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    8_sukejiro

    @8_sukejiro

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    8_sukejiro

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    jojo5の護衛×暗チの共闘夢小説です。
    夢小説だから、オリジナル夢主が出てきます。
    友人(フォロワさん)の夢主が2人、私の夢主が1人。自分で自衛してね!注意喚起したから苦情受け付けません!((

    ##夢小説

    jojo5逆行jj5:逆行

    ギャング組織パッショーネの内部抗争。暗殺チームと護衛チームは激闘を繰り広げた。そして、その暗殺チームのリーダー、リゾットがボスの策略によって死んだ事により、暗殺チームの完全なる敗北が決まった。

    リゾットの部下、燕青はリゾットの亡骸に別れを告げ、辛うじて動くその身体を引き摺りながらも護衛チームを追いかけた。

    その時の彼女の意識は殆ど無いと言っても良かった。
    彼女をそこまで動かしたのは、ただひたすらにリゾットへの仲間への想いだけだった。
    暗殺家業で身に付けた無意識の隠密行動で、燕青はある1人だけを追いかけて命の灯火を消すことなく追いかけた。


    燕青が彼らに追いついた時、そこに広がるのは血の海であった。
    むせ返るような死臭は、ボスが率いていた敵ではない。ブチャラティ率いる護衛チームから放たれていた。
    護衛対象である女トリッシュ、護衛チームの仲間達の無残な死体。
    焦げた死体のナランチャ。あらゆる箇所が気体となり掻き消えたフーゴ、アバッキオ。そして、辛うじて息はしているが、足が在らぬ方向へ曲がり、片足が無くなっているジョルノ・ジョバーナの姿。
    燕青は思わず口角を微かに上げた。
    自身の幸運に、喜びを隠すことはできなかった。

    浅く息をするジョルノにとどめを刺そうとする長髪の男。その背後に、目元の隠れた人形スタンドが浮かび上がる。
    ジョルノはそのスタンドを見た瞬間、身体の浮遊感に襲われた。
    霞む瞳で観た景色は、たった今ジョルノを殺そうとした敵が悶え苦しむ姿だった。敵は、猛毒によって全身の穴という穴から血を流し苦しんだ。

    その声に気がついた敵の仲間が、そのスタンドの持ち主である燕青に襲いかかるが、燕青は出せる力全てを振り絞り、ジョルノを抱えて敵から逃げ出した。

    燕青が逃げた先は、そこから少し離れた山林の洞窟である。
    すぐに追っ手が来るだろう。
    だが、燕青は幸運だと思った。ジョルノがまだ生きていることも、この洞窟の近くで戦闘が起きていたことも、ここまで生きて逃げれたことも。

    蜘蛛の巣が張り巡らされた天井に、蔦の生えた内壁。太陽の日が当たらぬ場所であるというのに、その洞窟は崩れかけの石壁から光が漏れ出していた。

    その不思議な洞窟の最奥までジョルノを引き摺った燕青は、枯れた木の前にジョルノを投げ捨てた。
    湿った土に身体を打ちつけても抵抗する気力も持たず、うめき声をあげるだけのジョルノを、燕青は冷たい眼差しで見下ろした。

    「悔しいかい、ジョルノ・ジョバーナ。悲しいかい、ジョルノ・ジョバーナ。全てが水の泡になった気持ちはどう? 大事な人を亡くした気持ちはどう?」

    淡々と言葉を紡ぐその声は冷たさを帯びていた。
    冷える洞窟内も相まって彼女の口から放たれる言葉は、まるで鋭い氷柱のようであった。その声は、彼女の体温で暖まった白い息と共に吐き出される。
    燕青はジョルノの顔を覗き込むように、腰を下ろした。

    「ボクもね、つい最近知ったんだ。悲しみ苦しみ、怒り恨み寂しい恋しい。今のお前と同じ感情を、つい最近感じた。お前が…ボクの大事な仲間達を殺した時に…あの男が…ボスが、ボクの愛する人を殺した時に…全てを知ったんだよ」

    ジョルノの瞳が上がり、燕青を見つめる。
    睨みつけるかのような瞳と瞳がぶつかりあう。

    「お前は言葉にできないはずだよ、今の気持ちを。全てが水の泡になった今の気持ちを。無念?苦しい?憎い?そんなもんじゃない、もっともっとドス黒い深淵の闇だろ」

    燕青は自嘲する様に口角を微かに上げる。

    「なぁ、ジョルノ・ジョバーナ」

    その呼びかけにジョルノは掠れた声で、「何…だ…」と返す。何が目的かも分からないこの状況で、ジョルノは顔を歪める。
    だが、次の燕青の言葉にジョルノは瞠目する。

    「もしも、やり直せるとしたら…お前はどうする?」

    「…え?」

    「夢半ばで散ったブチャラティもその仲間も、救うはずだった護衛対象のトリッシュも、お前の愛した月海も…全部。全部、取り戻せるチャンスがあるのだとしたら…」
    「これはただのつまらないお伽話だ。だが、このお伽話で大事な物を取り戻せる可能性が僅かでもあるなら…お前は、ボクと協力するかい?」

    「ど、どうして…そんな事を、僕に…」

    「お前が必要だからだよ」

    燕青は震える声で「諦めきれないんだ…」と呟いた。

    「仲間も夢も全部諦めきれない…。イルーゾォやギアッチョ、メローネを殺した…っ、お前に縋るほどに…。もしも、可能性がほんの少しでもあるなら賭けてみたいんだ。仲間を取り戻して…そして、あの憎い大っ嫌いなパッショーネのボスを殺してやるんだ」

    「お前はどうする?」という問いかけにジョルノは「…仲間、と夢か…」と呟く。そして、目を閉じて全身の力を抜くように体を仰向けに倒した。

    「…本当に取り戻せるのなら…、少しでも可能性があるのなら…っ、僕もそれに賭けたいと思う」

    痛む肺に、傷ついた口内にジョルノはゲホッゲホッと数回咳き込んだ。

    「ぼ、僕達が…全てを変えることが出来るのだとしたら、仲間の死もこれまでの行動も全て…水の泡なんかじゃあなくなるんだ。この運命全てに意味ができるんだ」

    ジョルノは閉じた瞳のまま、薄く笑みを浮かべる。一度、力無く頷き「…うん…こんなに良い選択肢はないだろうね」と呟いた。

    ジョルノはそう言うと身体を起こし始める。
    痛みに顔を歪めて、上半身を起こせば燕青の顔を真っ直ぐに見つめ「僕は…何をすればいいんだい」と問いかけた。
    燕青は安堵の息を漏らすと、足の力が抜けるのを感じ、地面に座り込んだ。
    そして、目の前の大木を指さした。
    ジョルノがその指が示す先を見れば、大木の中心部には石像が埋まっていた。

    「石像…?」

    「その石像は農耕神とも時の神とも云われる神様で、作物と血肉を生贄として捧げることで神を呼び寄せる。生贄はボク達自身、作物はジョルノ・ジョバーナ…お前が作るんだ」

    燕青は、指をジョルノの方へ滑らした。

    「生命へと変える力を持つスタンド…ゴールド・エクスペリエンス。だから、お前が必要だったんだよ」


    燕青は2年前のあの日を思い出した。

    それは燕青が暗殺チームに入りたての頃に起きた、ソルベとジェラートの死。その頃の燕青は感情というものがまるで抜けて落ちたかのように無いに等しかった。

    燕青を拾ったリーダー、リゾットの隣で彼女はただ何となくでその場にいた。

    その時、リゾットがこう溢した。

    "時の神がここに居たのなら…取り戻せたか…"と。

    燕青が時の神…?と聞けば、彼は一つのお伽話を話し始めた。

    "ある農夫が愛する者を殺された時、何処からともなく農耕神が現れて、家畜の血肉を生贄に時を戻した" というナポリのある村に伝わるお伽話だという。

    当時の燕青は何故リゾットがその話を出したのか分からなかった。だが、今の燕青にはよく分かる。
    お伽話だろうが神だろうが…大切な人達を取り戻す事が出来るというなら何でも良いのだ。
    そのお伽話を信じてしまう程に、今の燕青は仲間を妹を愛していた。

    「どうせ…私達もあと少しの命…。最後ぐらい悪足掻きして生贄になっても良いと思わないかい?」

    微笑を浮かべる燕青にジョルノは一度頷いた。

    そして、ゴールド・エクスペリエンスを呼び出すと、地面に両手をつける。ゴールド・エクスペリエンスもジョルノと同じように地面に両手をつく。
    スタンド能力独特の不思議な音が洞窟内に響き、湿った土からは次々と植物が育っていった。

    「土を、繁殖能力の高い植物の芽に変えてるんだ。そうすれば、この地面一面に増殖していくはずだから」

    「…そう…」

    石壁から差し込む光に照らされたジョルノの横顔、次々に芽生え成長していくその植物達は神々しくも見えた。

    これで…良い…。

    燕青はそう呟くと、その身体を地面に倒した。
    体力の限界だった。信念だけで保っていたその僅かな命の灯火は、もう殆ど消えかけていた。
    自身の鼓動が弱まるのを感じていた。

    その灯火が消えるまで、燕青は「はるの…」と彼を呼び、ただの幼馴染としてジョルノに話しかけた。

    今まで何があったか、何でギャングに入ろうと思ったのか。もう死ぬだけの2人は、お互いがお互いのこれまでを話た。力なく笑って傷口が痛んで、過去を思い出して悲しんだ。

    そして、最後に燕青は、ジョルノに声をかけると「今まで…、月海を守ってくれて…ありが、とう。はるの…」と弱々しく掠れた声で呟いた。
    彼女の微かに見える視界には、ジョルノが頬から雫を流しているのが見えた。
    視界が暗闇に染まり、燕青は少しの浮遊感を感じながらも眠りについた。

    __


    ゆっくりと瞼を開ければ、眩い光に目が眩んだ。
    光を遮るように手を額に置き、瞬きを数回繰り返す。
    次第に慣れてきた目で光の正体を探れば、それは窓から差し込む太陽の光だった。

    「ここは…?」と呟けば、離れた場所から「寝すぎだ、早く起きろ」と聞き慣れた声がした。
    咄嗟に起き上がって見つめた先は、部屋の扉に寄りかかる暗殺チームのリーダー、リゾットの姿だった。

    「ここはお前の部屋だろう」

    「………リーダー…」

    「…寝ぼけてるな、燕青」

    唖然としたままの燕青にリゾットはため息を吐いた。

    「今日はカプリ島に暗殺に行く日だろう。さっさとイルーゾォと合流して行くんだ。ボスの娘の件もある、手早く済ませてこい」

    燕青は戸惑いながらも…うん。と返事を返した。
    リゾットは部屋を出る前に、また燕青の方を振り返り「朝飯は食っていけよ」と伝えて出て行った。
    その言葉で燕青は思い出した。
    そういえば、1ヶ月ほど前ぐらいからメローネが料理をし始めた事を。
    なんでも「良い親ってのは、料理も出来なくっちゃあいけないんだ」とのこと。「誰の親になるつもりだよ…」とホルマジオに嫌悪の眼差しで見られていたが、それには燕青も同感だった。

    「懐かしいなぁ…、…っ」

    懐かしい…とは、なんだ…?何が懐かしいというのか。
    メローネの料理ならここ毎日食べているじゃあないか。
    懐かしさを感じる要素など、何処にも無いというのに。

    燕青は異様な違和感に冷や汗を流す。
    だが、いくら思い返しても何も浮かばなかった。
    本当に…ただ…寝ぼけているだけなのだろうかと考えて、支度を済ませてダイニングルームへ向かう。

    扉を開ければ、香ばしいブレッドの香りが漂っていた。その香りの中にトマトとチーズの香りが微かに感じられ、食欲を促してくる。

    「おせぇ」

    その声を無視して自席につけば「おい」と声をかけられる。

    「なんだい、うるさいな」

    「おせぇっつッてんだよ」

    燕青は一度イルーゾォを見遣るが、すぐさま逆方向へ首を向けリゾットを見る。

    「ごめんね、リーダー。寝坊しちゃって」

    そう言うと後ろから「おい!」と怒鳴られて、リーダーにも少し叱られる。渋々謝罪を口にすれば、まだ納得のいかないイルーゾォはぐちぐちと嫌味を口にする。

    「お前よか8歳のガキの方がお利口だな。あいつはちゃんと朝起きてスクオーラに行ってんぞ」

    なのにお前は〜。新人のくせに〜。と言うのを全て無視してやれば、またしても「おい!話聞いてんのか!」と怒鳴られる。
    燕青がスタンドを出し、イルーゾォの飯に毒でも盛ってやろうと思った時、プロシュートが2人の頭に拳骨を落とした。

    「〜っ!」

    頭を抱える2人を見つめて、プロシュートは大声で怒鳴る。

    「イルーゾォ!テメーは黙って飯も食えねぇのか?!嫌味言ってる暇があるならさっさと飯食いやがれ!燕青!お前も寝坊したんならちゃんと謝るっつーのが筋ってもんだろう!」

    2人でごめんなさい。と言うと、新聞を持つギアッチョは指差して笑い始めた。
    いつもの日常だ。
    まるで本物の家族みたいに戯れて喧嘩して怒られる。何も変わった事はなかった。
    ないはずだったのだ。
    あのカプリ島に行くまでは。



    カプリ島での2人の暗殺は、イタリア政府の官僚が標的だった。
    別荘で寛ぐ官僚をイルーゾォのスタンドで鏡の中に入れ、燕青のスタンドで全身に毒を回らせてやれば簡単に終わる任務だった。

    ポケットから毒飴を1つ取り出すと、口に咥える。自身のスタンド、イマジナリー・シー・スワローの毒が補給されていくのを感じ取った。
    鏡の中の別荘で寛ぐイルーゾォと死体を一瞥した後、燕青はベランダから外の景色を見た。

    燕青は、この光景、この場所に既視感を覚えていた。
    そして、漠然と何か大事な事を忘れているのではないかという不安があった。

    不安に駆られ、周囲の警戒をしたいとイルーゾォに申し出る。

    「…イルーゾォ、ボクのスタンドに偵察をさせるから外に出してくれないかな」

    イルーゾォに自身のスタンドのみを外に出してもらい、スタンドに偵察をさせる。

    「何かあったのか?」

    「どうだろう。分からない…一応、念のためかな」

    スタンドを飛ばせば、今居る周辺は何も変わったところなどなかった。遠くはどうだろうか…と海辺が見えるところまでスタンドを飛ばす。
    ボクの気のせいか…。と思ったその時、ある一行の気配を感じ取った。

    燕青は驚愕に目を見開く。

    それは、その中の2人に理由があった。

    1人は幼馴染の汐華初流乃。もう1人は、1度たりとも忘れた事などない血の繋がった妹、海藤月海。

    なんで…ここに…と燕青は呟く。

    初流乃は変装しているのか、イメチェンをしているのか昔と随分変わったようにも感じたが…何故だかその姿には既視感があった。
    それに、周りの男達もだ。周りの男達も誰1人と知らないはずだというのに、何故だろうか皆、どこかで会った事があるような…。

    燕青がそう思っている時、室内で寛ぐイルーゾォが「まぁ、用心していて損はねぇよな」と呟く。

    「ポルポが自殺したなんて馬鹿げた話が出てるぐらいだ。何が起きてもおかしかねぇ」

    「ポルポ…が、…」

    イルーゾォの言葉を聞いた時、燕青の脳裏にある言葉が浮かび上がる。

    "ポルポは、僕が殺したんだ"

    "拳銃を一挺、バナナに変換してね"

    口の中の毒飴がぱきりと音を立てて割れる。
    その言葉は、ジョルノ・ジョバーナ。初流乃が言った言葉だった。

    「…違う」

    「なに?」

    「ポルポは自殺なんかしてない。殺したのは…」

    ジョルノ・ジョバーナだ…。

    「…っ!」

    燕青は瞬時にイルーゾォの方へ向いた。

    「イルーゾォ!高台だ!高台に行かなくちゃあいけない!」

    突然大声をあげる燕青にイルーゾォは、はぁ?!と驚愕の表情で返す。
    燕青はイルーゾォ、早く!と声をかけて走り始めた。

    "高台に隠してあったポルポの遺産で幹部に"

    "トリッシュとはその時に"

    燕青の脳内にジョルノの言葉が再生させる。
    ジョルノ・ジョバーナは、この後トリッシュと出会うのだろう。何故だかわからないが、そう確信がある。
    何故ジョルノがギャングに?何故ボスの娘と出会う?
    あの周りにいる男達との関係はなんだと言うのだ。

    分からない事ばかりだ。だが今はそんな事を気にしている暇などないのだ。これは、ボク達、暗殺チームの夢がかかっているのだから。

    知らぬはずの記憶、声が燕青に知らせているのだ。
    リーダーが暗殺チームが望む、ボスの娘がこのカプリ島の高台に現れると。


    2人が高台に到着すればそこにはまだ誰もいなかった。
    鏡の中で公衆トイレへと足をすすめる。
    イルーゾォはトイレにある洗面台の鏡へと移動すると、鏡の中を覗き「まだ誰もいねぇみたいだぞ」と燕青へ伝える。

    「先回りできたみたいだね。ボクのイマジナリー・シー・スワローを外に出しておくよ。外の様子がわかるだろうから」

    燕青がそう言うと、イルーゾォはスタンドのみが外に出る事を許可する。

    「で、ここに何があるってんだ?」

    イルーゾォの言葉に燕青は眉間に皺を寄せる。
    なんて言ったら良いのだろうかと悩んだ。

    「確信があるわけじゃあないんだけど…」

    「あぁ?!確信もないのにこんな所まで走らせたのかよ」

    イルーゾォは、ため息を1つ吐くと「まぁいい。それで?」と続きを促した。

    「うん。ここに、ボスの娘がくるかもしれないんだ。何故ここに来るのか、誰と来るのかまでは分からないけれど」

    「…!ボスの娘が?!」

    驚愕の表情をするイルーゾォは、次第に顔を顰める。

    「だが…おかしい。なんでお前が知っているんだ、そんな事を。ボスの娘の家を調べた時は何も出なかったのに、なんでお前が知ってるってんだ」

    そう、暗殺チームはボスの正体を探るべくボスの娘を調べていた。そこで見つけたボスの娘の家。何か手がかりはないかと家中を探したが、あるのはボスの偽名と元妻と娘の名前のみ。
    ボスにたどり着くもの、また、ボスの娘…トリッシュを見つけれるだけの情報は何1つ見つける事ができなかったのだ。

    「…分からない…。これが正夢なのか、ただの勘なのか分からない。けど…」

    燕青がそう言った時、イルーゾォが「おい!誰か来たぞ!」と声を上げる。
    イルーゾォに近づき鏡を覗けば、そこには男女6人の姿。ジョルノと月海達だ。

    「おい、ボスの娘なんていないじゃねぇか。写真で見た女は何処にもいないぞ」

    「いや、もう少し待ってみよう。来るはずなんだ」

    こんな勘か正夢か分からない、当てにもならない情報を信じるなんてどうかしている。自分でもそう思う。
    正直、間違ってくれてた方が気持ち悪くなくて良い。これが当たっていた場合、何故、何も知らないはずの自分がこんなにも分かってしまうのかと悩まなくてはならなくなるじゃあないか。

    ジョルノ達がトイレから出て行って何やら口論しているようだが、暫く誰も入る気配がなかった。

    よかった…と安堵の息を漏らし、膝を曲げた燕青の腕をイルーゾォは勢いよく引っ張り上げる。

    なんだよ!と声をあげようとした瞬間、驚愕に染まるイルーゾォの顔を見て血の気が引く。

    「まさか…」

    そう呟いた燕青は、瞬時に鏡へと視線を向ける。

    「トリッシュだ。トリッシュ・ウナだ!ボスの娘の!!」

    イルーゾォの言葉通り、鏡の目の前ではトリッシュ・ウナが服を着替えていた。
    なんて事だ。当たってしまった。

    「ボスの娘を捕らえる!そうすれば俺たちの勝ちだ!」

    そう意気込むイルーゾォを燕青は引き止める。

    「今はその時じゃあないよ。だめだ、1度持ち帰るべきだよ」

    「あぁ?!何悠長なこと言ってんだ。目の前にボスの娘が居るんだぞ!」

    「だからだ!!ここでしくじれば、2度とチャンスは回ってこないかもしれない。慎重に行くべきだよ」

    燕青はイルーゾォの腕を掴み「次の行く場所もボクは知ってる!それに!彼らは敵じゃあない!」と声を上げた。

    えっ…。
    「…は?」

    訳がわからないと顔を顰めるイルーゾォを燕青は、瞠目しながら見つめる。
    訳がわからないのは、燕青も同じであった。

    何故だ。なぜ、ボクは彼らが敵じゃないなんて言ったんだ…?何故、ボクは彼らの次の行動を知っている…?

    ボク、は…ボクは何か大事なことを忘れている…。ジョルノや月海、トリッシュの事ではない。他の、もっと大事な何かだ。ボクにとっての大事な大事な何かを、ボクは忘れている…。

    「なんで、お前がアイツらの次の行き場所を知ってんだ。それも…勘だって言うのかよ」

    イルーゾォのその問いに、燕青は顔を俯かせる。

    "僕は、ボスを倒す為に"

    燕青は首を横に振った。

    「…あそこにいた男が…ジョルノ・ジョバーナが言ってたんだ。あいつらの目的は、ボスを倒す事だって」

    それを見てイルーゾォは、「わかった…」と諦めのため息を吐く。

    「お前は新人だが、馬鹿じゃあない。常に慎重なやつだ。お前の言葉を信じてやる」

    燕青は目を見開き、イルーゾォを見つめる。

    「リーダーだったらそう言うだろうからな。だがな!俺は責任を一切とらねぇ!!責任は全て燕青…お前ががとるんだ、いいな」

    「もちろんだよ」

    「それで、あいつらは何処に行くんだ?」

    「カプリ島からは出ないみたいだよ。人通りの多い所…恐らくアナカプリだ。そして沢山の買い物ができる場所。ここまで特定されれば、この小さいカプリ島内でなら探すのは容易いはずだよ」

    「…なるほどな。場所がわかるなら問題はないだろうな。リーダーに報告しに帰るぞ」

    燕青は頷いた。

    ――

    2人がその情報を持ち帰り、リーダーに話せば彼は鋭い瞳を燕青に向けていた。
    それは、燕青がリーダーにボスの娘を護衛する者との協力を提示したからだ。
    燕青の言葉にギアッチョは、はぁ?!と声を荒げる。

    「頭おかしいんじゃねぇのか!?んな雑魚共と協力するだと?!」

    「ボスを倒すという目的は一緒なんだよ」

    ギアッチョが口を開いた時、プロシュートがギアッチョを止める。

    「だが、燕青の言う事も一理あるぜ。ポルポが死んだのはブチャラティのとこの新人が面会した後だ。情報チームの話じゃ、その男がポルポを殺したって話も出てるんだぜ。新人だってのにブチャラティの仲間と共にパッショーネを2人も倒したともな」

    燕青は頷いた。

    プロシュートから話を聞くまでは、自分のこの声、記憶が幻覚ではないのかとどこか疑っていたが…もう、これは紛れもない真実となったのだ。

    「ジョルノ・ジョバーナは使えるよ、リーダー。ブチャラティ達と協力関係を築けば、ボク達も有利に動けるはず」

    それに、邪魔になったら…。と燕青が言うと、リゾットは「…消せば良い、か」と続けた。

    「お友だちになるなら、いい話があるよ!」

    その甲高く幼い声のした方へ顔を向ければ、にこにこと笑顔を咲かせるラッテがいた。

    先程ホルマジオの送迎によりスクオーラから帰ってきたラッテは、ぬいぐるみを抱きしめる。
    ラッテはホルマジオへ顔を向けて、「ね?」と首を傾げた。

    「あぁ、ラッテの通う学校がある中央イタリアの田舎町にパッショーネじゃねぇ、別のギャングチームが移住してきてるぜぇ」

    「ホルマジオさんにはもう話たけど、私のクラスメイトの子がその組織の一員みたいなの。相手は私の事を知らないみたいだったけど」

    「え?でも…なんで、ラッテがその子がギャングだって…?」

    ペッシがそう質問すればラッテは、可笑しそうに両手で口を押さえてふんわりと笑う。

    「ふふ、その子ったらねぇ〜。ペラペラ周りの子に話してたの。パッショーネのボスの娘を攫ってやるのさ!ぼくは最強だからね!って。うふふ、馬鹿みたいよね。まるで自分がクラスで1番強いんだって威張ってるみたい」

    「それで、そのガキはなんて言ってた?」

    プロシュートがそう質問すれば、ラッテはその子供から聞いた話を説明した。

    自ら質問したわけではないので、その子にはラッテの顔は知られていない。ラッテはその類稀なる可愛らしい見目で、虜にしていた学校の人間達を使ったのだ。同級生の子や、先輩にその愛嬌と笑顔で近づき、「彼のことが気になるけど、恥ずかしいから…」といろいろ聞いてもらっていたのだ。

    ギャング組織にはスタンド使いがいる事。自身もスタンド使いだと言うこと。自身はある資産家の息子で誰よりも高貴で金持ちであり、ギャング組織の中ではNo.2に匹敵するほどの強さが云々。

    影に隠れながら、その子から聞いた話をラッテは皆に説明した。

    「すげぇどうでもいい話まで入ってたぞ」

    「その子の馬鹿さが垣間見れる部分があったな」

    ギアッチョとメローネが2人にしか聞こえない声でそう呟く。


    ラッテは少し考えるように視線を下げると、でも…と続ける。

    「その子がただの馬鹿でアホならいいんだけど、罠の可能性もあるでしょ?だから、本当の事は分からないの…」

    「あぁ、さっき聞いた話だからな。裏は取れてねぇ」

    「だが、もしそれが本当なんだとしたら、そいつらはボスの娘を拐いに行くだろうな。俺達ならそうしてる。そして、決行は本日下午だ」

    プロシュートはリーダーの方へ体を向けると「決めるなら今しかねぇぜ、リーダー」と問いかける。

    「ボスが死んでくれりゃそれでいい。懐に入ってみるのも悪くはないかもしれんな」

    リゾットはそう言うとホルマジオを呼ぶ。
    ホルマジオは、リゾットの次の言葉を理解して口角をあげた。

    「任せろ、ガキの子守りには慣れてるからな。俺はよ」

    ____

    逆行ニ
    ジョルノ・ジョバーナは胸騒ぎを感じていた。

    それは己の中にある違和感と、覚えのない記憶のせいか、それとも別のものか。
    自身の片手を見つめ、結んでひらいてを繰り返す。

    ジョルノが小さくため息を吐いたとき、隣に座っていた海藤月海が声をかける。

    「ジョルノ、大丈夫?船の時から、元気がないみたいだけど…」

    「いや…大丈夫だよ。たぶん、ちょっと疲れただけだから」

    疲れてるなら横になった方が、と月海は横になれそうな場所をきょろきょろと見回す。
    そんな2人の様子に気がついたブローノ・ブチャラティは、「どうした?」と声をかけた。

    「ジョルノが元気ないみたいなんです」

    眉を下げてそう言う月海を見た後、ブチャラティはジョルノの前に座る。

    「何があった、ジョルノ」

    「…いえ…大した事じゃないんです」

    ジョルノは話していいのだろうかと考えた。
    不確かな記憶、声とこの違和感を話しても、ただ悪戯に皆を混乱させるだけではないのかと。

    「不安要素は1つでも取り除いておきたい。話してくれ」

    ブチャラティの言葉にジョルノは、本当に大した事じゃないんですが…と話し始める。

    「船の上で目が覚めた時から、小さな違和感がありました。なんで船で寝てしまったのかも分からないですし、アバッキオさんが"新人の癖に良いご身分だな"と言ったとおり、僕なら絶対に新人の立場で居眠りなんてしないはずなんです」

    「それと、声が…」と言ったジョルノに、ブチャラティは怪訝な表情で「…声…?」と呟く。

    「ええ。声が聞こえるんです。それに、断片的ですが身に覚えのない記憶も存在してる」

    「スタンド攻撃か?」

    「いいえ、それはないでしょう。スタンド攻撃なら、もっと僕を惑わせ、このチームを撹乱させようとするはずです。それどころか…いえ…」

    「それともう1つ…」とジョルノは手を見つめる。

    「ジョルノ、ずっとその手を気にしているよね?痛むの?」

    その問いにジョルノは首を横に振る。

    「痛みはありません。…けど、ずっとスタンド能力を使っているような感覚がするんです」

    「でも、ゴールド・エクスペリエンスは出していないのよね?」

    「ええ、出していないんです」

    「不思議な感じだ…」とジョルノは呟く。

    「自身の体に集中しなければ気が付かないような程、微かな感覚…。勘違いではないのかとも思える程に」

    ブチャラティは怪訝な顔で目を細め、「心当たりはないのか?」と聞く。
    その言葉に、ジョルノはブチャラティから視線を逸らした。

    心当たり…と言われて脳内に浮かぶのは、幻想的な洞窟だった。そこが何処だか分からないし、石畳から光が漏れ出しているファンタジーのような場所が本当にあるのかも分からない。
    ジョルノが口を開こうとした瞬間、外から聞こえたフーゴの怒声が部屋を震わせた。

    「っ?!」

    ブチャラティは勢いよく立ち上がり、外へ駆け出した。
    2人もそれに続いて外へ飛び出せば、フーゴが傷だらけのナランチャの胸ぐらを掴み上げている姿があった。

    「ナランチャ!!お前っ話聞いてたのか?!!!」

    怒声を浴びるナランチャは咳き込みながらも、フーゴに反論する。

    「っ、これが1番良いと思ったんだ!離せよ!今は体中が痛ぇんだよ〜!」

    フーゴとナランチャが口論する足元で、見慣れない人物が倒れているのをジョルノは見つける。

    「2人共!やめるんだ!」

    ブチャラティが2人を止めに行くのを横目に、ジョルノはその人物へと足を進めた。
    熱傷と銃痕、流れる血の量から彼が重傷だというのが見て取れる。

    「ナランチャ、この人はいったい…」

    「そうだ!!ブチャラティ、そいつを助けてやってくれよ!」

    途端にナランチャがそう叫び、ブチャラティは重傷の男を見つめる。

    「そいつ、俺が撃っちまったんだよ!治してくれよ!早くしねぇと、たぶん、そいつ死んじまう!」

    「何言ってんだよテメェ!勝手に人連れて帰ってきやがって、今度は治せだぁ?!!誰にも知られちゃあいけねぇっつったろうが!!」

    「おい!フーゴ、落ち着け!」 

    アバッキオはフーゴとナランチャを引き離す。

    「ナランチャ、この男は誰だ?手当てするにはまずこいつが安全かどうかがわからなくては何も出来ない」

    「…そいつの名前は、ホルマジオだ」

    「おい、名前を聞いてんじゃあねぇんだぜ」

    「わかってるよ!パッショーネのメンバーだって言ってた。そいつ言ってたんだよ、ボスの娘を狙ってる奴等を知ってるって。俺らに協力するって」

    その言葉に皆が驚いた。

    「俺が買い物に行った時、ボスの娘を狙ってる敵をそいつが見つけて知らせてくれたんだ。倒すのをそいつが協力してくれたんだよ」

    ナランチャは先程起きた戦闘をブチャラティ達に説明しはじめる。


    ――


    買い出しの車から降りたナランチャは、男の声に振り返った。
    自身がたった今降りたはずの誰もいないはずの車内には、男が座っていた。

    「しょうがねーなぁ。いつまでもよぉ」
    そう笑いかける男。

    ナランチャは咄嗟にナイフを抜き取り、男へ突きつけた。

    「なんだ、てめー!!降りろッ!!」

    「おいおい怖ぇな。そう警戒すんなよ、俺は警告しに来てやったんだぜぇ…。ありがとうの1つぐらい言うのが礼儀ってもんだぜ」

    「やかましい!!!降りろって言ってんだボケェ!!」

    ホルマジオは、しょうがねーなぁ…とため息を一つ吐いて、腕を組む。

    「俺の名は、ホルマジオ。組織のメンバーだ。ナランチャ、お前はやっと見つけたが…ブチャラティやその仲間達はどこにいる?」

    ナランチャはその問いに、「さぁな」と答える。

    「今何処にいるかなんてしらねぇよ。そこらのレストランか探し…」

    探したのか。と続けようとした言葉に、ホルマジオは「この車…」と言葉を重ねる。

    「レンタカーだろ?借主はブチャラティだろ?どっから引っ付けて来たか知らねぇが、敵の存在にも気付かずに呑気にうろちょろしてるお前によ、俺は親切に警告してやってんだぜぇ。教えてくれたって良いんじゃあねぇのかよ」

    ナランチャは目を見開いてホルマジオを指さすと「っざっけんな!カマ掛けてんじゃあねぇぞ!!」と叫ぶ。

    「おい!こっちは裏切り者がいるって聞いてんだ!!それはつまり、パッショーネのテメェだろうがよ!!!今、目の前にいる最も怪しい奴は、テメェしかいねぇんだぜ!!」

    ホルマジオは口角を上げると「しょうがねぇな…」とくつくつと笑う。

    「テメェよぉ…、馬鹿なんじゃあねぇのか。今テメェは、自白したのと同然なんだぜ?敵が目の前にいるってのによぉ!」

    ナランチャはハッと目を見開き、次第に悔しさで顔を歪める。ヤバい…ヤバいぞ…、と。
    バレちまったかもしれねぇ。護衛のことを。これ以上知られるわけにはいかねぇ!なら、今、殺るしかねぇ!!

    「エアロスミス!!!」
    ナランチャはエアロスミスを呼び出した。突如現れた小型のプロペラ戦闘機が車に向かい急接近する。

    「なんだ…!スタンド使いか?!」

    ナランチャは真っ直ぐにホルマジオを見据え、車へと銃撃を開始した。

    激しい銃撃音が鳴り続いた後、ナランチャは目を見開く。

    「なっ?!」
    車内には死体どころか、血液も何もおちてはいなかったのだ。

    「お前は本当に引っかかりやすい奴だな」

    何処からか聴こえてくるホルマジオの声。
    ナランチャは周りを見回したが、誰もいなかった。
    だが、確実な位置は分からずとも…確かに声は前方からだった。
    敵は…ホルマジオは目の前にいるのだ。
    ナランチャは車に蹴りを入れると「ぶっ殺す!!」と叫んだ。それは秘密を守り抜くという信念だった。
    彼が何度もぶっ殺す!と叫ぶたびにエアロスミスの銃撃は激しくなっていく。

    「やっちまえ!!エアロスミス!!!」

    ナランチャがそう叫んだ瞬間、車はエアロスミスの放った爆弾により座席ごと破壊した。黒煙が窓から上がるのを見て「どうだ!くたばったか?!」と車の周囲を確認した。

    「何を探してんだよ、ナランチャ」

    笑いを含むその声はナランチャの背後から聞こえた。
    「テメェが探すべきはスタンドだろ?テメェの車にスタンドが付いてるんだぜ」と男が言った瞬間、車からけたたましい叫び声が響き渡った。

    "ギギイィイイイイイイ"

    それは、スタンドの叫び声だった。

    「っな!?!!んな、馬鹿な!!」

    そのスタンドは、エアロスミスが撃った座席の下から這い出た。全身が真っ赤なスタンドがそこから現れたのだ。
    ホルマジオの言う敵というのはこいつの事だったのかとナランチャは驚愕する。

    「テメェがスタンド使いで良かったぜ。俺もどこにいるのかはっきりと分からなかったからよ」

    ホルマジオはナランチャの顔の横に腕を伸ばすと、指先でスタンドを指し示す。

    「しょうがねぇな〜、何度も言わせんなよ。テメェの敵は、あいつだぜ」



    車から這い出た真っ赤なスタンドは"よくも…よくも…"と全身から火を出しながら呟く。

    "よくも破壊しやがって!!邪魔してんじゃあねぇぞ!ミソカスがあ!!"

    突進してくるスタンドにナランチャはエアロスミス!と銃撃を放つが、その銃弾はスタンドに当たる事なく前方で爆発した。

    「なっ!?エアロスミスがきかないだと?!」

    そう叫ぶナランチャをホルマジオは、腰を蹴り飛ばす。
    突進したスタンドは勢いのまま、たった今ナランチャが立っていた場所を通過し後方の車へと突っ込んだ。
    その瞬間、車は瞬く間に炎上し、激しい爆発音をだした。

    「信じる気になったかよ、ナランチャ」

    嘲笑うように目を細めそう言うホルマジオをナランチャは睨みつける。

    「テメェの言ってる事が本当だとして、何でブチャラティを探してんだよ。敵の正体を知ってるて言ってたよなぁ?!それはなんなんだよ!」

    「ただで教えると思うのかよ、おい。敵の正体を知りたけりゃ俺をブチャラティの所に連れて行くんだな。全ては、リーダーが話す」

    ホルマジオは、上半身を前に倒して「話はそれからだぜ」と言ったその時、火を纏った紐状のものがホルマジオを襲う。
    おっと、と咄嗟に避けたホルマジオを追撃するように放たれる紐状のものが襲いかかる。
    ホルマジオは自身のスタンドを出した。

    「リトル・フィート!」

    人差し指に細長い針がついたスタンドは、その針で紐状のものをはじきかえした。

    瞬間、人差し指と紐の間から一瞬の光。そして、爆発がおきた。
    吹き飛ばされたホルマジオは驚愕の表情でそのスタンドを見つめた。
    火を身に纏う敵は上半身から伸びる紐状の武器で敵を襲い、触れた瞬間爆発するスタンドのようだった。


    突進以外の速度は遅いが、遠距離型はホルマジオには不向きであった。

    本体を叩きたい所だが、あの移動する車にスタンドのみがずっとへばりついていたところをみると本体は近くにはいないのだろう。
    全く厄介な敵であるとホルマジオは悪態をついた。

    「っくそが!」

    その上、先程のナランチャの攻撃を見るからに、敵はナランチャの攻撃も防ぐ事ができるのだ。そして、現に今も、敵はナランチャの銃撃を浴びることなく前方で爆発させて食い止めていた。

    ――――

    ナランチャは、危機感を感じていた。それと共に、己の愚行を後悔した。

    ナランチャ・ギルガのスタンド能力は小型のプロペラ戦闘機だ。その戦闘機はただ銃撃をするだけのものではない。二酸化炭素によって敵を識別する能力も秘めている。

    故に、ナランチャは後悔した。
    自身が車に爆弾を投下したことも、たった今放った銃撃が爆発したことも。

    車2台と銃撃での爆発により、ナランチャの識別機能はとても難しいものになっていたのだ。
    そして、撃っても撃っても敵の前方で爆発して当たらない事にも焦燥感を覚えていた。

    激しい攻防戦は着実にナランチャの体力を奪っていった。

    "ナランチャつったかぁ?テメェよぉ"

    敵はナランチャを睨みつけて言葉を続ける。

    "洗いざらい吐いてもらうぜ、ボスの娘についてよぉ〜!!!"

    スタンド独特の怒声がナランチャの耳を通る。
    敵スタンドの炎を纏った紐がナランチャの目の前を掠める。咄嗟に回避したナランチャだったが、鼻に付くガス臭さに違和感を覚えた。
    その瞬間、ナランチャの目の前は炎をあげて爆発した。

    「なんだっ?!」

    吹き飛ばされたナランチャのポッケから紙が落ちた。

    "あ〜?おいおい、なんか落ちたぞ"

    ナランチャは見逃さなかった。
    紙を拾い上げる時に敵スタンドが自身に纏う炎を解除したことを。

    「エアロスミス!!」

    ナランチャにとって、それは一つの賭けであった。
    地図を落とした事で、敵に情報を渡してしまうかもしれない。だが、情報を手に入れたい敵は必ずそれを拾うだろうと予測していた。

    エアロスミスは炎を解除した敵に銃撃を浴びせる。
    ナランチャの予想通りだった。
    敵に初めてエアロスミスの攻撃が当たったのだ。
    全弾命中とまではいかなかったが、確かに数発は敵に命中した。

    敵は呻き声を混ぜながらも、ナランチャにクソミソがぁ!と罵声を浴びせる。

    "くそがぁ!!だがなっ、これは地図だろう?お前がもってきた地図だ。つまり!ここに記されているのはボスの娘の居場所って事だよなぁ?!!"

    敵は下卑た笑みを浮かべ "つまりは!これを持ち帰れば俺の勝ちって事だよなぁ!!" と叫んだ。

    ナランチャは、「させるか!」とエアロスミスで更に撃ち込む。
    炎を解除している今なら、敵に弾が当たるはずだと。
    だが、そのナランチャの考えは敵目前で爆発した自身の銃撃によってかき消された。
    炎を纏ってないにもかかわらず、敵は銃撃を爆発させたのだ。

    "何度も同じ手が使えると思うな!テメェだけから逃げることなんて容易いんだよ!"

    敵がそう吠えた時、「どうやって逃げるって言うんだよ」と背後から声がした。

    "な…"

    敵スタンドを覆い隠すように影がかかる。
    すぐ後ろに立つホルマジオの姿に敵は驚愕の表情を浮かべた。

    敵は完全に油断していた。先程吹き飛ばしたホルマジオの姿が見えないことから死んだと思い込んでいたのだ。
    だが、どうして急に現れたんだ?!どうしてこんなにもコイツは大きい?!

    まるで巨人のように大きなホルマジオが、敵を見下ろしていた。

    「そんなデカい地図持ってよぉ…どうやって俺達から逃げるってんだボケェ!!」

    ホルマジオの蹴りが、小さな敵へと当たり吹き飛ぶ。
    敵は痛みと浮遊感に苛まれながらも理解した。
    ホルマジオが大きいわけではなく、地図が大きいわけでもない。己が小さくなったのだと。

    ベシャッと敵が地面に落ちる音を聞き流しながら、ホルマジオは落ちた地図を拾う。
    それを、「しょうがねーなぁ」とナランチャに投げ渡せば、ナランチャは目を見開いた。
    ホルマジオがナランチャへ口を開きかけた時、ガス臭さに気が付いた。
    咄嗟にその場を避けた途端、その場所は爆発を起こした。
    悪態を吐くホルマジオは周りを見回したが、敵の姿は消えていた。

    「消えやがった…!」

    「逃げられた?!お前が蹴ったからじゃあねぇか!どうすんだ!!」

    取り乱すナランチャにホルマジオは「違う!」と叫ぶ。

    「馬鹿が、よく考えろ!あいつは確かに、地図を見た。だがな、あいつは地図を持ち帰るつったんだぜ」

    「っ!」

    「それはつまり、あいつ単体じゃあ本体に情報はいかねぇって事なんだよ」

    ホルマジオがそう言った時、道路沿いに駐車してあった車が次々に爆発していった。敵が撹乱のために車両を爆発させたのだ。エアロスミスのレーダーで探知できぬようにと。
    だが、ホルマジオは周りを警戒しつつ「惑わされんなよ」とナランチャへ指をさした。

    「奴の狙いは今地図を持ってるテメェなんだぜ、敵を探知してぶち抜け!!ナランチャ!」


    ナランチャは目を見開いた。
    仲間でも無い奴に指図され、敵を探知しろだと?それが出来てたら今まで食らってた攻撃も当たってねぇんだよ!と怒りも湧いた。
    エアロスミスのレーダーには爆発により発生した二酸化炭素が数多く映っている。これでは敵を探知することなど到底出来ないのだ。

    だが、どうする…?!敵は確実に俺を狙い、地図を奪い取る気だ。それだけはさせちゃあならねぇ!!!

    その時、ガソリンの臭いがナランチャの鼻を掠めた。

    「っ!いやがるなぁ!そこに!」

    ナランチャは咄嗟にその場を避けた。

    「っ!」

    ナランチャは気がついた。
    敵の特徴はガス臭いあの臭いなのだと。
    そして、今その臭いはナランチャの目の前にあるのだ。そう、すぐ近くに。近づいてきているのだ。
    エアロスミスはその匂いに向けて銃撃を開始した。

    "うわぁああ!!"

    スタンドの叫び声がこだまする。だが、その声は次第に笑い声へと変わっていった。

    "あはは、なんてなぁ!!どこ狙ってんだミソカスが!"

    「いや…正解だぜ。狙い通りだ」

    "?"

    ナランチャはガソリンの臭いがする、ある一点を指さした。

    「テメェはよぉ、今自分の居場所を自白したも同然なんだぜ。エアロスミスのレーダーがなくてもよぉ、人間様は耳でも探知できんだぜぇ!ミソカスはテメェだぜ、スタンド野郎!!!」

    ナランチャはホルマジオの言葉で気が付いたのだ。
    敵は地図を持っているナランチャを狙う。だが、スタンド攻撃で爆発させれば地図まで吹き飛んでしまう。
    それを恐れる敵は直接ナランチャを狙ってくるだろうと。
    そして、奴の爆発は自身にもダメージがはいるのだ。
    先程までは爆発させる事で防いでいた銃撃を、爆発させずにやり過ごしたのが何よりの証拠であった。
    ガス臭さが充満する場所をエアロスミスが旋回し始める。数々の爆発により起きた二酸化炭素の1つを認識し、目標を捉えた。

    "あたらねぇっつってんだろうが!!!"

    敵がそう叫んだ時「そりゃ、そうだよなぁ」とホルマジオが呟く。

    「小さい的に当てろっつーのは難しい話だよな。だがな、大きくなれば話は別だろ?ナランチャ」

    ナランチャはホルマジオがなんと言おうとしてるのかを理解し、口角を上げた。

    「ぶっ放せ!!エアロスミス!!」

    敵は気がついた。自身の身体のサイズが元の大きさに戻っていることを。
    小さい体で銃撃を避けていた先程とは勝手が違う。エアロスミスの銃撃が敵の身体を撃ち抜いていく。

    "ギギイィイイイイイイ!"

    最初に聞いた叫び声と同じであった。
    痛みに悶える敵スタンドは透明化が解除されていく。

    "ソカスっがぁ!舐めてんじゃあねぇぞお!"
    "テメェらみたいな雑魚ギャングとは違ぇんだよ!裏切りモン抱えた能無しギャングのくせによぉお!!"

    悪態を吐きながら敵がまた透明化をはかったとき、その身体をホルマジオ、リトル・フィートがおさえる。動けぬように腕を抱えた。

    「ペラペラ喋ってよぉ…お前ら頭悪いのかよ。なぁ?裏切り者がいるってよ、ちゃんと聞いたぜ」

    そう言うホルマジオの目には強い意思があった。強い眼差しで敵を睨みつけるその目には野望があった。

    「だがな、俺の任務は情報を持ち帰る事じゃあねぇんだ。子守なんだよ。分かるか?リーダーに任された子守が俺の仕事なんだぜ」

    "な、な…"

    何を言っている。と言いかけたその時、ホルマジオは大声でナランチャに言った。

    「撃て!ナランチャ!!!」

    エアロスミスが旋回を始めた。
    敵スタンドの悲鳴がこだまする。なんなんだ!!やめろ!ふざけんなぁあ!と。

    "死んでたまるか!死んでたまるもんかァアア!本体を捨ててまでも!せっかく俺だけ生き残ったのに!こんなところで死ねるかよぉお!!"

    敵スタンドは自身の身体から炎を出し始める。

    「ーっ!!」

    燃えろ!死ネ!!離セェ!!と叫び暴れるが、ホルマジオはその手を離すことはなかった。

    「暗殺者舐んゴラァ!覚悟は゛出来てんだ゛、這い上がってやるぜ!!どん底からよ!!」

    焼けていく身体で、ホルマジオはナランチャを見据える。

    撃てぇえ!!!

    ホルマジオがそう叫んだ瞬間、エアロスミスはホルマジオごと敵スタンドを撃ち抜いた。
    敵スタンドの断末魔と、ホルマジオの身体から飛び散る血飛沫。
    終わったのだ。
    この戦いに勝利したのはナランチャであった。

    ナランチャはホルマジオへと駆け寄った。
    そこには身体を小さくさせ、自身の血液で炎を消化したホルマジオがいた。
    だが、その熱傷は酷いもので、ナランチャはすぐに彼は重傷だと気がつく。
    ナランチャはホルマジオを掴むと、駆け出した。

    「てめぇ死ぬんじゃあねぇぞ!敵の情報もテメェらの情報も洗いざらい全部吐いてもらうかんな!!」
    死ぬんじゃあ!ねぇぞ!!ホルマジオ!!
    ナランチャの叫びに、ホルマジオは口角を上げた。

    ――

    ナランチャはブチャラティに事の次第を話した。
    時折、フーゴの怒りの声が邪魔をしていたが、それでも皆最後までナランチャの話を聞いた。

    ナランチャは、はじめホルマジオが裏切り者だと思っていた。だが、あの敵スタンドの"裏切りモン抱えた能無しギャングのくせ"という言葉で別に裏切り者がいるとわかった。
    その上、雑魚ギャングや能無しギャングと表現したということは敵はパッショーネとは違う別のギャングだという事がわかる。
    その全てを話せばブチャラティは、そうか…と返して男へと視線を遣る。

    「それで、この男がナランチャの言う人物…。敵の情報を持つ協力者ということか」

    月海とジョルノが応急処置を施すのを見ながら、ナランチャは頷いた。

    「そいつのリーダーが全てを話すってさ…ブチャラティとリーダーを合わせることが自分仕事なんだって」

    ジョルノはその言葉に眉を顰め「ですが…」と呟く。

    「この人はかなりの重傷をおっています。そのリーダーを呼ぶ体力があるかどうか…」

    「銃弾は全て貫通、火傷も酷いですが命に別状はないと思います。でも、電話が出来るだけの力も残ってなさそうですね…」

    月海は氷でホルマジオの体を冷やしながら「話を聞き出すことすらも難しいかもしません…」と呟いた。

    その時、全員の背後から「その心配はいらない」と男の声が聞こえた。
    全員は咄嗟に振り返る。
    そこにいたのは、フードを被り、黒い服を着た男が立っていた。
    いつ、どこからやってきたのか、誰もその人物の気配に気づかなかった。気配も音も姿も誰も気が付かなかったのだ。

    「なんだテメェは?!」

    アバッキオは自身のスタンド…ムーディー・ブルースを呼び出し、それ以上近づくんじゃねぇぞ!と怒鳴りつける。
    アバッキオの怒声を合図にナランチャもエアロスミスを呼び出し臨戦態勢になる。

    だが、男は2人の様子を気にすることなくホルマジオへと近づいた。
    ホルマジオの体を冷やしていた月海は咄嗟に、ホルマジオへを守るように覆い被さり、スタンドを発動させた。
    自身のスタンド…イマジナリー・エレクトリック・ジェリーにより拳に電気を纏った月海は、男に鋭い眼光を向けた。

    「ほぉ…」

    スタンドの姿は見えないが、目の前の女がスタンド使いだと知った男は目を細めた。
    目を見開いたジョルノが月海の名前を呼ぶのと同時に、男は微かに口角を上げる。

    「そいつは、俺の部下だ」

    「えっ」

    「っ!じゃあ、お前は…」

    ブチャラティがそう呟くと、男はブチャラティに目を遣り「あぁ。俺がそうだ」と答えた。

    「俺はリゾット。ブチャラティ。俺の部下を手当てしてくれたこと、感謝するぞ」

    リゾットはそういうと、歩を進めホルマジオのもとで身を屈める。
    月海は驚愕の表情を浮かべたままスタンドを解除すると、ゆっくりと身を引いた。

    「お前、名前は何という?」

    「えっ…月海、です。海藤月海」

    リゾットは1度月海に目線をやり、その姿を見た後「…そうか」と、またホルマジオへと視線を移した。

    リゾットは気が付いた。自身の部下である燕青の妹が彼女であると。
    燕青から聞いた事のある妹の名。そして、彼女自身から放たれる燕青と似た雰囲気で察知したのだ。

    リゾットは、ホルマジオの胸に手を当て心音を確認し、心の中で安堵した。


    「お前がっ、リーダーだと?!」

    スタンドを出したままのアバッキオは声を荒げる。

    それに対してリゾットは「そうだと言ったはずだが…」と答えてブチャラティへ身体を向ける。

    「ナランチャがホルマジオを連れてお前の所に帰った。それはつまり、お前達は俺らヒットマンチームと協力関係になる事を是としたと俺は受け取ったが…どうだ?」

    ブチャラティはその言葉に目を鋭くさせ、いいや。と答える。

    「それを決めるのは、お前の話を聞いてからだ。リゾット」

    「ふむ…いいだろう」

    「何故俺達に手を貸すんだ?そもそも、俺達と協力したところで得られる物など何も無いぞ」

    ブチャラティに賛同する様にフーゴは「そうです!」と言葉を続ける。

    「おかしい話ですよ、ブチャラティ!僕達に協力したところで、報酬は僕達の分しか支払われない。金も名誉もヒットマンチームには何も与えられないんだぞ」

    フーゴの言葉にリゾットは目を細める。
    何かを確認するようにブチャラティへ視線を戻し、仲間にも伝えていない…か、と呟いた。

    「得るもの…か。ブチャラティ、お前の目的と俺達の目的は同じだ、と…言えば分かるか?俺達はその目的の為だけにここにいる」

    「…っ?!」

    「なっ、護衛の為だけに協力するっていうのか?!」

    フーゴのその問いに、リゾットはブチャラティから目を逸らすことはなかった。

    冷や汗を流すブチャラティは、「……本気なのか…?」と問いかけるが、リゾットの答えは「そうだ」という肯定のみであった。

    ブチャラティは、リゾットの目的を理解した。
    リゾットは知っているのだ、ブチャラティとジョルノがパッショーネのボスを倒そうとしている事を。
    リゾットの目的は、金や名誉等といったものでは無い。この男の目的は、ボスを倒す…ただそれだけなのだと。

    「ふざけんなよ。怪しすぎるじゃあねぇか!ブチャラティ!」

    ブチャラティがリゾットへ口を開きかけた時、アバッキオがそう割って入った。

    「目的が同じだと?ヒットマンチームか何か知らねぇが、何も見返りもねぇつってんのに協力するなんてあり得ねぇ!絶対何かがあるはずだ、そうだろう?!」

    アバッキオが一歩踏み出した時、リゾットはアバッキオへ目をやる。静かに、通る低い声で「動くな」と警告した。

    「俺を攻撃するのは構わないが…毒を喰らいたくなければ、そこで大人しく話を聞くことだ。お前達には見えんかもしれないが、空には部下のスタンドが旋回し、こちらの様子をずっとみている」

    リゾットは目線をブチャラティへと戻しながら「おかしな真似をすれば、お前達全員が地に伏せることになる」と続けた。

    「ッ…テメェ!!」と動こうとしたアバッキオを、「やめろ!アバッキオ!」と声を上げて止めた。
    そして、真っ直ぐリゾットの目を見つめ「…本当に、俺と目的は同じなんだな…?…信用できるだけのものはあるのか?」と聞く。

    「信用できるか否かはお前が決めることだ。だが、ボスの娘を狙うやつらの情報を俺らは提示しよう。そして、俺達ヒットマンチームの戦力もだ」

    「戦力を…?それは…俺達を監視するというようにも取れるが?」

    「そうだな。だが、それは其方も同じこと。お互いが監視し合う状態でいた方が気楽で良い」

    リゾットは、「どうだ?」とブチャラティに答えを求める。
    ブチャラティは少しの間考えた後、「…わかった」と首を縦に振った。

    「お前を信用したわけでは無いが、話を聞く価値はある。協力関係になる事を認めよう」

    リゾットはブチャラティを見定めるように目を細め、そうか。と一言返す。

    リゾットはボスの娘を狙う敵の情報をブチャラティに話した。
    部下の1人が敵と接触して得た情報である事。敵はパッショーネとは違うギャング組織だという事。敵は恐らく全員がスタンド使いだという事を。
    そして、ブチャラティも彼が今さっき得た情報…パッショーネに裏切り者がいる事をリゾットに話す。

    2人はこれらの情報から、パッショーネの裏切り者と敵ギャングの双方は手を組んでいるものと考えた。

    ブチャラティが口を開いた時、被せるようにナランチャがブチャラティを呼んだ。
    車で休んでいたナランチャは、パソコンの点滅にいち早く気が付きブチャラティへと知らせた。

    「来たか….ボスからの指令はいつもパソコンからくる」

    リゾットのその言葉にブチャラティは瞠目した。

    「っ!ボスからの次の指令か?!」

    ブチャラティが駆け寄り、その内容を読み上げる。

    "ポンペイの遺跡に行け。そこの犬の床絵のところにキーが隠してある。"

    リゾットはポンペイか…なるほど。と呟いた。
    それに対してブチャラティは知っているのか?とたずねる。

    「あぁ、大凡な。丁度良い、道中に隠れ家を用意してある」

    「何でテメェが用意した隠れ家へ行かなきゃならねーんだ」

    「他に当てがあるとも思えないがな。俺達がここを知れたと言う事は、敵もこの場所を知るのは時間の問題だろう」

    ブチャラティはその言葉に「…そうだな…」と思考を巡らす。
    リゾットはブチャラティへと視線をやると「俺の部下を連れて行け」と言う。

    「隠れながら行くには適しているだろう」

    「…わかった」

    「でも、ちょっと待ってください。ホルマジオさんはどうするんですか?」

    月海は眉を下げて2人のリーダーに問いかける。

    リゾットはホルマジオに視線をやると「こうなる事は想定内だ。置いて行く」と返した。
    月海は目を見開き「そんな!」と返すが、ブチャラティは月海の肩に手を置いて落ち着かせる。

    「月海、これだけ傷を負っている怪我人を連れて歩けば目立つ事になる。彼は連れていけない」

    「でも…この傷で置いていくなんて…!」

    「…時間が勿体ない。すぐにでもこの場を去るべきだ」

    「…あぁ。ジョルノ、ミスタに伝えてきてくれ。出発すると」

    ――

    皆が乗車し発進した車内で、月海は窓の外を見つめた。
    月海の中を占めるのは、漠然とした不安であった。

    己の部下を、仲間をああも簡単に見捨てる人に、自分の大事な仲間と一緒にいさせて大丈夫なのだろうかと。
    彼がもしも、仲間を使い捨ての駒としか思っていないのであれば、付き合っていくのは危険だ。

    葡萄畑を抜けてワイナリーの出口を出た時、月海は一台の車を見つける。
    その車は此方を追うことなく、ワイナリーへ入っていった。
    まるで、この車が出るのを待っていたかのようだ。

    まさか…と目の前に座るリゾットを見遣れば、頬杖をついた彼もあの車を見ていた。

    月海は恐る恐るリゾットに声をかける。

    「…もしかして、あの車は…」

    ヒットマンチームの?と聞こうとした月海の言葉を遮るようにリゾットは口を開く。

    「…月海、と言ったか?」

    「っは、はい…」

    「本来、リーダーである俺が部下のお前に感謝を口にする事は恥ずべき行為になるだろう」

    月海はその言葉に目を見開いた。

    「だが…あいつが助かったのは紛れもなくお前が熱傷を冷やし続けたからだ。感謝する、海藤月海」

    月海は、へ…?と声を漏らした。
    先程まで抱いていた不安や恐れが少しずつであるが、解けていくのをその身で感じ取る。

    月海は顔を俯かせ「当然ですよ」と呟いた。

    「ホルマジオさんは、ナランチャさんを助けてくださいました。だから、ホルマジオさんを助けるのは当然です」

    じわりと瞳に水分が溜まっていくのを月海は感じ、自身の指でその涙を拭った。

    それに気がついた月海の隣に座るナランチャは、あー!!と声を上げる。先程まで黙って話を聞いていたアバッキオは、突然のナランチャの大声に、んだよ!と声を荒げる。

    「うるせぇな!」と怒るアバッキオの声も無視してナランチャは、「こいつが月海を泣かしやがった!」とリゾットを指さした。
    顔を顰めるリゾットに、アバッキオは便乗するように自身が気に入らないリゾットへと、おいおいおい。と詰め寄る。

    2人の責める声を無視して、リゾットは面倒だというように2人から視線を逸らして窓の外を見た。

    反応を示さないリゾットへと詰め寄る2人を止めたのは、フーゴの「うるさい!」という怒声であった。

    ___

    逆行三
    隠れ家に着いた一行は、リゾットの部下達と対面した。

    自身をメローネだと名乗る紫髪の男は、次々にメンバーを紹介していき、ブチャラティもそれに応えるようにメンバーを紹介した。

    ある程度の話し合いも終了し、双方はポンペイへと鍵を取りに行くメンバーを選出する。

    リゾットのチームからは "イルーゾォ" を。
    ブチャラティのチームからは "アバッキオ"、"ジョルノ"、"フーゴ"を。

    このメンバーで立てた作戦が、イルーゾォのスタンド、マン・イン・ザ・ミラーで鏡の中に入り、鏡の中から鍵を取りに行くと言うものだった。
    鏡の中にはイルーゾォが許可した者しか入れない為、敵に見つかる事も追われる事もないだろうと考えたのだ。

    しかし、鏡の中ということは全ての物が左右が反転している為、道に迷わずに慎重に行く必要がある。もしも道に迷ってしまえばそれだけ時間がかかる。敵が先に鍵を入手してしまうだろう。

    その為、頭の良いフーゴ、戦闘力も申し分ないアバッキオがまず最初に選ばれた。

    当初、メンバーにはペッシの名前が上がっていた。それは、ポンペイという広く死角の多い土地では敵が何処に潜んでいるのかを気づけないと予想したからだ。ビーチ・ボーイで偵察の機能をもつペッシであれば、敵の存在を把握することが出来ると話が上がった。

    だが、イルーゾォの他にペッシも連れていくと話が上がった時アバッキオはそれを拒否した。

    「ブチャラティ、俺はアンタの命令には従うつもりだ。だがな、俺はこいつらを信頼したわけじゃねぇ」

    アバッキオはそう言うとヒットマンチームとジョルノを睨みつけた。

    「信用出来ねぇ奴のスタンドに入る上に、信頼できねぇやつらに囲まれて仕事するなんて俺はゴメンだぜ。完璧に仕事をこなしてぇからな。マン・イン・ザ・ミラーに入ることが最善の策だってブチャラティが言うなら従うさ。だが、ヒットマンチームから2人も連れて行くのは絶対嫌だぜ俺は」

    「俺とフーゴだけで十分だ」というアバッキオの言葉を最後まで聞いたブチャラティは、「そうか」と返した。

    「なら、ペッシではなくジョルノに行ってもらおう。悪いがアバッキオ、敵の正体が完全につかめていない今…ポンペイで3人での行動は危険だ」

    ブチャラティはリゾットへ顔を向ける。

    「それで良いだろうか、リゾット」

    「構わん。ペッシにはまだ早いかもしれんとプロシュートと話していた所だ」

    リゾットの隣に座るプロシュートは、あぁ。と頷く。

    「人を殺した事のねぇこいつじゃあ足手纏いになるだろうからな」

    プロシュートはペッシ、イルーゾォの性格と特徴を考えた上でそう判断した。

    イルーゾォは己のスタンドに自信を持っているが、ホルマジオや燕青とは違いマン・イン・ザ・ミラー自体には攻撃力はあまりない。それに加えて、偵察能力は高いが人を殺した事のないペッシを連れて行った場合、もしもの時には足手纏いになってしまうだろうとプロシュートとリゾットは考えたのだ。

    プロシュートがそう言うとペッシは、「そんなぁ〜兄貴ぃ…!」と悲しそうに声を上げる。

    ブチャラティは2人の言葉を聞いた後、ジョルノへと視線をやる。

    「いけるな?ジョルノ」と声をかければ、ジョルノは、「はい、勿論です」とかえした。

    これによりメンバーは、イルーゾォ、アバッキオ、フーゴ、ジョルノの4人となった。


    イルーゾォのスタンド、マン・イン・ザ・ミラーで鏡の中に入った4人は姿を消した。

    それを見届けたブチャラティは、振り返り皆をみつめる。
    敵はパッショーネの裏切り者と手を組んだ別組織。その数が少人数とは限らない。此処が奇襲される可能性は高いだろう。
    だが、それは此方も同じ事だ。当初の予定よりも人員は増えた。必ず、守り抜ける筈だと。

    「俺達はここで敵からトリッシュを守り抜く」

    ブチャラティのチームと、ヒットマンチームは、ここで完全に協力関係となったのだ。

    ――


    ポンペイへと向かうため、イルーゾォの鏡の中で車に乗り込んだ4人。
    そのうちの1人、ジョルノは地図を見ながらすごいですね…と言葉をこぼした。

    「車の座席も逆、地図も左右が逆になっています…」

    「ジョルノ、慎重に正確に伝えてくれよ。道を間違えてる暇なんて無いんだからね」

    フーゴの言葉にジョルノは、はい。と返した。

    ジョルノの指示通り、本来とは左右が逆になった道をフーゴの運転で車は進んでいく。
    その間、イルーゾォとアバッキオは険悪な仲であり一言も喋る事はなかった。
    何故ここまで険悪になったのか…その理由は、少し前に遡る。


    鏡の中で隠れ家を出た時、イルーゾォはアバッキオに向けて「弱虫だな」と言い放った。

    それは先程アバッキオがブチャラティに抗議した内容によるものだった。
    それに対してアバッキオは地を這う声で、ぁ?と鋭い眼光をイルーゾォに向けた。

    「なんか言ったかよ、糞野郎」

    「弱虫だと言ったんだ。聞こえるつもりで言ったんだが、聞こえなかったか?悪いな」

    アバッキオの睨みに怯む事なく、イルーゾォは嘲笑うように笑みを浮かべる。

    「ペッシは確かに弱い。人殺しも出来ねぇ弱っちいやつだ。だが、散々俺達のチームと一緒は嫌だと駄々を捏ねるところ見れば、お前もそうと見えるな」

    「んだと、ごらぁ」

    アバッキオはイルーゾォの胸ぐらを掴み上げる。それにイルーゾォは「図星か?」と笑った。

    「んなわけねぇだろうが。テメェがくだらねぇ冗談抜かしてやがるから、つまんねぇって教えてやってんだ」

    アバッキオは胸ぐらを掴む方の腕を、力強く自身の方へと引き寄せる。
    高身長のイルーゾォは、少し前屈みになるように引き寄せられたが、それでも嘲笑の笑みは崩れず「弱虫でも、力は強いようだな」と笑った。

    「黙って聞けよ糞野郎。いいか、これは俺の大事な任務だ。テメェら余所者に邪魔されたかねぇんだよ」

    アバッキオがそう言った時、フーゴが「何してるんだ!」と2人へ割って入った。

    「車に来ないから見てみれば何喧嘩してんだよ!喧嘩なんてしてる暇ないんだぞ!今は一分一秒が大事なんだよ、わかってんのか?!」

    「早く乗れ!!」と怒るフーゴにアバッキオは舌打ちをし、車へと向かっていった。

    それからだ。アバッキオとイルーゾォは一言も会話を交わす事はなく、後部座席のみに重たい空気がながれていた。
    アバッキオとイルーゾォはとても相性が悪かったのだ。

    勝気なアバッキオと、口の悪いイルーゾォ。
    お互いが相手のチームメンバーの性格を知らなかったが故に起きた事故であった。

    だが、ジョルノとフーゴは2人を気にする事なくいつも通りにしていた。
    ジョルノは地図から顔を上げ、窓の外を見た時「…あ」とこぼした。

    「今のところ左でしたよ」

    ジョルノがそう言った瞬間、車は音を立てて急停車する。
    フーゴは腹の底から這い出るような低い声色でジョルノの名を呼んだ。

    「そういう事は…もっと、早く言ってくれないかな…っ」

    怒りを堪えるようにハンドルの上で握り拳を作るフーゴに、ジョルノは「すみませんでした」と謝罪を口にする。

    「次から気をつけます」

    「次からってなんだよ。そういう問題じゃあないんだよッ!!!」

    怒りに振りかぶった両拳をハンドルへと振り下ろしたフーゴは「そういう問題じゃあ!!」と声を荒げた時、フーゴの後部座席が思い切り蹴られる。

    「っ!!」

    「おい、怒んなよフーゴ。時間がねぇんだろうが、テメェが最初に言った事だぜ」

    「……わかって…ますよ」

    フーゴは1つため息をつくと、また車を発車させた。
    その一連を見ていたイルーゾォは、「驚いたな…」と呟いた。

    「ラッテ並みに気性の荒い奴だな…」

    その言葉にアバッキオは、あ?と怪訝な表情でイルーゾォを見遣る。

    「ラッテっつーのは、あのガキだろう。5歳…いや、8歳ぐらいか?あれをフーゴみたいな爆弾と一緒にすんじゃあねぇよ」

    「いやいや、ラッテも相当だぜ。いつもは馬鹿みてぇにニコニコ可愛子ぶってるがよ。キレた時は口調から全て獰猛に変わっちまうクソガキだぜ」

    アバッキオは「あれがか…?」と8歳の少女を思い出すが、どう考えても想像がつかなかった。育ちの良さそうな見目に、ぬいぐるみを抱きしめて無垢に見つめる姿はただの子供同然である。

    「くだんねぇ冗談が好きなのか、お前は」と呆れてイルーゾォへ言い放ったが、イルーゾォは鼻で笑うだけだった。

    ――

    ポンペイ組が出発した後、待機組の皆は思い思いの時間を過ごしていた。その待機組の1人、ミスタは指を折りながら名前をあげていった。

    「リゾット、メローネ、ペッシ、えーとプロ…プロス…?」

    「プロシュートさん、ですね。そして、ラッテさんにイルーゾォさん」

    「おお!そうだ!月海、お前覚えるの早ぇな。って事はだ、全員で6人か」

    ミスタのその言葉にプロシュートは、いや。と否定する。

    「後3人いる。俺らの仲間は、全員で9人だ」

    「9人?!大所帯だなぁ…」

    目を見開きそう溢すミスタは、ある1人の少女へと視線をやる。
    その少女は、隣に座る護衛対象のトリッシュと何やら話しているようだった。

    「てかよ、何でヒットマンチームにこんな小せえ子供がいるんだぁ?さっきこの子も紹介されたけどよぉ、メンバーってわけじゃあないんだろ?」

    少女ラッテは、話の内容が自身の事だと気が付くとミスタへと視線を向け、首を横に振った。

    「わたしも、このメンバーだよ」

    幼い声でそう言うと、ラッテは可愛らしくにっこりとミスタに笑みをみせた。

    ミスタは苦笑をこぼしながら、いやいやいや…と呟く。
    8歳前後であろう少女だ、自分の言っていることの意味が分かっていないのかもしれない。とミスタは思った。
    いや、そうとしか思えなかった。
    ヒットマンチームのメンバーの中で、ラッテは明らかに浮いた存在であった。

    120cmという小柄で誰よりも幼く、親離れ出来ていないのかぬいぐるみを抱きしめる少女。無垢な瞳でこちらを見つめ、地面に届かない足はぷらぷらと揺らされている姿は、普通の幼女そのものであった。
    そこにいるだけで圧を感じさせる歴戦の者達とは違い、害のない笑顔を咲き誇らせる少女は明らかに異様であったのだ。

    「うーん…誰かの娘さん、ですかね…?」

    月海のその呟きにミスタもそうだろうなと考えた。
    ミスタは、椅子に座りぬいぐるみを抱えているラッテに近づくと、膝を曲げて目線を合わせた。

    「なぁ、お嬢さんは誰の子なんだ?この中にパパがいるんだろ?」

    ラッテはきょとんと首を傾げ「私のパパ?」と呟いた。

    「おう、誰なんだ?」とミスタがヒットマンチームへ視線をやれば、ヒットマンチームは皆プロシュートの方を向いていた。

    扉の隣に立っているリーダーのリゾットでさえも、プロシュートを見ているのでミスタはプロシュートが父親なのかと思ったが、プロシュートは違うとそれを否定した。

    「やめろ、こっちを見るんじゃねぇ。誤解を生むだろうが」

    壁に寄りかかるように立っているプロシュートは、眉間のシワを深くさせてそう言った。

    「違うのか?アンタが親じゃねぇの?」

    「違うに決まってんだろ、そいつの親はもう死んでる」

    「え?!そうなのか?」

    ミスタは、じゃあ…なんでここにいるんだ…?とラッテに視線を戻しながら呟いた。
    ミスタが首を傾げると、ラッテもそれに合わせるようににこにこと笑顔で首を傾げた。

    「だって、わたしは…」

    ラッテが言葉を続けようとした時、ペッシの悲鳴がラッテの言葉を遮った。


    「な、な、なんだよぉこれぇえ?!」


    皆が一斉にペッシへと目を向ければ、ペッシのすぐ目の前には黒い球体が浮かんでいた。
    その球体はペッシの目の前だけでなく、部屋の中心部とトリッシュの近く、計4つが出現していた。

    「っ!スタンド攻撃か…?!」

    ブチャラティはナランチャの名を呼んだ。ナランチャはブチャラティが何を言いたいのかを理解すると、エアロスミスを出し、部屋の外へと駆け出した。


    「どこにいやがる!」

    そう怒声を放つナランチャは外へ出た瞬間、目の前の景色に息を呑んだ。
    部屋にあった黒い球体はあの部屋のみではなく、広範囲に幾つも配置されていたのだ。

    「なんだよ…これ…」とナランチャが呟いたその時、カチリとどこかで音が聞こえた。その瞬間、黒い球体はまるで掃除機のように周りの物体を吸い込み始める。

    次々に、カチリ、カチリと音が鳴り、街行く人、車を吸い込む。建物の近くの球体は、その風圧で窓ガラスを破壊し中のデスクまでもを吸い込んだ。
    唖然とするナランチャは、自身の腕を引っ張られた事で意識を戻す。

    「っ!」

    「ナランチャさん!しっかりしてください!」

    それは、強風に片目を閉じた月海だった。
    ブチャラティの指示によりナランチャの援護に駆けつけた月海は、ナランチャの腕を強く掴んでナランチャに言った。

    「今、敵を見つけられるのは外にいる私達だけなんです!私達で敵をぶっ飛ばしましょう!」

    「っ、わかってんだよ、んな事はよぉ…!」

    ナランチャは口角を上げて、「見つけ出してやるぜ、絶対に!」といえば、月海も笑みを浮かべて「はい!」と返した。

    ――

    1つの黒い球体がカチリ、と音を立て回転を始めた。
    そして、球体はまるで竜巻のように風を巻き起こしながら、徐々にその強さを上げて、部屋中のあらゆる物を吸い込んでいった。

    プロシュートは、ペッシに向けて「ペッシ!その場から離れろ!」と叫んだ。だが、行動が遅れたペッシを飲み込むように球体はペッシとその周りを吸い込んでいく。

    まるで空間を飲み込むかのように近くにあったコップ、椅子を飲み込んでいき、下半身を飲み込まれたペッシは辛うじて机を掴んだ。

    泣き叫ぶペッシの腕を掴んだプロシュートは、自身も引き摺り込まれると分かり悪態をついた。

    ペッシが掴んだ机も、ペッシを助けようとでたプロシュートも黒い球体に引き込まれて消えてしまった。


    プロシュートが消える寸前、ラッテは「ペッシさん!プロシュートさん!!」と叫び、かけ出そうとするのをミスタは掴んで止めた。

    「行っちゃダメだ!お前まで吸い込まれるぞ!」

    ラッテはその大声に目を見開く。
    それでも、不安そうに眉を下げて黒い球体へと視線をやるラッテに、ミスタは「大丈夫だ」と声をかける。

    ラッテを落ち着かせるようにミスタは、ラッテと向き合った。

    「大丈夫だ。大丈夫だから…落ち着け、な?」

    真っ直ぐに目を見つめそう言うミスタの言葉にラッテは弱々しく頷いた。

    ミスタの言葉に嘘はなかった。ミスタは、プロシュート達は死んでいないと思ったからだ。
    もしも、あの球体に吸い込まれて死んでしまうのであれば、ボスの娘…トリッシュも殺してしまう可能性があるからだ。

    現に、トリッシュは今飛ばされまいと壁の手すりに捕まっている。少しでもあの球体へと近づけば吸い込まれてしまうだろう。
    だが、敵の狙いはトリッシュを誘拐すること、殺すことでは無い筈だ。つまり、あの球体は、殺す為に配置された物ではなく、別の場所へ移動させるために配置されたスタンドなのだとミスタは考えた。

    だが、どうしたものかとミスタは舌を打つ。

    月海はナランチャに続いて敵を探しに行ったから大丈夫だろう。ブチャラティやリゾット、メローネも扉の近くで球体からは離れているから巻き込まれる心配はない。

    だが、俺やラッテ、トリッシュはいつ吸い込まれてもおかしくない程に球体の近くにいるのだ。

    残る球体はあと3つ。
    回転をしてないところをみると、あの3つはまだ無害であるのだろう。
    だが、トリッシュの近くにある球体が発動すればトリッシュは瞬く間に吸い込まれてしまうだろう。
    まずは、トリッシュの目の前の球体をどうにかするのが先決か。

    ブチャラティの安否を確認する声が聞こえて、ミスタは大声で、「こっちはまだ飛ばされてねぇ!」と返事を返す。

    「こっちに来られそうか、ミスタ!」

    「いいや、厳しいな。今、手すりから手を離せばトリッシュは飛ばされちまうぜ…!真ん中のやつを退かさねぇとそっちには行けそうにないな…っ」

    ミスタは「一か八かだ」と呟き、自身の拳銃を手にする。
    真ん中の吸い込んでる球体も問題だが、まず何とかしなきゃならないのはこれではない。

    セックス・ピストルズを呼び出せば、彼らは抗議を始める。

    "ミスタァ! コノ強風ジャア無理ダァ!"

    "マッスグ行ケバ吸い込まマレチマウヨォ!"

    そうミスタへと訴える。

    「いや、やらなきゃならねぇんだ。今、あれを倒さねぇとボスの娘を奪われちまう!大丈夫だ、俺達ならやれるぜ!」

    "ミスタァ…"と言う声を聞きながらミスタは銃を構える。狙うのはトリッシュの近くで浮遊している球体だ。だが、このまま真っ直ぐ撃てばセックス・ピストルズは発動している球体に飲み込まれる可能性があった。

    ミスタは、銃口を壁側に向けた。

    壁の絵画が吸い込まれていないところ見れば、壁側を沿っていけば吸い込まれる心配はないとミスタは予想したのだ。

    「…頼むから、大丈夫であってくれよ…」

    「行くぜ…セックス・ピストルズ…!」と引き金を引けば、激しい3発の銃声に乗って、"ワーー!!"という可愛らしい声があがった。

    セックス・ピストルズはミスタの思い通り、器用に銃弾の軌道を変えながら壁側を沿って球体へと向かう。

    No.4とNo.3が "ヨイショー!" と銃弾を蹴り飛ばし、ミスタの撃った銃弾は黒い球体へと命中した。

    穴の空いた黒い球体は、力を無くしたかのように地面へと落下し消えていった。
    それと同時に、発動している球体は速度を緩めて一時的に吸引能力を落ち着かせたようにも見えた。

    それに気がついたミスタは声を上げてブチャラティを呼んだ。

    「ブチャラティ!!球体だ!!発動してない球体を倒せば、真ん中のそれは一時的に弱まる!同時に倒せば道が出来るかも知れねぇ!」

    「なるほど、そういう事か」

    ブチャラティはミスタの言葉を聞いて全てを理解する。
    ブチャラティが残りの球体を倒せば、中心の球体の速度は弱まる。弱まった時にミスタ達3人は走ってブチャラティのところへ向かってくるだろう。
    そうすれば、全員でこの部屋から出られるのだ。

    ――

    ナランチャは顔を顰めた。
    強風の中うまく操縦できないエアロスミスと、強風によって乱れる二酸化炭素で探知は難しいものとなっていた。
    ナランチャの近くに黒い球体が現れてないことは幸いだったが、それでも通常よりも風は強く識別は難しかった。

    「クッソ!エアロスミスが真っ直ぐ飛ばせねぇ…!」

    「ナランチャさん!あまり球体へ近づけばエアロスミスも吸い込まれてしまいますよ!」

    「わかってるよ!けどよぉ…っ」

    エアロスミスが球体へと引き寄せられた事にナランチャは悪態を吐く。

    「飛行するエアロスミスで探すのは危険が大きすぎますよ。私達の足で探した方が安全だと思います」

    月海はナランチャがエアロスミスを戻したのを確認すると、周りを見渡した。
    ナランチャも続いて、周りを見回す。

    「足で探すつってもさぁ、どこを探せばいいんだよ。屋内から逃げ出してきて人は大勢いるし、みんなパニックだしさぁ…」

    「いえ…この混乱の中、絶対どこかに違和感があるはずです。その違和感を探し出せば敵は見つかると思います」

    ナランチャは月海のその言葉に怪訝な表情で「違和感?」と返す。

    「はい。おそらく、敵はこの混乱の中にいます。混乱に紛れ込むようにして私達を見てると思うんです。パニックになっていたら見落としてしまうかも知れない程の違和感…ですが、冷静に周りを見渡せば気がつくはず…だと思います」

    ナランチャは「はぁ?だと思いますってなんだよ」と月海に問えば、月海は「えっと…」と目を逸らす。

    「…私にもよく分からなくて…リゾットさんが…」

    「はー?なにー?よく聞こえないんだけど」

    強風のため小声になった月海の言葉はナランチャの耳には入らなかった。

    「もっと大きく言ってくれなきゃわかんねぇよ!もっと大きくさぁ!」とナランチャが言えば、月海はうー…と言葉をもらす。

    「わ、私がナランチャさんを追いかける前に!リゾットさんが言ってたんです…!冷静に違和感を探せって!」

    やけくそのように月海は大声でそう言った。

    「はぁ〜?!全部あの男の受け売りかよ!今日の月海冴えてるなって思ってたのによ!」

    「そんなことより!敵!!敵を探しましょう!ほら!」

    月海は話を逸らすようにナランチャの腕を掴んで足を進めた。



    ナランチャと月海は周りを見渡しながら歩みを進める。

    「でも、違和感っつってもよ…っ!」

    ナランチャは強風に片目を閉じる。強風から逃れるように顔を背けたナランチャは、目の前の景色に違和感を覚えた。

    それが月海のいう違和感なのかは分からない。だが、たしかにそこは何かがおかしかった。
    逃げ惑う人々の中で、一人の長髪の男性が景色を見渡すように佇んでいる。彼はただ、この混乱に唖然としているだけかも知れない。それだけかも知れないが、ナランチャは彼の違和感が気になり、男へと足を進めた。

    「おい!お前!そこのお前だよ!」

    男を指差してそう言えば、男はナランチャの方へと顔を向けた。ヴェールで目元を隠す男は、ゆっくりと口角を上げる。この場に似つかわしくない、優しい笑みを男はナランチャへと向けた。

    ナランチャは確信した。当たりだと、あいつがこのスタンド攻撃をしている奴なのだと。

    「っのやろう!」

    ナランチャはまるで遊ばれているような感覚に怒りを覚える。だが、走り出そうと足を踏み込んだ瞬間、ナランチャの目の前に黒い球体が突如と現れた。

    「っ!」

    吸い込まれる…!と目を見開いたナランチャの真横を眩い光の筋が通り過ぎた。

    光は破裂音を交え、屈折しながら黒い球体へと突き刺さる。
    パァンッとまるで雷が落ちかのような閃光と破裂音が響き渡り、ナランチャは耳を塞ぎ身体を逸らした。破壊された球体の破片には電気が纏わりついていた。

    「人々が混乱して、この場から逃げてたのが幸いでした。ジェリちゃんに巻き込まれる人がいませんので、思う存分…放電できますからね!」

    光が放たれた方へ顔を向ければ、月海が拳を突き出した状況で男を睨みつけ「見つけたんですね」とナランチャへ言った。

    拳の前に浮遊するクラゲを見て、あの攻撃は月海のスタンド…イマジナリー・エレクトリック・ジェリーの攻撃だったのかとナランチャは理解した。

    ナランチャは口角をあげ「あぁ!やっと見つけたぜ」とエアロスミスを出した。


    男は自身の手を顎へと持っていき、クスリと笑う。

    「どうやら…見つかってしまったようですね」

    男がそう呟いた瞬間、2人の上空に黒い球体が現れる。
    球体は周りの球体とは違い反対へと回転を始める。
    向かい風を吹かすその球体からは、次々に先程別の球体が吸い込んだ車や机などが吐き出されていく。

    無差別に生きている人間を襲うように車や机、瓦礫などが落下し、逃げ惑う人々は無惨にも潰されていった。

    その光景を見た月海は怒りに震え、なんて酷いことを…と拳を握りしめる。

    エアロスミス!とナランチャがスタンドを発動させ球体へと撃ち込んだ時、球体に吸い込まれた人間が吐き出され球体を守るように銃撃を受けた。

    「っな!」

    動揺するナランチャへと追い討ちをかけるように、球体からは次々に物が吐き出される。
    ナランチャは辛うじて幾つか避けるが、体制を崩したナランチャを吐き出された大きな瓦礫が襲う。
    月海はナランチャを守るようにスタンドから電気を飛ばして瓦礫を吹き飛ばした。

    「許せません、貴方は絶対に!」

    男へ向かって月海は、先程電気を飛ばしたようにスタンドのクラゲを殴りつける。その瞬間、クラゲは眩い光を纏い破裂音を交えながら電気を発生させ、男へと飛んでいった。

    だが、月海の電気は男に当たることはなく、突如現れた黒い球体へと吸い込まれてしまった。

    それと同時に、月海の後ろからカチリと音がした。

    「え…」と言葉をもらし振り返る月海と、月海の名前を呼ぶナランチャ。

    それは一瞬の出来事だった。
    月海は一瞬のうちに球体に飲み込まれ、出現した球体と共に消えてしまった。

    「つきみぃいいー!!!!」

    手を伸ばすナランチャを嘲笑うように黒い球体はナランチャの目の前にも現れた。


    「…っ!!ッくっそおお!!っざけんなあ!」


    "……ガ…!!オボォッ…"

    だが、その呻き声は、前方の男からだった。
    ナランチャは瞠目する。

    「スタンド使いを見つけたのは褒めてやる。よくやった。だが、遅いぞ。ナランチャ・ギルガ」

    男は口から剃刀を吐き出し、蹲る。
    咳き込みながら、男は声のした方を見遣り「これは…リゾット・ネエロのスタンド…!」と言葉をこぼす。

    怒りを含み歯を食いしばる男は、手を前に出した。
    男へと歩みを進めるリゾットの真後ろへと球体を出現させた瞬間、男の頬からは剣山のように大量の針が現れる。

    「うぅああぁっ!」

    大量の血を流し、痛みに蹲る。
    黒い球体は激しい痛みによって発動することなく消え、そして、発動していた球体も次々に消えていった。
    悪態を吐いた男は、「私だけでは彼には勝てない…」と悔しそうに呟き、球体を目の前に出すとその球体に吸い込まれるように消えていなくなった。


    風が無くなった空間で、リゾットは「逃したか…」と呟きナランチャへと振り返る。

    「行くぞ、ナランチャ。すぐさまボスの娘を逃さなくてはならない」

    月海が消えた場所を見つめ、唖然とするナランチャへと冷淡にそう言い放った。

    ナランチャは口を開いてリゾットを振り返る。
    だが、言葉は何も出なかった。何を言ったら良いのか、何をすれば月海が戻るのか、ナランチャは全く分からなかったからだ。

    歯を食いしばり、一度地面を殴りつけたナランチャはリゾットの後を追った。



    ナランチャ達が隠れ家に帰れば、屋内から怒鳴り声が聞こえた。

    その声はフーゴのものであり、それに気が付いたナランチャは半開の扉を勢いよく開けて入った。

    「フーゴ!」

    入った瞬間、ナランチャに聞こえたのは「やめるんだ!!フーゴ!」というブチャラティの怒声であった。

    フーゴは、メローネの襟元を掴み上げ睨みつけていた。

    「テメェ…もういっぺん言ってみろ」

    「うるさいから騒ぐなって言ったんだ。1人消えたぐらいで大袈裟なんだ。状況が分かってないのか?」

    メローネのその言葉に「っふざけんなよ…!」とフーゴが殴りかかるのをジョルノが止める。フーゴはジョルノに対して、「ジョルノ!!離せ!」と怒る。

    「おい、その手を離せよ。消えたのはお前の仲間だけじゃあないんだぜ。俺達の仲間も消えたんだ、3人もな」

    「っ!」

    「いい加減にしないか!お前達!!!」

    先程よりもより一層大きなブチャラティの怒声に皆の動きが一瞬止まるが、それでもフーゴは納得いかないというように舌打ちをした。

    フーゴはジョルノを振り払うとブチャラティへとつめよった。

    「ブチャラティ!ミスタが消えてしまったんですよ?!何で…何でそんなに平気な顔してるんですか…っ」

    その時、みんなの背後から…えっ…。と声が聞こえた。

    「フーゴ…それ、本当かよ…?ミスタが消えちまったって…、そんな、月海以外にも仲間が…っ!」

    ブチャラティは、ナランチャへと顔をやり…ナランチャ…と呟く。

    「あぁ。ミスタは、トリッシュを守ろうと動いたラッテと一緒に吸い込まれたんだ」


    それは、数分前の出来事だった。

    ブチャラティが壊した球体2つにより、中央の発動していた球体は動きを鈍らせた。
    だが、動きを鈍らせたその時間はミスタやブチャラティが思っていたよりも短く、トリッシュは吸い込まれそうになってしまう。
    その時、ラッテは自身のスタンド能力により巨大化したぬいぐるみをトリッシュの代わりに球体に吸い込ませた。トリッシュと球体の間に無理にねじこまれたぬいぐるみ。それにより、その衝撃でトリッシュをブチャラティの方へと飛び出させたのだ。

    逃げる事が遅れたラッテは球体に吸い込まれ、ミスタは彼女を助けようとし共に吸い込まれた。

    球体に吸い込まれたからといって死ぬわけではない。とミスタは予想していたが、「小せえガキを放っておけるわけねぇだろうがあぁあ!」と共に行ってしまったのだ。

    そんな…と呟くナランチャの肩を、ジョルノは勢いよく掴んだ。

    「っ!」

    「月海が消えたって本当ですか?!ナランチャさん!」

    ナランチャは顔を顰め、俯き「本当だよ…」と呟いた。
    ブチャラティは顔を歪め、俺達には…と呟く。

    「俺達には、やらなくてはならない事があるんだ。一刻も早くこの場から離れなくてはならない。それに、吸い込まれた皆は死んでないと俺は思っている。合流するまで俺達が止まるわけには行かないんだ」

    ブチャラティは皆の前に金色の鍵を見せる。

    「ポンペイに行った3人が持って帰ってくれたこの鍵には、次の指令が書かれてあった。俺達はここへ行き、乗り物を手に入れなくてはならない」




    崩壊しかけの隠れ家から出る時、リゾットはブチャラティに声をかけた。
    ナランチャと話をしていたブチャラティは、リゾットを振り返り「なんだ?」と答えた。

    「悪いが、俺はここに残らせてもらう」

    リゾットのその言葉にブチャラティは訝しげに「なぜだ?」と問う。

    「この場所で合流する予定の仲間がまだ来てないようでな、もう少し待ってみるつもりだ」

    「遅れている…?もしかして…スタンド攻撃にあっているのか…?」

    「いや……どうだろうな。だが、その可能性も無くはないだろう。念の為だ、合流でき次第お前達の元へ向おう」

    リゾットは「それと」と言葉を続ける。
    「残ってる俺の部下達は自由に使え。あいつらにはもう伝えてある」

    ブチャラティは一度頷き、「わかった」と返す。

    二人の横から「…あのさ」と声をかけられ、二人は声のした方を見遣った。
    ナランチャは緊張した面持ちでブチャラティを見つめる。

    「俺もここにリゾットと残りたいんだ」

    その言葉にブチャラティは一瞬目を細めると、「いいだろう」と許可をした。
    あっさりと許可をもらった事に驚くナランチャをみて、苦笑したブチャラティは「誰かを残そうと思っていたんだ」と言う。

    「此方だけ監視されては不公平だろう。だから、俺達のチームからも1人監視をつけようと思っていた」

    「妙案だな」と呟くリゾットに、ブチャラティは「だろう?」と意地悪く笑い返した。

    「監視を頼めるか?ナランチャ」

    ナランチャは強い眼差しで頷き返した。


    ――

    ブチャラティ達を見送った2人は、隠れ家の前に居座る。
    崩壊しかけの建物の前で仲間を待つリゾットとナランチャ。
    リゾットは壁に寄りかかり立ち、ナランチャは膝を曲げて座っていた。

    ナランチャは地面を歩く虫を見つめながらリゾットに声をかける。

    「仲間って誰なわけ?名前は」

    そう聞けばリゾットは、ギアッチョと燕青だと答える。

    「どんな奴なんだ?そいつら」

    リゾットは眉間にしわを寄せ訝しげにナランチャを一瞥すると、すぐにまた前方へと視線を戻した。

    「ギアッチョは短気なやつだ。だが、短気ではあるが常に正常な判断の出来る男だ。燕青は…そうだな…」

    リゾットが燕青の事を話そうとした時、あのさ!!とナランチャが言葉を遮った。

    「さっきの敵さ、アンタの名前言ってたぜ。距離もあって風も吹いてたからあまり聞き取れなかったんだけどさぁ。リゾット・ネエロって、アンタの名前だろ?これ!アンタの事だよなぁ?!」

    リゾットは訝しげに「何故、言葉を遮り、今言うんだ?」と問いかけ、ナランチャは「そんなん、今言いたかったからに決まってんだろ!」とリゾットを見て答えた。

    「そんな事より、あの男が組織の裏切り者かもしれねぇんだよ!」

    「何故、それをブチャラティに話さない」

    「…」

    ナランチャは黙ったまま、また地面に視線を落とした。
    それを見たリゾットは、そうか。と呟く。

    「あの男はパッショーネの裏切り者かもしれない。もしくは、俺が仕向けた敵かもしれない。だから、ブチャラティはお前に"一緒に行動したいと言え"と指示をした、という事だな」

    ナランチャは目を見開き、「…知ってたのかよ…」とリゾットを見つめる。

    「先程のお前の喋り方は演技風な所があった。ブチャラティもそうだ。何かを隠しているのは分かっていた」

    「っ!」

    「だが、今のお前は演技風ではないな。…そうだな、これは恐れと怒りか…?」

    「何に恐れている、ナランチャ」とリゾットが言えば、ナランチャは顔を歪め、ぼそりと何かを呟いた。

    「……つきみがさぁ…大丈夫かなって…、俺がミスっちまったから月海が消えちまったんだよ…。もしも、アンタがあの男の事を知ってんならさ…、仲間ならさ…月海を助けられるんじゃあねぇかなって…っ」

    「残念だが、俺もあの男の事は知らない。あの男がパッショーネの裏切り者である可能性は高いが、俺達ヒットマンチームも知らない男だ」

    クソ…!と悪態をつくナランチャをリゾットは呼ぶ。

    「ブチャラティが言っていたはずだ。吸い込まれた奴らは死んでいないと」

    「っ、分かってるよ…!分かってるけどさぁ…!」

    「どちらにしろ、ボスからの指令だとヴェネツィアまでで終わりだ。ブチャラティ達がボスの娘を列車でヴェネツィアまで護衛している。それが完了すればボスの娘を巡っての戦闘も終わるだろう」

    ナランチャは、「分かってるよ…」と呟いた。

    そのとき、車のエンジン音が聞こえナランチャは顔を上げる。

    「来たようだな」

    リゾットがそう呟くと、二人の前に車は止まり、中から男女2人が降りてくる。

    「わりぃ、待たせたなぁ…リーダー」

    「ごめんね、リーダー。悪いのは全部ギアッチョだから」

    パーカー姿の女性、燕青がそう言うとギアッチョは「おい!!!」と怒声をあげる。

    「問題ない。だいたいの理由は分かっている」

    リゾットがそう言うとギアッチョは赤い眼鏡フレームをカチャリと音を立てながら「俺は悪くねぇからな」と念を押すように言う。

    ナランチャは訝しむように二人を見つめて「これが、あんたの仲間か?」とリゾットに問いかける。

    「あぁ、そうだ。燕青とギアッチョだ」


    互いに自己紹介を終えた後、車に乗り込む。
    その車内で、ナランチャは空き箱を発見する。

    手にとれば、それはアイスの空き箱であった。

    「なんで、アイスの空き箱があんだ?」

    そう首を傾げるナランチャ。その声色とは真逆に地を這うような2人を呼ぶリゾットの声が車内に静かに響いた。
    運転席と助手席に座る2人は大袈裟な程に肩を震わせた。

    ナランチャはその状況を理解し「あー!お前ら買い食いしてて遅れたんだな?!」と叫ぶ。

    「うっせぇ!」と怒鳴るギアッチョの声に被せるように、リゾットは「プロシュートに報告するからな」とミラー越しに2人を見据えて言った。




    __逆行の闇__

    ヴェールで目元を隠す長髪の男は、口を押さえて蹲る。
    もう片方の手には携帯電話が握られていた。

    声を震わせ涙声で男は、電話の向こうにいる自身の愛おしい人へと言葉を紡ぐ。

    「あぁ…、我が神よ…。私をお許しください…」

    電話の向こうからは、"どうしたというのだ、インノよ。"と声が聞こえる。

    「私は部下を…情報チームを守る事ができませんでした。不覚でした…殆どが殺されてしまいました…っ」

    "…誰に襲われた?"

    「あいつです…ヒットマンチーム、リゾット・ネエロ。性懲りも無く、ヒットマンチームはまたボスの正体を探っています。情報チームを殺した彼等は、次は娘を狙うでしょう…」

    インノと呼ばれた長髪の男は、泣き声を漏らしながら「私がいながら…申し訳ありません…っ」とザリザリと地面に額をこすりつけて謝る。

    "リゾット・ネエロ…。ソルベとジェラートの死後、大人しくいていたと言うのに…、学ばぬ奴だ"

    「我が神よ、私に御慈悲を」

    "…なんだ?"

    「我が配下を使いあの者共を殺してご覧にいれましょう。必ずや、我が神…いいえ、ボスを守り抜くとお約束致します」

    少しの間を置き、電話の向こうにいるパッショーネのボスは"…インノよ、期待しているぞ"と伝え電話を切った。


    通話の切れた携帯を見つめ、インノはほくそ笑む。

    携帯を包むように両手を握りしめ、天を仰ぐ姿はまるで神に祈りを捧げるようだった。

    「あぁ…我が神よ。愛おしい我が神よ!ボスよ!罪深き私をお許しください…!」

    そう呟くと、インノは携帯を投げ捨てた。

    その携帯は宙に円を描くようにとび、転がる情報チームの死体の上に落ちた。

    「良かったのかね?こんなことをしては、ボスへの裏切り行為になるんじゃあないのかね?」

    「えぇ。ですが、崇拝というものに犠牲は付き物ですので。それに、裏切り者は貴方もでしょう、チョコラータ?」

    インノは後ろに立っていたチョコラータへと身体ごと向けて言葉を続ける。

    「彼等を殺したのは貴方なのですから」

    血塗れの鉈を持つ男…チョコラータは、口を三日月型にして笑う。

    「元クラスメイトの頼みだ。断るわけがないではないか。だがね、頼んできたのはお前だろう?インノ」

    インノはヴェールの下から視線をチョコラータに向けると、薄く笑みを浮かべて「ええ」とこたえる。

    パッショーネの幹部であるインノは、情報チームを率いる男であった。

    ボスの娘を狙う敵の動向を報告する大役を任せられていた情報チームのリーダー、それがインノである。

    ボス自らがパッショーネに招いたという他幹部からも一目置かれていたインノは、先天性の盲目でありながらもその実力を発揮してきていた。

    それは全て、彼が神と崇めるボスの為であった。

    だが、今、インノはボスも仲間も裏切った。

    仲間を殺して、情報チームを再起不能にした事で、敵の動向はボスへ伝わりにくくなった。

    だが、これで良い。

    ボスの娘を狙う敵であるギャングは、インノが手配した者達。
    暗殺チームが麻薬ルートを狙っている事も、ボスの娘を狙っている事も、パッショーネの仲間から情報をきいていたインノは、ブチャラティと暗殺チームが殺し合う姿を予想していた。
    そして、そこへ追い討ちをかけるようにギャングが襲いかかればあっという間にブチャラティ達護衛チームは地に伏せる事になると、完璧な計画を立てていたのだ。

    だが、それはリゾット・ネエロがブチャラティと協力した事により崩れ去った。
    暗殺チームと護衛チームが手を組み、共闘を始めたのだ。

    故にインノは、暗殺チームを殺す為に、ボスの娘を攫うために、邪魔になるであろう仲間を殺したのだ。

    これから、軌道は元に戻るだろうと、インノは考える。

    インノは満足気に笑みを浮かべると、目を見開き戦慄の顔で息絶えた仲間の顔へと手をかざす。

    指で彼の瞼を下ろして、手を組ませる。
    御祈りを口にし、彼らの魂が幸福になるようにと神へと祈ると顔を上げる。

    ぽつりと、インノは「我が神の全てが欲しい」と言葉をこぼす。

    「チョコラータ、私はね。崇高なる野望がありその為に悪魔に心を売ったのです。ボスでもなく、リゾットでも誰もでもなく、トリッシュを捕まえるのは私でなければならないのですよ。ボスの…いいえ、我が神の全てを知るためにはそれしかないのですから」

    「相変わらず頭のおかしな狂信者だ。精々頑張りたまえよ、配下…弱小ギャングを使って何処までやれるかみものだな」

    チョコラータはそう言うと満面の笑みを浮かべて「それにしても!」と声を上げる。

    「針やハサミを口に詰めて殺すのがこんなにも楽しいものだとは知らなかった!リゾットはこんな楽しい思いを毎回味わっているのかと思うと、羨ましいを通り越して妬ましいぐらいだ!!」

    「セッコ!」と体を布で覆われた男へと声をかけると、「動画はちゃんと撮れていたか?」と確認をする。
    セッコと呼ばれた青年は、何度もうんうんうんと頷き返す。

    「己のチームの上司、パッショーネの仲間に殺されると知った時のあの表情は堪らなかったなぁ!」

    よーしよしよしよし!!と頭を撫で回すチョコラータを見遣り、インノは「頭がおかしいのはどちらですか」と冷たく呟いた。

    ___

    逆光四
    ネアポリス駅6番ホームに到着したブチャラティ一行。

    彼らは、ブチャラティの指示によりそれぞれの役割を担う。
    ブチャラティとメローネはボスの指示通りに乗り物を探し、他のものは列車内部の安全確認を。

    「ネアポリス駅6番ホームに行き、亀のいる水飲み場へ行きキーを使え…だったか?でもやっぱり、水汲み場はそこしかないみたいだ。鍵穴は見つかったかい?ブチャラティ」

    メローネのその問いにブチャラティは首を横に振る。

    「いいや。どこにもないんだ、この鍵が入る鍵穴が…」

    「そんなわけないだろう。そこの錠前はどうなんだ?」

    前のめりにブチャラティのすぐ近くの錠前を指差したメローネに、ブチャラティは首を横に振り、「ここも違ったんだ」と返した。
    それに対してメローネは、「困ったな…早くこの場から立ち去りたいんだけど…」と体を起こしながら呟いた。

    メローネは、訝しげにホームを見渡した。

    排水溝の前でしゃがんでいたブチャラティは、「どうした、何かあったのか?」とメローネに声をかける。

    「いいや…少し、違和感を感じるんだ。不吉な予感とでもいうのかな」

    「違和感…?」

    「あぁ。ここさ、静かだとは思わないか?」

    「静か…?そうだろうか、俺には普通に見えるが…」

    疎らであるが、人は確かにいる。
    腕時計を見るもの、新聞を読む者。反対側からは、はしゃぐ子供の声も聴こえ駅内に流れるアナウンスも聴こえる。

    確かに、ぱっと見だけでは静かだとは思わない普通の景色だ。だが、メローネは6番ホームの椅子に座る若い女性二人組を指さした。

    「あの女性達を見てくれ。お揃いの靴、色違いの上着を着ている。恐らく友人だと思うが、会話がひとつもないだろう」

    「偶々被ってしまったという可能性もあるんじゃあないのか?赤の他人なら会話が無くても普通だろう」

    「俺も最初はそう思ったんだ…だけどね、見てくれ。左の彼女の膝に乗っている鞄と、右の彼女の足元に置いてある鞄はどちらも同じ。そして、ついているキーホルダーまでも同じだ。偶々でここまで被ると思うか?」

    メローネは、他にも…と次々と人を指していく。
    同じコーヒーとレジ袋を持つリクルートスーツを着た男性2人、同じ旅行鞄を持つ男女3人。

    「今言った彼らは恐らく友人関係、又はそれに近しい何らかの関係だろう。だが、誰も会話をしていない。ここまで会話が無いのはおかしいんだ」

    メローネは、それにね。と言葉をさらに続ける。

    「僕は人間観察が好きなんだ、特に女性のね。元気な子供を産めそうな女性を眺めるのが趣味なんだが、この場所には誰1人そんな女性はいない。元気な子を産むには元気で健康的な身体じゃないと駄目だというのに」

    「…は?」

    ブチャラティは、何を言い出すんだ…こいつは…。と顔を顰める。

    「生気がないのさ。ここに居る奴等全員。まるで生きていないかのように」

    ブチャラティは首を横に振り「いや、そんな筈はないだろう」と返す。

    「生きていないのならば、あそこで立っている事など出来ないはずだ」

    「そうだな、だけど…」

    メローネは少し間を置いてため息を吐くと、のろのろと歩く亀を一瞥し「その亀が喋れたら俺達が来る前の全てを話してもらえたのにな」と呟いた。
    ネアポリス駅に来た時から歩き回る亀を見て、メローネはそう思った。何が起こったのか全てを知れたのなら、こんなに悩まなくても済むというのにと。

    ブチャラティは、亀…?と自身の足元にいる亀へと視線を落とす。

    その亀の甲羅を見た瞬間、ブチャラティは目を見開いた。
    鍵の形の窪み。全てが繋がった。
    それは鍵穴だった。

    「メローネ!」と名前を呼んだ時、「なんだ?お前!」というメローネの叫び声で咄嗟に振り向いた。

    先程までブチャラティと話していたメローネは、新聞を読んでいた初老の男性に首を掴まれていた。

    咳き込みながら、「離…せ!」と男性の腕を掴むがびくともしない。その間にもメローネの首筋は指で圧迫され赤く変色していく。皮膚が破れ、めり込む指先に、メローネの首筋からは血液が流れ出る。

    「こいつ、人間の力じゃないぞ…!」

    メローネは、ベイビィ・フェイス!と自身のスタンドを呼び出し、初老の男性を殴り飛ばして、窮地を脱する。

    激しい咳をしながらブチャラティに叫んだ。

    「こいつ!スタンド使いだ!」

    メローネがそう言った瞬間、視界の隅に投げだされた椅子が映る。思いもよらない攻撃。
    投げられた長椅子に反応の遅れたメローネは、ただ目を見開く事しか出来なかった。

    「…!」

    だが、彼は違った。ブチャラティは、静かにスティッキィ・フィンガーズを出していた。
    メローネが違和感という疑問を出した時から、彼はそれを受け止めて思惑していた。
    そして、メローネが襲われた時に彼の考えは1つにたどりついていたのだ。

    「いや、違うな…」

    その椅子は、とぐろを巻くように切られブチャラティ達の真上を通過した。

    スティッキーフィンガーズにより形を変えられた椅子は、重心が変わった事によりメローネにもブチャラティにも落下することなく飛んでいった。

    「ここにいる人達全員がスタンド使い…いや、スタンドに操られているんだ…!」

    あの椅子を投げたのは、椅子に座っていた若い女性だった。地面に座っていた旅行鞄を持つ男女はゆっくりと立ち上がり、スーツを着た男達と共にブチャラティの方へと忍び寄っていた。

    じりじりと距離を詰める彼らに、2人は冷や汗を流しながら後退りをする。


    「どうする、ブチャラティ…。今からボスの娘を逃すにも時間がなさそうだぞ…」

    メローネがそう言った時、ホームに軽やかなメロディが流れた。フィレンツェ行き特急の情報と出発を合図するアナウンスが鳴った瞬間、人々は走り始め、ブチャラティに襲いかかる。

    ブチャラティは亀を掴むと「列車へ走れ!!メローネ!!!」と叫ぶ。

    ブチャラティとメローネが閉まりかけの列車に飛び乗った直後、列車の扉は完全に閉じて、発進した。
    列車に張り付いた女は振り落とされ、男は列車に間に合わず線路へと落下した。
    列車が加速するにつれ、離れていくにつれ、男女の身体はみるみるうちに萎れていった。まるで、元から死んでいたかのように、先程まで動いていた身体はピクリとも動かなくなった。



    扉の前に座り込む2人は、荒い息を整える。
    つい先程、スタンド使いであろう数人から逃げ出した2人。危機は去ったというのにまだ心臓がどくどくと音を立てる。

    そのうちの1人、ブチャラティは恨めし気にメローネへと目をやる。

    「何が、元気がないだ。あの女性、すごく元気だったじゃないか…」

    「やめてくれよ、あれが元気だって?あんなんじゃ健康な子は産めないさ」

    その返答にブチャラティは、また眉を顰める。身体を起こしながら「思ったんだが…それは、どういう意味で言ってるんだ…?」と聞く。

    「あぁ、それはね…」とメローネが説明しようとした時、通路側の扉が開きフーゴが顔をだした。

    「大丈夫ですか?さっき飛び乗るのが見えましたが…」

    「あぁ、フーゴか。それより、トリッシュは無事か?」

    ブチャラティの問いにフーゴは、「ええ」とイルーゾォを指さした。

    「彼と一緒にいますよ。それと、列車内を見回ってみましたが、これといっておかしな所はありませんでした」

    フーゴのその言葉に、あぐらをかいて座るメローネは「なんとか、逃げれたみたいだな」とブチャラティに言う。

    「逃れた…?やはり、先程のはスタンド使いとの戦闘で…?」

    「あぁ、だが列車は発進した。当分は時間稼ぎができるだろう」

    ブチャラティは、フーゴの名前を呼ぶと言葉を続けた。

    「みんなを集めてくれ。次の敵が来る前に、見つけた乗り物の話をしたい」

    「っ見つかったんですね…!わかりました、すぐに呼んできます!」

    走り出したフーゴを見た後、メローネは「…見つけれたのか…?」と首を傾げる。
    それに頷き返したブチャラティは、「お前のおかげだ」と腕に抱えていた亀をメローネに見せた。

    乗り物は、スタンドを使う亀であった。

    ――

    浮上する意識に、うっすらと瞼を開ける。
    眩しい光に瞬きを数回繰り返す。
    冷んやりとした床は身体を冷やし、床の埃臭さに2、3度咳き込んで身体を起こした。

    痛む体を摩りながら「…ここは…?」と周りを見渡せば、そこは列車の中だった。
    座席と座席の間にある通路で、海藤月海は気を失っていた。

    覚醒していない頭では、気を失う前の記憶は朧げだ。だが、敵に襲われていた事は覚えている。
    つまり、今自分は敵のスタンド攻撃の末にこの場にいるのだろう。

    座っている床からカタン、カタンと音が鳴っているところをみればこの列車は動いているのだと理解する。
    周りの人も月海と同様に気を失っているのか、脱力して座っていた。数名の乗客がいるこの車両は、月海以外には誰一人起きていなかった。
    静かな空間に、自身の呼吸音と列車の音がやけにはっきりと聞こえ、気味の悪さを感じる。

    何が起きているのか全くわからないこの状況で、月海は近くの人に話を聞こうと眩む頭を押さえて立ち上がった。
    近くの座席に座っている40半ばの男性を起こそうと肘置きに置いてある手に触れる。

    「っ?!」

    しかし、その手の冷たさに思わず自身の手を引っ込めてしまった。
    生きていると思えない程に、彼の手は冷たかった。まるで作り物のように皮膚や肉は硬く、白かった。

    「そんな…」と呟きながら、彼の首筋に指を当てる。
    冷たいその皮膚に気持ちの悪さを感じながら、脈を確認するが脈は少しも動いていなかった。

    その後ろに座る70代女性はどうだろうかと、脈をとるが彼女もぴくりとも動いていない。その隣に座る旦那と思われる70代男性も同じだった。
    この車両の人達はみんな死んでいるのではないか、と思うと皮膚が粟立っていく。

    この空間に恐怖を感じた月海は後退った。
    動転し周囲を確認せずに後退った月海の肘が男性の頭に当たる。

    潤む瞳で男性の方を向いた時、月海の目には車両の全貌が見えた。

    椅子の隙間から見える乗客の姿。
    満席とはいかないが、疎らに座る乗客達はまるで寝ているかのように綺麗に座っている。

    月海はぎゅっと拳を握ると、手始めに先程、肘で小突いてしまった目の前の男性から脈を測る。

    冷たい。止まっている。

    次の人はどうだろうか。その次はどうだろう。と、疎らに座る乗客の脈をはかっていく。

    5人亡くなっているとしても、全員がそうだと決まったわけではない。
    もしかしたら、生存者がいるかもしれない。
    もしかしたら、誰か助けられるかもしれない。
    たくさんの死を目の前にして、恐ろしいという感情が月海を襲う。悲しくて涙が溢れる。
    だが、それ以上に月海は1人でも救いたかった。最後まで希望を捨てたくなかった。
    放り投げて、諦めるなんてしたくなかったのだ。

    次々と脈を測っていくと最後尾に見覚えのある人物が座席で寝ているのを見つける。
    それは、プロシュートとペッシだった。

    袖で涙を拭った月海は、見知った2人に近づいた。
    もしかしたら、彼らも他の乗客のように…と、恐る恐る彼等に触れる。

    だが、彼等の身体からはちゃんと人間の体温を感じ取ることが出来た。久しぶりに感じる人の体温に胸を撫で下ろした。

    「よ、良かった…生きてる」

    眠る2人を起こす為、身体を揺らす。

    「プ、プロシュートさん、ペッシさん。起きてください」

    揺らしながら月海は不安を覚えた。
    起きていきなり怒られたりしないだろうか、殴られたりしないだろうか、と。

    拠点で顔合わせをした時は、暗殺チームの面々から放たれるオーラに圧倒された。普段感じた事のない威圧感だった。ブチャラティ達とも違う、人をたくさん殺めてきた暗殺チーム独特の死臭のような、そんなオーラ。
    その中でも、一際常に厳つい表情をしていたプロシュートが月海は苦手であった。
    メローネの纏わりつくあの視線も苦手であるが、これは別の恐怖心である。

    リゾットのメンバーで、しかも幼いラッテが懐いている人だというのだから、もしかするとプロシュートという人は月海が思う程怖い人ではないのかもしれない。
    だけども、寝てる時でさえも眉間にシワを寄せているプロシュートは威圧的であり月海はやはり怖いと感じてしまう。

    ゆさゆさと揺らしていた手が急に振り払われ、身体を突き放された月海は小さな悲鳴をあげる。

    「きゃっ」

    悲鳴と同時に、バチッ!と2人の間に電気が走った。
    プロシュートが飛び起きるのと同時に、月海は驚きにより小さな放電をプロシュートにくらわせてしまった。
    電気の走った手を振り、痛みを誤魔化したプロシュートは月海を睨みつけた。

    「…テメー…」

    プロシュートの睨みに「ご、ごめんなさい…!」と涙声で謝罪をすれば、ため息が返ってくる。

    「俺達は気を失ってたのか。…ここは、列車か?」

    「え?は、はい。そうみたいです」

    「あの球体に吸い込まれたあと此処に飛ばされたか…。オメーも此処にいるって事はそうだな?」

    月海は頷いた。

    そうだ。自分は球体に吸い込まれたのだと、プロシュートの言葉で思い出した。
    脳内にフラッシュバックする、ナランチャと戦った黒い球体、長髪の男の姿。
    "つきみぃいいー!!!!"
    目を見開きながら必死に月海に手を伸ばすナランチャの姿。
    あの光景を思い出した途端に、皆の安否が不安になる。ナランチャは助かっただろうか、あの男は倒せたのだろうかと。
    月海は俯いて自身の腕を抱いた。

    プロシュートは立ち上がると周りを見回した。
    ここの状況を月海から聞き、今置かれている状況を把握する。

    「さっき列車の中を見てきましたけど、生存者はいませんでした。私たちの仲間もこの車両にはいません」

    「他の車両はまだ確認してねぇんだな?」

    座席上の棚を確認しながらプロシュートが聞く。
    月海は「はい」と頷いた。

    「他の所も怪しいところは何もねぇな。上も下も何もない」

    座席下も確認したプロシュートは、ペッシがまだ眠る座席まで戻ってくると、未だに眠りこけるペッシの胸ぐらを掴み上げた。

    「いつまでも呑気に寝てんじゃあねぇ!!!!ペッシ!!!」

    いきなりの怒声にペッシは目を覚まし、月海もびくりと肩を震わせた。

    「わ、わ!アニキ?!おれ、さっきまでミルク飲んでたのに…??」

    「こんな状況でまで寝ぼけてんじゃあねぇぜ。そんなんだからテメーはマンモーニって言われんだ。危機的状況ってのが何も分かっちゃいねぇ。寝ちまうものは仕方ねぇ、眠らねぇ生き物なんていねぇんだからな。気絶だってそうだ。だがな、起きたらすぐに頭を活性化させろ。ヒットマンっつーのは敵だらけなんだ、すぐに殺されちまうんだぜ」

    ペッシは「ご、ごめんよぉ。アニキ…」と謝ると「えっと、えっと?」と周りを見渡す。

    「ここは列車の中だ」

    「あ!球体に吸い込まれた後に此処に飛ばされたのか?!」

    ペッシがそう言うとプロシュートは満足そうに一つ頷いた。
    プロシュートはペッシに状況を話し、ペッシは必死にその情報を理解しようと繰り返し呟いていた。
    2人を見て、月海は先生と生徒みたいだなあと思う。

    「他の車両はまだ見てないので、もしかしたら生きてる人もいるかも…」

    「俺ら以外にも飛ばされた奴がいるなら、此処にきてる可能性もあるだろうな」

    「仲間が他にもいるって事っスか…?」

    「!わ、私、他の人を探してきます!」と月海が立ち上がる。
    仲間の安否を確認したい一心で扉の方へとかけようとした。

    「待て」

    だが、プロシュートは月海を呼び止めた。

    プロシュートは立ち上がると死体を見つめて「こいつらの死因は何だ?」と月海に問う。
    えっ。と戸惑う月海に、プロシュートは言葉を続ける。

    「ここの死体には傷もなければ打撲痕もねぇ。争った形跡もまるでねぇ。こいつらの死因はなんだ?」

    そう言われればそうだ。
    此処の死体はおかしい。
    突然死にしても誰も苦しんだ様子もない。
    だが、これがもしも人でない何かが起こしたとしたら…。

    「スタンド使い…」

    「あぁ。スタンド使いの仕業だってんなら全てが納得いく。どんな能力かは知らねーが、敵は気づかれることなく、苦しめることなく全員まとめて殺してやがる。つまり、それは俺らが攻撃されたとしても気がつかねぇ可能性があるってことだ」

    「そっか。敵の情報がまだ何もない状況…だから、単独行動は危険になるんですね!」

    「だが、共に行動すれば話は別だ。単独行動さえ避けられば、勝機は見えてくるはずだぜ」

    「でも、こいつらがただ見えてなかっただけって可能性もあるぜ?アニキ。そんな強い敵でもないのかも」

    プロシュートは眉を顰めると「ペッシ。お前は隣で仲間が死んでたら気がつかねぇのか?」と問う。

    「えっ」

    「肌の色、息遣い。隣で仲間が死んでても寝てるだけって思うのかよ、テメーは」

    責めるようなプロシュートの言葉に、ペッシは「えっと…」と戸惑う。
    弱々しく「だ、だって、分からねぇよ…どうやっても」と返す。

    「お、俺達は見慣れてるから分かるかもしれねぇけど…一般人ってのは死んでても見分けられねぇんじゃ…?た、たぶん」

    その答えにプロシュートは気に入らないというように眉を顰める。

    月海は2人を交互に見つめて「あ、あの…とりあえず、移動…しますか?」と提案するが、その提案にペッシは否と答える。

    「外の車両の方が危険なんじゃないか?」と、まるでここに留まらせたいように。そして、彼の話ぶりからすれば単独行動を勧めるようにも聞こえる。

    そのペッシの姿に月海は違和感を感じた。
    ペッシさんはこんな人だっただろうか?自分の意見をここまではっきりと示せる人だっただろうか?

    勘による危険を察知したのか、仲間を思ってかはわからないが、アジトで見たペッシとは違った何かしらの強い意志を感じ取れた。

    「敵は別の車両に移動してるのかも…あっ、つ、月海が見に行ってきてくれよぉ!」

    「えっ?!でも、プロシュートさんの話だと…単独行動は…」

    「まとまって動くよりは目立たないはすだぜ!大丈夫っすよね?アニ、ウッ!」

    「おいペッシ」

    アニキ、とプロシュートの方へ顔を向けたペッシの顔を、プロシュートは片手で力任せに掴んだ。

    「あ、あにき…?」

    ペッシの瞳が戸惑いに揺れる。
    プロシュートとペッシの目線が交わり、まじまじと何かを確認する様にプロシュートは瞳の奥をただただ見つめる。

    「ご、ごめんよぉ…俺また気に障る事…」

    「テメー、いつからそんな饒舌になったんだ?あ?」

    その声色、言動からプロシュートがペッシに怒りを抱いているのは明らかだった。

    「プロシュートさん!け、喧嘩は良くないですよ!」

    月海はプロシュートを止めようと肩に触れるが、プロシュートはそれを無視してペッシへと集中している。

    「死体を見慣れてるだぁ?外の車両が危険だとか、月海に行けとかよー、テメー、いつからそんな偉くなったんだ」

    ペッシは涙を滲ませ「ごめんよぉ、アニキぃ….」と謝るが、プロシュートはそれを否定する。

    「いいや。違うんだぜ、ペッシ。俺はよぉ、お前の成長に驚いて、オメーがいつからそんなに"偉い子"になったのかって聞いてんだぜ。なぁ、いつからテメーは、死体を見慣れる程強くなったんだ?いつから、全体の状況を予測して考えれるようになったのか、教えてほしいつってんだぜ。俺はよ」

    プロシュートの手が強さを増していき、ペッシの顔が歪む。
    冷や汗を流すペッシは、ただ無言で混乱していた。



    プロシュートは一度ペッシから顔を離すと、月海を呼ぶ。慌てて返事を返す月海にプロシュートは、「氷を持て」と指示する。

    「こおり、ですか…?」

    「そこのジュースのカップに入ってる氷を取り出して、持てつってんだ」

    「え?なんでですか?」

    「いいからさっさとしろ!月海!」

    そう怒鳴られ、月海は肩を震わせて何が何だかわからないまま氷を掴む。
    ヒヤリとした感覚に眉を顰め、その机から2人を見守る。

    プロシュートはそれに満足したようにペッシへと視線を戻し「お前なら分かるか?この意味が」と聞くが、ペッシは微かに首を横に動かした。

    「こ、答えを教えてくれよぉ、アニメぃ。謝るからさぁ」

    ペッシは涙を流しながらそう言うが、プロシュートは鼻で笑うだけだった。

    「ハッ!やっぱりそうだと思ったぜ。分かんねぇよなぁ、テメーはよぉ…。大方、テメーはブチャラティの仲間しか知らねーんだろ?」

    プロシュートはペッシの髪を掴んで、頭突きをする様に頭を合わせると鋭い眼光をペッシに向ける。
    困惑する目と、怒りの目が間近で交差する。

    「テメーは月海をスタンド使いだと知ってたんだ。だから、月海を行かせようとしたんだな?俺1人だったら倒せるってか?よく言うぜ、その見た目でよー」

    氷を持って2人を見ていた月海は、その様子に違和感を感じる。
    プロシュートは顔から手を離して髪を掴んだ筈だ。だが、ペッシの顔には手がある。
    いや、紫色をしたそれは手ではない。

    「スタンド…!ザ・グレイトフル・デッド?!」

    月海の声にペッシは目を見開く。
    自身の顔を掴んでいるのはスタンドだと、月海の言葉でたった今知ったからだ。
    目の前にはプロシュートと、ザ・グレイトフル・デッド。その身体に張り巡らされた幾つもの目が、ペッシを射抜く。

    そしてペッシは、みるみるうちに自身の体が萎れていく感覚にも驚愕する。髪は萎れ、頬は痩けて、筋力は衰えていく。

    「な、なん…」

    歯茎が萎れうまく喋れない。

    「何驚いてんだ?テメーがペッシなら分からねぇはずがねーんだ。いっつも隣で見てんだからよぉ、俺がグレイトフル・デッドを出したらすぐに氷に飛びつくはずなんだぜ。いつもそうだ。ペッシは怖がりのマンモーニだからな。そうだろう?」

    「あ、あにき…、た、たすけっ」

    「オイ」

    みるみるうちにペッシの背中は曲がり、髪は白くなる。
    戸惑うペッシの声を遮るようにプロシュートは
    「誰だ、テメーは」と
    牙を剥く獰猛な獣のような唸り声で目の前のペッシにそう問いかけた。

    ___


    ブチャラティが見つけた鍵穴のついた亀。その亀にキーを差し込み、亀の中へと身を隠した一行。

    その中の1人、ジョルノは重たいため息を吐いた。
    その理由は、前からあるあの違和感からであった。

    知らぬ誰かの声、見たこともない洞窟の風景、発動させていないはずのスタンドの感覚。そして、ポンペイに向かった時に感じた更なる違和感。

    ワイン畑の時は、思い過ごしだと思っていた。だが、ヒットマンチームが仲間になってからジョルノの違和感は増すばかりで、最早思い過ごしとも思えなくなってきていたのだ。

    時は少し遡る。
    ジョルノ、アバッキオ、フーゴ、そしてヒットマンチームのイルーゾォと共にポンペイに行った時、ジョルノは何故か違う。と思った。
    何が"違う"のか。それは当時分からなかったが、異様な違和感をジョルノは感じていた。

    その違和感を決定付けたのは、敵を倒した後だった。

    自身を気体へと変化させる能力を持つスタンド使いとの戦闘。それとは別の敵と対峙し倒したアバッキオは手首を切断する重傷を負った。アバッキオに加勢していたイルーゾォも負傷を負い、疲労困憊と2人は加勢するには厳しい状況だった。

    気体となる相手に攻撃する事も叶わず、フーゴの脳裏に敗北の2文字が浮かんだその時だった。
    ジョルノは、犬の床屋へと敵を見送るとフーゴへと伝える。自身のゴールド・エクスペリエンスで犬の床屋を何重にも草木で囲ったジョルノはこう言った。

    「気体になったからと言って、敵が息を吸わないはずがないんです。気体になったとしても、敵の存在は確かにそこにあるんですよ」と。

    戦闘によりキーは太陽の当たる廊下へと投げ出されていた。
    その状況、その言葉からジョルノが何を言わんとするのか気がついたフーゴは、パープル・ヘイズを呼び出す。

    真っ暗な空間に違和感も持たず、キーを手にした敵は余裕の笑みを浮かべた。
    背後に立つパープル・ヘイズに悪足掻きだ!と嘲笑う。
    気体である彼はパープル・ヘイズの拳を難なく避け、無駄だと笑った。

    だが、パープル・ヘイズの狙いは元より違うものであったのだ。
    それは、その敵が浮遊する真下の床。

    拳のカプセルが割れる音に、敵は焦りを見せる。
    何が起きるのか…と。

    パープル・ヘイズの咆哮と、ただ床を殴る音だけがその真っ暗な空間に響き渡る。

    ゴールド・エクスペリエンスが草木によって包囲した事で、パープル・ヘイズのウィルスは着実にその室内へと充満していった。
    敵は気がつくのが遅れた。慢心していた。それゆえに、敵は敗北したのだ。

    包囲され逃げ道も途絶えた闇の密室。
    充満したウィルスの空気を吸い、気体にウィルスが付着し、身体を溶かしていった。
    パープルヘイズは、その怒りを終わらせる事なくスタンド能力が解けた敵へと拳を叩き込んだ。

    全てが終わった時、ジョルノはスタンド能力を解除した。
    そうすれば太陽の日の光でウィルスは浄化される。 ジョルノ達はキーを手に入れることに成功したのだった。

    手首を切断し重傷を負ったアバッキオに肩を貸すイルーゾォを見た時、ジョルノは思わず「違う」と呟いた。
    その呟きを拾ったフーゴに、「何がだ?」と問われ、ジョルノは首を傾げた。

    何が…、それはジョルノ自身も分からなかったからだ。
    言葉に出来ないものだった。
    ただ、何故かジョルノの中に、"何故イルーゾォが生きているのか。"という恐ろしい疑問があるだけだった。



    その言葉にできない違和感、疑問をジョルノは今ここでも感じていた。

    目の前に座る、メローネとイルーゾォを見据える。
    メローネは自身のパソコンをみつめながら、「リーダーが仲間と合流出来たようだ」とイルーゾォに伝えている。
    イルーゾォはアバッキオやフーゴと同じようにソファに全身を預けて、生返事を返すだけだった。

    「おい、聞いてるのか?イルーゾォ…、ったく、人の話を無視するなんてマナーのない奴だ」

    先程までトリッシュを鏡の中に隠しながら移動していたイルーゾォは、ポンペイでの戦闘も相まってか疲れがピークに達したようだった。

    目を瞑るイルーゾォを見て、脳裏に恐ろしい映像が浮かび上がる。
    違う。と呟いた時、恐ろしい疑問を抱いたのはこの映像があったからでもある。
    それは、イルーゾォがパープル・ヘイズによるウィルスで全身が液状と化し死ぬ姿だった。
    何故こんなものを見てしまうのか、ジョルノは分からずに拳を握りしめて目を硬く瞑る。

    「どうした、ジョルノ」

    ブチャラティの声に、ジョルノはゆっくりと目を開く。ブチャラティへと目をやれば、彼は不思議そうにジョルノを見つめていた。

    両手にもつアイスコーヒーの1つをメローネに手渡し、自身のコーヒーの栓を開けてジョルノの横へと腰掛ける。

    「前に言っていた違和感か?」

    「…えぇ…まぁ。それと…」

    イルーゾォへ視線をやるジョルノに、「イルーゾォがどうかしたのか?」と聞けば、ジョルノは静かに今起きている違和感について話し始めた。

    それを聞いていたメローネは、笑い声を上げる。

    「イルーゾォがどろどろに溶けて死ぬ、ねぇ!面白い妄想をするもんだ!」

    笑うメローネにジョルノは訝しげに、「怒らないんですか?」と問いかける。

    「怒る?何故?おいおい馬鹿にしないでくれよ、俺達は暗殺者だ。お前達が殺そうと思って簡単に殺られるような連中じゃあないんだよ」

    「それにね」と少しトーンを下げメローネは言葉を続ける。

    「ジョルノの言う違和感。それと全く同じものを体験している仲間がいるんだよ」

    メローネは視線を自身のパソコンに落とすと、そこに表示されている燕青という者からのメッセージ、"イルーゾォは生きているかい?"という文字を見る。

    「見覚えのない記憶、景色、洞窟。どれも俺の仲間が言っていた事と似ているんだ」

    そう言うと燕青に"面白い話がある"とジョルノの事を返信で打ち込んだ。
    メローネのその言葉に、ジョルノは目を見開き「それは誰ですか?!」と身を乗り出す。

    「その人と会えば、この違和感が何かわかるかもしれない…!」

    「燕青だ」

    ジョルノは燕青…。と名前を呟く。

    「その人は中国の人なんですか?」

    「いや、ちがうな。何故だ?」

    「いえ…中国小説の登場人物で見た事があったので」

    メローネは、へえ…リーダー並みに物知りな奴だな。と呟いた時、ブチャラティがジョルノに声をかける。

    「ジョルノ、その髪はどうした?」

    ジョルノは聞かれている意味がわからず、「髪…ですか?」と自身の髪を触る。
    触れた頭皮から髪の毛が抜ける感覚に目を見開き、自身の手を見てみれば手にはごっそりと抜けた白い髪があった。

    「これは…?!」

    「…っ!!」

    ブチャラティが仲間をみれば、イルーゾォもアバッキオも髪が白くなり、痩せ細っていた。目が覚めたフーゴは自身の体を見て驚愕していた。
    彼らの手は痩せ細り、どんどん皺やシミが増えていく。

    「皆、老化…していってるのか…?!」

    「しかし、なぜ僕やフーゴ達と違い…ブチャラティ達のは進行が遅いのでしょう?」

    ジョルノの疑問に、メローネは「体温の変化だ」と答える。

    「なに?メローネ、知っているのか?」

    「知っているもなにも、このスタンド能力はプロシュートのもんだよ」

    あぁ、そうだ。この進行具合は、絶対に。
    そう呟くと、メローネはブチャラティへと視線を戻す。

    「ブチャラティ、飛ばされた者達がこの列車内にいるぞ。そして、恐らく彼らは敵と戦闘をしている!」

    ___


    プロシュートは苛立ちを隠すことなく、ペッシを床に叩きつける。

    うぶッ!!とうめき声をあげるペッシに似た誰かはプロシュートに懇願した。「やめてくれ、助けてくれ、アニキ!」と。

    プロシュートはそれを蔑むように見下ろした。
    まだ演技を続ける気なのかと。

    「良い加減吐かねーか。テメー、ペッシを何処にやった?早く言わねぇとテメーの身体が先に壊れるぜ」

    ザ・グレイトフル・デッドに押さえつけられた頭がメシメシと音を鳴らす。
    形が変わるのではないかという程、圧をかけられた頭はあと少しで頭蓋骨が割れそうであった。
    ペッシの姿をしたその男は悪態をついた。

    「?なんだ、クソっつったのか?ぶっ殺してやるつったのか?良く聞こえなかったぜ、テメーが床に頭擦り付けてるからよぉ」

    プロシュートの挑発に男はグリッと眼球を上に持ち上げプロシュートを睨みつける。その瞬間、ペッシの体から放たれたスタンドがグレイトフル・デッドを襲う。
    ドロドロとスライムのような質感のスタンドは、グレイトフル・デッドに拳を振るった。

    「ぶッッ殺してやるっつったんだよ!!!!糞野郎!!!」と怒鳴り上げた。

    それを後ろへ避けたプロシュートは「テメーがペッシじゃなくて良かったぜ」と鼻で笑う。

    「テメーがペッシだったら、叱らなきゃならねーからな。そんな弱虫の使う言葉を使うんじゃねぇと」

    「あ?!」

    「オレたちチームはな!そこら辺のナンパ道路や仲良しクラブで、ぶっ殺す、ぶっ殺すって大口叩いて仲間と心をなぐさめあってるような負け犬とはわけが違うんだからな。そういう言葉はオレたちの世界にはねーんだぜ…そんな弱虫の使う言葉はな」

    プロシュートは見下すように首を捻る。眼球を下に下ろし、睨みつけるその姿は挑発である。

    「オマエにわかるか?オレの言ってる事… え?」

    ペッシはゆっくりと立ち上がる。

    スライムが動くかのように、グニグニと顔、体、服までもが波打ち動き、ペッシの姿をしていた男は栗色の癖っ毛をした全く違う男へと変貌した。
    月海と同じぐらい、もしくはそれよりも年下か。
    ペッシに変化していたこともあり、彼の容姿は幼く見えた。

    「さっきから聞いてりゃなんだお前、教育者気取りか?躾でもしてるつもりかよ。ムカつくんだよお前!!テメェみてーのが!大ッ嫌いなんだよ!!!」

    男は「リンキンパーク!!!」と叫んだ。

    男がそう叫んだ瞬間、確かに死んでいたはずの人々が起き上がる。
    まるで何かに操られているかのように不自然に身体を左右に大きく揺らし、プロシュートと月海のもとへじわじわと歩み寄った。
    その姿はまるでゾンビ映画のワンシーンのようだった。

    月海は小さく悲鳴をこぼし、プロシュートの側へと駆け寄った。

    「そんな…!確かに死んでたはずなのに!!」

    「これがテメーのスタンドか?あ?」

    敵はケラケラとプロシュートを挑発する。

    「さぁ、どうだかな?どう思う、せーんせ?」 

    グレイトフル・デッドの一撃を男はスタンドで防ぐ。
    彼は下卑た笑みを止めることはしなかった。

    「良いのか、俺をかまっててよー?!リンキンパークは強いんだ。リンキンパークが宿った生物は超人的なパワーをその物体は得るんだ!てめぇらなんかすぐに引きちぎられて死ぬだろうよ!!!」

    男がもう一度、「リンキンパーク!」と叫ぶと死体は一斉にプロシュートと月海に襲いかかる。

    グレイトフル・デッドは襲いくる死体を殴り飛ばし、その勢いのまま男の体へと拳をめり込ませた。

    ぐぅあっ!!と、うめき声とと共に血を吐き出した男への追撃は終わることはなく、目にも留まらぬ速さで男を殴りつけると、終いに男の頭を掴み持ち上げた。
    グレイトフル・デッドに直接掴まれ、血を垂れ流す男の体は、みるみるうちに痩せ細り、歯が抜け落ちる。

    「どうした?さっきまでの威勢はよぉ」

    プロシュートの言葉に男は悔しそうに睨みつける。掠れた息を吐くような声で、男はまた「ぶっ…ころして…や…」と言った。

    殴り飛ばした死体がまた立ち上がり、プロシュートへと襲い掛かろうとした時、一筋の光が死体を焦がした。
    拳を前に突き出した状態で荒く肩で息をする月海に、プロシュートは口角を上げる。

    彼女の周りには、先程まで動いていた死体達が転がっていた。

    プロシュートを援護した月海に「やるじゃねぇか」と称賛の言葉を放てば、月海は複雑そうに顔を顰めて膝をついた。

    「罪のない人々を…き、傷つけてしまいました…」

    まだ息が整わず息が荒い。震えた泣きそうな弱々しい声が、月海から放たれた。

    プロシュートはまた、ひゅーひゅーと途切れ途切れに息をする男を見つめる。

    「ぶっ殺す…そんな言葉はオレたちの世界にはねーんだぜ。なぜなら、オレや、オレたちの仲間は、その言葉を頭の中に思い浮かべた時には!実際に、相手を殺っちまってもうすでに終わってるからだ」

    男の力が完全に抜けたことを確認したプロシュートは、グレイトフル・デッドの手から男を離させる。
    パッと3本しかない指を開けば、男は人形のように床へ崩れ落ちた。


    ___


    ブチャラティ率いる護衛チーム、リゾット率いる暗殺チーム。

    両名の仲間達は隠れ家を襲撃され、敵スタンドの黒い球体によって仲間は散り散りになった。
    幸いにも護衛対象であるトリッシュは守り切ることができたが、プロシュート、ペッシ、月海、ミスタ、ラッテの5名は行方がしれない。

    他は以下の通りである。
    ブチャラティの方には、『ジョルノ、アバッキオ、フーゴ、メローネ、イルーゾォ』
    リゾットの方には、『燕青、ギアッチョ、ナランチャ』
    ホルマジオは療養中である。

    だが、その消えた仲間が今この列車にいるとメローネは言った。

    ジョルノ達をどんどん老化させていくこのスタンド能力。これこそが暗殺チームの仲間であるプロシュートが、この列車にいる何よりの証拠であった。

    ブチャラティは、メローネにトリッシュの護衛を任せる。今ちゃんと動けるのは、メローネしかいないからだ。

    "このスタンド能力は体温の変化で変わる。だから、氷を持ち体温を高めないようにしなくてはならない。"というメローネの助言を得て、1つの氷をスタンドの手に持たせたブチャラティは、1人亀の外へと出た。



    「っ…!」

    最初に目にしたのは、運転手の死体姿である。
    椅子から落ちた運転手は白目を剥いて息絶えていた。

    次に目にしたのは、運転席から出た座席側。
    そこに倒れる人々だ。

    「なんだ…これは…」

    ブチャラティは目を見開き、目の前の状況を凝視する。なにが起きているのかと、自身の目を疑わずにはいられなかった。

    目の前に広がるのは、床や椅子に不自然に倒れ込んだ人間達である。
    まるで、今まで動いていた人達が糸を切られたかのようにその場に倒れ込んだようだった。
    首が折れている者や外傷の酷いものまでいる。

    この状況から分かる通り、ブチャラティ達はとっくの前に敵の手中にあったのだ。
    プロシュートのスタンド能力がなければ、気が付かぬまま敵に追い詰められていたかもしれない。

    数ある死体の中に見知った髪色の少女を見つける。

    「月海!」

    ブチャラティは通路で倒れている月海を抱きかかえ、息を確認すると胸を撫で下ろした。
    少し傷を負っているようだが、命に別状はなさそうだ。

    ブチャラティが月海の名をよべば、ん…。と幼い声が聞こえる。ゆっくりと開かれた目がブチャラティと合わさった。

    「ブチャラティ、さん?」

    「大丈夫か?一体何が起きたというんだ」

    「わ、分からないんです。急に何者かに襲われて、みんなも…」

    月海は目を見開いて、急いで周りを確認する。
    小さな悲鳴をあげ、口を手で覆った。
    周りの惨劇に恐れているようだった。心優しい月海なら仕方のないことだ。

    震える声で月海は「早く此処を出ましょう…!」と立ち上がる。

    「あ…あぁ。だが、まずは敵がなんなのかを知る必要がある。それに、生存者も…」

    それに、生存者もいるかもしれない。
    そう続けようとしたブチャラティの言葉は月海の言葉によって遮られた。

    「そんな事より、早く出ましょうよ!気持ち悪いじゃあないですか!」

    目尻に涙を浮かべた月海は、ブチャラティにそう言うと倒れる人々に目も暮れず扉の方へと向かう。

    ブチャラティの後ろで何かの音がした。
    もしかしたら、列車の揺れで何かが落ちたのかもしれない。敵が潜んでいたのかもしれない。生存者が居たのかもしれない。

    だが、そんな事は最早どうでもよかった。気にならない程にブチャラティの心は目の前の相手へと集中していた。


    「待て」


    ブチャラティは月海の腕を掴む。その力はか弱い女子の腕を掴むには些か強いようにも思える。
    「ブチャラティさん!!」と名前を呼ぶ月海の言葉に被せるように、ひどく冷たい声が月海へと向けられた。

    「そんな事より、と言ったな。気持ち悪いとも」

    「…え?」

    「女子ならば、この状況で気持ち悪いと思うのは当然だろう。身体があらぬ方向へ向いたものや、肉が崩れたものがいるんだからな」

    月海は困惑の表情でブチャラティを見つめる。額に滲む汗が頬を伝い、床へと落ちる。
    不安をかき消すように、もう一度月海はブチャラティの名を呼んだ。
    「ど、どうしたんですか…?」と恐る恐る問いかける。

    「怖がりの月海ならこの状況に恐怖するのも分かる」

    「だ、だから…っ」

    「だが」というブチャラティの冷たい声色に、月海は息を呑んだ。

    「月海は、そんな事は言わない」

    「っ!」

    「俺の知っている月海ならば、まずは生存者を確認するはずだ。気持ち悪いと思っていても、怖いと感じていても人助けを放棄するような女じゃあない。あいつは、強い女だからな」

    「ひ、人助けって、もうみんな死んでますよ!」

    「どうして分かるんだ?お前は先程まで気を失っていたはずだ。そうだろう?」

    その言葉に月海は奥歯を噛み締める。

    「見たら分かるじゃあないですか!!こんな状況で、生存者なんていませんよ!」

    「確かめてもいないだろう、お前は、まだ」

    悪態がブチャラティの耳に入る。
    ギリギリ…と奥歯が鳴る。月海が到底見せないであろう怒りに呑まれた歪んだ顔。声にならない怒りが、月海ではない誰かに渦巻いていた。

    「っ俺が殺したからだよ!!うッゼェんだよ!!」

    月海は怒りに任せてブチャラティの腕を振り払った。

    「やっと正体を表したか」

    その瞬間、月海…いや、敵の腕がとんだ。
    ブチャラティが触れていた、敵の腕にはチャックのような傷口ができていた。

    「う、腕…腕がっ!」と困惑する敵に、ブチャラティは凍るような瞳で敵を見下ろす。

    「テッテメェ!!許さねぇからなーっ!!よくも俺の腕を!!クソー!!」

    「月海の姿で汚い言葉を口にするな。彼女を穢す行為は極めて不愉快だ」

    痛みで聞こえていないのか、絶対に許さねぇ!クソっクソ!と何度も悪態をつく敵はグッとブチャラティを睨みつけた。

    突如後ろに気配を感じとり、身体を避ける。
    そこに現れたのは先程床に転がっていた死体だった。
    ブチャラティを殴ろうとした死体は、その勢いのまま座席を殴りつける。
    人の力では曲げることが不可能であろう座席の背もたれは、いとも簡単にぐしゃりと曲がった。

    この攻撃には見覚えがあった。
    駅のホームと同じだとブチャラティは思った。

    到底、人の力では不可能な事をこの死体は行った。
    駅のホームでもそうだった。到底、人の力では取り外す事が不可能な椅子を持ち上げ、投げ飛ばしてきた。
    駅で襲撃してきた敵はこのスタンドだったのだ。

    「なるほどな。駅の襲撃もお前だったか」

    こちらを振り向いた死体をブチャラティは蹴り上げた。
    その死体が倒れた瞬間、周りに転がっていた死体達が動き始めるが、ブチャラティはただ冷静にそれと敵を見つめた。
    月海に扮した敵は動く事はせず、攻撃の全ては死体達を使って行なっている。おそらく、敵自身は戦闘が不得意なのではないだろうかと考える。

    ブチャラティを殺そうとする死体達の攻撃を的確に避け、スティッキィ・フィンガーズで掴みかかる死体を跳ね除ける。

    死体、生物を操るのがこのスタンドの能力。
    駅で操られていた人々は死んでいるようには見えなかった。
    つまり、敵は生物であれば生死関係なく動かす事が可能なのだろう。

    どんなものでも操れるという能力は確かに厄介である。
    この列車のように閉塞空間で、人間という生物が至る所にいる場合であれば尚更。
    だが、それだけだ。

    「やはり、遅いな」

    その呟きに敵は、「は…?」と声を漏らす。

    スティッキィ・フィンガーズは向かい来る死体達に雄叫びをあげると、怒涛の攻撃を仕掛ける。
    肩に、頭に、胴体に、死体達の身体を殴る拳は止まる事なく繰り出され、その攻撃を受けた身体はチャックが外れるかのようにバラバラに分解されていった。

    「お前のスタンド能力は確かに優れている。同時に大勢の人間をこうも操れるんだからな」

    敵は自身の傀儡が壊された事を信じられないという風に、目を見開いた。

    「だが、遅い。スピードはスティッキィ・フィンガーズの方が上だろう。つまり、お前が攻撃をしかける前に動けなくすれば良いというわけだ」

    ブチャラティは一歩一歩足を踏み出す。
    バラバラに転がった死体達を踏みつけながら、じわじわと月海に扮している敵へと近づく。

    男は慌ただしくきょろきょろと周囲を見る。
    後退るたびに、額に滲む汗が頬を伝い落ちる。

    敵の周囲にはもう生物はいない。
    あるのは椅子や冷たい廊下。

    「その姿をやめろ」

    ブチャラティの怒声にも似た低い声に、敵は肩を震わせて尻餅をついた。

    「わ、わかった!わかったから、こっちに来るな!」と、一生懸命手を前に出して敵は懇願した。

    「ス、スタンドを解除するよ、フリークスっ」

    スライムのように身体中が波打つと、次第に敵の姿が変わり茶髪の癖毛、褐色肌の男が姿を表した。

    「自分の容姿まで自在に操れるのか?」

    ブチャラティは男へと身を屈めようとしたその時、男はほくそ笑んだ。
    ニヤニヤと笑みを浮かべた男は、挑発するように顔を前に突き出し口を動かす。

    "かかったな"

    そう、口が動いた瞬間ブチャラティの肩に激痛がはしる。

    「っ!!」

    ブチャラティが自身の方を見遣れば、そこには糸があった。首筋には釣り針のようなもの。
    これは、リゾットからきいた仲間の能力と酷似していた。
    ペッシのビーチ・ボーイに。

    男は先程の怯えた様子が嘘のように顔を歪めてゲラゲラと笑う。

    「ははは!俺のリンキン・パークは一度体内に入れば何処にいようと自由に操れる!!どんなに逃げようが、死のうが俺の意のままにな!!」

    糸が張る。ブチャラティを壁へぶつけようと強い力で引っ張り上げる。
    だが、ブチャラティはその引力に逆らうように身体を前に屈めた。それと同時に釣り針が首の奥まで食い込んでいく。
    釣り針が首を突き進む痛みが全身に響き回る。が、ブチャラティは前屈姿勢を止めることはなかった。

    敵の男に覆い被さるように押し倒すと、一言「感謝をしなければならないな、お前に…」とブチャラティが言葉を放つ。

    引力に逆らった事により肩は引き裂かれ、ぽたぽたと血が男の顔へと落ちる。
    困惑し、瞠目し、血を浴びる男にブチャラティはフッと笑う。

    「お前が月海の姿のままだったら俺はこれからする事を実行出来なかっただろう」

    「助かったよ」と、ブチャラティが言い終わると同時に、チャックの開く音が男の耳へと入る。

    ジジジー。

    滝のように冷や汗が流れる。
    見開いた目からは涙が滲み始める。
    恐怖が男を支配した時、浮遊感が男を襲う。

    男が倒れていた地面がぽっかりと空洞になったのだ。
    まるでチャックを開けた鞄のように、すっぽりと男を飲み込む。

    「!!!」

    落下した身体は一瞬にして列車の下へと消えていった。
    絶望と恐怖に満ちた男が泣き叫ぶのを聞きながら、ブチャラティは身体の力を抜く。
    身体は引力に引っ張られ、激しい衝撃音と共に車内の壁へと叩きつけられた。

    受け身をとったとはいえ、傷口には大きな衝撃が加わる。
    ぐ…っ!!と痛みに声を漏らし、列車の下で敵が引き潰される音を耳にする。
    ビーチ・ボーイの釣り糸が解除され、慌ただしい足音が後ろの車両から聞こえてくる。
    おそらく、ペッシだろう。

    「ー…ラティッ!」「ブチャラティ!」
    勢いよく扉が開かれ「ブチャラティ!!!」と、ペッシが車両に駆け入った。

    ブチャラティは壁に背を預けたままペッシと目を合わせ、開口一番に放った言葉は「ギャングが…軽率に名前を安売りするもんじゃないぜ」という説教だった。
    ビーチ・ボーイでブチャラティの状況を把握していたペッシは、ブチャラティを心配して駆けて来たのだ。
    だが、まさか開口一番に言われる言葉が説教だとは思わず、ペッシは「っ?!」と目を見開く。

    「プロシュートに報告するからな」

    「っ!!?」

    _____


    彼ら3姉弟が生まれたのは小さな田舎町だった。
    父親はギャングとは名ばかりのただのチンピラ。
    この田舎町を牛耳るギャングの親玉に頭を下げて、家に帰れば息子達を殴る。血が出ようとも、骨が折れようとも関係なかった。それが父親の一日。
    幼い身体で毎日物乞いをして、大人達に踏みつけられる。それが3姉弟の1日だった。

    ゴミ溜めみたいなそんな街で、3兄弟は育った。

    長女のネイサン・ジョナス。
    長男のパーキー・ジョナス。
    末のチミー・ジョナス。

    父親の言う事を聞いて、大人達の言う事をきいて。
    強者に逆らわず、生きるために地べたを這いつくばっていた毎日。

    だが、そんな日々とのお別れは突然やってきた。

    彼らは特別な力を手に入れた。
    突如出現したスタンド能力。彼らは先天性のスタンド使いだった。
    チミーが7歳になった頃の事である。3姉弟全員が一度にスタンド能力を発現させた。
    まるで、姉弟が揃うのを待っていたかのように。

    それから彼らは強者へと成り上がった。

    ネイサンの共有する能力。
    パーキーの生物を操る能力。
    チミーの変化の能力。

    チミーは、姉弟は、自分達が無敵な存在であると確信していた。

    ネイサンのスタンド…ジョナスブラザーズがあれば、彼等は情報もスタンド能力も全て共有する事ができる。
    3人全員が瞬時に情報を共有出来、3人全員がチミーやパーキーのスタンド能力を扱える。
    スタンド名を口にしなければ発動されず、能力も一部しか使えないのは不便であった。

    「だが、それでも、俺達はそこらへんの大人達よりも、誰よりも、強かった…!」

    3人ならどんな敵も倒せた。どんな奴も殺せた。
    父親も意地悪な大人も。クソ生意気な田舎ギャングも。どんなに数を集めようとも俺らの敵ではなかった。

    俺達は、そのギャングのボスに認められ今の地位についた。
    俺達は最強なんだ。
    俺達は3人でいればどんな敵も倒せる。

    __倒せるはずだった。


    床に転がったまま、チミー・ジョナスは血も涙も拭うことをしなかった。
    見開かれた目は乾燥して痛みを増す。
    萎れた身体、歪む骨、抜けた歯にひび割れた爪に。
    全身が悲鳴を上げている。

    なのに、一番苦しいのは心だった。
    信じたくなかった。

    パーキーの視界が暗くなった事。
    気配が突然消えた事。
    リンキン・パークが発動しなくなった事を。


    薄暗くなる視界で、チミーは必死に思い返していた。
    何が悪かった?何が起きた?と。

    最初は順調だった筈なのだ。
    パッショーネのボス、その腹心とも呼べる男…インノ。

    パッショーネを裏切っているインノの協力で、ボスの娘がこの列車に乗る事を知っていた。
    インノのスタンドで飛ばされたブチャラティの協力者達も、ここで殺す手筈だった。

    チミーが待機する場所に送られてきたのは、男1人と女1人。

    パーキーのスタンド、リンキン・パークを共有しているチミーは、接触した相手を自在に操る事ができる。
    そして、パーキーもまた、フリークスが接触した敵の情報を得て、変身することが出来る。
    ペッシいう弱そうな男に、チミーのフリークスが接触すれば、ペッシの口調、仕草は脳内に伝達される。
    一度接触したものならば、何度でも変化可能である。

    月海というスタンドを使う女と、男を分裂させれば、簡単に終わる事だと。そう思っていた。
    だが、チミーはプロシュートに勝つ事が出来なかった。彼がスタンド使いだと知らなかったからだ。
    自身のフリークスで、身体を死体へと変化させなければ確実に止めを刺され、殺されていただろう。

    チミーは顔を歪める。悪態を吐く。
    目を閉じて、生き残っている姉の様子を覗き見た。

    ネイサン・ジョナス。
    彼女の視界には、ジョルノ、アバッキオ、協力者の仲間である2人と、そして、ボスの娘がいた。

    ネイサンの視線は、トリッシュへと向かっていた。
    自身の体を抱きしめるように座り込む彼女を見つめていた。

    チミーは冷や汗をかいた。
    パーキーが死んだ事は、ネイサンも把握しているはずだ。弟が死ぬなど、考えてもいなかったはずだ。
    もしかすると、自暴自棄になっているのではないか。無理矢理にでもボスの娘を誘拐するつもりではないだろうか。

    チミーがそう思っていると、紫髪の男がネイサンに話しかける。

    『どうしたんだ?フーゴ』

    ネイサンの視線は、男へと映った。
    そして、小さく首を振る。

    『いいえ、なんでも。ただ、ブチャラティの事が気になっただけです』

    視線が高くなる。ネイサンが立ち上がったのがわかる。

    『少し、様子を見てきますよ。感じるんです、ブチャラティのもとに行けと…本能が…』

    ネイサンはそう言うと、天井を見上げた。


    チミーはゆっくりと瞼を開いた。
    瞳には光が宿っていた。

    「ネイサンを、助けなきゃ…」

    そう呟いた瞬間、チミーの身体はフリークスによって包まれる。スライムのような形のそれは、チミーを包み込むと身体を変化させていった。

    萎れていた皮膚、抜け落ちた歯や髪は元に戻った。そして、その姿は次第にペッシへと変わる。

    あの2人は先頭車両の方へと行った。
    ネイサンがいるのは恐らく先頭車両。
    そこで、全員がぶつかることになるだろう。
    そこで、必ず…かたをつける。

    「俺のフリークスで」

    ___
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    8_sukejiro

    DONE私的に泉鏡花の星あかりは、幽霊視点で描かれた作品だと考えています。最後、医学生を見た幽霊の意識は寝ている医学生自身へと視点変更します。それは取り憑いからじゃないかなと。

    青空文庫さんに「星あかり」「幼い頃の記憶」がございますので、そちらを読んでいただけると分かりやすいと思います。又、「かもめの本棚」さんの解釈が私の中でしっくり来たので参考にさせていただきました。是非、両方読んでみてください。
    星アカリヲ浄化セヨ星アカリ
    一章
    ――――


    " もとより何故という理はないので、墓石の倒れたのを引摺寄せて、二ツばかり重ねて台にした。
     その上に乗って、雨戸の引合せの上の方を、ガタガタ動かして見たが、開きそうにもない。雨戸の中は、相州西鎌倉乱橋の妙長寺という、法華宗の寺の、本堂に隣った八畳の、横に長い置床の附いた座敷で、向って左手に、葛籠、革鞄などを置いた際に、山科という医学生が、四六の借蚊帳を釣って寝て居るのである。"


    ――――


    カラカラと音を立てたキャリーケースは、ある建物の前で止まった。
    蒲田哲也は、そのビルを上から下まで舐めるように見渡し、満足そうに頷いた。

    「うん、上等だな」

    口元に弧を描き、目を輝かせた。
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