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    creapmilkcrazy

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    creapmilkcrazy

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    闇オークションにも出られない激安の伊を買う夏の話。
    早よう…えっちしろや…スケベ心はあるんや…夏のtntnはイライラせんのか?しとるな?私が書けないのが悪い。

    #夏伊
    shae

    夏伊 おかしなお客
     
     商人は店に来た黒髪の男の顔を見て、長年の経験と勘からすぐに分かった。
     この男、顔は涼しげで女にモテるが、髪を伸ばし結っており、両耳には大きな黒い石のピアスを通していた。
     絶対に厄介な男だろう。そう思った。
     しかし、着ている服は上等な物だと分かる。
     紫と黒と青が入り混じる複雑な色わの刺繍糸をま使っていた。
     なんとなくこういう男は面倒くさく感じる。
     金は持っているだろうから、良い商品を提供できる。
    「お客様、何をお探しでございますか?」
     胡散臭い笑顔の美形はどうせ愛玩用を探してるに違いない。
     高い物が売れたら良いが…この客はこだわりが強そうだから、普通の物は売れないだろう。
    「愛玩用の者を探してるんだ。他の店も見てきたけど…好みが無くて」
     そう言って苦笑いしたが、どう考えてもコイツの性癖は歪んでいそうだった。
     切長の一重の黒い瞳は優しげに見えるが、不気味だ。
    「どんな見た目がお好きですか?美人も揃ってますよ」
    「あー、美人よりも可愛い方が好きなんだ。黒髪でスレンダーな子がいいね。癒し系がいいな」
     ほぼ絞れたので、商品を見せて周るも、あまり反応が良くなかった。
     やはりダメかもしれない。
    「お客様、子供の方はいかがですか?可愛いと思いますが…」
     ここは方向をチェンジしてみよう。
     客は長い指を顎にかけると、悩んだ。
    「そっちの趣味は無いね。好みが合うなら、女でも男でも構わないんだけど…」
    「男も可愛い顔がいます、います」
     なるほど〜男かぁ〜、俺の勘は正しかったみたいだ。やはり厄介な変態に違いない。
     さっさと腰から鍵を取り出して、商品の部屋を見せていく。
    「うちは男もキレイめが揃ってますから、お気に召すと思います」
     美形に美形を見せて売るなんて、この世は面白いぜ。
     その美形達もこの男を見上げ、ほうっと見惚れていた。
     ああ、女にも男にもモテるなんて、羨ましい。
    「うーん…」
     美形の男達を一人一人見て周るも、あまりいい顔をしない。
     おい、マジか、他に何が足りないんだ。
     しかし、ここで諦めるのもなぁ…もったいない。
    「あのぉ、ニッチですが、肌の色が変わった子もいますよ?まだ幼いですが、褐色の肌なんですよ。体型もスレンダーですし、腰が高いので足が長くて美しいですよ」
     そう言って変わり種の珍しい子を見せた。
     この土地じゃ珍しい肌の色で、まだ若く、足が長く尻はプリっとしている。
     顔も悪くない、小顔で幼い顔が可愛いハズ…。
    「ほぉ…?」
    「おっ、どうですか?可愛いでしょう?小顔でお尻もプリプリなんですよ!見ます?」
    「ん?」
     男の顔が俺の方へパッと向くが、動きが何というか…キレイすぎて怖かった。
     近くで見ると、男の口角は下がって、真顔だった。
     真顔でなんの感情も取れず、人形みたいだ。
     なんかヤバいお客を入れてしまった…。
     こういう時は何も買わせず、関わらない方がいい。
    「私、その隣が見たいな」
    「え…」
     隣にはうちの売れ残りが置いてある。
    「あ、あの…アレはちょっと訳ありでして…」
    「売れないの?」
    「いえ!愛玩用には向いてませんが…」
     俺の声は小さくなっていく。もう不安だ。
     厄介なこの男が買った後にクレーム入れて来る未来が想像出来るからだ。
     売りたくねえ。
    「そうなのかい?」
    「労働にも向きませんし、体弱いので…売れ残りです。結構痩せてますよ。見た目も良くないから、可愛い系では無いです」
     癒し系が〜とか言ってたが、癒しとは程遠い。
     なるべくデメリットを並べた。
    「体が弱って、病気持ちなのかい?」
    「いえいえ、病気は持って無いんですけど…元々体が弱っていて、あまり食べれませんし…よく風邪ひいたりするので…本当に労働にも愛玩にも向かないですよ。良い所は大人しくて、聞き分けはいいですし、ニュートラルですよ」
     確かに黒髪で…スレンダーとは言い難い、と言うかガリガリだろ…。
     男はしゃがみ込むと、檻の中を覗いた。
     目を閉じたまま、細い体を縮めて壁にもたれ座っている子。
     黒髪と青白い肌、痩せて折れそうな足首。
     薄い布を引っ掛けているが、ほぼ体は見えていた。
     痩せて削げている頬に黒髪がかかっていた。
     もう元気も無いので、ジッとしている。
     寝てるか起きてるか分からない。
    「この子、名前は?」
    「キヨタカです」
    「へぇ…キヨタカ、ね。可愛い名前だね」
     フッと柔らかく微笑んで、やっと人間らしく見える。
    「起こしますよ」
    「いいや、可哀想だから寝かせておいて欲しい…私が抱いて行こう」
     鍵を開けて男を通すと、すぐにビクッと体が動いて目を開いた。
     ずりずりと角へ引っ込んでいくので、声をかけて止めた。
    「怖くないよ。おいで?」
     薄くて汚れた布を引き寄せ、キヨタカは震えて指を噛んでいた。
     商人が急かそうと口を開いたが、男は人差し指を口元へ立てた。
     一度檻の外に出ると「先に払おう。言い値で買うよ」そう微笑んだ。
    「えっ、あの、これで良いんですか?本当に?」
    「あぁ、買おう。いくらだい?」
     商人は慌てて鍵を閉めて、男の背中を押しながら戻る。
     元いた部屋のソファに座らせ、お茶と譲渡の書類を出す。
     売る気でいるのを見せるだけだ、売るつもりはない。
     男はゆったりと嫌味なほど長い足を組み、お茶の香りを楽しんでいる。
    「この書類にサインをすれば良いかい?」
    「その前にですね、いくつか確認させてください」
    「訳ありと聞いたけど、さっきの事だろう?体が弱いと」
    「えぇ、それとアレは何度か返品されてまして…新品ではありません。激安なので返品交換は不可とさせてください。クレームは受け付け出来ません。値段もつけられないくらいに安いですから…あ、一応オプションも有りますよ。一通りのワクチン摂取と保険と散髪など…」
    「一通り綺麗にしてくれるわけだ。ふぅん、手間が無いね。服も着せてくれるの?」
    「もちろんですとも。洗浄してお渡しします。明日にでも引き渡し可能ですが…」
    「全部オプション付けてくれる?あの子に必要なら全部やってくれ」
    「やっぱり買うんですか?」
    「おや?今の話の流れはそういう事じゃないかな?」
     ニコリと機械的に笑うと、お茶をテーブルに置いた。仕草は柔らかいが、なんというか、声は硬い。
     怖いなぁ、やっぱりクレーム入ったらヤダよ。
    「あ、いえ…本当に良いんですか?愛玩用にもなりそうに無いですよ?その、アレは肉付きも良く無いですし、顔もブスでは無いですが、普通ですし…性行為に耐えられる体じゃないです。テク無し処女童貞ですよ?それに学も無いです、話し相手にすらなるかどうか…。正直、おすすめは出来ないです」
     もう思い切って、はっきりと説明した。えらいぞ、俺…怒鳴られても耐えろ。
    「へぇ、何度も売られてたのに、性行為は未経験なのか…思ったより良い掘り出し物を引いたみたいだけど?黒髪のスレンダーで、可愛い子…癒されそうだよ」
     男はニコニコして嬉しそうに笑うが、本当に笑ってるのか疑問だ。
     最後の言葉は不気味だ、スレンダーの意味を通り越してるってのに…癒されそうとは、どこをどう癒すのか…怖いから考えたくない。
    「労働として買われましたが、使えないので…。買われた期間も短いですし、すぐ戻って来るので…ウチも持て余してます。お客さん、処女童貞は他にも居ますよ?ダメですかい?ーーって!もうサインしてるし!!」
     スラリと綺麗な文字が並んだ書類にサインして、チェックされた項目を確認する。
     この人、値段言ってないのに書いちゃったよ。
     記入の項目をチェックし、客に目を向けた。
     仕事は茶葉の輸入販売らしい…金持ちだろうな。
     住所もここいらじゃ、庶民は道を通るのも憚られる高級住宅地だ。
     この人本当に変だ…大丈夫なのだろうか。
    「えーっと、価格は3万で、オプション付けて4.5万です。お得でしょ?」
    「お兄さん、どうせなら盛って100万とか言えば良いのに」
     ニヤリと笑われたが、苦笑いを返した。いやいや、アンタみたいなちょっと怪しい客に、盛る勇気は俺には無いよ。
     職業と住所だけでビビる。
    「いえ、そんな訳にはいかないですよ」
    「君は良い人なんだね」
    「…ぇ」
     スッと手首を握られ、返された手のひらにポスっと封筒が握らされた。
     恐る恐る中身をチラッと見れば、分厚い現金がキレイに収まっている。
    「そこから代金を引いて、その分は君がもらった事にしなよ。うん、チップさ」
     頷いてフッと微笑むと、お茶にもう一度手を伸ばし、一気に飲み干した。
    「あ、ぁあの!?多すぎます!」
     客は楽しみだなぁと独り言を言って、立ち上がる。
    「お兄さん、私は嬉しいんだよ。感謝してるのさ。素晴らしい子に巡り会えたよ。本当にありがとう」
     商人はポカンと口を開けていたが、男が去った後に深くお辞儀をした。
     封筒の中を確認すると、本当に現金が入っていて、音を立てて指でズラしてから、そこから代金を引いた。
     黙り込んだまま、そそくさと鍵を握り、あの子の檻の前にしゃがんだ。
    「ごめんな、明日、お前は変な男の所に行かなきゃならなくなったよ。悪いが、恨まないでくれよ。仕事もしっかりした金持ちだ…愛想良くしてれば、引っ叩かれたりしないだろうよ」
     そう言ってから、もしかしたら引っ叩くのが、趣味かもしれないなと思う。
     頭から悪い言葉を振り落とし、鍵を開けて、キヨタカの腕を引っ張った。
     ふわっとこちらに倒れて来たが、ペタっと片手を突いた。
    「おいで、支度しないと。まずはお風呂入れてやるから、大人しく来るんだ。それから服と、痛いと思うが、注射するから、我慢しろよ」
     キヨタカは黙っていたが、コクリと頷いた。

     ぽすん、とお気に入りのぬいぐるみ達の間に座らせた。
     胸元にフリルと三つもリボンが付いたパジャマ。
     あの店を出る時に用意された服よりも柔らかくて、着心地は良いけど、似合わないと思う。
     胸元から顔を上げると、男が優しく唇を引き上げる。
     キヨタカはチラチラと左右を見ると、ウサギさんやクマさん達が座っていた。
     そっと寝かされ、見上げた天井には蝶々のガーランドが舞っていた。
     ふわふわの雲形のペンダントライト、ベッドベッドには月を模したコットンのランプ。
     そっと体に毛布をかけられて、傍の彼に目を向けた。
    「キヨタカ、家に来てくれてありがとう。私はゲトウ、スグル」
    「げとう、さま?」
     少し苦笑いする彼は「スグルって呼んで」と答えた。
    「スグルさま…」
    「うん、キヨタカ、疲れただろうから、お茶を飲んで寝ようね」
    「はい…あの、お茶、初めて飲みます」
    「うちはお茶を販売してるからね、いろんな種類があるんだ。毎日違う物が飲めるよ。キヨタカが好きな物が見つかるといいね」
    「水でいいです…」
    「遠慮しないで、私も飲むから、一緒に付き合ってくれよ、ね?」
     頭を撫でられ、微笑むとお茶を用意してくると、彼は部屋を出て行った。
     あの日に飲んだお茶は優しい味がした。美味しかったし、お花のような香りでホッとした。
     キヨタカが屋敷に来た日の夜から、熱を出した。
     多分、緊張したんだろう。すぐに熱は下がったが、体の為に毎日薬を飲ませる事にした。
     ごめんなさいと涙を浮かべて、謝っていて、可愛かった。
    『大丈夫だよ、私がそばにいるからね』
    『迷惑、かけてごめんなさい』
    『体が弱いのは知ってるから、たくさん寝て、食べて、お薬を飲もうね。苦いけど、我慢して飲むんだよ』
     薬をスプーンで口に入れ、水を飲ませて、頭を撫でる。
     キヨタカは薬を飲む事を嫌がったりしなかった。
    『いい子だね…ちゃんと飲めたご褒美をあげよう』
     キヨタカの額にキスを落とし、甘いお菓子をひとつ、口に入れてやると、喜んでいた。
    『おいしい…こんな甘いもの、初めて食べます…』
     お気に入りになったチョコレートで包んだバターキャンディー。
     もっと食べていいよと、小瓶に入れてナイトテーブルに置いた。それでも一つも自分から食べる事は無かった。減らないソレを見るたび、不安になる。
     食事もミルク粥を作ってやったが、半分も食べられない。
     それでも『美味しい…美味しい』と微笑みながら食べるので、可愛くて仕方なかった。
     ふーふーと息を吹きかけ、冷ました粥を口に入れて、ゆっくりと食べるのを待つ。
     そんな時間を何日か繰り返していた。
     スグルの趣味の置き場だったこの部屋には、誰も入れた事はない。
     家族のミミコとナナコも、この部屋には入らないように言いつけた。
     二人はお食事は?お掃除は?と聞いて来たが、私がやるからと答えた。
     部屋に運ぶ時、二人はキヨタカを見ていたが、その一瞬だけ。
     私が持っていくお茶やお薬を用意してくれる。二人は優しい子だ。
     仕事で遅く帰っても、部屋に行くとキヨタカは起きていた。
     月のランプの側で、座ってじっとしていた。
     キヨタカの側に寄ると『お帰りなさいませ』と微笑む。
     それからキヨタカとベッドに入って少しだけ話した。
    『寝ていてもよかったのに』
    『昼間寝ているので、大丈夫ですよ』
    『そうか…よく眠れるかい?』
    『はい。こんなふかふかなベッドで眠れるなんて、僕は幸せです』
    『よかった。体は辛くないかい?』
    『お薬のおかげでしょうか…とても楽になりました。本当にありがとうございます』
    『うん、キヨタカ…抱きしめてもいいかな?』
     そう言うと、キヨタカの方から抱きしめてくれた。キヨタカの胸に寄り添って、匂いに満たされ、体を抱き寄せると体も気持ちも蕩けた。
     優しくていい匂いがして、たくさん肺に入れたくなる。
     パジャマ越しの胸は薄いけれど、安心出来て、すぐに眠くなった。
     気付くと朝で、最近はずっとよく眠れている。
     そして、同じ時間帯に帰る度、キヨタカは必ずベッドの上で寝る準備をして、待っていてくれた。
     寝ていてもいいと言ったけど、絶対にキヨタカは待ってくれて、それが嬉しくて泣きそうになる。
     寝る前にキヨタカを後ろから抱き、絵本を読んでやれば、嬉しそうに『コレは?なんですか?』と聞いてくる。
     白雪姫のりんごを指差したので、次の朝、擦りりんごを食べさせてやった。
    『美味しいっ…これは?』
    『昨日、絵本に出てたりんごだよ』
    『…え、ど、毒が入ってる、あの?』
     青くなって泣きそうになるキヨタカは可愛くて可愛くて、純粋で私の心が浄化されていく。
    『フフフッ、アレはお話なのさ。これは毒なんか入ってないよ?』
     果物は食い付きが良かったから、それ以来果物はストックしておいた。
     柔らかいぶどうや、いちご、チェリーなどを好んで食べている。
     糖が取れるので、少し安心した。
     休みの日はキヨタカがお茶を入れてくれるようになった。
     寝る前にも温かいジャスミン茶をキヨタカが用意してくれた。
     誰も入るなとは言ったけれど、キヨタカは出入り自由だ。
     だってあの部屋はキヨタカの部屋だからだ。
     あの子がいて、完成したのだから。

     備え付けのお風呂から出ると、主人が用意してくれるパジャマを着て、お帰りを待つ。
    「……」
     毎回思うのは、パジャマが可愛いので、本当にこれで合っているのかと。
     男が着る物ではないが、キヨタカは文句を言える立場ではない。
     ストンと足首まで落ちた布を見下ろすと、今日のは一番シンプルかもしれない。
     ただし、ラベンダー色の透ける素材だった。
    「…やっぱり透ける」
     足元では裾から繊細なレースが覗く。
     体のラインが見えて、下着は分かるくらいだ。
     今までの物より恥ずかしい。
     これなら下着だけで寝た方がマシな気がする。
     一度脱いで、他のパジャマに着替えると部屋から出て行く。
     そろそろとキッチンへ向かうと、誰も居ないのを確認して、中へ入った。
     もうあの双子達は眠っている時間だ。
     双子達の部屋は違う階にあるらしいが、見た事は無い。
     一度、廊下で見かけた時、向こうがすごく見つめて来たので、急いで部屋に戻った記憶がある。
     どちらがナナコかミミコか分からない。年下らしいけれど、とても雰囲気が怖くて近寄れない。
     女の人はとても優しい人と、とても厳しく恐ろしい人に別れているからだ。
     昔、買われた時の奥様のような瞳で、見られると胃が痛む。
     肩を落として、縮こまるとキヨタカはため息を吐いた。
     お湯をポットにそっと注いでいる時だった。
     足音が聞こえて、急いで振り向く。
     この家には主人か、双子しか居ないから、双子かもしれない。
     どうしよう…見つかったら、何か言われるかもしれない。
     サッと棚の横に隠れて、座り込む。
    「…あれ」
    「あ、お湯…まだ湯気が立ってる。ミミコ、いるかも」
    「探そう」
    「うん」
     もしかしなくても、探されてる…!?
     足をピタリと体に這わせ、ギュッと抱き寄せる。
     パタパタと二人分の足音が遠のくのを待った。
     チラチラと周りを気にして、トレイに駆け寄り、持ち上げようとした時、焦って手が滑った。
    「あっ…!」
     ガシャン!とポットからお湯が飛び出して、ビックリして手を離した。
     円を描いて丸いポットの底が傾いて、お湯が流れて来た。
    「キヨタカ!」
     後ろから腕が出て来て、抱き寄せられた。
     その腕にお湯がかかって、キヨタカは悲鳴を上げた。
     次々とガラスのティーカップやスプーンが割れて散らばっていくのを眺めた。
     その音に双子達が気付いて、ドタドタと階段を降りてくる。
     バクバクと耳元まで心臓の音が聞こえる。
     床にザラザラと散らばった茶葉をひと摘みする主人を見上げる。
    「桃の香り…」
     ボソボソと呟いてから、キヨタカの前にしゃがむ。
    「キヨタカ、大丈夫かい?ケガは…」
     カタカタと震えているキヨタカの体を見れば、足にガラスが刺さっていた。
     本人は痛みに気付いてないのか、スグルの腕に手を伸ばす。
    「キヨタカ、火傷してないかい?ケガもしてる、早く手当しないと…」
    「あ…、ご、ごめんなさいっ、スグルさま…お湯が、冷やさないと」
    『ゲトウさま!』
     ミミコとナナコがキッチンの入り口に立って、驚いた顔をしていた。
     大きな声にビックリしたのか、キヨタカはよろけそうになった。
     スグルの手がキヨタカの体を寄せ、横に抱き上げる。
    「ただいま。大丈夫だから、お前達は寝なさい」
    「でも!」
     床や濡れたままの服を見て、心配そうに見上げてくる。ナナコは責めるような目線をキヨタカにやったので、怯えてしまった。
    「さ、寝なさい。片付けは私がやるから、ガラスは触らない事、いいね?おやすみ」
    『…おやすみなさい』
     渋々と言った顔の二人を置いて、スグルはキヨタカをあの部屋に運んだ。
     キヨタカはギュッと私のシャツを掴んで、涙を流していた。
     ごめんなさいと胸の中で壊れたように、何度も呟いた。
     大丈夫だよと答えても、ごめんなさいと返って来ると、胸が痛い。
     きっと今夜もキヨタカは、私の帰りを待つ準備をしてくれていたのだろう。
     いつものジャスミン茶ではなく、桃の香りのお茶に変えたみたいだ。
     ベッドに座らせて、小さなガラスを抜き取り、手当を始めた。
    「痛かったね…ごめんね、キヨタカ…」
     首を振ると涙がボロボロと落ちていく。綺麗だ。
    「スグルさまっ、火傷…早く、冷やさないと…」
    「ああ、そうだったね。そんなにかかってないから、大丈夫さ。氷を持って来るよ」
     もう一度部屋を出ると、ミミコとナナコが氷嚢を持って来ていた。
     驚いた顔をしたが、すぐに微笑む。
    「お前達、早く寝なさいって言ったのに…」
    「ゲトウさま、火傷してない?」
    「ありがとう。もらうよ。ちょっとだけだから、大丈夫。さ、もう寝なさい」
    『おやすみなさい、ゲトウさま』
    「おやすみ」
     腕を冷やし、そのままキッチンへ向かう。
     本当はキヨタカの側を離れたくなかったが、片付けないと。
     女の子にガラスを掃除させるなど、スグルの頭には無かったからだ。
     床の上で茶葉がお湯に浸り、ふわりふわりと桃の香りが立ち込めていた。
     片付けている間、何故このお茶を急に入れようと思ったのか不思議だった。
     キヨタカは毎晩、私の好きなジャスミン茶を用意してくれていたから。
     戻って早くキヨタカを抱きしめたい。
     あぁ、今夜はあの服を着て欲しかったけど…無理だろう。
    「私はすごくワガママで、欲深いね…本当に、最低だ」
     ため息を吐いて、今度こそ桃の香りのお茶を入れた。キヨタカが飲みたかったのかもしれない。
     それに泣いてるに違いない、何か飲ませてやらないと…。
     泣いてる子にはホットチョコレートの方がいいんだろうけどね。
     毎晩のお約束は守らねばならない、私の楽園の為にはちゃんとあの子がいてくれないと。




     火傷は後から痛みと腫れが出てくる。
     友人の医者、ショーコに念のためにキヨタカの傷を診てもらう事にした。
     絶対馬鹿にされるから、あの部屋には入れたくなかった。他の部屋に入ってもらった。
     傷は小さく、大した事は無いと言われてホッとしたら、それよりも虚弱の方が気になるらしい。
     漢方薬をいくつかもらい、ついでに火傷を診てもらった。
    「水膨れになって無いから、大丈夫だろう。もしなったらこの塗り薬を使え。傷や吹き出物にも効くから、便利だぞ」
    「いつもありがとう」
    「お大事に。あぁ、そうだ、キヨタカを散歩や日光浴させてやるんだな」
    「じゃあお庭でピクニックしようか、キヨタカ」
    「……」
     ショーコは目を細めて二人を見ていたが、ため息を吐いた。
    「セルフでキャバクラを作ったって事か」
    「ちょっと、急になんて事を言うんだい?」
    「いや、何でもないよ。気持ち悪いと思っただけ」
    「酷いな、癒されたいだけなんだけど?」
     膝に乗せたキヨタカはおどおどと俯いてしまう。
     どうやら自分の事を何か悪く言われたと感じたみたいだ。
     空気を読む所や、雰囲気で動く所が好きだけど…ストレスには弱いのかもしれない。
     スグルが朝起きると、キヨタカに髪を撫でられていて、驚いた。
     一緒に眠ったと思っていたのに、キヨタカは一晩眠れなかったらしい。隈が出来て、青白さが目立っていた。
    「キヨタカ、大丈夫?お昼寝しようか、私も眠いから…今日はずっと一緒に居ようね?」
     キヨタカに話しかけるも、ショーコの方をチラチラと見ては縮こまり、態度はどんどん小さくなっていく。
     ショーコが居るからか、返事をしてくれない。
    「体が良くなるまで、頑張るんだぞ。ご飯は食べろ、お薬は飲めよ。すぐには効かない薬だが、続ければ体も楽になる。ほら、ご褒美だ」
     そう言ってフルーツのキャンディーを2つキヨタカに渡す。
     キヨタカは目を見開いて、受け取ると小さく笑った。
    「ありがとう、ございます…ご飯、食べるの、頑張ります」
    「ん。良い子だ。スグルを甘やかし過ぎるなよ。コイツは他人に夢中になって、自分を見失う男だからな」
    「え…と、難しくて、わからないです」
     どういう意味なのかと困惑するキヨタカの耳を塞いだ。
    「ショーコ、変な事教えないでくれ」
     睨むスグルにニヤニヤと笑って、荷物を持って部屋を出て行く。
     あぁ…こんな事だからキヨタカに誰にも会わせたくないんだ。

     楽園は自分で作るしか無いと思った。
     ミミコとナナコは大きくなって、一人で何でも出来るようになったし、思春期の女の子だから私とはもう遊んでくれない。
     仕事も順調だが、最近ずっと何のために頑張っているのか分からなくなって来ていた。
     ここまでやって来るのに、仕事や子育ての事で忙しく、とにかく毎日追われていた気がする。
     気がするのは、何も覚えていないからだ。
     やることが落ち着いたら、途端に寂しくてたまらなくなった。
     何があるわけでも無いのに、夜中に泣きそうになったり、酒を飲みたくなる。
     ひとりでは無いのに、孤独だと感じる。
     とにかく何も言わなくても良いから、側にいて欲しくなって、探していた。
     あの商人が言っていた「ニュートラルな性格」が自分にはピッタリだった。
     キヨタカは優しい、とても優しいからつい、甘えてしまう。
     抱きしめても、頬にキスしても、時々愚痴を言っても、受け止めてくれる。
     一緒に寝る時、あの子の甘くて優しい匂いに、安心する。
     それにキヨタカには自分が必要なのだと思うと、とても心地良い。求められるのが、嬉しい。
     この子には私しかいないのだと思うと、たまらなく愛しくなる。
     全部したい、たくさん可愛がりたい、私の事を好きになって欲しい、それから…それから…。
    「スグルさま…?」
    「ん?」
    「どうしたんですか?…ぼーっとして…」
    「ふふっ、ごめん、なんでもないよ」
    「あの…いつも、お茶を飲んでますけど…スグルさまは…お酒は飲まないのですか?」
    「え?飲むよ、お酒、好きだよ」
    「そうなんですか?夜、お茶ばかりだから…」
    「ああ…その、この部屋にお酒は似合わないと思ってね」
     可愛らしい部屋の中に、酒を置いたらなんだかミスマッチだ。
    「お酒、好きなら…飲んでください、お酌します」
     おいおい、そんな事したら、本当にキャバクラになってしまう。
     ちょっとやってみたいけどね。
    「僕、お仕事が無いから…その、役立たずで…ごめんなさい」
     しゅんっと小さく肩を落とすキヨタカが可愛くて、抱き寄せた。
    「私は愛玩としてキヨタカを買ったんだよ。だから、こうして癒されてる。役立たずなんかじゃないよ」
     キヨタカはパッと顔を上げて、目を丸くした。
    「僕、愛玩用なんですか?え…?ホントに?」
    「どうして驚くんだい?」
    「だって…僕は顔も可愛くないし、体も魅力的じゃない…隣の檻にいた子の方が、ずっと可愛かった…スグルさまはどうしてあの子を買わなかったんですか?」
     スグルは指を顎に当てながら、考え込む。
    「どうしてって…私のタイプじゃないからだよ。疲れてる時、優しくて癒してくれる人が好きだし…体や顔の魅力よりも重要な事なんだ。キヨタカは優しくて、癒されるよ」
     そうか、自分は愛玩用に買われたのかと理解して、安心した。
     ずっとお仕事も出来ず、迷惑かけてばかりだった。何か、主人に出来る事があればと思っていたが、これでようやくすれば良い事が分かった。
    「ほ、本当ですか?…なら、お酒、飲んでください。僕は飲めないけど、一緒にお茶を飲みますから…」
    「良いのかい?嬉しいな」
     キヨタカはお酌するなら、あの透けたラベンダーのネグリジェを着ようと考えた。
     そうしたら、きっと楽しんでくれるかもしれない。

     ショーコからもらった美味い酒を取っておいて良かった。
     いつも飲む酒もあるけど、たまには違うのを開けてみたい。
     キヨタカがお酒を飲んでいいと言うので、ウキウキでおつまみも作った。
     チーズやアボカド、トマトにエビ、オリーブのブルスケッタ。
     久々の晩酌だ、仕事も捗ったから、今夜はゆっくり休みたい。
     階段を上がり、キヨタカの部屋にたどり着く。
     ノックを三回すると、返事があり、そのまま中へ入った。
     手にしていた皿とバスケットに入れた酒を落としそうになった。
     いつものように月のランプを点けて、キヨタカがベッドに座っているのだが…。
     私が用意したが、着てもらえなかった例のネグリジェを着てソワソワしながら座っていた。
     可愛い、可愛らしい…可愛い服を着せたい気持ちがずっとあった…叶ってしまったら、もっと着せたい物が頭に流れてくる。
     酒飲むのやめようかな…集中できない。
     恥ずかしいのか、体を小さく縮めて、胸元を腕で隠している。
     そりゃそうだ、あの透け感では乳首も体のラインも何もかも見えるからだ。
     我ながらスケベで変態だ、気持ち悪いと言われても仕方ない。
     だけど、最高に楽しい、ストレスが減る音が聞こえる。
    「スグルさま…?入ってください」
    「あ、あぁ、うん、そうだね」
     ぼーっと突っ立っていたのか、すでに冷静じゃない。カッコ悪い事してるな…。
     隣に座ってお酒とお皿をナイトボードに置いたら、すぐにキヨタカを見つめる。
     キヨタカは不安そうに見上げて、胸の前できゅっと手を握りしめていた。
     ラベンダー色がすごく可愛い、似合ってる。
     肌がこんなに白くて、太ももも細い。
     ああ、腰だってあんな…ダメだ、酒飲む余裕は無さそうだ。
    「スグルさま、お酒は…」
    「あ、うん…飲もう」
     余裕は無いまま、自分から手を出せる勇気が無い。へなちょこめ…。
     キヨタカに嫌われたり、怖がられたりしたら、多分泣いてしまう。
     お酒を開けて、キヨタカに渡すとお酌をしてくれた。
     一口飲んだが、もう味が分からない。
     ずっとキヨタカを見つめてしまう。
    「美味しいですか?」
    「あぁ、もう最高だよ」
     嬉しそうにふにゃふにゃと笑ってるのが可愛くて、胸を押さえる。
    「その服、着てくれたんだね。とても素敵だ」
    「あ…昨日着ようと思ったんですけど、あんな事があったから」
     まだ気にしていたのか、私の腕にそっと触れてくる。
    「痛いですか、ここ、ごめんなさい」
    「いや、大丈夫だよ。そんなに心配しないで」
     キヨタカの細い手を握って、笑うと微笑み返してくれた。
     うぅ、こういう所が癒される。ちゃんと返事をしてくれて、笑ったら笑ってくれる。
     それは多分普通だと思われがちだが、当たり前な事を疎かにしてしまうのが人間だ。
     自分は最近ちゃんと誰かに、顔を見て話しただろうか。
     酒を一口含むと、舌の上で転がしてはそんな反省をしてしまう。
     ひとりで自分の事を考えていると、辛くなるから、こうして手をに握ってくれると嬉しい。
     無くなる前に、そっと酒を足してくれた。
    「ありがとう、ゆっくりと飲めるのが好きでさ」
    「お店には行かないんですか?」
    「え、ああ、なんかそういうの、疲れるし、ね。家で飲む方がいい」
    「なら、ここにお酒を置いておきましょうよ。スグルさまが好きな事、しましょう」
    「私が、好きな、こと…?」
    「ええ、ここはスグルさまのお部屋ですよね?」
     ファンシーでメルヘンな空間を見渡すけれど、正直な所、可愛い物が好きだったのか何なのか、冷静になっても答えられない。
     好きって素直に言うのが、怖いのかもしれない。
     キヨタカが可愛い服を着て、ぬいぐるみに囲まれ眠っているのを眺めるのが好きだ。
     けれど、それを好きだとか言っている男を…世の中は気持ち悪いと表現するのだから。
     心のどこかで、自分を気持ち悪いだとか否定している。
     解っている、ああ、最低だ。だから自分の事が嫌いだ。
    「キヨタカのお部屋にしたかったんだ。私ね、キヨタカが…可愛い服を着てるのを、見てるのが好きなんだ…口にすると気持ち悪いね。ああ、ごめんね…嫌いにならないで」
     キヨタカと続けようと口を開いたが、隣にいる彼を見たら、真っ赤になっていた。
     一体、どんな感情なのか察する事が難しい。
     怒っているのかと思うと、すぐに謝った。
    「ごめん、キヨタカ…」
    「どうして、謝るんですか?僕の方こそ、女の子みたいに可愛く、ないのに…これ、女の子が着る服なんですよね?やっぱり…似合わないですよね」
     恥ずかしいですと、呟いて酒瓶の酒がたぷんっと揺れる。
    「違う…」
     頭で考えるより言葉が先に出た。自分でも驚いたが、素直な言葉だった。
     グラスを置いて、肩を掴むと見つめ合う。
    「ごめん、女の子の服を無理矢理着せて…でも、似合わないんじゃなくて…キヨタカに着せて、楽しんでるんだ。私は…自分でも分からないけれど、キヨタカが可愛い服を着てるのが…好きで、それを見たいんだ。だから、女の子の服を着てても、似合わないなんて思わない。だって、好きで着せているんだから…そして、女の子が可愛い服を着ているのを見ても、なんとも思わないんだ。ああ、ごめん、なにを言ってるんだろうね。気持ち悪いね」
     項垂れていく彼の髪のリボンを解いて、指を埋める。
     サラサラでツヤのある黒髪はいつも綺麗だと思っていた。
     主人の頭を抱き寄せると、髪を撫でた。
    「キヨタカ…?」
    「スグルさまが楽しいなら、良かったです。安心しました、僕は女の子の服だから、着ていいのか悩んでいたので、これで正解だったんですね」
     キヨタカの肩に頭を乗せて、瞬きを何度かしたけれど、瞳を閉じて息を吸う。
     胸がすっきりして、肩が軽くなる。
    「キヨタカ、ちょっと酔ったみたいだよ」
     細い指先で髪を撫でられるのが、心地よい。こんな風にされるのは、子供の頃以来だ。
    「もう寝ますか?」
    「…眠りたくないなぁ」
    「明日はお休みですよね?」
    「うん、だからこうして、いたいよ」
     ゆっくりと離れて、オレンジ色のランプに照らされた頬にキスをする。
     耳元に「好きだよ、キヨタカ」と囁くと彼の薄い唇が震えた。

     キスも抱く手も優しく、身体がとろけそうな心地よさに包まれた。
     初めてのキスも少しずつ、ゆっくりと教えられた。
     キヨタカの身体を想って、最後までは手を出さないつもりだ。
    「ん、んっ…あ、やぁ、くすぐった…ぁ」
     布越しにスリスリと指の腹で、柔らかい乳首を擦ると抱えた身体がもじもじと揺れる。
     後ろから抱き抱え、脇腹や太ももを撫で回すと、キヨタカは恥ずかしそうに振り返った。
    「スグルさま、くすぐったい…ですっ」
    「くすぐったいだけかい?」
    「分からないです…なんか、むずむずします」
     少し困った顔をして、眉を下げて唇を尖らせる。
     その唇に素早く軽くキスをすると、また赤くなる。
    「そのうち、気持ちよくなれるよ。怖がらないで」
     太ももの間に手を入れて、スルスルと撫でられると、脚をすり合わせた。
    「そこ、くすぐったいっ…」
    「キヨタカの太ももは細いね。柔らかくて白くて、綺麗だ。今度膝枕して欲しいな」
    「今度と言わず、今、しましょうか?」
    「え?…」
     頭が真っ白になりそうだった、あまりにも自然に言われたら、YESと答えてしまう。お願いをすると、嬉しそうに笑って太ももを差し出してくれた。
     座ったキヨタカの膝にそっと頭を乗せる。柔らかい、女とは違う感触に頭がおかしくなりそうだ。
     髪を撫でられ、見上げるとキヨタカが優しく笑っていた。
     キヨタカの腰や腹からキヨタカの甘い匂いがして、たまらなく心地よい。
     これはウッカリすると眠ってしまう。いけない。
    「僕もスグルさまを気持ちよくしてあげたいんです…」
    「キヨタカ…ありがとう。もう最高だよ」
    「スグルさま…」
     ダメだな、本当に変態だ。これが終わったら自己嫌悪しよう。
    「キヨタカがしてくれるだけで、嬉しいよ…」
     そっと可愛い指先が髪に触れ、頭を撫でてくれた。脳が蕩けそう…ダメだ、心地よい。
     耳から首筋、肩までゆったりと摩られると、体の力が抜けて視界がボヤける。
     そんな酔ってないのに、眠くもなかったのに…。
     キヨタカは側に避けておいた毛布を引っ張ると、スグルの胸までかけてやった。
     ぽんぽんと、リズミカルに毛布の上から手の平を当てる。
    「…ぁ…キヨ、タカ…」
    「スグルさま、おやすみなさい」
     スグルの額にキスを落とすと、ストンと意識を飛ばした。
     その後も体を摩り、枕に彼の頭を移しても起きなかった。
     添い寝して、スグルの胸に擦り寄ると、スン…と鼻を鳴らす。
     彼の香水と体臭が混じっている匂い。
     いつもいい匂いをさせているけど、何かとは聞けない。お気に入りの香水があるのだろうか。
     この人に似合う香りだ。奥の方にたまらなく甘く切ない匂いをさせている。
    「スグルさま…いい匂い」
     側にいるとスグルさまの匂いがするけど、もっと近くで知りたい。
     お仕事で疲れてるんだろうな…寝ちゃった。
     綺麗な顔、色っぽい目尻も、少し厚めの唇も、艶やかな黒髪も…全部きっと女の人が好きだ。
     僕は女の子じゃないけど、スグルさまが喜んでくれるなら女の子の服を着る。
     おっぱいも、無いけど…。ちょっとだけ乳首を触られた時、ピリッとした。
     自分で触るのは、怖くて出来ない。
     スグルさまは優しい、僕を許してくれる。
     病弱でも、何もできなくても、ポットを割っても、殴ったりしない。
     それに毎日お菓子や果物もくれる。
     こんな優しい主人は初めてだから、捨てられたくない。
     僕のせいで火傷をしたのに、それも許してくれた。心配までしてくれた…、嬉しかった。
     この人の体から力が抜けていくのが、分かった。
     たくさん我慢しているんだろうな。
     僕の前では我慢しないで、欲しい。
     キヨタカはまぶたを閉じると、一粒涙が溢れた。

    「ッッッッはぁっ…………」
     カーテンの隙間から光のはしごが伸びている事に、後悔した。
     手のひらを額に当てると、ため息を吐いた。
     なんてことだ…私は眠ったのか?へなちょこめ…。
     とても体はスッキリしていて、良好だ。
     こうやって毎晩、あの子と眠るようになってから、睡眠に不安を覚えなくなった。
     良い事だが、全く進まない。昨夜は気合いを入れたハズ…。
     それでも心は満たされている。
     隣には規則正しい寝息を立てて、添い寝してくれたキヨタカが居てくれた。
     そっと抱きしめて、髪を撫でていれば、どうでも良くなる。
     もう、このままでも幸せだな。
     大人なのに自分の孤独も、寂しさも埋められやしないダメな人間だ。これ以上望めば、きっとバチが当たりそうだ。
     早く起きて、朝食を作って…今の時間なら庭のバラ達もお構いなしに咲き狂っているに違いない。
     そろりと起き上がると、キヨタカのおでこに挨拶のキスをした。体が冷えないように、毛布をかけ直し、部屋をそっと出た。

    「そんなにキュウリのサンドイッチが美味しいかい?」
     スグルはクスクスと笑いながらキヨタカのお皿にハムを乗せた。キヨタカはさっきからキュウリしか入ってないサンドイッチを食べているが、あまり肉は食べないので、心配になってくる。
    「お肉、こんなに…食べられないです」
    「嫌いじゃないだろう?」
    「嫌いじゃないですけど…食べると…気持ち悪くなっちゃうので」
     そう言って胃のあたりをさすった。ハムなら脂も少ないので、食べやすいかと思ったけど、キヨタカは胃が弱いのか。鶏肉を蒸したり、酢で煮てやる方がサッパリして食べてくれるかもしれない。スグルはキヨタカの為に料理を考えるのも好きだった。尽くすのが一番性に合っている。自分が居ないとダメだという、優越感に酔うのが好きだ。恋してるとそうなってしまう。キヨタカが嫌がったりしなければ、いいけれど。
    「キヨタカ、あーんしな?」
     ハムを小さく切って、口元に持って行くと大人しく小さな口を開ける。
    「ん…」
     んむっ。ハムを含んだら、ゆっくりと咀嚼しては飲み込む。細い喉の動きがゆるく伝わっていく。艶かしいだなんて、思うのはどうかしている。やはり、抱きたい。けれど、昨夜なんか眠った。ぐっすりと眠ってしまった。好きなのに、今朝だってこうして一緒に朝食を取るだけで、幸せになってしまう。もう、セックスしなくていいや…とか思ってしまう。ヘタレめ…。そうは言っても毎晩ベッドに入る度にムラムラして、手を出せないまま、キヨタカの匂いをいっぱい吸うと、眠ってしまう。その繰り返しで、嫌われてもいいから抱きたい。でも嫌われたら、楽園は終わってしまう。どうすればいいか…。
    「スグルさま…もうお腹いっぱいです」
    「え?…」見れば、ハムは半分ほど減っていた。無意識に食べさせていたらしい。ボーっとしてしまった。キヨタカの頭を撫でて「たくさん食べられて、えらいね」と笑いかけると照れたように笑ったくれた。可愛い。ずっと見ていたい。その後はお薬を自分で飲んでいたから、褒めたら「最近ずっと体調が良くて…」と嬉しそうに目を細めた。可愛い。もう可愛いが過ぎる。このまま食べてしまいたいのに…あぁ…。キヨタカにご褒美をあげたいと話すと「お庭を見たいです…スグルさまと一緒に…お散歩したいです」だなんて可愛いワガママを言ってくれた。この子はワガママなんて言わないし、自分の希望を言わないから、たまに何かしたいと言われると、なんでも叶えてやりたくなる。それにそんな可愛いお願いは、こっちにはご褒美だ。キヨタカと手を繋いでゆっくりと歩く。手を繋ぐだけで、ドキドキした。いつものベッドの上で手を繋ぐのとは違う。あれは、手を添えてもらっている様なものだ。キヨタカはキョロキョロ見渡して、花を眺めた。
    「綺麗ですね。朝露でキラキラ…色がいっぱい…」
     そうだね、と答えたけど、ずっとキヨタカを見ていた。キヨタカの瞳も生き生きとして、朝日が照らす白い肌も美しい。最近やっとふっくらとしてきた頬に、指の背で触れた。すべすべして、ここに痕を残したら…なんて考えてしまった。いい加減にしないと。
    「スグルさま…?お花、見てます?」
    「ごめん、キヨタカの方が綺麗で…つい」
    「へっ…?」
    「キヨタカ、好きだよ…昨日もよく眠れた。キヨタカが来てから、私はすごくよく眠れるんだ。ありがとう。また、ああして膝枕してくれないかい?」
     主人からのお願いにキヨタカはパッと顔を明るくさせた。すぐに頷き、お仕事をもらえたような気持ちになる。
    「もちろんです。僕に出来る事なら…スグルさまのためにしたいです」
     微笑んで細い手を胸に当てる。花よりも眩しく映り、スッと目を細めてスグルは微笑み返した。キヨタカは花に近寄って、香りを吸い込み「いい匂いがします」と嬉しそうに指先で花弁を撫でる。
    「お部屋に飾ろうか?持っていけば、いい匂いが広がるよ」そう言ったけど、キヨタカは慌てて首を横に振った。スグルの手を取り「ダメですっ、この花達は…土で生きる方が合っています。勝手に持って行っては可哀想です…」と早口で語る。
    「そうか…分かったよ。キヨタカは優しいんだね」
     微笑んでグッと我慢した。優しい…私だけではなく、花にまで優しい。なんて美しい人なんだ…私なんか自分の為にあの部屋に、キヨタカを持って来てしまったと言うのに。部屋中にキヨタカの香りを飾っている私は、汚くて愚かだ。
    「スグルさま、バラは種類で香りが違うんですね…僕、初めて知りました。お花も、絵本でしか見た事がなかったから、また…見に来てもいいですか?」
    「ああ、いいに決まってる。キヨタカは好きなように部屋を出て、好きな所に行けるんだよ。私を待たなくても、いいんだ」
     半分嘘で、半分は本当だ。キヨタカが毎晩私を待ってくれていて、安心出来るし、待っていて欲しい。でも、私からお願いしたら、意味がない。キヨタカは優しいから、きっとその通りに叶えてくれるから…。私はすごくワガママで、裏切られる事も耐えられない。
     それでも土の上の花を手折らないキヨタカと同じでいたい。
    「スグルさま、僕はこのお屋敷からは出ませんよ」
    「どうして?お部屋から出て、お散歩だって行っていいよ。何か欲しい物があるなら、お金もあげるよ」
    「スグルさま…働かないとお金はもらってはいけないでしょう?僕、働いてないのに、毎日ご飯を食べさせてもらってます…働かざる者食うべからず…ですよね?」
    「難しい言葉を知っているんだね?」
     フワフワしていると思っていたが…。
    「なんでもありません…ごめんなさい」
    俯いて横を眺めて誤魔化されてしまった。


    部屋に戻ると、お腹がいっぱいになったからか、キヨタカはウトウトしていた。
    あまりにも可愛いので、添い寝して頭を撫でいる。
    今度は街に連れて行ってやりたい。
    キヨタカに美味しい中華粥を食べさせて、それからお小遣いをあげて、なにか欲しい物を買わせたい。
    スグルも目を閉じてキヨタカを抱きしめた。少しずつ肉がついて、柔らかく温かくなる体にホッとする。
    癒される。こんな日が続けばいい。
    それでも恋人になれなかったのが、キュッと胸の隅っこに残って痛い。
    少し早すぎたのだろう、ちゃんとキヨタカに好きになってもらいたい。
    そのためにはまず、デートをしたりキヨタカと仲良くならないと…。
    恋人になって欲しいとは言ったけど、キヨタカは恋をした事が無いかもしれない。
    人間扱いされなかったのだから、人を好きになるなんて無いのだろう。
    キヨタカの前の主人はどうだったのだろうか。
    奥様という言葉は出たが、何度も買われていただろうから、そのうちの一人だろうか。
    あまり考え過ぎるのは良くないな。
    スグルはキヨタカの頭を撫でながら、微睡んだ。
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