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    chikokabe

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    chikokabe

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    以前書いた常#工♪CDを前提とした桐刑の、きりおさ側のお話し(一気読みver.)

    前回以上に書きたいように書いたので、本当に何でも許せる方のみでお願いします…!
    (重要:現実の催し物とは一切関係ありません)

    とあるKの悲喜劇 anotherK 十月下旬の土曜今日。
     見上げた空模様も天気予報もツーリングするのに申し分ない秋空の下、桐ケ谷に追走する形でバイクを走らせている。交通量も予想していたよりも多くなく、これなら昼前には目的地に着きそうだ。目の前の桐ケ谷が寄り道をしなければ、の話だが。週末、横浜へ向かうときもSAなどに寄っては榛名や赤羽たちへと称して土産を買うことが多いのだ目の前の男は。
     しかし今日の目的地は横浜ではない。いつもはまっすぐ通り過ぎる首都高の某ジャンクションを使って方向を変え、しばらく川沿いを走ってからまた街中へ入る。オーケストラの活動では来ない地域だから迷うかもしれないと思ったが、ああも大きい建物は見落とそうとしても無理だろう。
     一方通行の多さに閉口しながらも、ナビゲーション通りにバイクを走らせたおかげで予定時間よりも早く俺たちは目的地のサンシャインシティに着くことができた。

    *

     一ノ瀬先生がその話を持ってきたのは、夏休みも終わりの頃だった。
    「朝日奈~、コラボの話が来てるけどどうする~?」
     あまりにもざっくりとした言い方に、我らがコンミスの頭上に幾つものクエスチョンマークが浮かんでいる。偶然ラウンジに居合わせた俺と成宮ですら同じような反応しかできないでいると、一枚のフライヤーを彼女に差し出した。
    「これこれ、池袋のサンシャインシティにあるんだと。俺達の噂を聞いて、コラボしませんかって」
    「ここか……うん、よく聞く施設だから問題はなさそうですね」
     横から彼女の手元を覗き込んだ成宮が大きく頷くと、コンミスの頬が安心したように緩む。成宮の説明によれば、我々をデザイン化したグッズが販売されたりコラボフードなども提供されるらしい。商魂逞しい世の中で結構なことだ。
     スターライトオーケストラはコンミスさえ首を縦に振れば異を唱える者は滅多にいない。一ノ瀬先生もそれがわかっているため、真っ先に声を掛けたのだろう。ともあれ、このような緩さでアミューズメント施設とのコラボレーションが決定した。
     後日、正式にコラボが決定したと発表されたときの南と赤羽のはしゃぎ様はそれはそれは見事なものだったし、その陰で「コラボメニュー……制覇する時間あるかな……」と榛名がボソリと呟いていたがそれを弓原に告げ口するようなことはしなかった。

     とは言っても我々がすることはほとんどなく、次にその話を聞いたのは期間終盤に施設内で開催するコンサートの日程を告げられた時だった。
     意外にも竜崎がやる気を見せていて、聞けば「クラシックを聴いてもらういい機会でもあるし、ひいてはスタオケの集客にも繋がりますからね」とのことだった。ゆえに選曲は竜崎たち星奏学院のメンバーに任せれば、CMでおなじみの曲を中心にまとめられた。確かにこれなら耳を傾ける者も多いだろう。やはり異を唱える者はおらず、粛々と練習を始めた。



     そして今日に至る。
     ほんの一週間前に内覧会と称してコラボメニューを食する機会があったらしいが、あいにく桐ケ谷は落としていた専科の補講があり俺も家の用事があって立ち会うことは叶わなかった。星奏、シルフそして偶然にも宮崎から来ていた日向南の生徒が参加したらしく、三上からのマインによると榛名が一人で全メニューを制覇したらしい。それなりにメニュー数があったとは思うが……有言実行、立派なことだ。
     ゆえに施設のエントランスをくぐるや否や、真っ先に桐ケ谷が向かったのはコラボフード売り場だった。榛名ほどではないにせよ、桐ケ谷もよく食べる。あいつのアルバイト代の多くはバイクの維持費に消えているが、次に多いのは食費だろう。宮崎に行ったときも美味しいチキン南蛮を探すと息巻いていたのは記憶に新しい。
     桐ケ谷とはぐれたりしないようにしっかりと後を追い、道中の店であれこれ注文すれば俺の両手も桐ケ谷の両手もあっという間にフードで埋まった。土曜日ゆえ園内は人が多く、ぶつかったり落とさないよう慎重にしながら落ち着ける場所を探すと、開けた場所にまるで夏祭りのように簡易なテーブルと椅子があった。そこへ腰を下ろし手にしていたフードを全て並べると、なかなか圧巻だ。
    「これ全部食べたのか、榛名……」
    「まあ俺とお前なら余裕で食えるだろ?いただきまーす」
     我先にと好きなものに手を伸ばした桐ケ谷に続き、俺も割り箸をきれいに割ってから一皿手に取る。失礼ながらこういう催事での飲食はあまり期待していなかったが、施設内に元からある店が作っているだけあって箸が進む。一緒に買っておいた餃子も地元では見られない珍しいのがあって美味しい。
    「う”ぇ”っ!あっま!!」
     それなりに味わいながら食べていると、向かい側でストローを咥えていた桐ヶ谷が声をあげた。青のグラデーションが特徴的なそれは―
    「ああ、そう言えば九条が言ってたな。『よく混ぜないと最後がすごく甘いです』って」
    「先に言えよ」
    「お前が勝手に飲んだんだろ?」
     ピシャリ、と言いきるとさすがに分が悪いと思ったらしく無言でぐるぐるとストローでかき回し始める。スタオケにいるときは兄貴風を吹かすことが多い桐ケ谷が、俺の前では年相応の姿を見せるのが何よりも心を満たしてくれた。

     腹も心も満たされたところで、園内を今度はゆっくりと見て回ることにする。昭和の街並みを再現した建物は物珍しく、特に場末のスナックなんて映画でしか見たことがない。かと思えば妖精が現れそうなファンタジックな区画や、一転、ホラー映画さながらの区画もありなかなかに面白い。『ただ歩くだけじゃつまんねーだろ?』という桐ケ谷の一存で参加したアトラクションで貸し出された機器を片手に回れば、時間はあっという間に過ぎてゆく。すべてのミッションをクリアすることができず悔しそうにしている桐ケ谷の姿をカメラに収めることもできた。これは後日三上たちに見せる用だ。
     機器を返却し退園時間までまだ時間があるな、と腕時計を確認していると「わりぃ、土産買いに行ってくる」と声がかかった。
    「安田たちにか?」
    「おう、それと一応おふくろにもな。個人的に欲しいモンあるし」
    「充分楽しめたし、ちょうど進行方向でもあるから問題ないよ」
     そう返事をすると一応それなりに時間を気にしているのか桐ケ谷は小走りで売店へと向かう。俺も祖父宅へ何か買っていこうか、等と考えながらゆっくり足を進めるとすでにいくつか商品を入れたカゴを手にした桐ケ谷が売り場の一角を見て呆然と立っていた。
    「どうした、晃」
    「……売り切れ、だと……?」
     答えになっているようななっていないような声を聴きながらその視線の先を見ると、デフォルメ化された我々のアクリルキーホルダーが飾られていた。ネコミミをつけられた姿が、だ。この施設のモチーフに猫が使われているからとは言え、男共のネコミミに需要はあるのだろうか?そう疑問に思っていたが、意外や意外、ところどころ空になっていて【入荷までしばらくお待ちください】と書かれた札が見えた。
    「すみません、初日辺りはお求めになる方が多くて……」
     たまたま近くで品出しを行っていた店員と思しき女性が俺たちの会話を聞き、申し訳なさそうに頭を下げた。こればかりは流石に誰かを責めることはできず「ありがとうございます」と愛想よく返事をすると、未だ呆然としている桐ケ谷の肩を少し強めに叩いた。
    「ってえ!」
    「いつまでも突っ立っていると営業妨害になるぞ」
     顎でその視線を促せば、女性二人組がこちらを見てひそひそと話している姿に桐ケ谷も気づく。一八〇センチ越えのヤンキーとそれよりも大きい俺がいてはさぞかし寄り難いに違いない。
     大げさなくらい大きく肩を落としながらレジへと向かうその後姿を見て、はたと思い付く。コラボ期間終盤にコンサートで訪れるタイミングに合わせて、篠森先生経由でひとつぐらい取り置きを頼めないだろうか、と。しかし肝心な欲しいものを聞いていないことに今気づき声を掛けようとしたそのとき、ポケットの中のスマートフォンが鳴る。
     わざわざ電話を掛けてくるのは山浦ぐらいだが、今日は桐ケ谷と過ごすからあまり電話しないようにと釘を刺して出かけてきた。なのに掛かってくるとはもしや家で何か、と思い売り場の外に出てからスマホを取り出すとディスプレイに『非通知』の文字。キナ臭さしか感じないが留守電設定を忘れていたため一向に止まる気配がなく、仕方なく着信を押した。
    「―もしもし」
    『やっと出ててくれたねぇ刑部クン。ボクだよボク、わかるよね?』
    「……玄川……」
     小物が大物ぶるときの尊大な喋り方をするのは最近では奴しかいない。あの時きつめの灸を据えたつもりだが足りなかったのだろう、桐ケ谷の言葉を無視してもうしばらく殴っておくべきだった。
    『ご名答。この前はずいぶんなことをしてくれたねぇ、おかげで優秀な警察官がひとり辞める羽目になったよ、残念だ』
    「……御子息のために、ひとりの人生を潰すことに躊躇いがないお父様をお持ちでなによりです」
     志を持って警察への道へ進んだのに、馬鹿一人のせいで人生を歪められた者のことを思うと刺々しい言葉になってしまうのも仕方ない。しかし玄川はそれを『フンッ』と鼻で一笑し、相変わらずのトーンで喋り続ける。
    「そんなことはどうでもいい。ところで最近面白い話を聞きつけたけど、気にならないかい?」
     もったいぶった言い方ではあるが、要は呼び出しだ。心当たりは全くないし、せっかくの桐ケ谷との休日を邪魔される筋合いも全くないので、電話の向こうに聞こえるようわざと大きく息を吐くと簡潔に答える。
    「お断りします」
    「君たちのオーケストラに関することなのに?」
     間髪入れずに返ってきた言葉に、右の眉がぴくりと動く。
    「どういう事だ」
    「今日の十六時ちょうどに前回と同じ場所で待ってるよ。ああ、桐ケ谷も一緒に来るといい」
     瞬間、二人で行動していることを見張られているのか、と視線だけで周囲を見回すがその気配は感じられない。単に前回の憂さ晴らしをまとめて行うつもりなのだろう。
    「じゃあね、鬼龍会の跡継ぎクン」
     人を苛立たせる一言を最後に通話は一方的に切られてしまう。引きつるこめかみを指で押さえていると、ロゴの入った袋を片手に桐ケ谷が近付いていた。
    「どした?山浦センセからか?」
    「…いや、」
     言いかけて、ふと口を閉じる。玄川の目的があのときの憂さ晴らしならば俺だけで充分だろう、桐ケ谷を巻き込む必要はない。しかし言い淀んだことが逆に桐ケ谷の気を引いたらしく、先程まで落ち込んでいた顔に、好戦的な笑みが戻ってきた。
    「隠し事はなしだぜ、斉士?」

     結局求められるままに全てを話せば桐ケ谷の笑みは更に深くなり、その双眸はすうっと細められていく。
    「上等。んじゃ出向くとしますか」
     退園時間も差し迫っていたため後ろ髪を引かれる思いもなく、再びバイクに跨ると朝来た道を戻っていく。指定された時刻まで余裕があるわけではないが、前を行く桐ケ谷はことさらきっちりと制限速度を遵守している。その意図をわかっていたので特に焦りもせずにあとに続けば、三〇分遅れであのゲームセンターに辿り着いた。
     バイクを並べて停め、フルフェイスを被ったまま歩き出すと隣からコツン、と叩かれた。
    「バーカ、今日はツラ出してていーんだよ」
    「…そうだったな」
     クセとは恐ろしいもので、言われるまで無意識でやっていたようだ。改めてヘルメットを外し眼鏡をかけ、桐ケ谷と肩を並べて中へと入った。
     あれから他の不良共にも目を付けられたのか以前よりも廃墟感が増した建物内を進み、建付けの悪い扉を桐ケ谷が力任せに蹴れば中へと倒れ埃が舞い上がった。
    「相変わらずしけた場所だな」
    「ここは埃が多いから鼠がたむろするには最適なんだろう」
     急に声を大きくした桐ケ谷の意図をくみ取り皮肉交じりに答えると目の前の空気がひくり、と動いた。それに気づかないふりをしてガラスやブロック片を避けながら足を進めると、さらに空気が大きく動いた。
    「やあやあお二人さん、元気だったかい?」
     仰々しい動きに反吐が出そうになるのを堪え、にっこりと貼り付けた笑みを見せながら口を開いた。
    「そういう玄川さんこそ、あのときはどうやって手錠を外されたんですか?」
     先程の電話で知らされてはいたが、彼にとっては蒸し返したくない過去らしく「フンッ」と鼻を鳴らして話題を逸らそうとする。
    「そんなことを言っていられるのも今のうちだ。君たち、面白いことをしてるそうじゃないか」
     その言葉をきっかけに側に控えていたSPが俺達に見せてきたタブレットにはコラボサイトが表示されている。ようやく、ここからが本題だ。
     電話で匂わされていたので取り乱しはしなかったが、大まかにしか伝えていない桐ケ谷が「あぁ?」と声を上げる。その反応がおかしいのか妄言はますますヒートアップするが、あまりに幼稚な内容に俺も桐ケ谷も冷静さを取り戻しツッコミをいれる余裕までできた。
    しかし、この言葉は聞き流すことができなかった。
    「それに、キミの出自を施設に教えてあげようと思っているんだ、もちろん、一般市民としての善意でね」
     ここでもまた俺の出自が足枷となる事実を突きつけられ、身体中の血の気が冷えていくのがわかる。それを悟られぬようありったけの力で拳を握り込めば爪が手のひらに食い込んで、正気を保つことができた。
    「でもボクは鬼じゃないからね。今まで非礼も含めて、この場で並んで土下座してくれれば考えないこともないよ」
     彼のプライドのためのパフォーマンスを要求され「下衆が」と自然と口から零れたその時、隣の空気が揺れた。桐ケ谷がほんの一瞬、こちらに視線を寄越す。そして床を睨みながら腰をおろし―。

     桐ケ谷の右手が床に転がっていた小石を素早く摑み上げ前方に投げつけたのを合図に、一気に間合いを詰めて玄川の腹部に拳を埋める。そして前に倒れかけたその身を後ろから羽交い締めにし、ジャケットから取り出したバイクの鍵をその首筋にぴたりと当てればこちらの思惑通りに刃物と勘違いしてくれて「ぎゃあ」と聞くに堪えない悲鳴が聞こえた。
    「僅かでも動いたらお前たちのボスが傷物になる、いいな」
     危害を加える意志をはっきり示しSPの動きを封じると、さらに鉄パイプを手にした桐ケ谷が前に立ってくれたおかげで一層安全にことを進められそうだ。首筋に当てた鍵はそのままに、ゆっくり、はっきりと口を開く。
    「さて。改めてお久しぶりです玄川さん、お元気そうで何よりです。あれだけの失態を見せ付けておきながら諦めないその姿、少年漫画でしたら立派な主人公そのものです。しかし」
     ゆっくりと鍵で首筋をなぞり上げると、情けない悲鳴が間近に聞こえた。耳障りなそれはあとで潰すことにする。その前にやるべきことは、玄川への制裁だ。耳に、目尻に、喉に鍵を押し当て、腕は強く捻り上げる。選択肢を示したあと腕に力を抜くと、支えを失った身体が無様に膝から崩れ落ちる。ヒュウヒュウと呼吸する音がまだ聞こえるあたり、気を失うことはなかったのだろう。しぶとい男だ。
    「貴様ら…!」
     潰れかけた喉がなんとか声を発するが、それに気付いた桐ケ谷が倒れた身体のすぐ近くにそれまで振り回していた鉄パイプを突き立てると瞬時に言葉を失う。
    「ハァ?先に仕掛けてきたのはそっちだろーが。正当防衛だぜ、せーとーぼーえ!」
     ニィ、と口の端をあげ完全に馬鹿にした言い方は俺の気持ちも代弁しているようで胸がすく思いだ。
     しかしそれは玄川の怒りの着火剤となってしまったらしく、今日一番の大声でSPに指示を出すとリハでもしたかのような手際の良さでアタッシュケースが運ばれ、ゆっくりと開かれた。
    「これは…?」
    「イベント会場で売っていた刑部、貴様のアクリルキーホルダーだ!」
     まさか過ぎる中身に、「は?」という口の形のまま呆気に取られる。しかし玄川はこれが恐喝の材料になると本気で思っているらしく、床に倒れたまま勝ち誇った顔をしていた。
    「今すぐこのボクに詫びなければ、このグッズを鬼龍会の本部にバラ撒いてや…ぐはっ!」
     しかし、その言葉は突如として途切れる。桐ケ谷の足が、バイクブーツが玄川の脇腹にきれいにめり込んだことが原因だ。一度だけでなく二度三度、同じ箇所を執拗に蹴り続ける姿はまさに怒髪天を衝くと称するにふさわしく惚れ惚れとする姿だ。
    「テメェかオラァ!!ざけんなっ!同担の女子に買われたと思ってたのに、お前が買い占めただと?あ“?」
    「……」
     前言撤回、やはり桐ケ谷は桐ケ谷だった。あの時買おうとしていたのが俺のグッズだとこのタイミングで知らされ、もはや呆れを通り越して感嘆に近くなる。俺は杯の空気が全部出るほど大きく息を吐き、身をかがめて玄川の横に手をついて―。
    「まったく、鉄パイプの使い方がなってないな晃。これはこう使うもの、だッ!」
     桐ヶ谷が先ほど手放した鉄パイプを手にし、狙いを定めて思い切り振り上げる。しかし普段使っている鉄パイプよりも径が細いために余計な力が入ってしまい、標的の後ろにいたSPの顎を砕いてしまう。
    「珍しいな、お前が見誤るなんて」
    「使いなれてないサイズなんだ、目測を誤った」
     案の定桐ヶ谷から指摘され、思わず肩を竦める。みっともないところを見られたものだ。この不始末をどうにかできるのは、彼らだけ。
    「さあ、楽しいパーティーの再演だ。また、楽しませてくれるんだろ?」
     その言葉を皮切りに動き出したSPたちに、俺は思い切り鉄パイプを振り下ろした。



     前回より一人増えてはいたが所詮は数の問題だけで、静寂が訪れたときに立っていたのは前回と同じく桐ケ谷と俺だけだった。
    「全く、せっかく晃と二人きりで過ごせると思っていたのに……」
    「おっ、珍しく素直じゃん?」
     思わずこぼれた本音はしっかりと聞かれていたらしい。さすがに居心地が悪くなり動いたせいでずれた眼鏡を直すといった体で顔を隠すと、桐ケ谷が俺の脇腹を肘で小突いてくる。その腕を軽く振り払い、鉄パイプと入れ替わりに落とした鍵を拾い上げた。
    「…たまには、な。さて、帰るとするか」
     もうここには用はない、出入り口に向かって歩きだすが桐ケ谷はその場にしゃがみこんだ。
    「あっ、待って待って!…ああもうめんどくせえ、このままもらっちまうか!」
     背を向けて手を動かしていた次の瞬間、桐ケ谷の手にはあのキーホルダーが入っているアタッシュケースが握られていた。
    「じーさんや山浦センセに渡しても余裕で余るから、部屋に飾らせてもらうか」
    「…は?待て、今何と言った晃」
    「ほーら帰るぜ斉士、競争だ!」
     そう言って猛スピードで走り出した桐ケ谷の背中を、俺は呆然と見送ることしか出来なかった。
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