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    rio_bmb

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    けっこう前(6月か7月?)に書いてたけど新情報が出るたびにお蔵入りにせざるをえなかったモクチェズのラブコメ。読み返したら一周回って記念に供養しとくか…という気持ちになったのでお焚き上げです

    #モクチェズ
    moctez

    同道後のラブコメ「おじさんを好んでくれる子はいないのかなあ……」
     などとわざとらしく鎌をかけてみたこともあったのだが、あの時は正直なところ半信半疑だった。
     何せ相手が相手だ。都市伝説になるような詐欺師にとって、思わせぶりな態度を取るなんてきっと朝メシ前だろう。そう思うのと同時に、自分を見つめる瞳に浮かぶ熱が偽りとも思えなかった。
    (ひょっとして、脈アリ?)
    (いやいや、浮気って言っとったしなあ)
     その浮気相手にあれだけ心を砕く律儀者が、本命を前にしたらやはり相討ちも辞さないのではないだろうか。あなたと違って死ぬ気はないとは言っていたものの、刺し違えれば勝てるとなればうっかり命を懸けてしまいかねない。彼の律儀さはそうした危うさを孕んでいた。だからその時は脈があるかどうかより、ただ復讐に燃えるチェズレイの身を案じていたのだ。約束で縛ることは叶わず、己では彼の重石にはなれないのかとじれったく思ったのも記憶に新しい。
     けれどあの夜にビルから墜ちて、追いかけて来るチェズレイを目の当たりにして。病院で目を覚ました頃には「ひょっとして」が「やっぱり」に変わっていた。
     チェズレイ・ニコルズはモクマ・エンドウに恋をしている。
     ファントムにもう未練はない、どうでもいい。きっぱり言い切った男は、言葉通りモクマだけを見つめていた。熱く、激しく、ひたむきに。その情念はすっかり枯れ果てていたモクマの心に火を灯してくれた
     そして子どもじみた拙い指切りを交わして生涯を誓い合ったあの時に、晴れて両想いというか、恋仲を通り越して連れ合いになったようなものだと思っていたのだ。少なくともモクマのほうはそのつもりだった。「一生隣りで私を見ていてくださいね」なんてのは誰が聞いたってプロポーズ以外の何物でもないし、モクマもそう受け取って諾と答えた。自分で言うのも何だが、二十年間逃げ続けていた男が、はじめて他人の人生を丸ごと自分のものとして引き受けようと決意したのだから、もはや一世一代の覚悟である。当然、この聡い男がそれをわからぬはずもあるまい。……と思っていたのだが。

    「これがまた、思ってたのと違ったのよ……」
    『切るぞ』
     画面越しのアーロンが忌々しげに吐き捨てた。
     そう言いながらもまだ通話を切らずにいてくれるのだから、この青年も大概人が好い。というか、押しに弱い。そこに乗っかろうとする己もまさに下衆ではあるが、他に相談できる相手もいないので必死だ。
     モクマはわざとらしく肩を落として、よよよ……と泣き真似をした。
    「だってさ〜まだ手も繋いでないんだよ? ちゅうかもうチェズレイに全然その気が無さそうでさ。あれっおじさん勘違いしちゃっただけ? アーロンから見てもこれってちょいと優しくされただけなのに『この子俺のこと好きなんだな』って誤解する痛い中年親父の図!?」
    『切るっつってんだろオレを巻き込むなテメエで確認しろ!』
     さすがに堪忍袋の緒を切らしてアーロンが吼えた。捨て台詞と共に通話が途切れる。遥か海の彼方では憐れなタブレットが壁に投げつけられているかもしれない。
    (ごめんね、アラナちゃん!)
     胸中で謝りつつ、しんと静まり返る控室の中でモクマは深くため息をついた。チェズレイ本人に聞かれては困るので、ショーの休憩時間にこっそり国際電話をしていたのだが、怪盗ビーストはけんもほろろであった。
     しかしアーロンの言葉はまったくの正論で、そんなに気にしているなら自分で確かめればいいだけの話である。しかしそれが出来るなら端から年下の青年に甘えて相談などしない。
     チャラチャラと軟派を装っていた己が悪いのだが、実のところモクマはこれまでまともに恋愛などしたことがなかった。好意を持たれていることを察したらすぐさま逃げるようにしていたし、死に場所を求めて彷徨っていた男に誰かと付き合う余裕などあるわけがない。人嫌いというわけではなかったから、話していて「いいな」「素敵だな」と思う人はたくさんいたけれど、それは自分と共に歩く相手ではなかったのだ。遠くから眺めて、幸いを祈って、思い出にして、それで終わりだ。
     だから正直、色々飛び越えて生涯を誓った相手とどんな距離でいるのが正解なのかまるでわからない。世の中のカップルというのはどんな手順でどう確認を取って手を繋いでキスしてセックスに至るのか。そもそも、それがわかったとて自分たちに一般論が適用されるものなのだろうか。こちとらアラフォーとアラサーの男二人で、それ以前に裏社会で暗躍するアウトローである。世界征服を目論む詐欺師と忍者の晩酌がアマアマ⭐︎ルールーな雰囲気になるはずもなく――モクマからすると時折しっとりとした空気になっている気もするのだが、今のところはこれと言って何らかのイベントが起こることもなく、異様に居心地がよいルームシェアをしているような状態だ。それはそれで全然悪くはないのだが、モクマとしてはミカグラ島を出てすぐにそういう甘い雰囲気になると思っていたので、すっかり肩透かしを喰らっていた。
    (やっぱり俺の勘違いだった?)
     本当に単純に、チェズレイは生来の律儀さから約束を交わしただけなのかもしれない。
     浮かれて舞い上がっていたのは自分だけだったのだろうかと、モクマは静かに激しく落ち込んだ。かといって「お前さん、俺のこと好きだよね?」と面と向かって聞くのも憚られる。
     万が一、鼻で笑われたら立ち直れないし。

    「ただいまー」
    「おや、お早いお帰りですね、モクマさん」
     打ち上げを適当に抜けて拠点にしているホテルに戻ると、窓際のソファでタブレットを弄っていたチェズレイが顔をあげた。律儀にモクマに視線を合わせてにこりと微笑む。よそ行きの澄ました顔でも、昂ぶって歪んだ顔でもなく、ただ柔らかな笑顔だ。菫色の瞳には隠しきれない情愛が滲んで、星のようにきらきらと光って眩しい。
    (やっぱりこの子、俺のこと好きでしょ!)
     と、モクマは確信した。
     目は口ほどに物を言うのだ。仮面の詐欺師とて例外ではない。
     たとえばチェズレイがルークに向ける眼差しは穏やかな慈愛に満ちて、春の暖かな日差しのようだった。けれどモクマに向けられる瞳のように爆ぜる星に似た熱はない。モクマ以外の誰かに向ける視線に、チェズレイはそんな熱を宿すことはなかった。
    「もう打ち上げ最後まで残る歳でもないしねえ。……これ、お土産」
     チェズレイの前のローテーブルに洒落たデザインの小さな菓子箱を置く。
    「チョコレートですか」
    「うん。……スタッフの女の子が打ち上げの時におすそ分けってくれたんだけどさ、多分そこそこいいお店のやつじゃない? おじさんそういうの疎くてわからんけど」
    「確かに、有名なショコラティエのブランドですねェ。気軽に『おすそ分け』するような類のものではありません」
    「だよねえ……」
     向かいのソファに腰掛けながら、モクマは苦笑いした。
     以前のように誰彼構わず声を掛けなくなったら、逆に仄かな好意を向けられることが増えた。なんとも皮肉な話である。あるいは、洒落た相棒のおかげで適度な清潔感が生じているだけなのかもしれないが。
     菓子を受け取らずその場ではっきり断ろうかとも思ったのだが、それを実行する前にふとモクマの脳裏に閃くものがあった。
     ――この箱、チェズレイに見せたらどんな反応するかな。
     チェズレイからの恋慕がモクマの勘違いではないと仮定して、好きな相手が自分以外の誰かに好意を寄せられているのを目の当たりにすればきっと良い気分はしないはずだ。もしかしたら少しくらいは不機嫌な顔をするかもしれない。ちょっとでも妬いてくれさえすれば、勘違いじゃなかったんだなと安心できるはずだ。
     我ながら性が悪いと思いつつ、モクマはじっとチェズレイを観察した。しかし予想に反して相棒はちっとも嫌そうな顔をしなかった。それどころか少し面白がるようにくすりと笑う。
    「モクマさん」
    「は、はい」
    「外泊なさりたい時は、連絡さえ入れていただければ別に構いませんよ。互いにもういい大人です。理由を詮索するような野暮はいたしませんので」
    「…………へえっ!?」
     びっくりしすぎて間抜けな声が出た。
     驚きのあまり思考が空回りし、外泊なさりたいも何もホテル暮らしはオールウェイズ外泊なのでは? などという至極どうでもいい疑問が頭をよぎる。
     涼しい顔の相棒は皮肉でも演技でもなくごく当たり前の調子で、追い打ちをかけるように言い放った。
    「よかったですねェ。『好んでくれる子』がいらっしゃるようで」
     思っていたのと違うどころの話ではない。
     嫉妬の片鱗くらいは見せてくれるのではというモクマの下衆な目論みは敢え無く潰えた。それどころか、いらぬ手傷を負う羽目になった。それもこれも、直接問うことを避けて遠回しに探りを入れようとしたモクマの不徳の致すところで、正真正銘の自業自得だ。
     反省と共にモクマは腹を括ることにした。
     こうなれば直球勝負をするしかない。
    「……お前さんは?」
    「何がです?」
    「お前は、俺を『好んでくれる子』じゃないの?」
    「…………」
     ぱちりと瞬きをしてから、チェズレイは押し黙った。
     長いまつ毛がちらちらと花びらのように揺れて、動揺が僅かに伺い知れる。菫色の瞳が迷うようにそっと俯いた。
    「……気づいて、いたのですか」
     気づいてたと思ってなかったんですかやっぱり。とツッコミたい気持ちをぐっと堪えてモクマは「うん……」と重々しく相槌を打った。
     やはり最初から直接聞くべきだったのだ。アーロンの言うことはいつでも正しい。
    「だとすれば、あなたも大概人が悪い。まァ、それは今更ですがね」
     チェズレイは皮肉げに笑ってみせた。
    「けれど、先ほどの言葉は本心ですよ。外泊なさりたい時はどうぞご自由に。約束さえ守っていただけるなら、あなたを束縛する気はありませんから」
     一方的な恋情に付き合わせようとは思いません。
     続けられた言葉に、モクマの目が点になる。
    「いやいや……えっ? 今の流れで、なしてそうなるの!?」
    「そうなる、とは」
    「だって俺たち指切りしたじゃない!」
     モクマは勢いよく立ち上がり叫ぶように言った。
     声量に驚いたのか、チェズレイはきょとんと目を丸くしている。素が出るとかわいいよなあなどという感想はひとまず脇に置いて、モクマはこほんと咳払いをした。
    「お前さんに『一生傍にいてほしい』って言われて」
    「……そうは言ってないと思いますが」
    「でもだいたい同じ意味だったでしょ。そんで、俺オーケーしたよね? ちゃんと期限尋ねて、死ぬまでって確認して。死ぬまで一緒に生きるって、つまりそういうことだと思うじゃない」
     はあ、と気圧されたようにチェズレイがうなずいた。
    「なのにお前さんときたら、それきりちっともそういう素振りを見せんし。あれっ俺の勘違いだったかなって不安になっちまってさ……」
    「モクマさん、ストップ」
     ぱん! と手を打つ音が響いて顔を上げる。
    「まずはお掛けになっては」
    「あ、うん」
     静かな声にいくらか落ち着きを取り戻し、モクマはソファに座り直す。チェズレイが選んだ本革のソファがぎし、と悲鳴をあげた。
    「あなたのお話から推察するに」
     チェズレイは軽く首を傾げた。
    「あなたは私の恋心に気づいていた。けれど確証は持てなかった。そこで、私が悋気する様を見て確かめようとした、と。――そういうことで合ってます?」
    「は、はい……」
     ねっとりと低くなった声音に思わず敬語で首を縦に振った。
     上目遣いにそろりと様子を伺うと、案の定、花のかんばせが獲物を前にした蛇のように歪んでいた。上品な口の端を歪に釣り上げて、薄い唇のあいだには綺麗に並んだ歯を見せる。
    「あァ、モクマさん。そんな回りくどい真似をせずとも、直接訊いていただければ済んだものを」
     言葉だけを捉えれば苦言のようではあったが、声音は鼓膜にまとわりつくように甘い。
    「……怒っとる、よね?」
    「さァ、どうでしょう」
    「な、なんか機嫌よさそうにも見えるんだけども」
    「それはもう、どこぞの下衆がようやく腹の内を見せてくださいましたのでねェ?」
     言われてみれば、なし崩しに自分の気持ちをぶちまけたようなものだった。というより、チェズレイの思惑を気にするあまり、己は言葉にして伝えることもしていなかったと今更気づく。それなのに試すような真似をしたのだから、我ながらなかなかの下衆である。それこそ今更だが。
    「あ〜、チェズレイさんや」
    「なんでしょう、モクマさん?」
    「結婚しよっか」
     あ、またすっ飛ばしちまった。
     と思ったが口に出してしまったものは今更取り消せない。順序を間違えただけで取り消すつもりもないのだが。
     きれいな菫色の瞳がまんまるに開かれた。
     チェズレイは口元を押さえたがやがて堪えきれないように笑い出した。声を上げて、まるで無邪気な子どものように。昂っているのとも違う、こんな風に朗らかに笑うチェズレイを見るのは初めてのことだった。どうにか呼吸を落ち着かせて顔を上げたチェズレイの眦には、うっすらと涙が滲んでいた。
    「あなたって、ほんとうに……。フフ、こんなに笑ったの、子どもの頃以来ですよ」
    「そ、そんなにおかしかった? いや、それで返事は?」
     目尻に浮かんだ涙を拭いながら、チェズレイは微笑んだ。
     あの夕暮れの海辺で見たのと同じ、美しい微笑みだった。この美しさを知る者はこの先ずっと己ひとりであればいい。それがモクマの偽りのない本心だ。自分の中にそんな独占欲があるなんて思いもよらなかった。
    「私の返事などおわかりでしょうに。――ええ、喜んで」
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    MOURNINGけっこう前(6月か7月?)に書いてたけど新情報が出るたびにお蔵入りにせざるをえなかったモクチェズのラブコメ。読み返したら一周回って記念に供養しとくか…という気持ちになったのでお焚き上げです
    同道後のラブコメ「おじさんを好んでくれる子はいないのかなあ……」
     などとわざとらしく鎌をかけてみたこともあったのだが、あの時は正直なところ半信半疑だった。
     何せ相手が相手だ。都市伝説になるような詐欺師にとって、思わせぶりな態度を取るなんてきっと朝メシ前だろう。そう思うのと同時に、自分を見つめる瞳に浮かぶ熱が偽りとも思えなかった。
    (ひょっとして、脈アリ?)
    (いやいや、浮気って言っとったしなあ)
     その浮気相手にあれだけ心を砕く律儀者が、本命を前にしたらやはり相討ちも辞さないのではないだろうか。あなたと違って死ぬ気はないとは言っていたものの、刺し違えれば勝てるとなればうっかり命を懸けてしまいかねない。彼の律儀さはそうした危うさを孕んでいた。だからその時は脈があるかどうかより、ただ復讐に燃えるチェズレイの身を案じていたのだ。約束で縛ることは叶わず、己では彼の重石にはなれないのかとじれったく思ったのも記憶に新しい。
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