲介は、ほんのり寂しそうなところもあるが、その寂しさを飼いならしているようである。ほんの少し物欲しそうな、切なさを少し混じているけれど、穏やかな目つきをしている。
    そんな譲介は、突然言った。『今日は雨ですね』みたいな、軽い口調で。
    「徹郎さん、結婚しませんか」

    譲介は自分の唇をついて出た声を、耳で拾って、ようやく自分が口にした言葉の意味に気が付いた。一度出た言葉はもう消せない。
    ええっと自分で自分に驚き、口を手に当てる。ソファから腰を浮かせる。目を丸くして、徹郎を見る。
    「ああ、あの。徹郎さん。あの、僕は」
    頬から額にかけて、熱がこもった。
    徹郎はその黒い瞳で、変わった生き物でも見るかのようにぽかんと譲介を見下ろしている。
    返事はない、ただぽかんと。
    …そんな徹郎を見ていて、譲介は腹が立った。
    「て、徹郎さん。僕は本気ですよ」
    「本気なのかよ」
    「本気ですよ、大真面目です。僕が冗談を言う人間だとでも?」
    「いやあ、そうじゃなくて…おめえ、本気なのかよ」
    徹郎は目を剥いている。その白い肌は青ざめている。強い驚きを受けたようだった。
    その引きつったような表情に、譲介の熱くなった胸に鋭い冷気が走る。徹郎は引いている、そう思った。
    譲介はソファに座り、姿勢を正し、視線を机の端に投げる。
    「ごめんなさい。あなたを困らせるつもりでは…」
    「違う、本気かと聞いているんだよ」
    そっぽを向いた譲介の視線を拾うように、徹郎は譲介の目を追いかける。
    譲介はしょぼんと顔を上げる。徹郎の黒い目は、譲介を見放さない。
    「…。徹郎さん。あの」
    「…。譲介」
    徹郎は眉間に皺を刻む。
    「何故今そんなことを」
    「何故って」
    譲介はコーヒーカップを両手で挟み、水面を見る。
    「今、したいと思ったからですね」
    譲介は徹郎を見上げる。
    「徹郎さんと、結婚を」
    譲介の青い目に、曇りはない。衒いのない瞳に射抜かれ、徹郎の頬にほんのり赤みが差す。
    「…。…。本気、か?」
    「本気です」
    「おめえ…なんでオレだよ」
    「なんででしょうね。僕は今すごく幸せを感じているんですよね。毎日穏やかで。こんな日々って、僕達の間にあったかな」
    譲介は腕を組む。その口調は落ち着いている。
    「まあ、穏やかじゃなくて、険しい日常でも」
    譲介は徹郎をじっと見る。
    「あなたと過ごす日が僕は好きで、宝物だと感じているんでしょうね。そういうのを、こう」
    片手をあげて、ぐっと握る。
    「『結婚』って絆で、もっと強固にしたいんだと思います。今はほけほけ安穏に暮らしているので、口がゆるんで本音が出ちゃったんですね」
    譲介は目を細め口を開けて笑う。

    徹郎はため息をつく。
    「おめえ…」
    屈託なく笑う譲介に、徹郎はジト目を向ける。
    「オレが嫌だと言ったらどうするんだ」
    譲介はびくりと身体を固める。しかし、すぐに笑顔になる。
    「徹郎さん、嫌なんですか?」
    「え…?」
    返ってきた問いかけに、徹郎の方が身体を固める羽目になった。そんなことは考えたことがない。徹郎は、『結婚しよう』などとは絶対に言われない男。それが徹郎の考える徹郎だから。
    譲介は徹郎を柔らかな表情で見ている。その視線がなにか気恥ずかしくなって、徹郎はうつむいて頭を押さえる。
    「結婚って…考えたことねえよ」
    「え、それって拒否ってことですか?」
    譲介の声に少し悲しみの響きが入っていて、徹郎は顔を上げる。
    「拒否とは言ってねえ」
    「ですよね。徹郎さんは断らないと思ってます」
    譲介は堂々と言い放った。徹郎は譲介の態度に目を剥く。見透かしたようなその顔、悪くはないが、驚きはする。
    「オレにも権利はあるだろ」
    「誤解しないでください、断っても構わないんですよ。ただ、断らないと思っているだけです、僕が」
    「だから。断ったらどうするんだよ、お前は」
    譲介はふっと笑う。
    「断られたら…少し傷つくかもしれません。でも僕は、寂しさには慣れているので、本当に少し傷つくだけかな」
    譲介は苦笑いする。
    「でもそれがあなたの真の望みなら、本当にそれでいいんです。あなたがどう思っていても、僕はあなたと過ごす時間が何よりも尊い。それだけで、なんだか満たされますので。『徹郎さんと結婚出来たらもっと幸せだな』、ふとそう思っちゃったんですよね」
    徹郎はため息をつく。
    「おめえ…変わったな。子供の頃のおめえなら『結婚しろ』って血眼で迫ってきたぜ」
    「そっちがお望みなら今からでもそうしますけど。できますよ」
    「望んでねえ、一切望んでねえよ!ただ…譲介。おめえ、強えな」
    徹郎は譲介の横でソファに身体を沈ませ、頭を抱える。
    「結婚なんかに縁がねえからわからねえが。普通、『結婚』って、もっとこう…重みを持った言葉じゃないか?一生の話だぜ?」
    徹郎にならい、譲介も深くソファにもたれる。
    「『普通』はそうでしょうし、僕もさっきまではそう思っていました。でもなんか…言いたくなっちゃったんですよ。なんですかね、空気のせいですよね」
    「あるんだかないんだか、わかんねえもののせいにするんじゃねえ」
    「空気のせいじゃないなら、僕と徹郎さんのせいだ」
    「オレは関係ねえよ、お前のせいだ」
    「いや、僕をこんな気持ちにさせたのは、徹郎さんですよ」
    徹郎の右手の背側と、譲介の左手の背側がくっつく。譲介の手の温度が、甲を通して伝わってくる。譲介の手は徹郎の手に重なり、指の間にそっと指を入れる。徹郎は、拒まない。横眼で譲介を見ると、頬にほんのり赤みが差している。
    「ねえ、徹郎さん」
    譲介の指は、徹郎の指に絡む。
    「結婚しましょうよ。僕はいい男ですよ。なんせあなたに似ている」
    「なんだそのふざけた口説きは」
    「なんでしょうね。自分でもわかりません。でも、大真面目ですよ、僕は。あなたの一番近くにいたいだけだし、あなたの世話を焼きたいだけっす」
    徹郎は譲介の頭に、頭をこつんとつける。
    「おめえは若くて先があるのに、何言ってんだよ」
    「僕も年を取りますよ。それに、あなたのいない『先』には興味がない」
    「譲介、お前本当…」
    徹郎は譲介を見る。徹郎の瞳は揺れている。今までの自分が崩壊しそうだったから。譲介という人物をよく知っているだけに、裏がある申し出ではないとわかっているから。
    譲介も徹郎を見る。譲介の瞳も揺れている。拒まれたとしても徹郎への気持ちは変わらない自信はあったが、態度ほど気持ちは強くなくて、拒まれる寂しさに怯えているから。
    「いいのかよ、人生を棒に」
    「結婚するんですか、しないんですか」
    二人の声が重なる。
    譲介は顔を真っ赤にして叫んでいた。
    徹郎は顔を真っ赤にしてうなずき、小声で「する」と答えた。
    (完)

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