ふわり、とキッチンから漂う香りに尾形は顔を上げた。初めて嗅ぐその香りは、茶のようでもあり、花のようでもある。どこかで既知だったような気がするそれに、思わず後ろを振り返った。
「どした?」
尾形の視線に気付いた杉元が小首をかしげる。端麗な顔立ちに反して時折混じる幼い仕草は、アンバランスなはずなのにやけに似合っていた。
「なんか淹れてんのか?」
香りの正体が気になってキッチンへ近付くと、ガラスのティーポットには茶葉と鮮やかなオレンジ色が浮いていた。
「桂花烏龍茶だよ」
「ぐい……?」
「桂花烏龍茶」
杉元の指が空を切って、文字を書き記す。
「金木犀か?」
「そう。会社の人からの旅行土産」
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