「テメェの誕生日、この俺様が一日たっぷり祝ってやるから覚悟しとけよ」
そう言い出したのは他でもない、アッシュ本人だったのに。
「う……… 頭、いて…」
僕には手も届かないような高級レストランに連れて行かれて、僕には(以下略)高級なコース料理、そして目の前に提供されたのは(以下略)赤ワイン。
フン、せっかくだから庶民のテメェに教えてやるよ赤ワインっつーのはな…… なんて鼻高々に語ってる場合じゃなかったね、アッシュ。
「ねぇ、アッシュ、それ大丈夫じゃないよね… 顔真っ赤だよ……」
「はぁ…? ギークのくせ、にうるせぇな… 酔って、ねぇ」
「頭だって痛いんでしょ……」
はあ、どうしてアッシュってこうも強情なんだろう? 自分がお酒強くないの、自分でも分かってるはずなのに。このままここで潰れられても困るし、もうさすがに限界そう。あっ… すみません、お冷頂けますか? ……ほらアッシュ、お水飲んで、早くタワーに帰ろう。
僕はアッシュの片腕を自分の肩に担ぎ上げて、半ば無理やり連れ出すように店から出た。呂律の回らない舌でギャーギャー喚いても、いつも強引なのはそっち。
やがて、外の新鮮な空気を吸い込んで、観念したのかな、力なく寄りかかる上半身にたどたどしい足取り、このまま店にいたら間違いなく面倒なことになってただろうな。
「なぁグレイ」
──アッシュが僕のことを蔑称ではなく、グレイ、って名前で呼ぶなんて。アルコールのせいか、それか、今日くらいは誕生日特権ってことにしておこうかな。九十九パーセント、アルコールのせいなんだけど。
「……テメェも、二十五歳になったわけだけどよぉ」
「うん」
「そろそろ将来のこともよぉ」
「うん」
「例えば、結婚とか考えてんのかって」
「うーん」
結婚かぁ… 今はやっと就けたヒーローという仕事を一番に考えたいかなぁ… とか、月並みなこと。でも全て本心だからその通りに答えた。
「ンだよ、相変わらずつまんねぇな… 俺は、結構真剣に考えてるぜ」
「え、アッシュって意外と、こう、ガツガツいくタイプなんだ…」
「はぁ〜? 何言ってんだ、ンなの、あたりめぇだろ」
「へぇ……」
「だからな、グレイ、テメェもちゃんと考えろよってことだ」
「そ、そうだね?」
オルブライト家くらいの立派な家系なら、それこそお見合いとか、政略結婚? うーん、幼少期からの許嫁なんてものまで普通にありそうだけど… もう古いのかな、そういう考え方は。
「……まぁ、三十近くなっても独り身だったら、俺ん家こい」
「いや、ん…? よく分かんないけど、ふふ…… アッシュって、案外突拍子もないこと、提案するんだね」
「だろ?」
「うん、普通、そういうのってロマンチックなプロポーズみたいなものだろうなって」
でも到底、そんなものからはかけ離れてるんだ。
だって、
「僕たち、今は、ただの上司と部下だし」
「それに、テメェは俺のこと、殺したいほど憎んでるしな?」
車通りの多い夜道では、僕たちの掠れた笑い声など簡単に掻き消される。今夜の記憶もそうあるべきだと、酔いの移った思考回路で僕は強く願った。
2021.06.19