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    8_sukejiro

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    8_sukejiro

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    文豪とアルケミストの夢小説
    密心と恋慕の続き
    尻叩いて

    夢サイトではその他の夢小説もあるので是非!!
    (https://lyze.jp/hachi3511/)

    #夢小説
    dreamNovel
    #文司書
    scribe

    密心と恋慕2「密心」

    げほ、げほっ。

    咳き込みながら、ゆっくりと目を開ければそこは見慣れた場所だった。
    慌ただしい足音と共に聴こえる「なんだ?!なんだ?!」という聴きなれた声。
    食堂から顔を出したのは石川啄木だった。

    「うわぁ!!なんっだこれ?!!」
    石川啄木は、水浸しになった廊下と蜂巣、佐藤春夫、中島敦の3人を見て叫んだ。
    「すげぇ音がしたぞ?」
    「どうした?」
    周りからどんどん人が集まっては、なんだこれ?!と驚愕する。
    それを何度か繰り返した後、騒ぎをききつけた館長達が姿を現した。

    「お前、また何かやったろ」
    そう声を上げたのはアカだった。
    うっ。と顔を引き攣らせる蜂巣を見かね、アオがため息をつきながらもフォローをいれる。
    「貴方達が行方不明になって心配していたんですよ」
    「3日間、今まで何処にいたんだ?」
    アオ、館長の言葉で初めて自分達が3日も潜書していた事をしり3人は瞠目する。
    「み、3日ですか…?!」
    「なるほど、どうりでお腹が空いているわけですね」
    お腹の音を鳴らした蜂巣は何度か頷く。
    「それに、この大量の水はなんだ?一体、何があったんだ?」
    蜂巣は自分が持つ冊子に目を落とすと、また館長へと視線をやる。
    「実は、この冊子が、わっ」
    この冊子が原因で。と言おうとした蜂巣は、急に頭にかけられたタオルに驚きの声を上げる。
    「それは今話すべき事では無いように思うが?」
    後ろから聴き慣れたその声を聞いた時、蜂巣はすぐにそれが森鴎外だと分かった。
    タオルから顔を出せば、佐藤春夫、中島敦も同様に頭に大判タオルをかけられていた。
    「このままでは風邪をひいてしまう。まずは水を拭き風呂に入るべきだ」
    それからでも遅くはないだろう。と言う森鴎外に、館長はそうだな。と頷いた。
    「では、お前達3人は風呂に入り落ち着き次第、図書館へ来るように」
    館長のその言葉でその場は解散となった。

    久しぶりの自室に入れば、我が家に帰ってきたんだと実感してドッと疲れが押し寄せる。
    正直言えば、このままベッドに横になりたい気分であったが、それでも、この後の館長達との報告会に出るためにまず風呂に入らなくてはならないのだ。
    蜂巣は小さく息を漏らし、着替えを持って自室を後にする。

    蜂巣が着替えを済ませて図書館へと向かえば、そこにはもう佐藤春夫と中島敦の姿があった。
    謝罪を口にしながら小走りで向かえば、今来たところだから問題ないと返される。
    佐藤春夫は、蜂巣の持つ冊子を一瞥すると図書館の扉を開ける。
    3階建の帝国図書館の壁は全て本で埋め尽くされている。圧巻とも言えるその景色の真ん中、1階大ホールの中心に館長達はいた。

    3人は起きた事全てを館長達に話した。
    オカルト研究部で作られた冊子が侵食されたことによる強制潜書。
    蜂巣を助けようとした佐藤春夫、中島敦が巻き込まれたこと。
    そして、浄化は完了し、この冊子はもう無害であること。

    「書物というものであれば、どんなものでも侵食される可能性はある。だが、何故その涙海という作品だけだったんだ?」
    「それは…」
    言葉を詰まらせる中島敦の声を耳に入れながら、蜂巣は机に置かれた冊子へと視線を落とす。
    何故、涙海だけなのか。
    それは蜂巣もずっと考えていたことだ。
    ホラー小説である13やきさらぎでなかっただけ良かったとは思うが、8人の作品が載った冊子で何故これだけしか侵食されなかったのだろうか。
    その答えは、恐らく部長にあるのだ。

    蜂巣は入浴中に考えた答えを口にする。
    「恐らく、これは作者の念が含まれているんではないでしょうか」
    「…念?」
    「はい。作者の気持ちを封じ込めた作品ではないかと」

    入浴している時、蜂巣は彼女の言葉を思い出していた。
    "貴方への恋を書き綴った小説だから"
    彼女はこう言っていた。
    それはつまり、部長が私への恋を書き綴ったということになる。
    部長は彼女と同じ性別、つまり女性だ。
    女が女に恋をするなんて、などと言う馬鹿げた批判心は持っていないが、私から見て部長の好みは男性だったように思う。
    好きになるキャラは男だったし、前部長は元彼で彼氏彼女の関係だったとも言っていたはずだ。
    いや、それ以前に、部長が実体験を書くなど思ってもみなかった。
    蜂巣が1番驚いたのはそこなのだ。

    蜂巣が入部したての頃、入部後に初めて書いた小説を部長に見てもらったことがある。
    亡き母と娘の話だ。
    これは私の実体験を元に書いた小説だった。
    母親が亡くなった時の情景、気持ちを小説に練り込んだのだ。
    部長はそれを読んで開口一番に「リアルはダメだよ」と言った。

    「蜂巣ちゃん。私達の作品にはね、作者の実体験を入れちゃ駄目なのよ」
    「え、何故ですか?」
    「だって、思いが強いと化けて出ちゃうかもしれないじゃない。生き霊と同じよ、念が暴れちゃうの」
    大真面目な顔をしてそう言う部長に、私は笑って「なんですか、それ」と返した。
    その時は流石オカルト研究部だなーと思ったが、部長の「これじゃあ文化祭の冊子には載せられないわ」という言葉で本気なのだとしった。
    だが、蜂巣は生意気なことだろうかと不安を覚えながら疑問を口にする。
    「田山花袋や志賀直哉、文豪にはリアルを書く方々が沢山いますよね」
    「ええ、そうね」
    「リアルを書くと念が暴れ出すというのなら、彼らもそうなんじゃ…?迷信にすぎないんじゃないですか?」
    「いいえ。それはね、それが彼らの主義だからよ」
    蜂巣は首を傾げる。
    「彼らはそれを主に書いてるの。生々しい人間を表現する自然主義、人間肯定を描く人道主義、理想主義とかね。でも、私達はそうじゃないの。私達が書くのは呪いや怨み、ホラー、オカルトといった負の感情なのよ。恐ろしいものを生み出したいと願う気持ちを込めた作品だから」
    蜂巣の額に冷や汗が流れる。
    ふと、蜂須の脳内には澤村先生のずうのめが脳裏によぎった。
    そんな事迷信に過ぎないと分かっていながらも、何故か分からないが何に対してかも分からないが作品による呪いというものを恐ろしいと感じたのだ。

    「だから、絶対に駄目なの。負のエネルギーに現実世界とのつながりを持たせてはいけないの。それは呪いと化すから」
    「っ…」
    戸惑う私を見て部長は苦笑しながら、言葉を続ける。
    「こんなの信じてる私、馬鹿に見えるでしょ。でも、これは守って欲しいの。オカルトを取り扱う私達だからこそ、呪いやら生き霊やらを生み出すわけにはいかないのよ」
    部の伝統的なルールだから。と言うと部長は、原稿用紙を私に返した。
    それからも部長は実体験であるか否かを部員全員に確認して冊子作りをしていた。
    それだけ、実体験を作品に入れる事を嫌っていた彼女が、作品に実体験を入れていた事に驚いたのだ。

    「それが誠か否かはどっちでも良いんだと思います。ただ、それを信じていた部長がリアルを取り入れた事で、そのものが念となり侵食に影響したのではないかと」
    蜂巣は自分の記憶と見解を皆に伝えると、佐藤春夫が「俺からも良いか?」と手を上げる。

    「その涙海は蜂巣への恋を書き綴った小説だったよな?」
    「はい。"彼女"が言うにはそうらしいです」
    「その冊子が置かれていたのは乱歩の小説の隣だとも言ってたな」
    「はい」
    「俺の考えだが、きっと小説は嫉妬したんじゃないか?」
    「あぁ、それは私も思いました」
    佐藤春夫の考えに中島敦が賛同した。
    「何故、司書さんを連れ去ったのかをずっと考えていたんです。殆どの有碍書は、書物の中のみ影響をおよぼしますよね。ですが、これは現実世界に影響を及ぼしてまでも司書さんを狙いました」
    「その理由が嫉妬だと?」
    「はい。館長も先程司書さんから聞きましたよね。"彼女"はずっと見ていたと」
    「つまりだ、江戸川乱歩と蜂巣の関係をこの小説は知っていたんだよ。それが、恋敵の作品が隣に来たことで暴走しちまったのかもしれないな」
    2人の見解に、蜂巣はなるほど…と声を溢す。
    書物が嫉妬など…と思いもするが、念により侵食を及ぼしたというのならそれも有り得ない話ではないんじゃないだろうかと蜂巣は思う。
    しかも、その江戸川乱歩の小説というのは、彼が蜂巣に向けて書いた恋文なのだ。

    アオはため息を吐いて眼鏡を指で押し上げる。
    「非科学的なはなしですね。念や嫉妬など」
    「だが、侵食については分かってない事も多い。一概に有り得ないとも言えないだろうな」
    「ああ、館長の言う通りだな」
    アカはそう言うと、話を切り替える。
    「それともう一つ聞きたい事がある」と言うと話を進める。
    前例があまりない現実世界に影響を及ぼす侵食。
    それについての話し合いは続いた。


    次の日。
    蜂巣は自身の司書室で、問題となった冊子を読んでいた。
    思い出に浸ると共に、悲しい気持ちも胸に渦巻いていた。

    部長である名瀬が卒業した後、蜂巣と名瀬の繋がりはそれっきりぱたりと無くなった。
    遊ぶ事も、連絡を取り合う事もなくなった。
    この小説を読んでも分かる通り、蜂巣と名瀬の関係は悪いものでなかった。
    むしろ、在学中はとても仲が良かった。
    蜂巣、名瀬の2人でよく遊んでいたし、親友を混ぜた3人でもよく遊んでいた。
    だが、卒業後は蜂巣から連絡をしても返ってくる事はなく、蜂巣は嫌われたのだと思い連絡を取ることをやめたのだ。

    でも、そうではないのだと蜂巣は知る。
    この有碍書に潜書した事で、初めてその理由を知り、悲しくなった。
    同時に少しの怒りも湧いていた。
    来るかわからない未来に怯え、自分と友好関係を絶ったことに。信用されていなかった事に。

    蜂巣は机の上に置いてある受話器をとった。
    友人達の連絡先を書き記した古いメモ帳を見ながら、数字を打ち込む。
    文句の一つでも言ってやろうかと思った。
    もしも、彼女が電話に出なかった場合は、全てを忘れようと思った。
    出来る事なら、また"彼女"とのように友達になりたいと思った。

    緊張により受話器を握る手に力が入る。
    呼び出し音が3回鳴り落胆した時、4回目の呼び出し音で彼女は出た。

    「はい、矢濱ですが」
    「あ、…えっと」
    「もしもし?」
    「あ、あの、名瀬たか子さんはいらっしゃいますでしょうか…?」
    「名瀬は私ですが…、どちら様でしょうか?」
    蜂巣は言葉に詰まる。
    自身の名を言うだけだと言うのに、躊躇ってしまう。
    「…蜂巣。蜂巣です」
    「………そう」
    次に来る言葉に、蜂巣はきゅっと目を瞑る。
    電話をかける前の意気込みなどとうに消え失せて、蜂巣の中にあるのは何とも言えない恐怖だけだった。

    「久しぶりね、蜂巣ちゃん」
    「…え」
    「電話、ありがとう。それと、今まで…御免なさいね」
    蜂巣は戸惑いながら首を横に振る。
    「いえ、そんな」
    何か言おうと口を開くが言葉が出てこず、無駄に開閉を繰り返す。
    やっと出たのは、「ありがとうございます」という何ともおかしな返事であった。
    「電話、出てくれて」
    「ううん。いいの、ありがとう」

    2人は今まで空いた時間を埋めるように話し始める。
    少し話しをすれば、昔の2人のように打ち解け笑いながら話も出来るようになった。
    彼女は、蜂巣がアルケミストになった事に驚いていた。
    帝国図書館に勤めていると言った時は更に驚いていた。
    あの帝国図書館に?!すごいわね!と興奮混じりで言う名瀬に蜂巣は笑った。
    そして、名瀬の話で蜂巣が驚いた事は、彼女が結婚していた事だ。
    2人の子持ちだと言うから更に驚きだ。

    「実はね、結婚式まだ挙げてなくて。来年のこの日に式をあげるつもりなの。だから、良かったら…来てくれないかしら?」
    そう言う名瀬に、蜂巣は二つ返事で答えた。
    蜂巣が行くと返すと、名瀬は喜んだ。電話越しからでも笑みを浮かべているのが分かった。
    「貴女とまた友達になれて良かったわ」
    そう呟くように言った言葉に、蜂巣は潜書したあの時のことを思い出した。
    "貴女と友達になれて良かった!"
    そう言った青い髪の彼女のことを。

    ここで笑い合って、またね。と電話を切る。それが1番良い終わり方だと言うのは蜂巣自身も分かっていた。
    だが、蜂巣は彼女の言葉が頭にひっかかったままなのだ。どうしても彼女に聞いてみたかった。
    "私は、貴女への恋を綴った小説だから"

    部長は…と呟くように切り出した蜂巣の言葉に、名瀬は上手く聞き取れなかったのか、なに?と聞き返す。
    「部長は、私に恋をしていたんですか?」
    雑音に紛れるようにして、え?という小さく微かな声が蜂巣の耳に入る。
    その一瞬、静寂に包まれる。
    「オカルト研究部の時に作った冊子、読み返したんです」
    本に取り込まれて潜書したとは到底言えず、本を読み返して推測したと名瀬に言う。
    名瀬は黙ったままだった。
    もし蜂巣が素直に潜書して貴女の書の分身に会ったと言ったとしても彼女はそれを冗談と受け取るかもしれない。いや、そもそも、この蜂巣が問いかけた話に潜書のことなどはどうでも良いのだ。
    ただ蜂巣は知りたかった。
    涙海で彼女に出会った時から感じる、この胸の痛みも、モヤモヤも。ひっかかったままな答えも。
    それだけが知りたかった。

    「なんで、…私と友達の縁を切ったんですか。私の事が嫌いになった?でも、あの小説には、私が嫌いだなんて書いてなかったですし」
    それに、と言葉を続けようとした蜂巣の声は、名瀬の大きなため息で遮られる。
    びくりと肩を震わせ、怒らせてしまったかと様子を伺ってみるが、もーっ。という軽い声でそうではないのだと安堵する。
    「本当、蜂巣ちゃんって昔から変わらないわね。不思議ちゃんというか、無遠慮というか。聞かれたくないことまで聞いてくるんだもの…。なんだか、学生時代を思い出して笑えてきちゃったわ」
    そう言うと彼女はくつくつと軽い笑い声を漏らす。
    自分の制御できない悪癖は重々承知している蜂巣は「すみません…」と返した。
    「いいのよ。責められて当然のことを私はしたんだから。心から慕っていた友達を突き放すなんて酷いこと……」

    少しの沈黙の後、名瀬は口を開いた。
    「蜂巣ちゃんに恋をしてたかだったっけ?ううん、どうなのかしらね。正直、今の旦那と出会って本当の恋というものを知ってからは違うのかもとも思うわ」
    「恋、じゃなかったって事ですか?じゃあ、ただの勘違い…?」
    「分からないわ。でも、あの時、貴女に憧れていたいたのは本当よ。夢にまで見るぐらい、あなたを愛おしく思ってたわ」
    「…でも、それは友達としての愛情だった」
    「ええ、そうね。たぶん…だけれど」
    「じゃあ、私と縁を切ったのは何故ですか?友達としてそんなに愛してくれてたならなんで」
    名瀬はううん…と声を漏らす。
    「蜂巣ちゃんの事は嫌いになったりしてないわ。さっきも言ったけど、これは今思えばの話なの。当時の私はそれが恋だと信じて疑わなかった」

    一つ小さなため息が電話越しから聞こえ、蜂巣はじっと名瀬の次の言葉を待つ。
    「たくさん調べたわ、ネットも本も。文豪達の恋愛も読んだりしたのよ。知ってる?乙女の港、朝雲って小説。女の子が同性に憧れる話」
    「読んだ事は、あります。川端康成さんの…」
    「そう。…でもね、どれを読んでもやっぱりダメだった。現実と小説は違う。親も違えば、環境も違う、周りの目も未来さえもね。女同士では幸せになれないと思ったの。弟に可哀想と言われて、同性の貴女に恋してしまったことが申し訳なくなった…。恩着せがましく聴こえるかもしれないけれど、貴女との関係を絶ったのは、貴女に迷惑をかけたくなかったからよ」
    小さなため息の後「まぁ今では、若気の至りだったって言えるけどね」と笑う彼女に、蜂巣は「言ってくれたら良かったのに…」と呟いた。

    「私は、先輩が思うような偏見はもってませんよ。言ってくれれば、私なりに返事しましたよ。あんな別れ方にはならなかった。絶対、また友達に、」
    友達になれたかもしれない。そう続けられるはずだった言葉は、「言えるわけないじゃない」という名瀬の冷たい声に遮られる。
    「そんな未来分かるわけないじゃない。絶対そうなるとも限らないわ。嫌われるのが怖いもの…言えるわけないじゃないの。貴女とは違うのよ」
    「っ…」
    名瀬はおもむろに、「ねぇ」と問う。

    「蜂巣ちゃんは好きな人、いる?恋したことある?」
    __
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    8_sukejiro

    DONE私的に泉鏡花の星あかりは、幽霊視点で描かれた作品だと考えています。最後、医学生を見た幽霊の意識は寝ている医学生自身へと視点変更します。それは取り憑いからじゃないかなと。

    青空文庫さんに「星あかり」「幼い頃の記憶」がございますので、そちらを読んでいただけると分かりやすいと思います。又、「かもめの本棚」さんの解釈が私の中でしっくり来たので参考にさせていただきました。是非、両方読んでみてください。
    星アカリヲ浄化セヨ星アカリ
    一章
    ――――


    " もとより何故という理はないので、墓石の倒れたのを引摺寄せて、二ツばかり重ねて台にした。
     その上に乗って、雨戸の引合せの上の方を、ガタガタ動かして見たが、開きそうにもない。雨戸の中は、相州西鎌倉乱橋の妙長寺という、法華宗の寺の、本堂に隣った八畳の、横に長い置床の附いた座敷で、向って左手に、葛籠、革鞄などを置いた際に、山科という医学生が、四六の借蚊帳を釣って寝て居るのである。"


    ――――


    カラカラと音を立てたキャリーケースは、ある建物の前で止まった。
    蒲田哲也は、そのビルを上から下まで舐めるように見渡し、満足そうに頷いた。

    「うん、上等だな」

    口元に弧を描き、目を輝かせた。
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