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    rio_bmb

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    ボツにした文の供養

     モクマがシャワーを浴びて戻ってきた時には、寝室の照明は落とされていた。
     怪盗ほどではないが忍者も夜目が利くのでフットライトのかすかな明りだけでも支障はない。起こさないようにとそっと気配を潜めて自分のベッドに腰掛ける。
     耳をすますと静かな寝息が聞こえた。薄闇の中で目を凝らし、相棒の寝顔をそっと盗み見る。冷たく整った美貌はどこか人形めいていて、しかしその皮膚の下には温かい血が流れていることをモクマは知っている。
     共に旅に出るまで、チェズレイの寝顔など見たことはなかった。
     オフィス・ナデシコを拠点にしていた頃は各々に個室が用意されていたからだ。時間が合えば食事を共にしたし、浴室も共用ではあったけれど、思えばチェズレイは部屋着姿すら他の仲間たちに見せようとはしなかった。
     朝、自分の部屋から出て、夜に自室へ戻るまで、彼は常に完璧な『チェズレイ・ニコルズ』を装っていたのだ。
     だからあの海辺で約束を交わした後も、同じ部屋で寝泊まりするなどとは考えてもみなかった。
     ナデシコに呼ばれてミカグラ島に戻るまで、モクマの暮らしぶりはかなり荒んでいた。根無し草のように二十年間放浪するあいだ、まともなホテルに泊まった経験すらほとんどない。労働者が使う宿泊所に寝泊まりするならまだましな方で、なけなしの小銭を酒代で使い果たしては野宿するといったことも日常茶飯事だった。それゆえに雑魚寝にも抵抗はないが、逆にチェズレイが好むような、格式高いホテルのスイートルームなどは場違い過ぎて気後れしてしまう。そもそもモクマなど門前払いされるのが関の山だ。
     かと言って、チェズレイを場末のモーテルに連れていくのも気が引けた。掃き溜めに鶴というか、どう考えても悪目立ちしてしまいそうだ。
     お互いに生まれも育ちもまるで違う。
     まったく異なる価値観を擦り合わせて妥協点を探るというのは、なかなか骨の折れる仕事だ。これから長い付き合いになるのだし、最初から無理をすれば早々に破綻しかねない。
     だから同じ街でも宿は別々、互いのスケジュールはある程度把握して、連絡はすぐにつくようにしておく、あたりが現実的ではないだろうか。
     熟考の末にモクマはそう提案したが、チェズレイにはすげなく却下された。
     目を離している間あなたがどんな不衛生な場所で寝泊まりしているのかと想像する方がよほど心労が大きいのです。重々しくそう告げられて、結局は折衷案として、観光客が利用するようなごく一般的なホテルのツインルームを利用することになった。チェズレイ曰く、各国を転々とするのは最初の一年程度の予定で、ゆくゆくはどこぞの国に腰を落ち着けるための拠点を設けるつもりであるようだ。
     だからそれまでは辛抱してください。
     相棒はそう言ったが、我慢を強いられるのはどちらかと言えばチェズレイの方だろう。誰かと共に暮らすこと慣れていないのは確かにお互い様とはいえ、モクマの方はあいにくと、心を預けていた相手に寝首をかかれた経験などない。
    「ファントムが弾くピアノの音色を聴いていると、不思議とよく眠れたのです。母のピアノと同じ旋律だったので安心できたのでしょうね」
     いつだったか、チェズレイはそんなことを言っていた。今となっては笑い話だと冗談めかしていたけれど、信頼していた相手に裏切られ、殺されかけたのだ。深く傷ついた心はそう簡単に癒えるものではないだろう。誰かと同じ部屋で眠るというのは、彼にしてみれば相当な覚悟が必要だったに違いない。
     モクマはピアノなんて弾けやしない。ここ数年はショーマンとして渡り歩いてきたものの、楽器はからきしだ。だから彼が安らぐ旋律を奏でることはできなかった。
     だからせいぜい、どうかチェズレイが悪夢に魘されませんようにと願うばかりだ。自分の気配が彼の眠りを妨げませんように。そう心の中で呟いて布団に潜り込む。
     あるいは、夢の中でもチェズレイを守ることができればいいのだが。
     まあ、詮無いことを考えてもしかたがない。
     モクマは苦笑しながら目を閉じた。

     ――おやすみ、互いに良い夢を。
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    rio_bmb

    MOURNINGけっこう前(6月か7月?)に書いてたけど新情報が出るたびにお蔵入りにせざるをえなかったモクチェズのラブコメ。読み返したら一周回って記念に供養しとくか…という気持ちになったのでお焚き上げです
    同道後のラブコメ「おじさんを好んでくれる子はいないのかなあ……」
     などとわざとらしく鎌をかけてみたこともあったのだが、あの時は正直なところ半信半疑だった。
     何せ相手が相手だ。都市伝説になるような詐欺師にとって、思わせぶりな態度を取るなんてきっと朝メシ前だろう。そう思うのと同時に、自分を見つめる瞳に浮かぶ熱が偽りとも思えなかった。
    (ひょっとして、脈アリ?)
    (いやいや、浮気って言っとったしなあ)
     その浮気相手にあれだけ心を砕く律儀者が、本命を前にしたらやはり相討ちも辞さないのではないだろうか。あなたと違って死ぬ気はないとは言っていたものの、刺し違えれば勝てるとなればうっかり命を懸けてしまいかねない。彼の律儀さはそうした危うさを孕んでいた。だからその時は脈があるかどうかより、ただ復讐に燃えるチェズレイの身を案じていたのだ。約束で縛ることは叶わず、己では彼の重石にはなれないのかとじれったく思ったのも記憶に新しい。
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